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約二週間近く内偵を続けた結果、休日は不特定多数の女とホテルに行き、メンズのブランド物を購入するだけだった。平日に怪しい動きがあった時は、夜に香奈恵に電話をして、不正出金があったか確認し、照らし合わせていた。

「大垣さん。安立です。今、ええですか?」なるべく声のトーンを落とした。
「家やから、大丈夫ですけど。どしたんですか? 今日は取引(とりち)課長(ょう)の引き出しはなかったですけど」
「いや、大垣さんが気付いてる不正出金分の伝票、在籍してた支店名を分かるだけでええんで、調べてメールで送って欲しいんですよ」
「−−はあ、でも、警察の人が入ってきて調べたらええんちゃうんですか?」

通報してその先に関わるとは思っていなかったのか、かなり不思議そうな声だった。

「それがまだ、できないんで協力して欲しいんですよ」

 香奈恵の声のトーンが上がり「できるだけのことしかできませんが、必ず連絡します」と電話を切った。香奈恵は約束通り、数日の内に送ってきてくれたが、文末にはデート誘いが書かれてあった。安立は文末だけ、見なかったことにした。

宮本の金の使い方は、第二地銀の給与から考えれば、地味ではあるが派手ではある。安立は内偵の結果を纏め、釣鐘に報告をした。
「ほんだら令状を取って、やったればええ」と男気のある笑みを浮かべ、一言だけ言い放った。


      
少し遅い昼を食べ始めた安立の携帯が鳴った。画面には山崎の名前が出ている。
点滅する名前が、安立に警告をしているように見えて、森の枝葉が激しく擦り合うざわめきが胸元で起こった。

「安立や」
「山崎です。現金輸送車が襲われて、遠野さんらが負傷してます」
「どういうことや?」

胸元のざわめきが激しくなり、風雨が体の中で吹き荒れた。

「今日、寺から大金を支店に運ぶ手筈やったみたいなんです。遠野さんと急に連絡が取れへんようになったんで、聞いてた位置まで行ったんです。ほんだら女性行員は蹲(うずくま)って泣いてて、遠野さんと警備会社の人間二人が、倒れてました。現金は持って行かれた後でした」
「ちょっと待て。宮本は?」

鼓動が早くなり、耳の後ろで激しく血が流れている音が、直接頭に聞こえている。

「それが……見当たらへんのですわ。連れされたんか、それとも」か

電話の向こうから、サイレンの音が聞こえてくる。現金輸送車強奪事件となれば、直ぐに一課が駆けつけて、捜査本部が立ち上がるはず。

「山崎。明日に予定してたガサは、今日これからに変更や。お前は数時間、一課から事情聴取されるやろうから、終わったら直ぐ支店にこい」

 山崎は「はい」と電話を切った。
安立は直ぐに捜査員全員を招集した。連絡をしている間、ずっと安立の中で何かが消化できないでいた。胃もたれのよう不快感が後頭部で起こっていた。

「安立! 現金輸送車が盗まれたぞ!」

 山崎との電話が終わって十分ほど経過して、釣鐘から電話が入った。聞こえてくる声は割れてはいたが、辛うじて言っている言葉は聞き取れた。
「尾行してた山崎から連絡が、つい今しがたありました。面倒な展開になってますわ。明日に予定にしていガサは急遽、今日これから入ることにします」
 想定外はいつでも起こる。たまたま今回に当たってしまったと、安立は言い聞かせた。

 落ち着いた口調に興を削がれたのか、波立っていた釣鐘の声も直ぐに穏やかさを取り戻した。

「遠野がやられたぞ」というので「知ってます」とだけ答えて電話を切った。
全員が集まったところで安立は声を張り上げた。

「急遽、予定変更をして、アーバネット銀行へは支店が閉まる三時にガサ入れや。理由は、香里ケ丘支店の現金輸送車が襲われたからや」

 捜査員たちの驚きの息遣いが、空気を震わせて聞こえない音を出している。遠野の状態がはっきりとしていなかったため、あえて話は出さなかった。
 準備を進める中で、メールが届いた。相手は淡路で「遠野は暴行後スタンガンで襲われたが、軽傷」と、簡潔な内容だった。

陽はまだ高いのに、香里ヶ丘支店の建物だけが黒いベールに包まれ暗然としていた。正反対に、周りは報道陣が集まって、お祭り騒ぎだ。安立が中に入る時に、何人かの報道陣に付きまとわれた。
安立が香里ケ丘支店内に入ると、一課が知捜の予定した場所をすでに陣取っていた。

「役立たず知捜が、何で来るんや」

 安立を見つけるや否や、捜査一課強盗犯捜査二係の高石警部補が詰め寄ってきた。酒を飲んでいるみたいに、顔を紅くしていて少し可愛らしい。
知捜の状況は一課にも既に伝わってはいるはずだから、嫌味だろう。安立は受けた嫌味を体の奥に沈め、高石を見下ろした。

高石は安立より一年先輩にあたる。身長は一六〇と小柄で、体のシルエットは、全体に丸い。本部ですれ違えば軽く会釈する程度の面識だった。ただ、それだけの間柄なのに、安立を見れば常に睨んでくる。
ただ睨んでいるのはわかるが、顔のフォルムとパーツのせいか、あまり威嚇されてる気になれなかった。その高石とは初めて今日、面と向かって口を聞くことになる。

「一課は一課でやっといてください。こっちは、こっちの仕事をするんで」

安立は高石に令状を見せた。やはり事情は分かっていたのか「ふん」と鼻息を荒くして戻っていった。
安立は一課の捜査員と話している城見に近づき、令状を見せた。

「行員による横領が発覚により、捜査に入る。協力お願いします」
「ちょ、ちょっと待ってください。見てわかりませんか? 現金輸送車が襲われて、金が取られたんですよ? 四億。四億や! 横領とか今、そんなこと、どうでもええから、車を探してくださいよ。泥棒を捕まえるのが仕事ちゃいますん?」
「はあ? 顧客の金を勝手に下ろして、使ってるのは泥棒とちゃうんか?」

城見は矛盾に気付いたのか、事の重大性に気付いたのか、蒼白になって血の気が引いている。

「平野課長と富田課長」城見が二人の男を呼んだ。

「業務課長の平野です。窓口業務を仕切ってます。富田は融資課長です。必要なもんは、二人に聞いて下さい。平野課長と富田課長、警察の人に協力してな」

顔が強張っている二人の課長は、力なく「はい」と返事をする。
平野はヒョロっとして眼鏡を掛けていて、富田は少し気の弱そうな男だった。二人に共通している点は、とにかく腰が低い、だった。

「場所を借りたいんやけど」
「二階に食堂があるんで、案内します」

 平野は腰を曲げ、頭を下げるのが癖になっている男だった。

「すんません。横領って、誰が、ですか?」

 威勢がなくなった、ゆっくりと空気が漏れるような城見の声だった。

「それは、言えません」安立は切り捨てた。
古いコンクリートの階段は、ひんやりとしていた。階段を上り切り左に曲がって直ぐに、大きな金庫があった。
食堂は通路の突き当たりにあって、一課が既に陣地を作り上げていた。安立たちが中に入ると、視線が集中した。

食堂は逆L字になっている。安立は一課の捜査員に、一番奥を開けるように言い放った。縮こまっている平野に仕切る物がないか聞いた。

「パーティションがあります」

安立は藤井と高津にスペース作りをさせ、一階に戻った。
他の知捜のメンツは既に書類を箱詰めし始めている。捜査員たちも事態は把握していて、遠野の心配をしていないわけではない。ただ各々のすべき任務を今は全うしている。人数が減っても、誰も文句は言わなかった。

一課、知捜の捜査員、行員が混じり合う中、窓口に座っている香奈惠と目が合った。視線が安立を誘い、宮本の席が目に入る。
声と音で騒々しいはずなのに、安立だけが静寂の中に放り込まれたように、何も聞こえなくなった。頭の中で純粋に沸き上がってきた違和感がなんなのか、安立自身でも正体が掴めなかった。

 腹が空き始めて時計を見ると、七時を回っている。
 曲げていた首と背中を伸ばすと、気持ちいいくらいに骨の鳴る音がした。相変わらず手がかりが掴めないのか、食堂が静かになることはなかった。
 常に耳に入ってきていた音がなくなった時、安立の耳がおかしくなったのかと疑った。

パーティションから顔を覗かせると、一課の連中の視線が一点に集中していた。視線の先には、肩を落として憔悴(しょうすい)した山崎の姿があった。
 食堂とフロアを行ったり来たりしている城見を呼び止め、支店長室を借りる。シャッターが閉ざされた建物の密度は、より濃くなっていた。
山崎と安立は支店長室入り、座ると底に尻が着いてしまうくらいに柔らかくなったソファに座った。

「案外、長い間やられてたな」

安立の予想では、取り調べの時間は三時間ほどだと考えていた。

「最後は、ただの嫌味だけでしたけど」力なく山崎は笑っていた。

「散々話してきたやろうけど、昼間の電話をもう少し詳しく頼むわ」

しばしの沈黙が狭い空間を凝縮し、山崎を押し潰しそうに見えた。

「昼から銀行前に現金輸送車が来たんです。いつもは午前中に回ってくるし、現に、もう現金の回収は終わってました。何やろうって思って見張ってたら、警備会社の人間と宮本、それと女性行員が一名、車に乗り込んで追いました」

 山崎は冷静に報告をしていたが、顔には悔しさが滲み出ていて、言葉の端々にも感じられた。

「それで」

安立は責める気持ちはなかった。予想外を想定しなければならいが、今回は想定を大幅に超えていた。

「いつも通り、バイクで宮本を尾けてました。車は蓮浄寺で止まりました。寺に入って行って、二時間半ほどで戻ってきて、袋を車に詰めて、また移動し始めたんです。遠野さんと、ようわからんけど、寺の金を銀行に持って行く状況は分かったんで、尾行を続けました」

 山崎の眉間に深い皺が浮かんだ。歯を食い縛っているのか、頬が微かに震えていた。

「自分は違う道に回り込んで、遠野さんからの連絡を受けながら移動してて、入れ替わるタイミングを図ってました。ほんだら、急に連絡が切れたんです。遠野さんからの連絡で、大体の場所は分かってたんで、直ぐに向かたったら、警備会社の人間と遠野さんが倒れてて、女性行員は道の隅で泣いてました。肝心の宮本の姿は、見当たりませんでした」
「お前は目撃、間に合わへんかってんな。現場まで、どれくらいで着いたんや?」
「二分ほどです」

目と鼻の先で起こった事件の手がかりを掴めなかった山崎は、不甲斐なさを責めてるようだった。

「そうか。起こってしもたもんは、しゃあない。あとは一課の仕事やし、ジュンジュンが現場におって、警備会社もおったのに、現金は盗まれたんや。お前がおっても結果は変わらんかったやろう」

 山崎は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。思いがけない場面で、刑事は苦渋を舐めさせられるものだ。何度も苦い思いをしながら、次へのステップになる。

「現金輸送車強奪の連絡が入って直ぐに、ガサに入ったんや。遠野は殴られて、スタンガンでやられただけで、どうってことはない。知捜は知捜の仕事をするんや」

 山崎は気持ちを断ち切れたのか「失礼します」と部屋を出て行った。
複数犯で、それもかなり計画的な犯行だ。いったい何のために犯人たちは宮本を連れ去ったのか。人質なら女性行員が適任だったはず。安立は、遠野から話を聞かなければと考えた。



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「大垣さん。安立です。今、ええですか?」なるべく声のトーンを落とした。
「家やから、大丈夫ですけど。どしたんですか? 今日は取引(とりち)課長(ょう)の引き出しはなかったですけど」
「いや、大垣さんが気付いてる不正出金分の伝票、在籍してた支店名を分かるだけでええんで、調べてメールで送って欲しいんですよ」
「−−はあ、でも、警察の人が入ってきて調べたらええんちゃうんですか?」

通報してその先に関わるとは思っていなかったのか、かなり不思議そうな声だった。

「それがまだ、できないんで協力して欲しいんですよ」

 香奈恵の声のトーンが上がり「できるだけのことしかできませんが、必ず連絡します」と電話を切った。香奈恵は約束通り、数日の内に送ってきてくれたが、文末にはデート誘いが書かれてあった。安立は文末だけ、見なかったことにした。

宮本の金の使い方は、第二地銀の給与から考えれば、地味ではあるが派手ではある。安立は内偵の結果を纏め、釣鐘に報告をした。
「ほんだら令状を取って、やったればええ」と男気のある笑みを浮かべ、一言だけ言い放った。


      
少し遅い昼を食べ始めた安立の携帯が鳴った。画面には山崎の名前が出ている。
点滅する名前が、安立に警告をしているように見えて、森の枝葉が激しく擦り合うざわめきが胸元で起こった。

「安立や」
「山崎です。現金輸送車が襲われて、遠野さんらが負傷してます」
「どういうことや?」

胸元のざわめきが激しくなり、風雨が体の中で吹き荒れた。

「今日、寺から大金を支店に運ぶ手筈やったみたいなんです。遠野さんと急に連絡が取れへんようになったんで、聞いてた位置まで行ったんです。ほんだら女性行員は蹲(うずくま)って泣いてて、遠野さんと警備会社の人間二人が、倒れてました。現金は持って行かれた後でした」
「ちょっと待て。宮本は?」

鼓動が早くなり、耳の後ろで激しく血が流れている音が、直接頭に聞こえている。

「それが……見当たらへんのですわ。連れされたんか、それとも」か

電話の向こうから、サイレンの音が聞こえてくる。現金輸送車強奪事件となれば、直ぐに一課が駆けつけて、捜査本部が立ち上がるはず。

「山崎。明日に予定してたガサは、今日これからに変更や。お前は数時間、一課から事情聴取されるやろうから、終わったら直ぐ支店にこい」

 山崎は「はい」と電話を切った。
安立は直ぐに捜査員全員を招集した。連絡をしている間、ずっと安立の中で何かが消化できないでいた。胃もたれのよう不快感が後頭部で起こっていた。

「安立! 現金輸送車が盗まれたぞ!」

 山崎との電話が終わって十分ほど経過して、釣鐘から電話が入った。聞こえてくる声は割れてはいたが、辛うじて言っている言葉は聞き取れた。
「尾行してた山崎から連絡が、つい今しがたありました。面倒な展開になってますわ。明日に予定にしていガサは急遽、今日これから入ることにします」
 想定外はいつでも起こる。たまたま今回に当たってしまったと、安立は言い聞かせた。

 落ち着いた口調に興を削がれたのか、波立っていた釣鐘の声も直ぐに穏やかさを取り戻した。

「遠野がやられたぞ」というので「知ってます」とだけ答えて電話を切った。
全員が集まったところで安立は声を張り上げた。

「急遽、予定変更をして、アーバネット銀行へは支店が閉まる三時にガサ入れや。理由は、香里ケ丘支店の現金輸送車が襲われたからや」

 捜査員たちの驚きの息遣いが、空気を震わせて聞こえない音を出している。遠野の状態がはっきりとしていなかったため、あえて話は出さなかった。
 準備を進める中で、メールが届いた。相手は淡路で「遠野は暴行後スタンガンで襲われたが、軽傷」と、簡潔な内容だった。

陽はまだ高いのに、香里ヶ丘支店の建物だけが黒いベールに包まれ暗然としていた。正反対に、周りは報道陣が集まって、お祭り騒ぎだ。安立が中に入る時に、何人かの報道陣に付きまとわれた。
安立が香里ケ丘支店内に入ると、一課が知捜の予定した場所をすでに陣取っていた。

「役立たず知捜が、何で来るんや」

 安立を見つけるや否や、捜査一課強盗犯捜査二係の高石警部補が詰め寄ってきた。酒を飲んでいるみたいに、顔を紅くしていて少し可愛らしい。
知捜の状況は一課にも既に伝わってはいるはずだから、嫌味だろう。安立は受けた嫌味を体の奥に沈め、高石を見下ろした。

高石は安立より一年先輩にあたる。身長は一六〇と小柄で、体のシルエットは、全体に丸い。本部ですれ違えば軽く会釈する程度の面識だった。ただ、それだけの間柄なのに、安立を見れば常に睨んでくる。
ただ睨んでいるのはわかるが、顔のフォルムとパーツのせいか、あまり威嚇されてる気になれなかった。その高石とは初めて今日、面と向かって口を聞くことになる。

「一課は一課でやっといてください。こっちは、こっちの仕事をするんで」

安立は高石に令状を見せた。やはり事情は分かっていたのか「ふん」と鼻息を荒くして戻っていった。
安立は一課の捜査員と話している城見に近づき、令状を見せた。

「行員による横領が発覚により、捜査に入る。協力お願いします」
「ちょ、ちょっと待ってください。見てわかりませんか? 現金輸送車が襲われて、金が取られたんですよ? 四億。四億や! 横領とか今、そんなこと、どうでもええから、車を探してくださいよ。泥棒を捕まえるのが仕事ちゃいますん?」
「はあ? 顧客の金を勝手に下ろして、使ってるのは泥棒とちゃうんか?」

城見は矛盾に気付いたのか、事の重大性に気付いたのか、蒼白になって血の気が引いている。

「平野課長と富田課長」城見が二人の男を呼んだ。

「業務課長の平野です。窓口業務を仕切ってます。富田は融資課長です。必要なもんは、二人に聞いて下さい。平野課長と富田課長、警察の人に協力してな」

顔が強張っている二人の課長は、力なく「はい」と返事をする。
平野はヒョロっとして眼鏡を掛けていて、富田は少し気の弱そうな男だった。二人に共通している点は、とにかく腰が低い、だった。

「場所を借りたいんやけど」
「二階に食堂があるんで、案内します」

 平野は腰を曲げ、頭を下げるのが癖になっている男だった。

「すんません。横領って、誰が、ですか?」

 威勢がなくなった、ゆっくりと空気が漏れるような城見の声だった。

「それは、言えません」安立は切り捨てた。
古いコンクリートの階段は、ひんやりとしていた。階段を上り切り左に曲がって直ぐに、大きな金庫があった。
食堂は通路の突き当たりにあって、一課が既に陣地を作り上げていた。安立たちが中に入ると、視線が集中した。

食堂は逆L字になっている。安立は一課の捜査員に、一番奥を開けるように言い放った。縮こまっている平野に仕切る物がないか聞いた。

「パーティションがあります」

安立は藤井と高津にスペース作りをさせ、一階に戻った。
他の知捜のメンツは既に書類を箱詰めし始めている。捜査員たちも事態は把握していて、遠野の心配をしていないわけではない。ただ各々のすべき任務を今は全うしている。人数が減っても、誰も文句は言わなかった。

一課、知捜の捜査員、行員が混じり合う中、窓口に座っている香奈惠と目が合った。視線が安立を誘い、宮本の席が目に入る。
声と音で騒々しいはずなのに、安立だけが静寂の中に放り込まれたように、何も聞こえなくなった。頭の中で純粋に沸き上がってきた違和感がなんなのか、安立自身でも正体が掴めなかった。

 腹が空き始めて時計を見ると、七時を回っている。
 曲げていた首と背中を伸ばすと、気持ちいいくらいに骨の鳴る音がした。相変わらず手がかりが掴めないのか、食堂が静かになることはなかった。
 常に耳に入ってきていた音がなくなった時、安立の耳がおかしくなったのかと疑った。

パーティションから顔を覗かせると、一課の連中の視線が一点に集中していた。視線の先には、肩を落として憔悴(しょうすい)した山崎の姿があった。
 食堂とフロアを行ったり来たりしている城見を呼び止め、支店長室を借りる。シャッターが閉ざされた建物の密度は、より濃くなっていた。
山崎と安立は支店長室入り、座ると底に尻が着いてしまうくらいに柔らかくなったソファに座った。

「案外、長い間やられてたな」

安立の予想では、取り調べの時間は三時間ほどだと考えていた。

「最後は、ただの嫌味だけでしたけど」力なく山崎は笑っていた。

「散々話してきたやろうけど、昼間の電話をもう少し詳しく頼むわ」

しばしの沈黙が狭い空間を凝縮し、山崎を押し潰しそうに見えた。

「昼から銀行前に現金輸送車が来たんです。いつもは午前中に回ってくるし、現に、もう現金の回収は終わってました。何やろうって思って見張ってたら、警備会社の人間と宮本、それと女性行員が一名、車に乗り込んで追いました」

 山崎は冷静に報告をしていたが、顔には悔しさが滲み出ていて、言葉の端々にも感じられた。

「それで」

安立は責める気持ちはなかった。予想外を想定しなければならいが、今回は想定を大幅に超えていた。

「いつも通り、バイクで宮本を尾けてました。車は蓮浄寺で止まりました。寺に入って行って、二時間半ほどで戻ってきて、袋を車に詰めて、また移動し始めたんです。遠野さんと、ようわからんけど、寺の金を銀行に持って行く状況は分かったんで、尾行を続けました」

 山崎の眉間に深い皺が浮かんだ。歯を食い縛っているのか、頬が微かに震えていた。

「自分は違う道に回り込んで、遠野さんからの連絡を受けながら移動してて、入れ替わるタイミングを図ってました。ほんだら、急に連絡が切れたんです。遠野さんからの連絡で、大体の場所は分かってたんで、直ぐに向かたったら、警備会社の人間と遠野さんが倒れてて、女性行員は道の隅で泣いてました。肝心の宮本の姿は、見当たりませんでした」
「お前は目撃、間に合わへんかってんな。現場まで、どれくらいで着いたんや?」
「二分ほどです」

目と鼻の先で起こった事件の手がかりを掴めなかった山崎は、不甲斐なさを責めてるようだった。

「そうか。起こってしもたもんは、しゃあない。あとは一課の仕事やし、ジュンジュンが現場におって、警備会社もおったのに、現金は盗まれたんや。お前がおっても結果は変わらんかったやろう」

 山崎は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。思いがけない場面で、刑事は苦渋を舐めさせられるものだ。何度も苦い思いをしながら、次へのステップになる。

「現金輸送車強奪の連絡が入って直ぐに、ガサに入ったんや。遠野は殴られて、スタンガンでやられただけで、どうってことはない。知捜は知捜の仕事をするんや」

 山崎は気持ちを断ち切れたのか「失礼します」と部屋を出て行った。
複数犯で、それもかなり計画的な犯行だ。いったい何のために犯人たちは宮本を連れ去ったのか。人質なら女性行員が適任だったはず。安立は、遠野から話を聞かなければと考えた。



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