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夜の捜査会議で、宮本が姿を見せていた場所のコンビニが、藤井たちと安立の持ち帰ってきたデータで六件が判明した。安立は、他の捜査員たちの報告に耳を傾けた。

「尾行は、どうやった?」

遠野が手帳を捲る。

「今日は、ほとんどが顧客先を回り、確認できた個人宅が七件、商店を三件です」
「八尾のほうは何か出たか?」

期待が自然と体を前のめりにさせた。

「元々、金融機関を希望していましたが結局、内定が取れたのがアーバネットだけでした。高校、中学と遡ってみましたけど、犯罪歴はないし、何人かの同級生に聞いても、明るくもなく暗くもなく、特に記憶に残ることもない人物、ってところですわ」

 八尾が大きく一息吹いた。特に収穫がなかった時に出る癖だった。

「大学の成績も真ん中、サークル活動はしてたけど、そんな熱心やったわけではなかったようですわ。ただ、カラオケ店のバイトは長く続けてたと聞きました」
「家族は?

」安立の期待は、一気に空気が抜けた風船みたいに萎んでいく。

「両親は、宮本が就職して一年後に母親、翌年に父親が、病気で他界してました。兄弟はおらんで、親戚付き合いもしてなし。特定の女もおらんで、このまま行けば、孤独死ですわ」

 特に、これと言った収穫はなかった。
解散後、安立は捜査員が回収してきた映像を、萱島に手伝わせてチェックを始める。念のため宮本は写り込んでいる数カ月前から見始めた。
宮本の映像は、キャッシュカードで現金を引き出している回数よりも、札を入金している回数が遙かに多い。黒には間違いない。もう少し、宮本のプライベートを調べる必要があった。

入ってきた金がどこで使われているのかがだいたい掴めれば、銀行の本店に聞きこみに入ればいい。おおよその動きを、安立は頭の中で組み立てた。
    


週末、安立と萱島は、宮本の尾行に入った。

「住んでるマンションは、普通のありふれた単身者用のマンションなんですね」
「そうやな。木曜金曜は飯を食って帰宅。特に変わった行動はなかったな」

宮本のマンションは、香里ケ丘支店から大阪方面の一つ先の駅にあった。駅前には大型スーパーや飲食店があり、なかなか賑やかな場所だ。
駅の東口から降りて、新しくできた大学の前を通った三つめの筋を入った白い三階建てで、道が綺麗に整備されて広くなっている。おかげで車でも、歩きでも、尾行はしやすい。

山崎と遠野が、マンションの入口を車で見張り、大学生にしか見えない格好の萱島と、休日のお父さんのコンセプトの安立が、筋に入る前にあるコンビニ近くで待機していた。

「すみません。あの、どうかしましたか?」

コンビニの二〇台半ばの女性店員が声を掛けてきた。
 化粧が濃く、目が異様に大きく見えるメイクをしている。娘の桜子には、こんなメイクはさせたくないなと、父親心に感じた。

「ちょっと、人と待ち合わせをしてるだけなんで。邪魔、ですかね?」
「いえ。ちょっと知ってる人に似てたんで……」

店員は言葉を切ったまま安立の前から動かない。
 萱島を見ると、安立を横目に携帯で自撮りをしていた。

「あの、携帯番号を交換しませんか?」

 またか。と安立は知らない人と番号の交換はできないと、はっきりと断った。女性は「そうですよね。すみません」と、愛想笑いをして、店に戻っていった。

「流石は安立さん。女ホイホイですね。何のフェロモン出してるんですか」

 昔から、よく女性に声を掛けられたり、待ち伏せされたりする経験が多かった。特に男前という訳でもない。歳をとっても何故か変わらず、町を歩けば、必ず声を掛けられる。普通の男なら嬉しい出来事でも、知らない女性に声を掛けられるのは面倒だし、職務上障害にしかならない。

「分かってるんやったら、自分の写真ばっかり撮ってんと、上司を助けろ」

 頭を鷲掴みしようとした安立に危険を感じた萱島は、サッと身をかわして、不発に終わった。
九月とはいえ、日中の日差しはまだ力強く、アスファルトからの照り返しも眩しい。車ならば遠野たちが、電車で移動ならば安立たちが追いかける。

「でも普通、週末の金曜日って、どこかに寄りそうなもんですよね。顧客からくすねてる金もあるやろうに」

萱島は、片手間にスマートフォンで何かを打ち込んでいた。安立も萱島と同じ考えだった。
もう少し派手に使ってもいいはずだ。貯め込んでいるのか、見えないところで使っているのかまだ掴めない。
砂嵐の耳障りな音の直後に、山崎の鮮明な声が聞こえてきた。

「出できました。どうも徒歩で、どっかに行くみたいです」

「分かった」と短く答えた。宮本がマンション前の道をこちらに向かってくるのを確認し、萱島とも距離を取った。
宮本は黒っぽいスボンの裾をクルッと丸め、素足に靴を履いている。白いシャツの胸元にはシルバーのアクセサリーをして、伊達眼鏡をしていた。

「だいぶ雰囲気がちゃいますね。デートですかね?」

無線で萱島が話し掛けてきた。

「女やったらありがたいわ。見失いなや」と、無線越しに空気を引き締めた。
改札を通り過ぎた宮本は、大阪方面行きの電車に乗って、京橋から大阪鶴見緑地線に乗り換え、心斎橋まで出た。安立は、藤井と高津(たかつ)の二人に連絡し、応援要請をしておいた。

移動中の宮本は、ひたすらスマホを触っているだけだった。地下から地上に出て、大丸百貨店の前で立ち止まると、周りを気にしながら携帯を何度も見ている。

「女ですね」

萱島は得意気だった。

「わからんで。友達かもしれん」

 五分ほどして来たのは女だった。その間に、安立は一人の中年女性に声を掛けられて、追い払っていた。
宮本の前に現れたのは、低いヒールのサンダルに、七分丈の黒いパンツ。袖がレースになった白いトップスで、肩に掛かる髪は光に当たるとほんのり茶色い。
 化粧もナチュラル・メイクで、品のいい装いだった。お水の雰囲気はなく、あまり面識もないやり取りに見えた。

「何か……気持ち悪い感じしません?」
「しっくりこうへんな。とりあえず人が多いから、絶対に見失いなや」

二人はそのまま百貨店に入っていき、地下で惣菜や飲み物を買っている。
暑い中、どこか外で食べるつもりなのか、アミューズメント施設にでも行く予定なのだろうか。室内なら有難たかった。

買い物を済ませた二人は、そのまま店を出て、細い路地へと歩き出した。車一台しか通れない道の両脇には、ビルが密集して立ち並んでいる。
統一性がなく、キャバクラがあるかと思えば、普通の居酒屋、雑貨屋と町を掻き混ぜたみたいに混沌としていた。
結局、二人が入っていったのは、ラブホテルだった。

「まだ昼前やで。萱島、買っとった食べ物は、もしかして中で食べるんか?」
「そうですよ。フリータイムが夕方五時までやから、それまでは出てこうへんのちゃいますかね?」

馬鹿らしいと、藤井と高津が来たら交代して昼を食べに行くことにした。
 目に入ったラーメン屋に入って待っている間、ふと、安立は疑問に思った。

「文ちゃん、ラブホに入ったことあるんか? 相手は、女、やんな?」
「女に決まってるじゃないですか。でも、いい思い出はないですね。そもそも安立さんの中で、俺ってどんな位置なんですか」

 安立の言葉にかなり呆れている様子だったが、今の萱島を知っている限り、仕方がないかと思う反面、一応異性にも興味があるのかと、どこかホッとした。

「ごめんごめん。文ちゃんはそんな場所に行くタイプに見えへんかったからな。そうか。そこで女に幻滅したんやな」

安立は、出されたラーメンを啜った。

 隣で萱島が「その反対ですよ」と言って、ラーメンを啜り始めた。
夕方からは、藤井たちと四人で尾行を続けた。宮本は、ホテルの女とは途中で別れ、次に向かったのは、ブランド品が並ぶブティック街の長堀通りだった。
宮本は、有名ブランド店に入って出てくると必ず、店のロゴが入った紙袋を手にぶら下げていた。入れ違いに高津たちが店に入り、宮本が何を買ったかを聞きに入る。

買い物をし終えた最後は、カウンターがある寿司屋に入って食事を済ませ、宮本はマンションに戻った。




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「尾行は、どうやった?」

遠野が手帳を捲る。

「今日は、ほとんどが顧客先を回り、確認できた個人宅が七件、商店を三件です」
「八尾のほうは何か出たか?」

期待が自然と体を前のめりにさせた。

「元々、金融機関を希望していましたが結局、内定が取れたのがアーバネットだけでした。高校、中学と遡ってみましたけど、犯罪歴はないし、何人かの同級生に聞いても、明るくもなく暗くもなく、特に記憶に残ることもない人物、ってところですわ」

 八尾が大きく一息吹いた。特に収穫がなかった時に出る癖だった。

「大学の成績も真ん中、サークル活動はしてたけど、そんな熱心やったわけではなかったようですわ。ただ、カラオケ店のバイトは長く続けてたと聞きました」
「家族は?

」安立の期待は、一気に空気が抜けた風船みたいに萎んでいく。

「両親は、宮本が就職して一年後に母親、翌年に父親が、病気で他界してました。兄弟はおらんで、親戚付き合いもしてなし。特定の女もおらんで、このまま行けば、孤独死ですわ」

 特に、これと言った収穫はなかった。
解散後、安立は捜査員が回収してきた映像を、萱島に手伝わせてチェックを始める。念のため宮本は写り込んでいる数カ月前から見始めた。
宮本の映像は、キャッシュカードで現金を引き出している回数よりも、札を入金している回数が遙かに多い。黒には間違いない。もう少し、宮本のプライベートを調べる必要があった。

入ってきた金がどこで使われているのかがだいたい掴めれば、銀行の本店に聞きこみに入ればいい。おおよその動きを、安立は頭の中で組み立てた。
    


週末、安立と萱島は、宮本の尾行に入った。

「住んでるマンションは、普通のありふれた単身者用のマンションなんですね」
「そうやな。木曜金曜は飯を食って帰宅。特に変わった行動はなかったな」

宮本のマンションは、香里ケ丘支店から大阪方面の一つ先の駅にあった。駅前には大型スーパーや飲食店があり、なかなか賑やかな場所だ。
駅の東口から降りて、新しくできた大学の前を通った三つめの筋を入った白い三階建てで、道が綺麗に整備されて広くなっている。おかげで車でも、歩きでも、尾行はしやすい。

山崎と遠野が、マンションの入口を車で見張り、大学生にしか見えない格好の萱島と、休日のお父さんのコンセプトの安立が、筋に入る前にあるコンビニ近くで待機していた。

「すみません。あの、どうかしましたか?」

コンビニの二〇台半ばの女性店員が声を掛けてきた。
 化粧が濃く、目が異様に大きく見えるメイクをしている。娘の桜子には、こんなメイクはさせたくないなと、父親心に感じた。

「ちょっと、人と待ち合わせをしてるだけなんで。邪魔、ですかね?」
「いえ。ちょっと知ってる人に似てたんで……」

店員は言葉を切ったまま安立の前から動かない。
 萱島を見ると、安立を横目に携帯で自撮りをしていた。

「あの、携帯番号を交換しませんか?」

 またか。と安立は知らない人と番号の交換はできないと、はっきりと断った。女性は「そうですよね。すみません」と、愛想笑いをして、店に戻っていった。

「流石は安立さん。女ホイホイですね。何のフェロモン出してるんですか」

 昔から、よく女性に声を掛けられたり、待ち伏せされたりする経験が多かった。特に男前という訳でもない。歳をとっても何故か変わらず、町を歩けば、必ず声を掛けられる。普通の男なら嬉しい出来事でも、知らない女性に声を掛けられるのは面倒だし、職務上障害にしかならない。

「分かってるんやったら、自分の写真ばっかり撮ってんと、上司を助けろ」

 頭を鷲掴みしようとした安立に危険を感じた萱島は、サッと身をかわして、不発に終わった。
九月とはいえ、日中の日差しはまだ力強く、アスファルトからの照り返しも眩しい。車ならば遠野たちが、電車で移動ならば安立たちが追いかける。

「でも普通、週末の金曜日って、どこかに寄りそうなもんですよね。顧客からくすねてる金もあるやろうに」

萱島は、片手間にスマートフォンで何かを打ち込んでいた。安立も萱島と同じ考えだった。
もう少し派手に使ってもいいはずだ。貯め込んでいるのか、見えないところで使っているのかまだ掴めない。
砂嵐の耳障りな音の直後に、山崎の鮮明な声が聞こえてきた。

「出できました。どうも徒歩で、どっかに行くみたいです」

「分かった」と短く答えた。宮本がマンション前の道をこちらに向かってくるのを確認し、萱島とも距離を取った。
宮本は黒っぽいスボンの裾をクルッと丸め、素足に靴を履いている。白いシャツの胸元にはシルバーのアクセサリーをして、伊達眼鏡をしていた。

「だいぶ雰囲気がちゃいますね。デートですかね?」

無線で萱島が話し掛けてきた。

「女やったらありがたいわ。見失いなや」と、無線越しに空気を引き締めた。
改札を通り過ぎた宮本は、大阪方面行きの電車に乗って、京橋から大阪鶴見緑地線に乗り換え、心斎橋まで出た。安立は、藤井と高津(たかつ)の二人に連絡し、応援要請をしておいた。

移動中の宮本は、ひたすらスマホを触っているだけだった。地下から地上に出て、大丸百貨店の前で立ち止まると、周りを気にしながら携帯を何度も見ている。

「女ですね」

萱島は得意気だった。

「わからんで。友達かもしれん」

 五分ほどして来たのは女だった。その間に、安立は一人の中年女性に声を掛けられて、追い払っていた。
宮本の前に現れたのは、低いヒールのサンダルに、七分丈の黒いパンツ。袖がレースになった白いトップスで、肩に掛かる髪は光に当たるとほんのり茶色い。
 化粧もナチュラル・メイクで、品のいい装いだった。お水の雰囲気はなく、あまり面識もないやり取りに見えた。

「何か……気持ち悪い感じしません?」
「しっくりこうへんな。とりあえず人が多いから、絶対に見失いなや」

二人はそのまま百貨店に入っていき、地下で惣菜や飲み物を買っている。
暑い中、どこか外で食べるつもりなのか、アミューズメント施設にでも行く予定なのだろうか。室内なら有難たかった。

買い物を済ませた二人は、そのまま店を出て、細い路地へと歩き出した。車一台しか通れない道の両脇には、ビルが密集して立ち並んでいる。
統一性がなく、キャバクラがあるかと思えば、普通の居酒屋、雑貨屋と町を掻き混ぜたみたいに混沌としていた。
結局、二人が入っていったのは、ラブホテルだった。

「まだ昼前やで。萱島、買っとった食べ物は、もしかして中で食べるんか?」
「そうですよ。フリータイムが夕方五時までやから、それまでは出てこうへんのちゃいますかね?」

馬鹿らしいと、藤井と高津が来たら交代して昼を食べに行くことにした。
 目に入ったラーメン屋に入って待っている間、ふと、安立は疑問に思った。

「文ちゃん、ラブホに入ったことあるんか? 相手は、女、やんな?」
「女に決まってるじゃないですか。でも、いい思い出はないですね。そもそも安立さんの中で、俺ってどんな位置なんですか」

 安立の言葉にかなり呆れている様子だったが、今の萱島を知っている限り、仕方がないかと思う反面、一応異性にも興味があるのかと、どこかホッとした。

「ごめんごめん。文ちゃんはそんな場所に行くタイプに見えへんかったからな。そうか。そこで女に幻滅したんやな」

安立は、出されたラーメンを啜った。

 隣で萱島が「その反対ですよ」と言って、ラーメンを啜り始めた。
夕方からは、藤井たちと四人で尾行を続けた。宮本は、ホテルの女とは途中で別れ、次に向かったのは、ブランド品が並ぶブティック街の長堀通りだった。
宮本は、有名ブランド店に入って出てくると必ず、店のロゴが入った紙袋を手にぶら下げていた。入れ違いに高津たちが店に入り、宮本が何を買ったかを聞きに入る。

買い物をし終えた最後は、カウンターがある寿司屋に入って食事を済ませ、宮本はマンションに戻った。




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