13

ー/ー



 朝、安立は用意したコーヒーを片手に、八時二十八分に会議室に入った。ただ一席を残して、メンバーは揃っていた。
 三十分ちょうどに扉が勢いよく開き、スラっとした体型で、髪をオールバックにした捜査二課長の釣鐘(つりがね)晴臣(はるおみ)警視が大股で歩いて、椅子に座る。

「会議を始めるで。知能一から」

 各係が、その日の行動予定を的確に発言していく。全ての報告が終わった後、安立は手を挙げた。

「何や。安立」

釣鐘は脚と手を組んで、後ろに大きく仰け反る。

「昨日、アーバネット銀行の行員から、横領の通報がありました。渉外課長が、顧客の預金を勝手に引き出してるようだ、と」
「ほんだら、お前んとこの班やねんから、やればええ。他には?」

静まり返った数秒後、釣鐘の野太くて大きな「解散」の声で、各自が持ち場へと戻っていく。
部屋に戻った安立は、捜査員を集めた。

「昨日、アーバネット銀行の行員による横領疑惑の通報があった。分かってるのは、宮本正守の氏名のみ。写真は通報者が携帯で撮ったものしかなく、遠目で、あまり写りはよくない」

安立は全員に写真を転送した。次いで安立は萱島に地図を持ってこさせ、机に広げた。

「ここがアーバネット銀行香里ケ丘支店や。顧客の預金をチョロチョロ下ろして、そのまま持ってることはないやろう。どっかのATMを使って入金してるはずや。東西南北にある、コンビニのATMに絞って防犯カメラで宮本が映ってないか探せ」

 捲し立てた安立は、一呼吸を置いて続けた。

「同業者のいる場所の機械は、使わんはずや。どこで繋がってるか分からんからな。不特定多数で出入りが激しいコンビニが、一番利用する可能性が高い。尾行と張り込みを並行する。それに一箇所のコンビニだけを使い続けるとは限らん。入金してる画像が多く集まれば、それだけ価値が上がる」

 安立は支店を中心に円を描き、自分たちは東西、藤井、高津を西南に、八尾巡査部長と柏原巡査長には、身辺調査を割り振った。半径二キロメートルで、おおよそ六十軒前後、そんなに時間は掛からないだろう。

「今橋、安倍、山崎とジュンジュンは、宮本の尾行には交通課からバイクを借りていけ。それと鮮明な写真を撮ってこい。以上!」

ジュンジュンこと遠野巡査長は、今時に珍しい七三分けをしている男で、口数も少ない。冗談が通じないところもあるが、堅苦しくてからかうと面白みのある男だった。安立たちは親しみを込めて、ジュンンジュンの愛称で呼んでいた。
安立の一声で、各自が散っていく。安立と萱島も車に乗り込み、レンズに映っている宮本を探しに出た。




途中、スマホに送られてきた鮮明な宮本の画像を、コンビニ専用のアプリを立ち上げて、コピー機でプリントアウトした。
送られてきた写真を元に聞き込む。だが、覚えがないと否認され、中々目撃情報は手に入らない。

「安立さん。なんで同じ系列のコンビニが、離れずにあるんですかね。まだ、ちゃうコンビニやったら商品が選べるのに」
「オーナーに競争させて、売上を絞り上げるからやろ。次、行くで」

朝から車を走らせ、時間の感覚もなく、ふと見上げた空が赤くなり始めた頃だった。少し住宅街に入ったコンビニで宮本の写真を見せた。

「たまに来はりますよ。だいだい、昼前後かな?」

眼鏡を掛けた、少し暗そうな店員が、安立が聞きたかった言葉を、やっと言ってくれた。

「最近ではいつ来たか、覚えてはります?」
「七月末か八月の頭かな?」

安立と萱島は互いの顔を見て頷く。

「防犯カメラを見せてもらえますか」
「はい。店長を呼んできます」

店の奥の飲料売場にある、アルミ製の扉へと入っていった。直ぐに、四十代くらいの白髪交じりの店長を連れてきた。

「刑事さん、て聞いたんですけど」安立は警察手帳を見せた。
「防犯カメラを見せてもらえますか?」
「何か、事件ですか?」
「それは守秘がありますので」店長は、初めから期待はしていなかったのか「どうぞ」と、バックヤードに案内された。

薄暗い室内の、書類が山積みになったデスクの隅に液晶画面があった。パイプ椅子を借りて、早速アルバイトが言っていた期間まで映像を遡る。
机の脇のゴミ箱に捨てられた弁当の空箱の匂いが鼻につく。確認している間は、店長には部屋を出て行ってもらった。

萱島は「うわあっ」とハンカチを口元に当て、顔を歪ませていた。
「このコンビニだけですかね?」萱島は、画面に顔を近づけて、独り言みたいに呟く。
顧客の口座から下ろした金を、そのまま全額入金しているとは考え難いし、使うコンビニは、日によって場所は違うはずだと安立は考えている。

萱島が「あっ!」と声を出して、映像を止めた。
「これ、宮本とちゃいますかね?」店の前にバイクを止め、黒いバッグを持って店内に入ってきた男は、真っ直ぐATMに向かった。あまり画質は良くないが、間違いなく宮本だった。

「俺、ほんま最高やと思いません?」と、画面に見入っていた。
「そうやな。文ちゃんは最高や」安立は、激しく萱島の頭を撫で回し、萱島が大きな声を出して店長てて戻ってきた。
店長にデータをUSBにコピーさせてもらい、店を出て、まだ残っているコンビニに車を回した。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


14

next-novels
表示設定 表示設定
ツール 目次
前のエピソード 12

13

ー/ー

 朝、安立は用意したコーヒーを片手に、八時二十八分に会議室に入った。ただ一席を残して、メンバーは揃っていた。
 三十分ちょうどに扉が勢いよく開き、スラっとした体型で、髪をオールバックにした捜査二課長の釣鐘(つりがね)晴臣(はるおみ)警視が大股で歩いて、椅子に座る。

「会議を始めるで。知能一から」

 各係が、その日の行動予定を的確に発言していく。全ての報告が終わった後、安立は手を挙げた。

「何や。安立」

釣鐘は脚と手を組んで、後ろに大きく仰け反る。

「昨日、アーバネット銀行の行員から、横領の通報がありました。渉外課長が、顧客の預金を勝手に引き出してるようだ、と」
「ほんだら、お前んとこの班やねんから、やればええ。他には?」

静まり返った数秒後、釣鐘の野太くて大きな「解散」の声で、各自が持ち場へと戻っていく。
部屋に戻った安立は、捜査員を集めた。

「昨日、アーバネット銀行の行員による横領疑惑の通報があった。分かってるのは、宮本正守の氏名のみ。写真は通報者が携帯で撮ったものしかなく、遠目で、あまり写りはよくない」

安立は全員に写真を転送した。次いで安立は萱島に地図を持ってこさせ、机に広げた。

「ここがアーバネット銀行香里ケ丘支店や。顧客の預金をチョロチョロ下ろして、そのまま持ってることはないやろう。どっかのATMを使って入金してるはずや。東西南北にある、コンビニのATMに絞って防犯カメラで宮本が映ってないか探せ」

 捲し立てた安立は、一呼吸を置いて続けた。

「同業者のいる場所の機械は、使わんはずや。どこで繋がってるか分からんからな。不特定多数で出入りが激しいコンビニが、一番利用する可能性が高い。尾行と張り込みを並行する。それに一箇所のコンビニだけを使い続けるとは限らん。入金してる画像が多く集まれば、それだけ価値が上がる」

 安立は支店を中心に円を描き、自分たちは東西、藤井、高津を西南に、八尾巡査部長と柏原巡査長には、身辺調査を割り振った。半径二キロメートルで、おおよそ六十軒前後、そんなに時間は掛からないだろう。

「今橋、安倍、山崎とジュンジュンは、宮本の尾行には交通課からバイクを借りていけ。それと鮮明な写真を撮ってこい。以上!」

ジュンジュンこと遠野巡査長は、今時に珍しい七三分けをしている男で、口数も少ない。冗談が通じないところもあるが、堅苦しくてからかうと面白みのある男だった。安立たちは親しみを込めて、ジュンンジュンの愛称で呼んでいた。
安立の一声で、各自が散っていく。安立と萱島も車に乗り込み、レンズに映っている宮本を探しに出た。




途中、スマホに送られてきた鮮明な宮本の画像を、コンビニ専用のアプリを立ち上げて、コピー機でプリントアウトした。
送られてきた写真を元に聞き込む。だが、覚えがないと否認され、中々目撃情報は手に入らない。

「安立さん。なんで同じ系列のコンビニが、離れずにあるんですかね。まだ、ちゃうコンビニやったら商品が選べるのに」
「オーナーに競争させて、売上を絞り上げるからやろ。次、行くで」

朝から車を走らせ、時間の感覚もなく、ふと見上げた空が赤くなり始めた頃だった。少し住宅街に入ったコンビニで宮本の写真を見せた。

「たまに来はりますよ。だいだい、昼前後かな?」

眼鏡を掛けた、少し暗そうな店員が、安立が聞きたかった言葉を、やっと言ってくれた。

「最近ではいつ来たか、覚えてはります?」
「七月末か八月の頭かな?」

安立と萱島は互いの顔を見て頷く。

「防犯カメラを見せてもらえますか」
「はい。店長を呼んできます」

店の奥の飲料売場にある、アルミ製の扉へと入っていった。直ぐに、四十代くらいの白髪交じりの店長を連れてきた。

「刑事さん、て聞いたんですけど」安立は警察手帳を見せた。
「防犯カメラを見せてもらえますか?」
「何か、事件ですか?」
「それは守秘がありますので」店長は、初めから期待はしていなかったのか「どうぞ」と、バックヤードに案内された。

薄暗い室内の、書類が山積みになったデスクの隅に液晶画面があった。パイプ椅子を借りて、早速アルバイトが言っていた期間まで映像を遡る。
机の脇のゴミ箱に捨てられた弁当の空箱の匂いが鼻につく。確認している間は、店長には部屋を出て行ってもらった。

萱島は「うわあっ」とハンカチを口元に当て、顔を歪ませていた。
「このコンビニだけですかね?」萱島は、画面に顔を近づけて、独り言みたいに呟く。
顧客の口座から下ろした金を、そのまま全額入金しているとは考え難いし、使うコンビニは、日によって場所は違うはずだと安立は考えている。

萱島が「あっ!」と声を出して、映像を止めた。
「これ、宮本とちゃいますかね?」店の前にバイクを止め、黒いバッグを持って店内に入ってきた男は、真っ直ぐATMに向かった。あまり画質は良くないが、間違いなく宮本だった。

「俺、ほんま最高やと思いません?」と、画面に見入っていた。
「そうやな。文ちゃんは最高や」安立は、激しく萱島の頭を撫で回し、萱島が大きな声を出して店長てて戻ってきた。
店長にデータをUSBにコピーさせてもらい、店を出て、まだ残っているコンビニに車を回した。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


14

next-novels