7
7/40週が明けて、日中は業務をこなしながら、頭の片隅では青山たちの話を思い出していた。夕方からは、城見だけがいつもと違っていた。
「明日には日本におらんって、変な感じやわ。溜まってる有給も使うから、ちょっと皆より長く取らしてもらうけど、頼むわな。信頼の置ける仕事をしてくれるから、ほんま有り難いって思ってるんやで」
城見は、淡々と窓口を締めている大垣たちの後ろに立って、腹を揺らして嬉しそうだった。
宮本の場所からは、光の加減で城見が飛ばしている唾が見えて、不快感しかなかった。城見はその後、融資課に移動して、似たような話をしていた。
満足した城見は、宮本と平野に、あれこれと細かく指示を出してきた。
「ほんだら、平野くん、金庫はいつも通り頼むわ」
「シュ店長も夏休み休暇、楽しゅんできてくだシャい」
平野は当たり障りのない返事をしていたが、どうやら差し歯が抜けているのか、何ともマヌケな声を出していた。
ただ、城見の話に対して、誰もどこに行くのかを聞き返さなかったので、宮本にも分からなかった。城見は浮足立って一足先に帰り、支店長代行として宮本は最後に支店を出た。
八時までまだ一時間はあるが、やはり厳しい。青山と別れる時間も、今は読めない。頭がその気になると、連動して女を抱く準備段階に体が入る。勝負を賭ける前に、男の儀式として、ぶっ込んでおきたい。早く待ち合わせの時間にならないかと、宮本は何度も時間を確認していた。
約束した時間の十五分前に店に着くと、既に青山は部屋で待っていると言われた。案内された部屋で、青山は片膝を立て一人で晩酌をしていた。
「すんません。お待たせして」
「いやいや。こっちが早く着いただけですわ」
青山は慌てて座り直した。
「適当に料理は頼んでるんで。酒も直ぐに来ますわ」
「ありがとうございます。麻生は?」
「麻生さんは来ませんよ。先日の話は、どちらかというと、うち主導ですからな」
何だか先週と比べて、青山の態度が横柄になっている気がした。だが、ファイナンス会社の人間ならこんなものかと考えた。
酒が運ばれてくる間、お互い話しかけることはなかった。やっと料理などが出揃ったところで口蓋を切ったのは、青山だった。
「早速ですが、これ、渡しときます」
青山は鞄から茶封筒を取り出した。
「これは?」
「融資の際に必要になる書類ですわ」
宮本は、目の前に置かれた封筒を手に取り、中身を確かめる。商業登記簿謄本、決算書類一式などの書類が一通り入っていた。しかし問題があった。
「青山さん。一番の問題がありますわ。支店長が決済してくれるかどうか、ですわ。うちに口座を持ってはるけど、取引が薄いし」
城見は案外、警戒心が強く、危ないと思う先には融資を許さない。目は確かで、以前に断った先が他行で借り入れ、その後、夜逃げ倒産をしている。
「城見支店長、遅い休みに入りはったでしょ?」
「何で知ってはるんですか?」
青山は右の指先で何かを丸めるように、こすり合わせている。
「そりゃあ、今からお世話になろうってしている先ですからね」
何もかも調べられている。宮本も丸裸にされているのかと思うと、急に怖くなってきた。
「色々支店内で手続きがありはるやろ? 支店長が留守の間に、全部ちゃっちゃと済ませてしもたらどうやろうか?」
「いや、それは無理ちゃいますか? 信用照会やら、審査もありますし」
「だから、支店長の代わりに、宮本さんがやればええ話やって言うてるんです」
青山が唆(そそのか)すには、城見になりすまして支店内の決済をし、審査に送るときに一言、推薦する文言を入れればいい、という手口らしい。
実際、城見の信用は本店でも買われている。だが、問題があった。
「支店長に成りすますっていうても、カードと印鑑は、鍵が掛かってる机やし、開けられませんよ」
実行する気概なのに、宮本の言葉は後ろ向きばかりになっていた。
「事務机でしょ? そんなん開けるのは、簡単ですわ」
青山が見せつけるように、ゆっくりと下から上に眼球を動かし、宮本を睨み上げた。今まで青山のような目で見られた経験がなかった宮本は、蛇に睨まれた蛙だった。
「簡単って……」
青山なら簡単にやってのけてしまうだろう。だが、宮本はコソ泥だとしても、紙面上で誤魔化す詐欺の手法だ。
「明日、色々と得意な人間を、支店の近くに待機させときます。宮本さんは理由を作って、最後まで支店に残る。私が派遣した人間を支店に入れて、鍵を開けさせたらええ」
話を聞いていると、宮本は簡単に思えてきた。青山と同列なれる気分になってくる。
「机から印鑑とカードを渡したら、簡単に複製してくれるから」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな簡単に、短時間でできるんですか?」
ニヤリと笑った青山が、隠れている本性のほんの一部な気がした。
「明日には日本におらんって、変な感じやわ。溜まってる有給も使うから、ちょっと皆より長く取らしてもらうけど、頼むわな。信頼の置ける仕事をしてくれるから、ほんま有り難いって思ってるんやで」
城見は、淡々と窓口を締めている大垣たちの後ろに立って、腹を揺らして嬉しそうだった。
宮本の場所からは、光の加減で城見が飛ばしている唾が見えて、不快感しかなかった。城見はその後、融資課に移動して、似たような話をしていた。
満足した城見は、宮本と平野に、あれこれと細かく指示を出してきた。
「ほんだら、平野くん、金庫はいつも通り頼むわ」
「シュ店長も夏休み休暇、楽しゅんできてくだシャい」
平野は当たり障りのない返事をしていたが、どうやら差し歯が抜けているのか、何ともマヌケな声を出していた。
ただ、城見の話に対して、誰もどこに行くのかを聞き返さなかったので、宮本にも分からなかった。城見は浮足立って一足先に帰り、支店長代行として宮本は最後に支店を出た。
八時までまだ一時間はあるが、やはり厳しい。青山と別れる時間も、今は読めない。頭がその気になると、連動して女を抱く準備段階に体が入る。勝負を賭ける前に、男の儀式として、ぶっ込んでおきたい。早く待ち合わせの時間にならないかと、宮本は何度も時間を確認していた。
約束した時間の十五分前に店に着くと、既に青山は部屋で待っていると言われた。案内された部屋で、青山は片膝を立て一人で晩酌をしていた。
「すんません。お待たせして」
「いやいや。こっちが早く着いただけですわ」
青山は慌てて座り直した。
「適当に料理は頼んでるんで。酒も直ぐに来ますわ」
「ありがとうございます。麻生は?」
「麻生さんは来ませんよ。先日の話は、どちらかというと、うち主導ですからな」
何だか先週と比べて、青山の態度が横柄になっている気がした。だが、ファイナンス会社の人間ならこんなものかと考えた。
酒が運ばれてくる間、お互い話しかけることはなかった。やっと料理などが出揃ったところで口蓋を切ったのは、青山だった。
「早速ですが、これ、渡しときます」
青山は鞄から茶封筒を取り出した。
「これは?」
「融資の際に必要になる書類ですわ」
宮本は、目の前に置かれた封筒を手に取り、中身を確かめる。商業登記簿謄本、決算書類一式などの書類が一通り入っていた。しかし問題があった。
「青山さん。一番の問題がありますわ。支店長が決済してくれるかどうか、ですわ。うちに口座を持ってはるけど、取引が薄いし」
城見は案外、警戒心が強く、危ないと思う先には融資を許さない。目は確かで、以前に断った先が他行で借り入れ、その後、夜逃げ倒産をしている。
「城見支店長、遅い休みに入りはったでしょ?」
「何で知ってはるんですか?」
青山は右の指先で何かを丸めるように、こすり合わせている。
「そりゃあ、今からお世話になろうってしている先ですからね」
何もかも調べられている。宮本も丸裸にされているのかと思うと、急に怖くなってきた。
「色々支店内で手続きがありはるやろ? 支店長が留守の間に、全部ちゃっちゃと済ませてしもたらどうやろうか?」
「いや、それは無理ちゃいますか? 信用照会やら、審査もありますし」
「だから、支店長の代わりに、宮本さんがやればええ話やって言うてるんです」
青山が唆(そそのか)すには、城見になりすまして支店内の決済をし、審査に送るときに一言、推薦する文言を入れればいい、という手口らしい。
実際、城見の信用は本店でも買われている。だが、問題があった。
「支店長に成りすますっていうても、カードと印鑑は、鍵が掛かってる机やし、開けられませんよ」
実行する気概なのに、宮本の言葉は後ろ向きばかりになっていた。
「事務机でしょ? そんなん開けるのは、簡単ですわ」
青山が見せつけるように、ゆっくりと下から上に眼球を動かし、宮本を睨み上げた。今まで青山のような目で見られた経験がなかった宮本は、蛇に睨まれた蛙だった。
「簡単って……」
青山なら簡単にやってのけてしまうだろう。だが、宮本はコソ泥だとしても、紙面上で誤魔化す詐欺の手法だ。
「明日、色々と得意な人間を、支店の近くに待機させときます。宮本さんは理由を作って、最後まで支店に残る。私が派遣した人間を支店に入れて、鍵を開けさせたらええ」
話を聞いていると、宮本は簡単に思えてきた。青山と同列なれる気分になってくる。
「机から印鑑とカードを渡したら、簡単に複製してくれるから」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな簡単に、短時間でできるんですか?」
ニヤリと笑った青山が、隠れている本性のほんの一部な気がした。
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