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第十九巻

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 小山田家の騒動がひと段落してから、約三週間。季節が変わりはじめ、稲穂も順調に育っていた。
 なお、小山田家は内戚の者が継ぐ事が決まるも、しばらくは源家が監視する次第となった。とはいえ、後継者は武士時代到来を肯定的にとらえる人物であるため、そこまで心配する必要は無いだろう、というのが現当主の定光(さだみつ)の判断である。
 もちろん、万が一に備え、警戒は怠りはしない。周囲にいるほかの士族にも同様だ。
 「成程。その様な事情がおありでしたか」
 「左様。宣戦布告を返り討ちにしたまで」
 「かの村山勝重(むらやまのかつしげ)殿が合流した件については、義ですか」
 「うむ。勝重殿と小山田信義(おやまだののぶよし)殿、息子の光正は友人でな。亡くなられた信義殿の敵討ちでもあった」
 「やはり裏があったのですね。きっと、信義殿の無念が晴らされ、喜ばれているでしょう」
 と、武士の姿をした男性。定光とは対面する形で座っている。
 「やはり噂はあてになりませぬな。直接お伺いを立てて正解というもの」
 「噂とな」
 「ええ。既にお耳に入っていると思いますが。こちらの源家は力尽くで領地を拡大しようとしている、と」
 「馬鹿馬鹿しい」
 「全くですよ。阿修羅の化身と呼ばれる光正殿がいらっしゃる故の嫉妬でしょうね」
 「皆が皆、景通(かげみち)殿の様に冷静に見渡せれば問題無いのだがの」
 「恐れ多い。御家の結束の強さは有名です。易々とは崩せませんから敵に回したくないのが本音ですよ」
 「そう申されるな。波多野(はたの)家は朝廷内における地位の高さは、我が源家より断然高い。本来なれば位置が逆であろう」
 「滅相も。時代が時代ですからね。大人しくしているのも生き残る知恵ですよ」
 「いつしかそのお知恵、借りる時もあるやもしれませぬ。無用な諍いは避けるのが宜しかろう」
 「同感です。考え方が同じ方向を向いている様で、安心致しました」
 「わしもじゃ。今日はこちらでくつろがれると良い」
 「お言葉に甘えさせて頂きましょう」
 「そうして頂きたい。では、我が弟に案内させまする」
 す、と、景通の右側面に座っていた定正(さだまさ)が、一礼をして静かに立ちあがる。客人も習い、部屋を退出した。
 案内された御仁は連れだった人物にお礼を言い、少々部屋で休む。そのうち暇になったので、散歩にでる事にした。
 「しまった。迷ってしまったか」
 近くに市があると聞いたので外にでるつもりが、誤って館の中心にきてしまった景通。戻ろうにも風景を楽しみながら歩いていたため、目印となる何かをつけずにいた。
 見た限り寝殿だろうか。せっかく良い関係を結べたというのに、怪しまれてしまう。
 きた道を戻ろうとすると、風をきるかすかな音が聞こえた。耳を澄ませると、どうやら素振りのよう、である。
 しめたと思った男性は、ゆっくりと音の方向へ歩いていく。だんだん音が大きくなると、一人の人間が木刀をふるっていた。
 肩幅から見るに、女性か。確か、光正殿には妹姫がいらしたか。
 考えながら足をだしてしまい、じゃりっと踏みしめてしまう。
 「何奴っ」
 「あ、ええ、ええっと。道に迷ってしまいまして」
 「道に迷った? もしかして、波多野殿ですか」
 「はい。私は波多野景通と申します。市が開いていると聞いて行こうとしたら、間違えまして」
 あはは、と、笑う景通。ぱちぱちと瞬きをした女性は、成程、と返した。
 「私はたけと申します。光正殿の妻でございます」
 「貴女が、ですか。美しい方ですね。光正殿が羨ましい」
 「お戯れを。出入口ならちょうど反対側ですので、私がご案内致しましょう」
 「あ、宜しいですかね。助かりますよ」
 「いえ。少々お待ちください」
 早歩きで木刀をしまいにいく、たけ。顔を拭いて野太刀を腰にさげると、景通のいる場所へと急ぐ。
 「お待たせ致しました。こちらです」
 「鍛錬中に申し訳ございません」
 「お気遣いなく。丁度終わった所だったのです」
 「そうでしたか。それにしても、立派な刀をお持ちですね」
 「え、ええ。私の人生の機転となった太刀なのです」
 一瞬、表情が暗くなる、たけ。だが気を取り直し、
 「波多野殿は相模国(さがみのくに)からいらしたのですよね。どのような場所なのでしょうか」
 「こちらと殆ど変わりありませんよ。強いて言うなら、川の幸が特徴でしょうか」
 「水が豊富なのは素敵ですね。農作物も育てやすそうです」
 「ああ、そういえばそうですね。去年も良く実ってくれましたし」
 少々抜けている方なのか、と、たけは思った。とはいえ、何とも表現しづらい、警戒したほうがよい雰囲気を醸しだしているとも感じる。
 「たけ殿のご出身はこの辺りですか?」
 「もう少し山奥の方でございまする。幼き頃はよく山の中で走り回っておりまして」
 「おや、昔から活発なのですね」
 「今となってはお恥ずかしい限りで」
 「ははは。健康的で良いではありませんか」
 「そう、ですね。足腰が鍛えられたのは良いことです」
 「老化は足からと言われます。若いうちから鍛えたほうが宜しいでしょう。ところで」
 少し、歩くペースが遅くなる。
 「不躾ですが、光正殿とは出会いはどちらで」
 「私が記憶しているのは、六年前です。もっと幼い頃にお会いしたらしいのですが」
 少々聞いた話を交える、たけ。勝重の話を借りたのである。
 「そうでしたか。おっと、こちらが出入口ですね。わざわざありがとうございました」
 「とんでもございません。道中、お気をつけて」
 たけは一礼をして景通から離れる。どうも違和感がしてならないのだ。
 彼は人妻の背中が見えなくなるまで見送ると、町へとくりだし、市を眺めはじめる。食べ物から麻布、花など、想像以上のものが並べられていた。
 「成程、これは新しいですね。一ヶ所に集まれば、それだけやり取りがしやすくなる」
 個別に物を交換することはあれど、欲しい品物をもっている人物が遠くに住む場合、移動にも労力がかかってしまう。だが決まった日にちで皆でもち寄り、手にしたいものをあらかじめ決めておけば、交換しやすくなるだろう。
 流石は変わり者が多いと評されるだけはある。他の源家にはない発想をされるな。
 まるで子供のように目を輝かせながら見渡す景通。虹彩には、行きがう人々の笑顔が映しだされていた。
 ふ、と、甘い香りがしたので振りむいてみると、花が置かれていた。この季節に咲き誇る花々は、黄色に桃色、青色、群青色など、鮮やかである。
 「この桔梗を貰えるかね」
 「毎度おっ」
 手持ちの物を交換をした青年は人混みから外れ、手にいれた花の香りをかぐ。かすかに感じるも、他の花に比べるとかなり控えめだ。
 「夏の花なのに秋の七草、か。生薬については詳しくないが、変わった花だ」
 根っこが取れるのだったかな、と、独り言をいう。再度花に近づけると、先程よりも香りがかぎとれる。
 「まるで貴女の様だよ、たけ姫。ふふ。没落した平家の生き残り、か」
 光正殿は戦闘上手と称えられるも、奥手らしいからな。浮ついた話を聞かない辺り、やはり戦馬鹿なのかもしれん。
 「どうせなら同時に手に入れようか。さて、どう切り崩してやろう」
 小山田が何の策もなしに突撃したことで、地理的に逆の位置にある波多野家には良い機会でもある。とはいえ、相手はあの屈強の源家一族。人である以上存在するはずの隙を狙い、豊かな土地を我が物にしたい。そうすれば、他の氏族に対する抵抗力が増える。
 可能であれば同盟を結びたい気持ちあったが、かの地に訪れてからというもの、支配欲が強くでてしまっている景通。
 しかし、本人は、その感情には気づいていないようである。


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 小山田家の騒動がひと段落してから、約三週間。季節が変わりはじめ、稲穂も順調に育っていた。
 なお、小山田家は内戚の者が継ぐ事が決まるも、しばらくは源家が監視する次第となった。とはいえ、後継者は武士時代到来を肯定的にとらえる人物であるため、そこまで心配する必要は無いだろう、というのが現当主の定光(さだみつ)の判断である。
 もちろん、万が一に備え、警戒は怠りはしない。周囲にいるほかの士族にも同様だ。
 「成程。その様な事情がおありでしたか」
 「左様。宣戦布告を返り討ちにしたまで」
 「かの村山勝重(むらやまのかつしげ)殿が合流した件については、義ですか」
 「うむ。勝重殿と小山田信義(おやまだののぶよし)殿、息子の光正は友人でな。亡くなられた信義殿の敵討ちでもあった」
 「やはり裏があったのですね。きっと、信義殿の無念が晴らされ、喜ばれているでしょう」
 と、武士の姿をした男性。定光とは対面する形で座っている。
 「やはり噂はあてになりませぬな。直接お伺いを立てて正解というもの」
 「噂とな」
 「ええ。既にお耳に入っていると思いますが。こちらの源家は力尽くで領地を拡大しようとしている、と」
 「馬鹿馬鹿しい」
 「全くですよ。阿修羅の化身と呼ばれる光正殿がいらっしゃる故の嫉妬でしょうね」
 「皆が皆、景通(かげみち)殿の様に冷静に見渡せれば問題無いのだがの」
 「恐れ多い。御家の結束の強さは有名です。易々とは崩せませんから敵に回したくないのが本音ですよ」
 「そう申されるな。波多野(はたの)家は朝廷内における地位の高さは、我が源家より断然高い。本来なれば位置が逆であろう」
 「滅相も。時代が時代ですからね。大人しくしているのも生き残る知恵ですよ」
 「いつしかそのお知恵、借りる時もあるやもしれませぬ。無用な諍いは避けるのが宜しかろう」
 「同感です。考え方が同じ方向を向いている様で、安心致しました」
 「わしもじゃ。今日はこちらでくつろがれると良い」
 「お言葉に甘えさせて頂きましょう」
 「そうして頂きたい。では、我が弟に案内させまする」
 す、と、景通の右側面に座っていた定正(さだまさ)が、一礼をして静かに立ちあがる。客人も習い、部屋を退出した。
 案内された御仁は連れだった人物にお礼を言い、少々部屋で休む。そのうち暇になったので、散歩にでる事にした。
 「しまった。迷ってしまったか」
 近くに市があると聞いたので外にでるつもりが、誤って館の中心にきてしまった景通。戻ろうにも風景を楽しみながら歩いていたため、目印となる何かをつけずにいた。
 見た限り寝殿だろうか。せっかく良い関係を結べたというのに、怪しまれてしまう。
 きた道を戻ろうとすると、風をきるかすかな音が聞こえた。耳を澄ませると、どうやら素振りのよう、である。
 しめたと思った男性は、ゆっくりと音の方向へ歩いていく。だんだん音が大きくなると、一人の人間が木刀をふるっていた。
 肩幅から見るに、女性か。確か、光正殿には妹姫がいらしたか。
 考えながら足をだしてしまい、じゃりっと踏みしめてしまう。
 「何奴っ」
 「あ、ええ、ええっと。道に迷ってしまいまして」
 「道に迷った? もしかして、波多野殿ですか」
 「はい。私は波多野景通と申します。市が開いていると聞いて行こうとしたら、間違えまして」
 あはは、と、笑う景通。ぱちぱちと瞬きをした女性は、成程、と返した。
 「私はたけと申します。光正殿の妻でございます」
 「貴女が、ですか。美しい方ですね。光正殿が羨ましい」
 「お戯れを。出入口ならちょうど反対側ですので、私がご案内致しましょう」
 「あ、宜しいですかね。助かりますよ」
 「いえ。少々お待ちください」
 早歩きで木刀をしまいにいく、たけ。顔を拭いて野太刀を腰にさげると、景通のいる場所へと急ぐ。
 「お待たせ致しました。こちらです」
 「鍛錬中に申し訳ございません」
 「お気遣いなく。丁度終わった所だったのです」
 「そうでしたか。それにしても、立派な刀をお持ちですね」
 「え、ええ。私の人生の機転となった太刀なのです」
 一瞬、表情が暗くなる、たけ。だが気を取り直し、
 「波多野殿は相模国(さがみのくに)からいらしたのですよね。どのような場所なのでしょうか」
 「こちらと殆ど変わりありませんよ。強いて言うなら、川の幸が特徴でしょうか」
 「水が豊富なのは素敵ですね。農作物も育てやすそうです」
 「ああ、そういえばそうですね。去年も良く実ってくれましたし」
 少々抜けている方なのか、と、たけは思った。とはいえ、何とも表現しづらい、警戒したほうがよい雰囲気を醸しだしているとも感じる。
 「たけ殿のご出身はこの辺りですか?」
 「もう少し山奥の方でございまする。幼き頃はよく山の中で走り回っておりまして」
 「おや、昔から活発なのですね」
 「今となってはお恥ずかしい限りで」
 「ははは。健康的で良いではありませんか」
 「そう、ですね。足腰が鍛えられたのは良いことです」
 「老化は足からと言われます。若いうちから鍛えたほうが宜しいでしょう。ところで」
 少し、歩くペースが遅くなる。
 「不躾ですが、光正殿とは出会いはどちらで」
 「私が記憶しているのは、六年前です。もっと幼い頃にお会いしたらしいのですが」
 少々聞いた話を交える、たけ。勝重の話を借りたのである。
 「そうでしたか。おっと、こちらが出入口ですね。わざわざありがとうございました」
 「とんでもございません。道中、お気をつけて」
 たけは一礼をして景通から離れる。どうも違和感がしてならないのだ。
 彼は人妻の背中が見えなくなるまで見送ると、町へとくりだし、市を眺めはじめる。食べ物から麻布、花など、想像以上のものが並べられていた。
 「成程、これは新しいですね。一ヶ所に集まれば、それだけやり取りがしやすくなる」
 個別に物を交換することはあれど、欲しい品物をもっている人物が遠くに住む場合、移動にも労力がかかってしまう。だが決まった日にちで皆でもち寄り、手にしたいものをあらかじめ決めておけば、交換しやすくなるだろう。
 流石は変わり者が多いと評されるだけはある。他の源家にはない発想をされるな。
 まるで子供のように目を輝かせながら見渡す景通。虹彩には、行きがう人々の笑顔が映しだされていた。
 ふ、と、甘い香りがしたので振りむいてみると、花が置かれていた。この季節に咲き誇る花々は、黄色に桃色、青色、群青色など、鮮やかである。
 「この桔梗を貰えるかね」
 「毎度おっ」
 手持ちの物を交換をした青年は人混みから外れ、手にいれた花の香りをかぐ。かすかに感じるも、他の花に比べるとかなり控えめだ。
 「夏の花なのに秋の七草、か。生薬については詳しくないが、変わった花だ」
 根っこが取れるのだったかな、と、独り言をいう。再度花に近づけると、先程よりも香りがかぎとれる。
 「まるで貴女の様だよ、たけ姫。ふふ。没落した平家の生き残り、か」
 光正殿は戦闘上手と称えられるも、奥手らしいからな。浮ついた話を聞かない辺り、やはり戦馬鹿なのかもしれん。
 「どうせなら同時に手に入れようか。さて、どう切り崩してやろう」
 小山田が何の策もなしに突撃したことで、地理的に逆の位置にある波多野家には良い機会でもある。とはいえ、相手はあの屈強の源家一族。人である以上存在するはずの隙を狙い、豊かな土地を我が物にしたい。そうすれば、他の氏族に対する抵抗力が増える。
 可能であれば同盟を結びたい気持ちあったが、かの地に訪れてからというもの、支配欲が強くでてしまっている景通。
 しかし、本人は、その感情には気づいていないようである。