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第十八話

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 戦いが終わった日の晩、兵士たちの労いのために小さな宴が催された。豪勢な食事とまではいかないが、酒をたらふく飲め、多くのつまみを楽しむ形である。
 当然、平氏の郎党もふくまれていた。
 たけは皆とともに飲んでいたが、花を摘んでくると席を立ち、今の庭へとむかう。そこには、まつと勝重(かつしげ)が待っていた。
 「悪いなあ、宴中に。明日の朝には領地に帰るのでな」
 「いえ。まつ様までお呼びして、一体どうされたのです」
 「いやあ、まつ殿は見張り役というか、何というか。ついでに来て貰った感じでな」
 と、少々困り顔の勝重。頭をかきながら、新妻が他の男と二人きりはまずいだろう、という。
 「光正に殺されちまう」
 「あり得ますね。私も参加しますよ、きっと」
 「せめて理由を聞いてからにして貰えないか」
 「定正(さだまさ)叔父上に手ほどきを受けてる殿方の、ですか」
 何の手ほどきだ、と、たけは思ったが、武道系ではなさそうだとも感じた。
 「なあに、至って真面目な話だ。あいつは真っすぐ過ぎる所があるからな」
 すぅ、と目を細めて、たけをにらむ。
 「俺は記憶力が良くてな。あの二人より優れているのはそこだと思っている」
 「そ、そうなのですね。それで」
 「たけ、だったな。お前が生きているのが不思議でならんのだ。恥だと思わないのか」
 「な、何を、急に」
 「お前は謀反を企てた平家の一族の娘だろう。俺は昔、源家の会合時にお前に会っている。それで気づいた。昨日は戦前だった故に黙っていたが」
 「か、勝重殿。これには訳が」
 「貴女には聞いていない。この女に聞いている」
 ちゃり、と、勝重の左腰にある刀が動いた。
 「光正に免じて、一応聞いてやる。何故生きている」
 「そ、それは」
 「俺を謀れると思うなよ。正直に話せ。さもなくば痛い目を見て貰う」
 唇をかむ、たけ。
 ここで抜けば騒ぎどころでは済まなくなる。皆を守らねば。しかし、どうすれば良い。
 「何故黙っている。目的は復讐か」
 「始め、は、そう、だった」
 男性の眉間に力がはいる。同時に、女性の両足と腹の下もそうなる。
 「私は嫁ぎ先が決まり、家族と最後のひと時を過ごしていた。そこに、光正殿が兵を連れて夜襲を仕掛けてきたのだ。その時は何も知らなかった。だから、光正殿を憎み、父と兄の墓前に首を添えるために、生きてきた」
 「今は知っている、と」
 「ああ。兵力を補うために小山田に嫁ぐはずだった事も、家族が過去の栄光を取り戻そうと動いていたという事も」
 「今はどう思っておる」
 「少なくとも、憎しみはない」
 「愛情は無いのか」
 一瞬、たけは目をそらす。しかしすぐに勝重に戻し、
 「ない。ただ、悪い人ではないとは思っている」
 「あいつに、光正に、しいては源家に害する気は全く無いのだな?」
 「ない。それは断言できる」
 背が高い女は、真っすぐに武士を見た。勝重の目には、自身よりほんの少し下にある瞳に、誰かを彷彿させるほど、純粋に映る。
 「ふっ。類は友を呼ぶ、か」
 「何か言ったか」
 「何も。お前の心意気、良く分かった。信じよう」
 「恩に着る。ところで、いつ頃お会いしただろうか」
 「確か、十数年前だな。お前が柿の木から落ちたのを見て俺が下敷きになってな」
 「そ、それは申し訳なかった」
 「軽かったから問題無かったぞ。ただ、父親にこっぴどく叱られてわんわん泣いていたな」
 くっくっくっ、と笑う勝重。恥ずかしさのあまり、たけは顔を隠してしまう。
 「そん、なこともあった気がする」
 「義理姉上(あねうえ)様、何てかわいらしい」
 「可愛いか?」
 「何か言いまして」
 「何でも御座いませぬ」
 女らしからぬ鬼気に、思わず丁寧な言葉で返してしまう勝重。こういう所は兄妹だと、心に秘めておいた。
 女性たちに背をむけると、
 「ただし、覚えておけ。もし万が一、良からぬ事を企てたのなら。その時は斬るぞ」
 「貴方の期待には背かん。源家には恩義があるからな」
 「なら良い。では、飲み直すとするか」
 満足気に、でも意地悪そうな笑みをする男。油断ならないのはこの時世、当然の事といえよう。
 再び輪の中に戻り杯を酌み交わす三人。そこに、急に姿が見えなくなったと噂を聞きつけた光正が合流すると、ちょっとした修羅場になったのは、また別の話である。
 日が明けると、村山勝重は兵を連れて自領へと出発した。彼は酒に強いが、たけはそうでもなかったらしく、まだ床にふせっている。
 「うう。頭が痛い」
 「飲み過ぎたようですな。お粥です」
 「め、面目ない。うめ殿」
 「誤解が解けて良うございましたな」
 「つ、筒抜けですか。やはり」
 「私は報告を受けただけですじゃ。今日は鍛錬後、若もゆっくりされるとの事。たまにはお二人で過ごされては如何です」
 「そう、ですね」
 「小僧は追い返しておきます故。では」
 明心(あこ)に申し訳ない気持ちが沸き起こるが、光正の乳母は、夫婦の仲を進展させたいのだろう、と、たけ。仲、といっても、未だにどう接すればよいのか分からないのが現状でもある。
 愛情は無いのか。
 勝重の言葉が反すうする。今まで異性に対してそういう感情を抱いた経験がない嫁には、理解ができなかった。郎党たちを守るために跡継ぎを産むとしか、結婚の意味を見出していないからである。
 気づけば、縁側から庭を眺めていた。
 「恋、とは何なのだろう」
 「どうした、急に」
 「うわあっ」
 驚きのあまり、たけの体が傾いてしまう。声をかけた光正は、反射的に腕を回して落下を防いだ。
 「みみっ、光正殿。いつの間にっ」
 「先程から声を掛けていたぞ」
 「うう。気づかなかった」
 ぷらん、ぷらん、と宙に浮かぶ状態に耐えられず、たけは暴れそうになる。このまま放してしまうと怪我をすると思った光正は、数歩さがって、ようやく妻を降ろした。
 両膝に手をつきながら荒い息をする彼女に対し、怪訝な顔をする青年。
 「二日酔い、は治まった様だな。勝重が宜しくと言っていたぞ」
 「顔をだせず申し訳ありませぬ」
 「問題無い。飲ませたあいつが悪いからな。注意しておいた」
 「私も酒に弱いとは思っていなかったのです。それで、一気に」
 「限度を知れば良い。俺もそんなに飲める口では無いのでな」
 「そうなのですか。意外ですね」
 「酒に関しては、身体の大きさとは関係無いらしいぞ。定清(さだきよ)伯父上に教えて頂いた」
 「ふうん。それはまた面白い。あ、失礼致しました」
 「構わん。むしろ二人でいる時は普通に話せ。むず痒い」
 「は、はあ」
 ぱちぱち、と瞼を動かす、たけ。仕草を見た光正は、顔の筋肉を緩ませてしまった。
 「本当に面白いな、お前は。表情が良く変わる。見てて飽きん」
 「そう言われましても」
 「普通に話せと言っていよう。俺はお前から家族を奪った存在、へりくだる必要は無い」
 「そ、それは、しかし」
 「事実は事実だ。理由はどうあれ、な」
 「光正殿。頭が固いと、言われませ、いや、言われないか」
 「ん。頑固とは言われるな」
 「ああ。そちらのほうがしっくりくる」
 「お前もそうだろう」
 「私は頑固ではないぞ。柔軟でもないが」
 「猪みたいな奴ではあるだろ。前ばかり見ていて曲がれないというか、止まれないというか」
 「貴方に言われたくない」
 「俺は時々に応じて曲がったり止まったりするぞ」
 お互い譲れず軽くにらみあうも、数秒後にはそっぽむいたしまった。
 そんな様子を、遠くから見つめる四つの目がある。
 「やれやれ。これは前途多難だな。まるで子供ではないか」
 「似た者同士だからすぐに仲良うなるかと思ったのだが。どうするか」
 「共に訓練でもさせれば良かろう。色っぽい展開など期待しないほうが良い」
 「お前から提案してやれ」
 はあ、と、肩に重しが乗っかってきたと感じる、定正(さだまさ)とうめであった。


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 当然、平氏の郎党もふくまれていた。
 たけは皆とともに飲んでいたが、花を摘んでくると席を立ち、今の庭へとむかう。そこには、まつと勝重(かつしげ)が待っていた。
 「悪いなあ、宴中に。明日の朝には領地に帰るのでな」
 「いえ。まつ様までお呼びして、一体どうされたのです」
 「いやあ、まつ殿は見張り役というか、何というか。ついでに来て貰った感じでな」
 と、少々困り顔の勝重。頭をかきながら、新妻が他の男と二人きりはまずいだろう、という。
 「光正に殺されちまう」
 「あり得ますね。私も参加しますよ、きっと」
 「せめて理由を聞いてからにして貰えないか」
 「定正(さだまさ)叔父上に手ほどきを受けてる殿方の、ですか」
 何の手ほどきだ、と、たけは思ったが、武道系ではなさそうだとも感じた。
 「なあに、至って真面目な話だ。あいつは真っすぐ過ぎる所があるからな」
 すぅ、と目を細めて、たけをにらむ。
 「俺は記憶力が良くてな。あの二人より優れているのはそこだと思っている」
 「そ、そうなのですね。それで」
 「たけ、だったな。お前が生きているのが不思議でならんのだ。恥だと思わないのか」
 「な、何を、急に」
 「お前は謀反を企てた平家の一族の娘だろう。俺は昔、源家の会合時にお前に会っている。それで気づいた。昨日は戦前だった故に黙っていたが」
 「か、勝重殿。これには訳が」
 「貴女には聞いていない。この女に聞いている」
 ちゃり、と、勝重の左腰にある刀が動いた。
 「光正に免じて、一応聞いてやる。何故生きている」
 「そ、それは」
 「俺を謀れると思うなよ。正直に話せ。さもなくば痛い目を見て貰う」
 唇をかむ、たけ。
 ここで抜けば騒ぎどころでは済まなくなる。皆を守らねば。しかし、どうすれば良い。
 「何故黙っている。目的は復讐か」
 「始め、は、そう、だった」
 男性の眉間に力がはいる。同時に、女性の両足と腹の下もそうなる。
 「私は嫁ぎ先が決まり、家族と最後のひと時を過ごしていた。そこに、光正殿が兵を連れて夜襲を仕掛けてきたのだ。その時は何も知らなかった。だから、光正殿を憎み、父と兄の墓前に首を添えるために、生きてきた」
 「今は知っている、と」
 「ああ。兵力を補うために小山田に嫁ぐはずだった事も、家族が過去の栄光を取り戻そうと動いていたという事も」
 「今はどう思っておる」
 「少なくとも、憎しみはない」
 「愛情は無いのか」
 一瞬、たけは目をそらす。しかしすぐに勝重に戻し、
 「ない。ただ、悪い人ではないとは思っている」
 「あいつに、光正に、しいては源家に害する気は全く無いのだな?」
 「ない。それは断言できる」
 背が高い女は、真っすぐに武士を見た。勝重の目には、自身よりほんの少し下にある瞳に、誰かを彷彿させるほど、純粋に映る。
 「ふっ。類は友を呼ぶ、か」
 「何か言ったか」
 「何も。お前の心意気、良く分かった。信じよう」
 「恩に着る。ところで、いつ頃お会いしただろうか」
 「確か、十数年前だな。お前が柿の木から落ちたのを見て俺が下敷きになってな」
 「そ、それは申し訳なかった」
 「軽かったから問題無かったぞ。ただ、父親にこっぴどく叱られてわんわん泣いていたな」
 くっくっくっ、と笑う勝重。恥ずかしさのあまり、たけは顔を隠してしまう。
 「そん、なこともあった気がする」
 「義理姉上(あねうえ)様、何てかわいらしい」
 「可愛いか?」
 「何か言いまして」
 「何でも御座いませぬ」
 女らしからぬ鬼気に、思わず丁寧な言葉で返してしまう勝重。こういう所は兄妹だと、心に秘めておいた。
 女性たちに背をむけると、
 「ただし、覚えておけ。もし万が一、良からぬ事を企てたのなら。その時は斬るぞ」
 「貴方の期待には背かん。源家には恩義があるからな」
 「なら良い。では、飲み直すとするか」
 満足気に、でも意地悪そうな笑みをする男。油断ならないのはこの時世、当然の事といえよう。
 再び輪の中に戻り杯を酌み交わす三人。そこに、急に姿が見えなくなったと噂を聞きつけた光正が合流すると、ちょっとした修羅場になったのは、また別の話である。
 日が明けると、村山勝重は兵を連れて自領へと出発した。彼は酒に強いが、たけはそうでもなかったらしく、まだ床にふせっている。
 「うう。頭が痛い」
 「飲み過ぎたようですな。お粥です」
 「め、面目ない。うめ殿」
 「誤解が解けて良うございましたな」
 「つ、筒抜けですか。やはり」
 「私は報告を受けただけですじゃ。今日は鍛錬後、若もゆっくりされるとの事。たまにはお二人で過ごされては如何です」
 「そう、ですね」
 「小僧は追い返しておきます故。では」
 明心(あこ)に申し訳ない気持ちが沸き起こるが、光正の乳母は、夫婦の仲を進展させたいのだろう、と、たけ。仲、といっても、未だにどう接すればよいのか分からないのが現状でもある。
 愛情は無いのか。
 勝重の言葉が反すうする。今まで異性に対してそういう感情を抱いた経験がない嫁には、理解ができなかった。郎党たちを守るために跡継ぎを産むとしか、結婚の意味を見出していないからである。
 気づけば、縁側から庭を眺めていた。
 「恋、とは何なのだろう」
 「どうした、急に」
 「うわあっ」
 驚きのあまり、たけの体が傾いてしまう。声をかけた光正は、反射的に腕を回して落下を防いだ。
 「みみっ、光正殿。いつの間にっ」
 「先程から声を掛けていたぞ」
 「うう。気づかなかった」
 ぷらん、ぷらん、と宙に浮かぶ状態に耐えられず、たけは暴れそうになる。このまま放してしまうと怪我をすると思った光正は、数歩さがって、ようやく妻を降ろした。
 両膝に手をつきながら荒い息をする彼女に対し、怪訝な顔をする青年。
 「二日酔い、は治まった様だな。勝重が宜しくと言っていたぞ」
 「顔をだせず申し訳ありませぬ」
 「問題無い。飲ませたあいつが悪いからな。注意しておいた」
 「私も酒に弱いとは思っていなかったのです。それで、一気に」
 「限度を知れば良い。俺もそんなに飲める口では無いのでな」
 「そうなのですか。意外ですね」
 「酒に関しては、身体の大きさとは関係無いらしいぞ。定清(さだきよ)伯父上に教えて頂いた」
 「ふうん。それはまた面白い。あ、失礼致しました」
 「構わん。むしろ二人でいる時は普通に話せ。むず痒い」
 「は、はあ」
 ぱちぱち、と瞼を動かす、たけ。仕草を見た光正は、顔の筋肉を緩ませてしまった。
 「本当に面白いな、お前は。表情が良く変わる。見てて飽きん」
 「そう言われましても」
 「普通に話せと言っていよう。俺はお前から家族を奪った存在、へりくだる必要は無い」
 「そ、それは、しかし」
 「事実は事実だ。理由はどうあれ、な」
 「光正殿。頭が固いと、言われませ、いや、言われないか」
 「ん。頑固とは言われるな」
 「ああ。そちらのほうがしっくりくる」
 「お前もそうだろう」
 「私は頑固ではないぞ。柔軟でもないが」
 「猪みたいな奴ではあるだろ。前ばかり見ていて曲がれないというか、止まれないというか」
 「貴方に言われたくない」
 「俺は時々に応じて曲がったり止まったりするぞ」
 お互い譲れず軽くにらみあうも、数秒後にはそっぽむいたしまった。
 そんな様子を、遠くから見つめる四つの目がある。
 「やれやれ。これは前途多難だな。まるで子供ではないか」
 「似た者同士だからすぐに仲良うなるかと思ったのだが。どうするか」
 「共に訓練でもさせれば良かろう。色っぽい展開など期待しないほうが良い」
 「お前から提案してやれ」
 はあ、と、肩に重しが乗っかってきたと感じる、定正(さだまさ)とうめであった。