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第十七巻

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 朝餉を終え、源光正(みなもとのみつまさ)、源定恒(さだつね)、村山勝重(むらやまのかつしげ)は、各々軍を率いて前線へと赴く。
 ちなみに、光正は歩、二人は馬に乗っている。
 「まつ殿が残るとはな」
 「たけは今、精神的に不安定でな。うめと共に任せてある」
 「へええ。弱い女が好みだったとはな」
 「たけは弱くない。一次的な迷いがあるに過ぎん」
 「迷い、ねえ。定恒、本当か」
 「何故某に振るか。嘘ではないぞ」
 「は、と来たか。何ぞ後ろめたい事が有りそうだなあ、おい」
 「やかましい。人には人の都合がある」
 「分かった分かった。恐ろしいから睨むな」
 と、へらへらしながら答える勝重。定恒はため息をつきながら、
 「もう少しで小山田とぶつかる。気を引き締めると良い」
 「良い気晴らしになったろう。さて、我らは援護に回る。武運を」
 「お陰で頭に血が上り過ぎそうだ」
 「ふん。お前は戦場においてはそれ位が良かろうて。ではな」
 「そちらも武運を」
 定恒の言葉に左手をあげて答えた勝重は、馬を右側に走らせる。すると、村山軍は大将に続き、右側へと離軍していく。
 「支援は任せよ。また会おうっ」
 今度は定恒が離れ、隊とともに左側へと回りこんだ。
 光正が率いる兵たちの目に、小山田の旗がなびくのが飛びこんでくる。緊張感が増していくと、左右から鏑矢があがった。そして、前方からも同じ矢が空へと放たれる。だが、今回も小山田軍からの名乗りはなかった。
 矢でこちらも応じると、今度は人に対して矢の嵐が襲ってきた。兵は盾で防ぎ、光正は槍を回転させて代わりとする。
 近づいてくる敵兵を馬から叩き落としながら、源軍と小山田軍が本格的に衝突し始めた。
 互いの矢が完全に尽きると、刀を抜いての合戦へと突入する。しかし、こうなってはもはや、勝敗は明らかであった。
 十数人を一撃で相手取る、多方向からの攻撃も獣が如くの速さでの回避、眼光や全身から放たれる威圧感。加え、非常に鍛錬された兵たち。
 恐れおののいた小山田軍は、武器を捨て散り散りに走りだす者が続出した。もはや戦いどころではなく、さながら差し迫った災害から逃れるようであった。
 だが、見越した定恒と勝重の軍が取り押さえていく。光正が降伏を呼びかけると、ほぼ全員が脱力した。兵たちは、腰砕けになった敵兵を、手慣れた手つきで縛りあげていく。
 「信近(のぶちか)は、どこにいる」
 小山田正規軍兵から潜伏場所を特定した光正らは、一部の兵を連れ、急行する。
 どっしりと構えられた館についたのは、戦場での決着がついてから一刻後だった。
 光正は自前の脚力を生かして矢倉へと跳躍すると、兵を地面へ落した。すぐさま館内へ侵入しかんぬきを外し、味方を招きいれる。
 刃向かう者はその場で切りふせるも、鬼気迫る源軍に敵わんと感じるや、投降に応じる人間もいた。
 奥座敷へ突入すると、震えながら武器をもち主を守ろうとする郎党と、最後列には貴族かぶれの格好をした小太りの男がたっている。後者は見開き、かつ、歯を食いしばっていた。
 「おのれ。よくも我が領地を侵略しおってからに」
 「どの口がほざく。源家に宣戦布告したのはお前だろうが」
 「ぐぐ。勝重殿、話が違うではないかっ。そなたは僕の味方だろう。何故そちらにいるっ」
 「馬鹿か。手前が兄の信義(のぶよし)を毒殺した調べはついてんだ。親友を殺した奴の味方になぞ、誰がなる」
 「無礼な、何を言うか。兄上の死因は、病気だ。薬師もその様な判断を下しているのだぞ」
 「その薬師に手前らの息が掛かっていたなら話は別」
 「言い掛かりも大概にして貰いたいものだ。元から病弱だったろうに」
 「ああそうだ。毒になりうるものを盛られ続けてそうなったのだ」
 「な、何が言いたい」
 勝重は目頭に力をいれながら、
 「薬も過ぎれば毒となる。主犯は継母殿、つまり手前の母親だ。知らないとは言わせないぜ。それとも他も暴露してやろうか」
 まあ、既に源家には筒抜けだがなあ、と怪しく笑う勝重。まさか借りた武士が戦えないふりするとは思わんだろう、と続ける。
 完全に血の気がなくなった信近の顔を見るに、光正の刀がうなる。ふすまや障子を人の体で破らせると、腰砕けになった男の首筋に刃をあてた。
 「信義への詫びは考えたか」
 「ゆ、許してくれ。助けてくれっ。本当はしたくなかった、母上が勝手にした事なのだっ」
 土下座して命乞いをする男に、光正は思わず舌打ちをする。
 「武士の面汚しめが。最期位、潔く出来ぬのか。お前の様な汚らわしい存在は、これからの時代に不要」
 右手に力をいれ薙ぐと、敵将は喉を抑えながら倒れこむ。源家嫡子が冷ややかな目で見下した先には、患部を抑えながらのたうち回る男の姿がある。
 光正の脳裏には、気弱げそうな顔で笑いながら自分をいさめる姿、満面な笑みで怒る表情、国政に関しての意見交換時など、故人の様々な立ち振る舞いが流れていた。
 「行くぞ」
 「おーおー。こいつはどうするのだ」
 「捨て置け。後処理の指示は出してある」
 「やれやれ。お前を怒らせると碌な事が起きん」
 「誰でもそうだろう」
 「光正の場合は極端だと思うんだがなあ」
 「同感だ。昔からそうだぞ」
 「そ、そうか」
 「必要以上に酷になるではないか。自覚無いのか」
 「初めて言われたが」
 「あー、嫌だ嫌だ。恐ろしい恐ろしい。嫁も大変だろうなあ」
 話しながら館を後にする三人は、至って普段通りに話していた。
 帰還した一同は、当主の定光(さだみつ)に報告にあがった。途中ですれ違った彼の弟、定正(さだまさ)に小山田家の監視を任せ、息子たちはそれぞれの被害状況を確認しにいく。
 負傷した兵の治療はもう始まっており、先に戻っていた定光の兄、定清(さだきよ)を中心に行われていた。
 その中には、まつと少し遠くには、たけの姿もある。兵の様子を見にきた光正は目を丸くし、
 「お前、何をしているのだ」
 「何って。治療ですよ。伯父上の手伝いをしているのです」
 「そうでは無い。早く部屋に戻れ」
 「義理姉上(あねうえ)が世話をしたいと申されたのですよ。当然と言えば当然ではありませぬか」
 「しかしな、女性に血や傷を見せるなど」
 「伯父上に腹を下す薬を処方して貰います」
 「止めんか」
 「あのですね。義理姉上も私も、女といえど武士なのです。気持ちは分からなくはありませぬが、私達に対する侮辱ですよ」
 「はあ。分かった分かった。好きにせよ」
 「宜しい。おっと、薬を持ってこねば」
 兄妹の口喧嘩に慣れていない平氏の郎党たちは、顔の筋肉が硬直してしまっていた。
 ため息をついた光正は、気持ちを改めて、たけに近づく。彼女は背中をむけていたため、郎党の反応で気づいた。たけは小袖に着替えており、前かけをしている。
 女性は立ちあがり、
 「光正殿、お戻りになられたのですね。お怪我は」
 「無い。皆の力や勝重の策もあったしな」
 「良うございました」
 妻の顔を見て少し心が和らいだ光正は、
 「平氏の郎党たちは良くやってくれたぞ。良き者達に恵まれたな」
 「ええ。自慢の者達です。お役に立てたのなら、嬉しゅうございまする」
 「程々で切り上げろよ」
 「畏まりました。この辺りは大体終わっております故、もう少ししたら戻りましょう」
 「うむ」
 会話の続きを夜に預けた光正は、定清の元へ歩いていく。
 伯父に報告をし各軍の状態を聞いた青年は、今一度、たけのいる方角に瞳を動かす。
 忙しなく動いているのを確認すると、今後について話しあうために、建物へと歩いていった。


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 朝餉を終え、源光正(みなもとのみつまさ)、源定恒(さだつね)、村山勝重(むらやまのかつしげ)は、各々軍を率いて前線へと赴く。
 ちなみに、光正は歩、二人は馬に乗っている。
 「まつ殿が残るとはな」
 「たけは今、精神的に不安定でな。うめと共に任せてある」
 「へええ。弱い女が好みだったとはな」
 「たけは弱くない。一次的な迷いがあるに過ぎん」
 「迷い、ねえ。定恒、本当か」
 「何故某に振るか。嘘ではないぞ」
 「は、と来たか。何ぞ後ろめたい事が有りそうだなあ、おい」
 「やかましい。人には人の都合がある」
 「分かった分かった。恐ろしいから睨むな」
 と、へらへらしながら答える勝重。定恒はため息をつきながら、
 「もう少しで小山田とぶつかる。気を引き締めると良い」
 「良い気晴らしになったろう。さて、我らは援護に回る。武運を」
 「お陰で頭に血が上り過ぎそうだ」
 「ふん。お前は戦場においてはそれ位が良かろうて。ではな」
 「そちらも武運を」
 定恒の言葉に左手をあげて答えた勝重は、馬を右側に走らせる。すると、村山軍は大将に続き、右側へと離軍していく。
 「支援は任せよ。また会おうっ」
 今度は定恒が離れ、隊とともに左側へと回りこんだ。
 光正が率いる兵たちの目に、小山田の旗がなびくのが飛びこんでくる。緊張感が増していくと、左右から鏑矢があがった。そして、前方からも同じ矢が空へと放たれる。だが、今回も小山田軍からの名乗りはなかった。
 矢でこちらも応じると、今度は人に対して矢の嵐が襲ってきた。兵は盾で防ぎ、光正は槍を回転させて代わりとする。
 近づいてくる敵兵を馬から叩き落としながら、源軍と小山田軍が本格的に衝突し始めた。
 互いの矢が完全に尽きると、刀を抜いての合戦へと突入する。しかし、こうなってはもはや、勝敗は明らかであった。
 十数人を一撃で相手取る、多方向からの攻撃も獣が如くの速さでの回避、眼光や全身から放たれる威圧感。加え、非常に鍛錬された兵たち。
 恐れおののいた小山田軍は、武器を捨て散り散りに走りだす者が続出した。もはや戦いどころではなく、さながら差し迫った災害から逃れるようであった。
 だが、見越した定恒と勝重の軍が取り押さえていく。光正が降伏を呼びかけると、ほぼ全員が脱力した。兵たちは、腰砕けになった敵兵を、手慣れた手つきで縛りあげていく。
 「信近(のぶちか)は、どこにいる」
 小山田正規軍兵から潜伏場所を特定した光正らは、一部の兵を連れ、急行する。
 どっしりと構えられた館についたのは、戦場での決着がついてから一刻後だった。
 光正は自前の脚力を生かして矢倉へと跳躍すると、兵を地面へ落した。すぐさま館内へ侵入しかんぬきを外し、味方を招きいれる。
 刃向かう者はその場で切りふせるも、鬼気迫る源軍に敵わんと感じるや、投降に応じる人間もいた。
 奥座敷へ突入すると、震えながら武器をもち主を守ろうとする郎党と、最後列には貴族かぶれの格好をした小太りの男がたっている。後者は見開き、かつ、歯を食いしばっていた。
 「おのれ。よくも我が領地を侵略しおってからに」
 「どの口がほざく。源家に宣戦布告したのはお前だろうが」
 「ぐぐ。勝重殿、話が違うではないかっ。そなたは僕の味方だろう。何故そちらにいるっ」
 「馬鹿か。手前が兄の信義(のぶよし)を毒殺した調べはついてんだ。親友を殺した奴の味方になぞ、誰がなる」
 「無礼な、何を言うか。兄上の死因は、病気だ。薬師もその様な判断を下しているのだぞ」
 「その薬師に手前らの息が掛かっていたなら話は別」
 「言い掛かりも大概にして貰いたいものだ。元から病弱だったろうに」
 「ああそうだ。毒になりうるものを盛られ続けてそうなったのだ」
 「な、何が言いたい」
 勝重は目頭に力をいれながら、
 「薬も過ぎれば毒となる。主犯は継母殿、つまり手前の母親だ。知らないとは言わせないぜ。それとも他も暴露してやろうか」
 まあ、既に源家には筒抜けだがなあ、と怪しく笑う勝重。まさか借りた武士が戦えないふりするとは思わんだろう、と続ける。
 完全に血の気がなくなった信近の顔を見るに、光正の刀がうなる。ふすまや障子を人の体で破らせると、腰砕けになった男の首筋に刃をあてた。
 「信義への詫びは考えたか」
 「ゆ、許してくれ。助けてくれっ。本当はしたくなかった、母上が勝手にした事なのだっ」
 土下座して命乞いをする男に、光正は思わず舌打ちをする。
 「武士の面汚しめが。最期位、潔く出来ぬのか。お前の様な汚らわしい存在は、これからの時代に不要」
 右手に力をいれ薙ぐと、敵将は喉を抑えながら倒れこむ。源家嫡子が冷ややかな目で見下した先には、患部を抑えながらのたうち回る男の姿がある。
 光正の脳裏には、気弱げそうな顔で笑いながら自分をいさめる姿、満面な笑みで怒る表情、国政に関しての意見交換時など、故人の様々な立ち振る舞いが流れていた。
 「行くぞ」
 「おーおー。こいつはどうするのだ」
 「捨て置け。後処理の指示は出してある」
 「やれやれ。お前を怒らせると碌な事が起きん」
 「誰でもそうだろう」
 「光正の場合は極端だと思うんだがなあ」
 「同感だ。昔からそうだぞ」
 「そ、そうか」
 「必要以上に酷になるではないか。自覚無いのか」
 「初めて言われたが」
 「あー、嫌だ嫌だ。恐ろしい恐ろしい。嫁も大変だろうなあ」
 話しながら館を後にする三人は、至って普段通りに話していた。
 帰還した一同は、当主の定光(さだみつ)に報告にあがった。途中ですれ違った彼の弟、定正(さだまさ)に小山田家の監視を任せ、息子たちはそれぞれの被害状況を確認しにいく。
 負傷した兵の治療はもう始まっており、先に戻っていた定光の兄、定清(さだきよ)を中心に行われていた。
 その中には、まつと少し遠くには、たけの姿もある。兵の様子を見にきた光正は目を丸くし、
 「お前、何をしているのだ」
 「何って。治療ですよ。伯父上の手伝いをしているのです」
 「そうでは無い。早く部屋に戻れ」
 「義理姉上(あねうえ)が世話をしたいと申されたのですよ。当然と言えば当然ではありませぬか」
 「しかしな、女性に血や傷を見せるなど」
 「伯父上に腹を下す薬を処方して貰います」
 「止めんか」
 「あのですね。義理姉上も私も、女といえど武士なのです。気持ちは分からなくはありませぬが、私達に対する侮辱ですよ」
 「はあ。分かった分かった。好きにせよ」
 「宜しい。おっと、薬を持ってこねば」
 兄妹の口喧嘩に慣れていない平氏の郎党たちは、顔の筋肉が硬直してしまっていた。
 ため息をついた光正は、気持ちを改めて、たけに近づく。彼女は背中をむけていたため、郎党の反応で気づいた。たけは小袖に着替えており、前かけをしている。
 女性は立ちあがり、
 「光正殿、お戻りになられたのですね。お怪我は」
 「無い。皆の力や勝重の策もあったしな」
 「良うございました」
 妻の顔を見て少し心が和らいだ光正は、
 「平氏の郎党たちは良くやってくれたぞ。良き者達に恵まれたな」
 「ええ。自慢の者達です。お役に立てたのなら、嬉しゅうございまする」
 「程々で切り上げろよ」
 「畏まりました。この辺りは大体終わっております故、もう少ししたら戻りましょう」
 「うむ」
 会話の続きを夜に預けた光正は、定清の元へ歩いていく。
 伯父に報告をし各軍の状態を聞いた青年は、今一度、たけのいる方角に瞳を動かす。
 忙しなく動いているのを確認すると、今後について話しあうために、建物へと歩いていった。