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23話 土地神様は分からない その九

ー/ー





「うーん、ボクはやはりここの駅前で別れるシーンがいいな」
「あ、そこアタシも好き。でもその後の独白も良かったわ」
「全部好きなんじゃけど……最後の一枚絵かなぁ」
「えへへ……ん? あとがきページの落書きですよねそれ?」


「ただいま~……あれ? 皆何してるの?」


 キリさんがリンギクさん達に謝罪して、十分程経った頃。
 あらためて友好を築こうと女性陣が談笑しているのを一歩引いたところで見守っていると、電話を終えた姉貴が帰ってきた。

「あ、おかえり姉貴。今皆でニシユキさんの本を読んで、どのページが一番好きかって話をしてたとこだよ」
「ああ、そうだったんだ。……なんか色々解決したみたい、だね?」
「あはは、まあね」

 BL本を中心に和気藹々としている四人を横目に微笑む姉貴へこちらも軽く笑って返す。
 まあリンギクさん達の問題を解決したのはあの二人自身であって、どちらかというと僕らはキリさんのことで苦心したわけだが、そこは言わなくてもいいだろう。

「ごめんね、大事な時に席を外しちゃって」
「なんとかなったから問題ないよ。でも何の連絡だったの?」
「大学の先生から。ユッキーの最初のレポートの進捗報告、そのことで色々とね」
「ニシユキさんの? なんで姉貴が……」
「うちの学科には特別な授業があって、一年と二年のグループで作る研究課題なんだよ。一年生が本稿を作って、二年生はチェックと進捗のサポートって感じで」
「へえ……」

 まだ入学したばかりなのに、休日まで連絡がくるなんて……大変なんだな。
 まあ姉貴達が通ってる大学ってかなり偏差値高かったはずだし、課題なんかも厳しく管理されているのかもしれない。姉貴、いつも忙しそうだしな。

「ところでセキくん。なんであっちで話に入らないの?」
「いや、あの女所帯に一人で突っ込むのは厳しすぎるって」
「ここまでずっと一緒だったのに今更じゃない?」
「緊急事態だったから頑張って耐えてただけだって」

 たしかにこの面子には慣れつつあるのは事実だけど、それはそれとしてあのBL同人誌を目とした美人台風の中に突っ込んでいく勇気はない。

 そんな会話をしていると、台風の一人が姉貴に気が付いた。
 先程から本を褒められて照れているのか、頬を赤くしているニシユキさんである。

「あ、センパイ。おかえりなさい」
「ただいま。皆仲良くなれたみたいでよかったよ」
「はい! あ、センパイも席にどうぞ!」
「ん? 呼びました?」
「セキくんのことじゃないよ。……そうそう、先生がユッキーのレポート心配してたよ? 大丈夫そう?」
「うっ……その、少しずつ進めてはいるんですけど、足りない資料が――」

 姉貴はニシユキさんの隣に座ると、レポートに関する小難しそうな話を始めた。
 大学生も大変である。

「姉貴達も大変そうだけど、これであとの問題は呪いとノロイさんだけだね」
「その通りなんだけどなんかややこしいわね……」

 まったくだな。日本語って難しい。

「それでキリさん。なんか妙案は浮かびました?」
「…………え、何? ごめん今読み返しとって聞いとらんかった」

 うん、ダメそうだ。

「……セキ、ちょっといい?」
「ん、どうしたイザ」

 本の方に意識を持っていかれている土地神様に呆れていると、イザに軽く袖を引っ張られた。
 姉貴とニシユキさん達は……レポートについて話してるな。顔を近付けて耳を傾ける。

「いや、別に聞かれても問題は無いけど……たしか黒い靄ってまだ漂ってるのよね?」
「え? まあ……」

 小声で話す彼女につられて声を小さくしつつ、チラッとニシユキさんの方へ目線を動かした。
 喫茶店でキリさんが祓ったのもあって最初より薄くなってはいるが、靄は今もニシユキさんの周りでぼんやりと漂っている。
 見れば分かるのに何を今更、と思っていると、

「アタシ、それ全然見えないんだけど」
「え?」

 イザの言葉に耳を疑った。

「見えてないの? コレが?」
「うん。昨日写真を見せてもらった時も言ったけど、マジで見えない」
「……そういえばそうだったね」

 昨夜通話をしながらニシユキさんの写真を見せた時、イザは靄が見えてなかったんだっけ。キリさんも姉貴も全員見えてるみたいだったから完全に失念してた。

「あ、それで最初に店から出る時、ニシユキさんのことガン見してたの?」
「そうそう、目ぇ凝らしたけどダメだった」

 あれだけ濃くても見えていなかったのか。
 姉貴も他の人には見えていないって言ってたし、やっぱり個人差があるのかもしれない。所謂霊感とかそんな感じのヤツ。

「この黔々の幻霧(黒いモヤ)、先輩には見えていなかったのか?」
「うおっ」

 コソコソとしゃがんで話す僕らの間に突然後輩が生えてきた。
 どうやら会話を聞かれていたらしい。まあなんとなく小声で話していただけで別に内緒話というわけではないので問題はないけど、いきなり会話に加わってきたものだからちょっと驚いてしまった。

「やはりこれは選ばれし者にしか見えぬ闇(インビジブル・ダークネス)、ということか。何が条件なのかが気になるが……それより、礼を言わせてほしい」
「ん? 呼んだ?」
「姉貴のことじゃないよ」
「なーんだ」

 こちらに顔を向けた姉貴、相引レイを手で制するとすぐにニシユキさんとの会話に戻っていった。日本語って難しいよね。

「アンタら姉弟の名前はさておき、お礼は全部済んでからでいいわよ」
「全部、とはやはり……」
「呪い……というかこの靄とノロイさんの件だね。乗り掛かった舟だし、最後まで付き合うよ」
「……ありがとう、お二人とも」

 僕らが軽い調子で笑うと、リンギクさんもつられたようにはにかんでくれた。
 変なところも多いけど、笑うとやっぱ可愛いなこの子。

「ところでソウビキ先輩」
「何かな?」

「貴方もこの靄が認識できている、ということは此方側の存在……つまり選ばれし者ということだな! いや待て。むしろイザクラ先輩だけが見えていないこの状況、むしろ其方こそが闇に尊ばれし存在なのだろうか……はっ! もしやイザクラ先輩という存在が輝けるからこそ闇を退けているのか!? 流石はイザクラ先輩、より憧れてしまうな……!」

「イザ、この子が何言ってるのか分からないんだけど」
「今までニシユキさんとかのことで押さえてたから反動で暴走状態なんじゃない?」

 枷が外れたバーサーカーか何かかこの子は。
 しかしまいったな。これじゃリンギクさんが早口で何かかっこいいことを言ってるってことしか分からないじゃないか。

「して、先輩方。燻る漆黒の陽炎(ファンタズマ・ダークネス)をイザクラ先輩は捉えられないようだが暁の書物(グリモア)の中の」
「もう少し抑えて喋りなさい」
「ごめんなさい」

 あ、話し方戻った。流石はイザクラ先輩。

「ゴホン。ではあらためて……思い出したんだが、先輩はあの本……今はキリさんが読んでいるが、アレを読んでも作者が分からなかったと言っていたな」
「え? まあ、そりゃ色々とし」
「その文面が黒く染まった経緯について、喫茶店(エデン)へ向かう前に話したことを覚えているだろうか」
「それは…………ん?」

 イザが言うように、あの本に書いてあった作者名やサークル名は真っ黒に塗り潰されていた。
 だからこそニシユキさんに辿り着くまで余計に苦労したわけだが……んん?

「気が付いたか、先輩方」
「……なるほどね。たしかにおかしいわ」

 頷くイザの隣で、僕もリンギクさんの指摘に納得した。
 そうだ。たしかリンギクさんから聞いた話では、ニシユキさんに関する文字が塗潰されたのはこの靄の影響によるものだった。

 つまり、靄を認識できていないはずのイザが黒く塗り潰されて見えるのはおかしいんだ。

「一応、もう一回確認しておこう。……キリさん、ちょっと本をお借りしてもいいですか?」
「え? あ、はい。セキさんも読むん?」
「いえ、ちょっとした確認です。はいイザ」

 首を傾げるキリさんから本を受け取ってイザに渡すと、彼女は首を横に振った。やはり文字は読めないらしい。

「何の確認なん?」
「リンギクさんのおかげで気が付いたことがありまして。実は――」

 キリさんに本を返却しつつ、イザと靄のことを説明した。
 すると彼女も確認するように本を開き、真剣な面持ちで目を落として少しの間考え込むような素振りを見せてから「なるほど」と呟いた。

「……うん。これならきっと……」
「何か分かったんですか?」
「あ、はい。呪いの解決方法、思いついたよ」
「え、マジですか」

 訊き返す僕にキリさんはしっかりと首肯して見せた。
 今までのように自信なさげな様子ではなく、確信めいた表情をしている。

「私の予想が正しければ確実にニシユキさんを助けられる……と思う。多分」
「自信があるのかないのかどっちなんですか」
「い、いやだって何回も言っとるけど私、本来は専門じゃないし。それにリンギクさんのところにある呪いの書かれた本も確認しとらんし……あ、でもほぼ確実に解決できるはずよ。……予想が正しければじゃけど」

 予防線を張られると凄く不安です土地神様。

「い、今の話は本当なのか?」

 土地神様に一抹の不安を感じていると、横からリンギクさんがおずおずと話しかけてきた。

「あ、うん。じゃけえその、家にあるっていう本を見せてもらえると――」
「わ、分かった! 今すぐ取ってくる!」
「ああっ、待って待って!」
「はいはい、リンギクちゃん落ち着いて。話は最後まで聞こうねー」

 話の途中で走り出そうとするリンギクさんの腕を姉貴が掴んで止めた。
 流石姉貴、動きも判断も素早い。

「す、すまない。気が急いてしまった」
「キリちゃん、続きをどうぞ」
「あ、はい。黒い本を見せてもらいたいんじゃけど……その前に色々準備しとこうと思って」
「準備、ですか?」
「うん。その本がまた靄を吹き出さんとも限らんし、対策とか色々。それが上手くいけばニシユキさんの呪いも同時に解決できると思う」

 え、同時になんとかできるの?
 まあ対策やらの詳細は分からないが、靄自体の特性を看破したということなのかもしれない。
 今回は結構自信があるみたいだし、今度こそ大丈夫だろう。

「準備さえできれば、解決なのだな」
「あ、はい。じゃけえ今から帰って色々してこようかと――」
「そうか……! ありがとう!」

 キリさんが言い終わるよりも早く、リンギクさんは嬉しそうな顔で腰を折って深々と頭を下げた。
 今回の事の発端は彼女だが、彼女が気付いたからこそ解決への糸口が見えた。
 責任を一番感じていただろうし、その分安堵や嬉しさは大きいのだろう。

「良かったね、リンギクさん」
「ああ! お二人も本当にありがとう!」
「だからまだ解決してないってば」
「そうなのだが……まあ謝礼は何度伝えても良いと思ってな」

 そう言われると一理ある気がするな。
 そんな話はともかくとして、キリさんはこれから榎園家に帰って準備をしてくるということで今日の所はここで解散。
 明日の放課後に神社へと足を運ぶことになった。


 


「ところでニシユキさんは? さっきから喋ってないけど」
「今更になって皆に本の中身を見られたのが恥ずかしくなっちゃったみたいでね。あそこで悶えてるよ」
「はっ、そうじゃった。ニシユキさんサインください!!!」
「キリさん、トドメ刺しちゃダメよー」
「……ソウビキ先輩。もしやこの方、なかなか面白い人なのでは?」

 面白すぎて色々困った神様(ひと)だよ、ホント。





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「あ、そこアタシも好き。でもその後の独白も良かったわ」
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「ただいま~……あれ? 皆何してるの?」
 キリさんがリンギクさん達に謝罪して、十分程経った頃。
 あらためて友好を築こうと女性陣が談笑しているのを一歩引いたところで見守っていると、電話を終えた姉貴が帰ってきた。
「あ、おかえり姉貴。今皆でニシユキさんの本を読んで、どのページが一番好きかって話をしてたとこだよ」
「ああ、そうだったんだ。……なんか色々解決したみたい、だね?」
「あはは、まあね」
 BL本を中心に和気藹々としている四人を横目に微笑む姉貴へこちらも軽く笑って返す。
 まあリンギクさん達の問題を解決したのはあの二人自身であって、どちらかというと僕らはキリさんのことで苦心したわけだが、そこは言わなくてもいいだろう。
「ごめんね、大事な時に席を外しちゃって」
「なんとかなったから問題ないよ。でも何の連絡だったの?」
「大学の先生から。ユッキーの最初のレポートの進捗報告、そのことで色々とね」
「ニシユキさんの? なんで姉貴が……」
「うちの学科には特別な授業があって、一年と二年のグループで作る研究課題なんだよ。一年生が本稿を作って、二年生はチェックと進捗のサポートって感じで」
「へえ……」
 まだ入学したばかりなのに、休日まで連絡がくるなんて……大変なんだな。
 まあ姉貴達が通ってる大学ってかなり偏差値高かったはずだし、課題なんかも厳しく管理されているのかもしれない。姉貴、いつも忙しそうだしな。
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「いや、あの女所帯に一人で突っ込むのは厳しすぎるって」
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 たしかにこの面子には慣れつつあるのは事実だけど、それはそれとしてあのBL同人誌を目とした美人台風の中に突っ込んでいく勇気はない。
 そんな会話をしていると、台風の一人が姉貴に気が付いた。
 先程から本を褒められて照れているのか、頬を赤くしているニシユキさんである。
「あ、センパイ。おかえりなさい」
「ただいま。皆仲良くなれたみたいでよかったよ」
「はい! あ、センパイも席にどうぞ!」
「ん? 呼びました?」
「セキくんのことじゃないよ。……そうそう、先生がユッキーのレポート心配してたよ? 大丈夫そう?」
「うっ……その、少しずつ進めてはいるんですけど、足りない資料が――」
 姉貴はニシユキさんの隣に座ると、レポートに関する小難しそうな話を始めた。
 大学生も大変である。
「姉貴達も大変そうだけど、これであとの問題は呪いとノロイさんだけだね」
「その通りなんだけどなんかややこしいわね……」
 まったくだな。日本語って難しい。
「それでキリさん。なんか妙案は浮かびました?」
「…………え、何? ごめん今読み返しとって聞いとらんかった」
 うん、ダメそうだ。
「……セキ、ちょっといい?」
「ん、どうしたイザ」
 本の方に意識を持っていかれている土地神様に呆れていると、イザに軽く袖を引っ張られた。
 姉貴とニシユキさん達は……レポートについて話してるな。顔を近付けて耳を傾ける。
「いや、別に聞かれても問題は無いけど……たしか黒い靄ってまだ漂ってるのよね?」
「え? まあ……」
 小声で話す彼女につられて声を小さくしつつ、チラッとニシユキさんの方へ目線を動かした。
 喫茶店でキリさんが祓ったのもあって最初より薄くなってはいるが、靄は今もニシユキさんの周りでぼんやりと漂っている。
 見れば分かるのに何を今更、と思っていると、
「アタシ、それ全然見えないんだけど」
「え?」
 イザの言葉に耳を疑った。
「見えてないの? コレが?」
「うん。昨日写真を見せてもらった時も言ったけど、マジで見えない」
「……そういえばそうだったね」
 昨夜通話をしながらニシユキさんの写真を見せた時、イザは靄が見えてなかったんだっけ。キリさんも姉貴も全員見えてるみたいだったから完全に失念してた。
「あ、それで最初に店から出る時、ニシユキさんのことガン見してたの?」
「そうそう、目ぇ凝らしたけどダメだった」
 あれだけ濃くても見えていなかったのか。
 姉貴も他の人には見えていないって言ってたし、やっぱり個人差があるのかもしれない。所謂霊感とかそんな感じのヤツ。
「この|黔々の幻霧《黒いモヤ》、先輩には見えていなかったのか?」
「うおっ」
 コソコソとしゃがんで話す僕らの間に突然後輩が生えてきた。
 どうやら会話を聞かれていたらしい。まあなんとなく小声で話していただけで別に内緒話というわけではないので問題はないけど、いきなり会話に加わってきたものだからちょっと驚いてしまった。
「やはりこれは|選ばれし者にしか見えぬ闇《インビジブル・ダークネス》、ということか。何が条件なのかが気になるが……それより、礼を言わせてほしい」
「ん? 呼んだ?」
「姉貴のことじゃないよ」
「なーんだ」
 こちらに顔を向けた姉貴、相引レイを手で制するとすぐにニシユキさんとの会話に戻っていった。日本語って難しいよね。
「アンタら姉弟の名前はさておき、お礼は全部済んでからでいいわよ」
「全部、とはやはり……」
「呪い……というかこの靄とノロイさんの件だね。乗り掛かった舟だし、最後まで付き合うよ」
「……ありがとう、お二人とも」
 僕らが軽い調子で笑うと、リンギクさんもつられたようにはにかんでくれた。
 変なところも多いけど、笑うとやっぱ可愛いなこの子。
「ところでソウビキ先輩」
「何かな?」
「貴方もこの靄が認識できている、ということは此方側の存在……つまり選ばれし者ということだな! いや待て。むしろイザクラ先輩だけが見えていないこの状況、むしろ其方こそが闇に尊ばれし存在なのだろうか……はっ! もしやイザクラ先輩という存在が輝けるからこそ闇を退けているのか!? 流石はイザクラ先輩、より憧れてしまうな……!」
「イザ、この子が何言ってるのか分からないんだけど」
「今までニシユキさんとかのことで押さえてたから反動で暴走状態なんじゃない?」
 枷が外れたバーサーカーか何かかこの子は。
 しかしまいったな。これじゃリンギクさんが早口で何かかっこいいことを言ってるってことしか分からないじゃないか。
「して、先輩方。|燻る漆黒の陽炎《ファンタズマ・ダークネス》をイザクラ先輩は捉えられないようだが|暁の書物《グリモア》の中の」
「もう少し抑えて喋りなさい」
「ごめんなさい」
 あ、話し方戻った。流石はイザクラ先輩。
「ゴホン。ではあらためて……思い出したんだが、先輩はあの本……今はキリさんが読んでいるが、アレを読んでも作者が分からなかったと言っていたな」
「え? まあ、そりゃ色々と《《黒く塗り潰されてた》》し」
「その文面が黒く染まった経緯について、喫茶店《エデン》へ向かう前に話したことを覚えているだろうか」
「それは…………ん?」
 イザが言うように、あの本に書いてあった作者名やサークル名は真っ黒に塗り潰されていた。
 だからこそニシユキさんに辿り着くまで余計に苦労したわけだが……んん?
「気が付いたか、先輩方」
「……なるほどね。たしかにおかしいわ」
 頷くイザの隣で、僕もリンギクさんの指摘に納得した。
 そうだ。たしかリンギクさんから聞いた話では、ニシユキさんに関する文字が塗潰されたのはこの靄の影響によるものだった。
 つまり、靄を認識できていないはずのイザが黒く塗り潰されて見えるのはおかしいんだ。
「一応、もう一回確認しておこう。……キリさん、ちょっと本をお借りしてもいいですか?」
「え? あ、はい。セキさんも読むん?」
「いえ、ちょっとした確認です。はいイザ」
 首を傾げるキリさんから本を受け取ってイザに渡すと、彼女は首を横に振った。やはり文字は読めないらしい。
「何の確認なん?」
「リンギクさんのおかげで気が付いたことがありまして。実は――」
 キリさんに本を返却しつつ、イザと靄のことを説明した。
 すると彼女も確認するように本を開き、真剣な面持ちで目を落として少しの間考え込むような素振りを見せてから「なるほど」と呟いた。
「……うん。これならきっと……」
「何か分かったんですか?」
「あ、はい。呪いの解決方法、思いついたよ」
「え、マジですか」
 訊き返す僕にキリさんはしっかりと首肯して見せた。
 今までのように自信なさげな様子ではなく、確信めいた表情をしている。
「私の予想が正しければ確実にニシユキさんを助けられる……と思う。多分」
「自信があるのかないのかどっちなんですか」
「い、いやだって何回も言っとるけど私、本来は専門じゃないし。それにリンギクさんのところにある呪いの書かれた本も確認しとらんし……あ、でもほぼ確実に解決できるはずよ。……予想が正しければじゃけど」
 予防線を張られると凄く不安です土地神様。
「い、今の話は本当なのか?」
 土地神様に一抹の不安を感じていると、横からリンギクさんがおずおずと話しかけてきた。
「あ、うん。じゃけえその、家にあるっていう本を見せてもらえると――」
「わ、分かった! 今すぐ取ってくる!」
「ああっ、待って待って!」
「はいはい、リンギクちゃん落ち着いて。話は最後まで聞こうねー」
 話の途中で走り出そうとするリンギクさんの腕を姉貴が掴んで止めた。
 流石姉貴、動きも判断も素早い。
「す、すまない。気が急いてしまった」
「キリちゃん、続きをどうぞ」
「あ、はい。黒い本を見せてもらいたいんじゃけど……その前に色々準備しとこうと思って」
「準備、ですか?」
「うん。その本がまた靄を吹き出さんとも限らんし、対策とか色々。それが上手くいけばニシユキさんの呪いも同時に解決できると思う」
 え、同時になんとかできるの?
 まあ対策やらの詳細は分からないが、靄自体の特性を看破したということなのかもしれない。
 今回は結構自信があるみたいだし、今度こそ大丈夫だろう。
「準備さえできれば、解決なのだな」
「あ、はい。じゃけえ今から帰って色々してこようかと――」
「そうか……! ありがとう!」
 キリさんが言い終わるよりも早く、リンギクさんは嬉しそうな顔で腰を折って深々と頭を下げた。
 今回の事の発端は彼女だが、彼女が気付いたからこそ解決への糸口が見えた。
 責任を一番感じていただろうし、その分安堵や嬉しさは大きいのだろう。
「良かったね、リンギクさん」
「ああ! お二人も本当にありがとう!」
「だからまだ解決してないってば」
「そうなのだが……まあ謝礼は何度伝えても良いと思ってな」
 そう言われると一理ある気がするな。
 そんな話はともかくとして、キリさんはこれから榎園家に帰って準備をしてくるということで今日の所はここで解散。
 明日の放課後に神社へと足を運ぶことになった。
「ところでニシユキさんは? さっきから喋ってないけど」
「今更になって皆に本の中身を見られたのが恥ずかしくなっちゃったみたいでね。あそこで悶えてるよ」
「はっ、そうじゃった。ニシユキさんサインください!!!」
「キリさん、トドメ刺しちゃダメよー」
「……ソウビキ先輩。もしやこの方、なかなか面白い人なのでは?」
 面白すぎて色々困った神様《ひと》だよ、ホント。