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22話 土地神様は分からない その八

ー/ー






「――な、なるほど。そんな話になってたんですね……」



 どういうわけか無事(?)元に戻ったニシユキさんになんとか一通り説明し終え、一息つく。

 いやー大変だった……。
 目覚めたばかりのニシユキさんは混乱して同人誌を抱きしめて離さないし、キリさんは完全に硬直するし、リンギクさんは気まずさもあってか距離を取るし、姉貴はタイミング悪く緊急の電話がかかってきていなくなるし……。
 イザがいなければ収拾がつかなかったんじゃないだろうか。

「情報量が多くて申し訳ないんですけど、大丈夫そうですか?」
「正直アタシらも色々よく分かってないですからね」
「はぁ、はぁ……お、お返しくださりありがとうございます……」
「あ、コレは気にしなくていいんで」
「は、はぁ」

 返却された同人誌を抱きしめて情けなく転がっているキリさんを雑に扱いつつ、立ち話もアレなので東屋へと向かう。
 少し整理する時間も必要だろうし、それに……リンギクさんとも話してもらわないと。

「ところでキリさん、なんでニシユキさんは急に元に戻ったんですか?」
「こ、細かいところは私にも分からんけど、さっき夢を見とるような感じって言っとったけえ、それが関係しとるんじゃないかね?」

 そういえばそんなこと言ってたな。
 ということは、ニシユキさんは悪夢を見て飛び起きたようなものなのかもしれない。

「自分の書いた漫画、それもBL本の品評会が目の前で開かれてるとなれば……そりゃまあ、悪夢よね」

 ……イザの呟きに、酷く納得してしまった。


「や、やあ」

 ベンチへと向かうと、そこには先程逃げ……距離を取っていたリンギクさんがぎこちない笑顔で片手を挙げていた。

「あれ? なんでここに……ってさっき合流したんだったね」
「ああ。イザクラ先輩のおかげでな」
「おかげ? ていうか顔色が悪いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。その、実は……謝りたい、いや謝らなければならないことがあって、だな」
「謝らないといけないこと?」

 落ち着かない様子で両手を組み動かすリンギクさんに対して、ニシユキさんは首を傾げた。

 ……さっきニシユキさんに説明した時、リンギクさんの話してくれた内容はイザと一緒に店で合流したこと以外は伝えていない。
 理由は当然、その説明と謝罪は彼女自身から伝えなければ意味がないからだ。

「えっと、その……」
「……」
「す、すまない。一度深呼吸をしてもいいだろうか」
「あ、うん」

 胸元を押さえて息を整えるリンギクさん。
 その表情は固く、見ているこっちも緊張が走る。

「……さっき話を聞いた時も思ったけど、意外とリンギクさんって気が小さかったりする?」
「さぁ? まあ今回の場合は誰でもああなるでしょ」

 小声でイザと話して納得する。
 事故とはいえ、呪いを発動させたのは紛れもなくリンギクさんだ。
 その謝罪を受け入れてもらえるかは分からないのだから不安なのは当然であり緊張緒するというもの。
 どうにかしてあげたいのは山々だが、これは彼女たちの問題だ。僕らにできるのはリンギクさんに言われた通り何も言わずに一歩引いた距離で見守って応援することだけである。

「その、言えば嫌われる……というか、縁を切りたくなるかもしれないのだが」
「うん」

 ニシユキさんがリンギクさんの謝罪を受け入れてくれるかは分からない。
 だがリンギクさんが自分から説明すれば拗れることはないだろう。
 どれだけ時間が掛かろうと僕らは見守るのみだ。

「き、嫌われたいわけではないんだ。しかし話さねばならないというか」
「うん……」

 そう、見守って……。

「前提として、ボクも本意ではなかったことは知っておいてほしいんだが……」
「あの……」

 見守っ…………。

「それでその……今日はいい天気で――」

「「早く話せや」」(スパァン!)

「痛いッ!?」

 堪らず二人で後輩の後頭部を叩いた。
 流石に長えよ。

「み、見守るだけで良いと言ったじゃないか」
「こっちもそのつもりだったけどさ……」
「牛歩ってレベルじゃないわアンタ。前置きが長いとハードル上がるわよ」
「それはそうだが……」



「なんでそんなに言いにくそうなん? 



 もたつく後輩に小言を言い含めていると、鈴のような声が後ろから聞こえた。
 振り向くと、そこには同人誌を抱えたキリさんが立っていた。

「キリさん――」

 立ち直ったんですね、と声を掛けようとして言葉を止めた。
 違う。今問題なのは彼女が立ち直ってここに来たことじゃない。

 彼女は今、

「あ、でもまずは嘘ついたことからかね。呪いについて知らんって言ったんじゃったっけ?」
「ちょ……キリさん」
「ニシユキさんもリンギクさんが何か隠しとることは勘づいとったみたいじゃし、そこまで警戒せんでも―――」

「キリさん、ストップ!」

 空気を一切読まずに淡々と喋るキリさんに僕は思わず叫んだ。
 そのおかげかキリさんは話すのを止め、キョトンとした顔でこちらを見つめている。

「え……な、何?」
「いやこっちの台詞ですよ! 何してんですか!?」

 ツッコみながらキリさんの腕を掴む。
 いやマジで何言ってくれてんのこの神様!?
 少しは二人の気持ちも考えて―――はっ!


「…………」
「…………」


 ……ニシユキさんとリンギクさんの方へ向き直ると、二人の間に微妙な空気が流れていた。

「え、えっと……今の話、本当?」
「……ああ」
「そっか……」
「そっちも、気が付いて……?」
「いや、自分は何か隠し事があるんだろうな、ってくらいしか……」
「そう、か……」
「うん……」

「「……」」

 ……二人とも目が合わなくなってしまっている。
 言葉も探り探りになってるし。マジでどうしてくれんのこの空気。

「あ、あの! すいません、アタシから説明します!」

 そんな気まずい状況の中、イザは果敢にも声を上げた。
 


 それからイザと僕は微妙な空気の中、必至に説明をした。
 リンギクさんが呪いの発端になったのは事実だが、事故であったことや、呪いの件だけでなく絵を描けなくなったことにも責任を感じていたこと。彼女は自分の意志で直接説明と謝罪を口にしようとしていたこと……あとついでに、キリさんが勝手に喋ってしまったのはおそらく盗み聞きしていたということ。
 キリさんがまた余計なことを話さないように抑え込みつつ、テンパって上手く話せなくなったリンギクさんをひたすらフォローすることになったのだった。

 ……実際の所、キリさんがあそこまで詳しく知っていたということはほぼ間違いなく神通力で読み取ったんだと思う。が、イザが『余計に混乱を招きかねない』と言うので誤魔化すことになった。


「――なるほど。話は分かりました」


 汗をかきながらなんとか説明を終えた後、ニシユキさんはそれだけ言うと考え込むように俯いて黙り込んでしまった。
 その表情は前髪に隠れて見えず、何を考えているのか分からない。

「…………」

 重苦しい、無音の空気が流れる。
 僕らは冷汗を流しながらニシユキさんの言葉を待った。
 そして――


「よ……よかったぁ……」


 ニシユキさんは心底安心したように息を吐いて、その場にへたり込んだ。

 ……ん? よ、よかった?

「えっと、ニシユキさん? どういう反応なんですかそれ」
「え? そ、それは当然、心配だったんですよ! 急に連絡は取れなくなったし、お店には来てるってお父さんから聞いてたけど会えないし、それに……前みたいに『姉さん』って呼んでくれないし。自分が何かしちゃったのかと思って……」

 あ、そうか。
 ニシユキさんから見れば、妹同然の子から急に距離を取られた状態だった。それは心配にもなるし、自分に非があると思うかもしれない。

「ね、姉さん。だがその、ボクは……ボクのせいで姉さんは呪われて、絵も……」
「別に悪気があったわけじゃないんでしょ? それに絵のことは自分の問題というか……ちょっとしたスランプだよ」
「でも、満足したとあの時……」
「満足……え、アレを真に受けたの!? ただの冗談のつもりで――」

 今度はニシユキさんがリンギクさんへの弁明を始め、二人とも慌てながら会話をしていった。どちらも困惑した表情なものの、楽しそうな雰囲気になっている。

「……もう大丈夫そうだね」
「そうね。……で、どうするよ。この自称土地神」

 二人の様子を見て安心しつつ、イザと一緒に後ろへ振り向く。


「あのー……そろそろ外してもらえんかね、これ」


 そこには東屋の柱に色気もクソもない簀巻き状態で括りつけられている土地神様の姿があった。
 そう、危うく話が拗れる要因になりかけたキリさんである。

「ていうかわざわざ縛らんでもよかったじゃろ。何故?」
「いや何故も何も、こっちだってここまでするつもりはなかったんですよ? ただ……」
「キリさん、アタシらがニシユキさんに説明してる途中で何回も口挟もうとしてましたよね」

 イザの言う通り、キリさんも補足しようとしてくれてはいたのだが……如何せん彼女は説明下手というか、下手に喋らせると事態がややこしくなりそうだったのだ。
 それで最初は僕が抑え込んでいたのだが、何度も彼女は拘束を振り切って話に参加しようとしていた。なので止む無く強硬策に出たというわけである。

「ていうかなんであんな必死に話に入ろうとしたんですか……」
「いやあの……私もニシユキさんのために、ちゃんと説明しときたくて……」
「ああー……」

 そうか。ニシユキさんの本のファンだもんな。
 キリさんとしては憧れの作家さんにいいところを見せたくて張り切ってしまった、といったところだろう。
 ……既に呪いの解決に向けて動いてるんだからそれで充分だと思うんだけど。

「それにしたって空気読めなさすぎですって」
「前にアタシに本の中身見せた時といい、喫茶店の時といい、自分のこと神様って言ってる割にキリさんって割とそういうとこあるわよね」
「い、イザクラさん? 視線と言葉がやけに刺々しくないかね?」

 そりゃ今のところ一番被害被ってますからねこの子。

「はぁ……まあいいや。長いことこうしてても可哀そうだし、さっさと外しましょ」
「あ、はい。ありがとう」
「ただ、後であの二人に謝っといてくださいよ?」
「えっと……本当に申し訳ないんじゃけど、でさ。せめて何をやらかしたんかだけでも教えてくれん?」
「え……マジで分からないんですか?」
「あ、うん……」

 解放されたキリさんは煽りでもなんでもなく本当にどこが問題だったのか分かっていないようで、リンギクさん達への謝意というよりもことに対して申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 おかしい。大なり小なり、人と会話をしていればそのくらいのことはなんとなく察することができてもおかしくはないはずだ―――と考えたところで、



『――慣れとるけんね』



 ふと、いつか見たキリさんの寂しげな表情が浮かんだ。

 そうだ。最近は普通に話していてすっかり感覚が麻痺していたけど、この神様はずっとあの神社で一人ぼっちで過ごしていたんだ。
 人と関わらず、土地を護るというお役目のために、ずっと。

 人と関わらないということは、会話の機会もなかったということ。当然、適切なコミュニケーションを学ぶ機会もなかっただろう。
 そう考えると、土地神様(キリさん)の行動にも納得がいく。

 イザは『神様って言ってる割に』と言っていたが、その逆だ。
 

「――キリさんは……」
「……うん」

 多分、今考えたことも彼女には伝わっているだろう。
 それでもあえて、僕は言葉にして伝える。

「空気が読めない、というよりも人の心が分からないんですね。……いや、正確には
「そう、かもしれんね」

 彼女は人の考えが読むことができて、人の心は分かるのだ。
 ただ、理解が及んでいない。
 だからこそ余計に行動がちぐはぐなんだ。

「……そういうことね」

 僕の端的な説明でイザも複雑そうな顔はしているものの、なんとなく理解したらしい。
 コイツのこういう察しが良いところは本当に助かる。良い友人を持ったものだ。

「……ごめん」
「謝るんならアタシらじゃなくてあっちの二人ですよ。それに……分からないことを責めるのは違うと思うし」
「これから学んでいけばいいんですよ。僕らもキリさんへの理解と配慮が足りてませんでしたし、お互い様です」
「え、アタシもなのそれ」
「連帯責任ってことで」
「一人で責任感じてなさい」

 太腿にデコピンを喰らった。地味に痛え。
 良い雰囲気で締められそうだったのに……とか思いながら蹲って悶えていると、隣から噴き出したような音が聞こえた。
 二人でそちらに顔を向けてみると、

「ありがとう、二人とも」

 と、キリさんは笑っていた。




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「――な、なるほど。そんな話になってたんですね……」
 どういうわけか無事(?)元に戻ったニシユキさんになんとか一通り説明し終え、一息つく。
 いやー大変だった……。
 目覚めたばかりのニシユキさんは混乱して同人誌を抱きしめて離さないし、キリさんは完全に硬直するし、リンギクさんは気まずさもあってか距離を取るし、姉貴はタイミング悪く緊急の電話がかかってきていなくなるし……。
 イザがいなければ収拾がつかなかったんじゃないだろうか。
「情報量が多くて申し訳ないんですけど、大丈夫そうですか?」
「正直アタシらも色々よく分かってないですからね」
「はぁ、はぁ……お、お返しくださりありがとうございます……」
「あ、コレは気にしなくていいんで」
「は、はぁ」
 返却された同人誌を抱きしめて情けなく転がっているキリさんを雑に扱いつつ、立ち話もアレなので東屋へと向かう。
 少し整理する時間も必要だろうし、それに……リンギクさんとも話してもらわないと。
「ところでキリさん、なんでニシユキさんは急に元に戻ったんですか?」
「こ、細かいところは私にも分からんけど、さっき夢を見とるような感じって言っとったけえ、それが関係しとるんじゃないかね?」
 そういえばそんなこと言ってたな。
 ということは、ニシユキさんは悪夢を見て飛び起きたようなものなのかもしれない。
「自分の書いた漫画、それもBL本の品評会が目の前で開かれてるとなれば……そりゃまあ、悪夢よね」
 ……イザの呟きに、酷く納得してしまった。
「や、やあ」
 ベンチへと向かうと、そこには先程逃げ……距離を取っていたリンギクさんがぎこちない笑顔で片手を挙げていた。
「あれ? なんでここに……ってさっき合流したんだったね」
「ああ。イザクラ先輩のおかげでな」
「おかげ? ていうか顔色が悪いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。その、実は……謝りたい、いや謝らなければならないことがあって、だな」
「謝らないといけないこと?」
 落ち着かない様子で両手を組み動かすリンギクさんに対して、ニシユキさんは首を傾げた。
 ……さっきニシユキさんに説明した時、リンギクさんの話してくれた内容はイザと一緒に店で合流したこと以外は伝えていない。
 理由は当然、その説明と謝罪は彼女自身から伝えなければ意味がないからだ。
「えっと、その……」
「……」
「す、すまない。一度深呼吸をしてもいいだろうか」
「あ、うん」
 胸元を押さえて息を整えるリンギクさん。
 その表情は固く、見ているこっちも緊張が走る。
「……さっき話を聞いた時も思ったけど、意外とリンギクさんって気が小さかったりする?」
「さぁ? まあ今回の場合は誰でもああなるでしょ」
 小声でイザと話して納得する。
 事故とはいえ、呪いを発動させたのは紛れもなくリンギクさんだ。
 その謝罪を受け入れてもらえるかは分からないのだから不安なのは当然であり緊張緒するというもの。
 どうにかしてあげたいのは山々だが、これは彼女たちの問題だ。僕らにできるのはリンギクさんに言われた通り何も言わずに一歩引いた距離で見守って応援することだけである。
「その、言えば嫌われる……というか、縁を切りたくなるかもしれないのだが」
「うん」
 ニシユキさんがリンギクさんの謝罪を受け入れてくれるかは分からない。
 だがリンギクさんが自分から説明すれば拗れることはないだろう。
 どれだけ時間が掛かろうと僕らは見守るのみだ。
「き、嫌われたいわけではないんだ。しかし話さねばならないというか」
「うん……」
 そう、見守って……。
「前提として、ボクも本意ではなかったことは知っておいてほしいんだが……」
「あの……」
 見守っ…………。
「それでその……今日はいい天気で――」
「「早く話せや」」(スパァン!)
「痛いッ!?」
 堪らず二人で後輩の後頭部を叩いた。
 流石に長えよ。
「み、見守るだけで良いと言ったじゃないか」
「こっちもそのつもりだったけどさ……」
「牛歩ってレベルじゃないわアンタ。前置きが長いとハードル上がるわよ」
「それはそうだが……」
「なんでそんなに言いにくそうなん? 《《呪ってしもうたのを謝るだけなのに》》」
 もたつく後輩に小言を言い含めていると、鈴のような声が後ろから聞こえた。
 振り向くと、そこには同人誌を抱えたキリさんが立っていた。
「キリさん――」
 立ち直ったんですね、と声を掛けようとして言葉を止めた。
 違う。今問題なのは彼女が立ち直ってここに来たことじゃない。
 彼女は今、《《何を言った》》?
「あ、でもまずは嘘ついたことからかね。呪いについて知らんって言ったんじゃったっけ?」
「ちょ……キリさん」
「ニシユキさんもリンギクさんが何か隠しとることは勘づいとったみたいじゃし、そこまで警戒せんでも―――」
「キリさん、ストップ!」
 空気を一切読まずに淡々と喋るキリさんに僕は思わず叫んだ。
 そのおかげかキリさんは話すのを止め、キョトンとした顔でこちらを見つめている。
「え……な、何?」
「いやこっちの台詞ですよ! 何してんですか!?」
 ツッコみながらキリさんの腕を掴む。
 いやマジで何言ってくれてんのこの神様!?
 少しは二人の気持ちも考えて―――はっ!
「…………」
「…………」
 ……ニシユキさんとリンギクさんの方へ向き直ると、二人の間に微妙な空気が流れていた。
「え、えっと……今の話、本当?」
「……ああ」
「そっか……」
「そっちも、気が付いて……?」
「いや、自分は何か隠し事があるんだろうな、ってくらいしか……」
「そう、か……」
「うん……」
「「……」」
 ……二人とも目が合わなくなってしまっている。
 言葉も探り探りになってるし。マジでどうしてくれんのこの空気。
「あ、あの! すいません、アタシから説明します!」
 そんな気まずい状況の中、イザは果敢にも声を上げた。
 それからイザと僕は微妙な空気の中、必至に説明をした。
 リンギクさんが呪いの発端になったのは事実だが、事故であったことや、呪いの件だけでなく絵を描けなくなったことにも責任を感じていたこと。彼女は自分の意志で直接説明と謝罪を口にしようとしていたこと……あとついでに、キリさんが勝手に喋ってしまったのはおそらく盗み聞きしていたということ。
 キリさんがまた余計なことを話さないように抑え込みつつ、テンパって上手く話せなくなったリンギクさんをひたすらフォローすることになったのだった。
 ……実際の所、キリさんがあそこまで詳しく知っていたということはほぼ間違いなく神通力で読み取ったんだと思う。が、イザが『余計に混乱を招きかねない』と言うので誤魔化すことになった。
「――なるほど。話は分かりました」
 汗をかきながらなんとか説明を終えた後、ニシユキさんはそれだけ言うと考え込むように俯いて黙り込んでしまった。
 その表情は前髪に隠れて見えず、何を考えているのか分からない。
「…………」
 重苦しい、無音の空気が流れる。
 僕らは冷汗を流しながらニシユキさんの言葉を待った。
 そして――
「よ……よかったぁ……」
 ニシユキさんは心底安心したように息を吐いて、その場にへたり込んだ。
 ……ん? よ、よかった?
「えっと、ニシユキさん? どういう反応なんですかそれ」
「え? そ、それは当然、心配だったんですよ! 急に連絡は取れなくなったし、お店には来てるってお父さんから聞いてたけど会えないし、それに……前みたいに『姉さん』って呼んでくれないし。自分が何かしちゃったのかと思って……」
 あ、そうか。
 ニシユキさんから見れば、妹同然の子から急に距離を取られた状態だった。それは心配にもなるし、自分に非があると思うかもしれない。
「ね、姉さん。だがその、ボクは……ボクのせいで姉さんは呪われて、絵も……」
「別に悪気があったわけじゃないんでしょ? それに絵のことは自分の問題というか……ちょっとしたスランプだよ」
「でも、満足したとあの時……」
「満足……え、アレを真に受けたの!? ただの冗談のつもりで――」
 今度はニシユキさんがリンギクさんへの弁明を始め、二人とも慌てながら会話をしていった。どちらも困惑した表情なものの、楽しそうな雰囲気になっている。
「……もう大丈夫そうだね」
「そうね。……で、どうするよ。この自称土地神」
 二人の様子を見て安心しつつ、イザと一緒に後ろへ振り向く。
「あのー……そろそろ外してもらえんかね、これ」
 そこには東屋の柱に色気もクソもない簀巻き状態で括りつけられている土地神様の姿があった。
 そう、危うく話が拗れる要因になりかけたキリさんである。
「ていうかわざわざ縛らんでもよかったじゃろ。何故?」
「いや何故も何も、こっちだってここまでするつもりはなかったんですよ? ただ……」
「キリさん、アタシらがニシユキさんに説明してる途中で何回も口挟もうとしてましたよね」
 イザの言う通り、キリさんも補足しようとしてくれてはいたのだが……如何せん彼女は説明下手というか、下手に喋らせると事態がややこしくなりそうだったのだ。
 それで最初は僕が抑え込んでいたのだが、何度も彼女は拘束を振り切って話に参加しようとしていた。なので止む無く強硬策に出たというわけである。
「ていうかなんであんな必死に話に入ろうとしたんですか……」
「いやあの……私もニシユキさんのために、ちゃんと説明しときたくて……」
「ああー……」
 そうか。ニシユキさんの本のファンだもんな。
 キリさんとしては憧れの作家さんにいいところを見せたくて張り切ってしまった、といったところだろう。
 ……既に呪いの解決に向けて動いてるんだからそれで充分だと思うんだけど。
「それにしたって空気読めなさすぎですって」
「前にアタシに本の中身見せた時といい、喫茶店の時といい、自分のこと神様って言ってる割にキリさんって割とそういうとこあるわよね」
「い、イザクラさん? 視線と言葉がやけに刺々しくないかね?」
 そりゃ今のところ一番被害被ってますからねこの子。
「はぁ……まあいいや。長いことこうしてても可哀そうだし、さっさと外しましょ」
「あ、はい。ありがとう」
「ただ、後であの二人に謝っといてくださいよ?」
「えっと……本当に申し訳ないんじゃけど、《《何が悪かったんか分からん》》でさ。せめて何をやらかしたんかだけでも教えてくれん?」
「え……マジで分からないんですか?」
「あ、うん……」
 解放されたキリさんは煽りでもなんでもなく本当にどこが問題だったのか分かっていないようで、リンギクさん達への謝意というよりも《《謝る理由が分からない》》ことに対して申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
 おかしい。大なり小なり、人と会話をしていればそのくらいのことはなんとなく察することができてもおかしくはないはずだ―――と考えたところで、
『――慣れとるけんね』
 ふと、いつか見たキリさんの寂しげな表情が浮かんだ。
 そうだ。最近は普通に話していてすっかり感覚が麻痺していたけど、この神様はずっとあの神社で一人ぼっちで過ごしていたんだ。
 人と関わらず、土地を護るというお役目のために、ずっと。
 人と関わらないということは、会話の機会もなかったということ。当然、適切なコミュニケーションを学ぶ機会もなかっただろう。
 そう考えると、土地神様《キリさん》の行動にも納得がいく。
 イザは『神様って言ってる割に』と言っていたが、その逆だ。
 《《神様だからこそ》》、《《分からないんだ》》。
「――キリさんは……」
「……うん」
 多分、今考えたことも彼女には伝わっているだろう。
 それでもあえて、僕は言葉にして伝える。
「空気が読めない、というよりも人の心が分からないんですね。……いや、正確には《《人の心は分かっても》》、《《その動き方を理解していない》》」
「そう、かもしれんね」
 彼女は人の考えが読むことができて、人の心は分かるのだ。
 ただ、理解が及んでいない。
 だからこそ余計に行動がちぐはぐなんだ。
「……そういうことね」
 僕の端的な説明でイザも複雑そうな顔はしているものの、なんとなく理解したらしい。
 コイツのこういう察しが良いところは本当に助かる。良い友人を持ったものだ。
「……ごめん」
「謝るんならアタシらじゃなくてあっちの二人ですよ。それに……分からないことを責めるのは違うと思うし」
「これから学んでいけばいいんですよ。僕らもキリさんへの理解と配慮が足りてませんでしたし、お互い様です」
「え、アタシもなのそれ」
「連帯責任ってことで」
「一人で責任感じてなさい」
 太腿にデコピンを喰らった。地味に痛え。
 良い雰囲気で締められそうだったのに……とか思いながら蹲って悶えていると、隣から噴き出したような音が聞こえた。
 二人でそちらに顔を向けてみると、
「ありがとう、二人とも」
 と、キリさんは笑っていた。