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翌朝。昨日は倒れちゃったけど、体調は問題ない。むしろ調子がいいくらいだ。それに拓磨くんに会える最後の一日なのに、体調が悪くて卒業式にいけませんでしたなんて事態は避けたい。いや、あってはならない。そういうわけで、私の体調は問題ない。
いつも通りにいちごジャム付きのトーストとコーンスープを食べて、準備をする。と言っても、持っていくものはほぼないから忘れ物の心配をしなくていい。本当に気が楽だ。
さて、準備をしていたらもう時間だ。飼い猫のみーちゃんを軽く撫でてから、玄関を出る。
「いってきます」
家族にそう言って家を出た。
自転車を20分ほど漕いで、学校に着いた。友達も私はあまりいないので、誰とも話さずに学校まで来た。最後くらいそういう話があっても良かったのになあとは思うけど。
上履きに履き替え、教室に向かう。私のクラスは昇降口に近いからすぐに着く。ただ、いつもなんだけど今日は教室がやけにうるさい気がする。一体どうしたのだろう? 私は目立たないように教室を覗く。すると、拓磨くんと確かあれはクラスの一軍女子の三嶋さんだと思うが、何故か二人が黒板の前にいる。
…………。信じたくない。見たくない。聞きたくない。でもその言葉と光景は目に入ってきてしまった。
「オレ、佳奈と付き合うことになったんだわ!」
その声と共に教室はさらに盛り上がる。
「おー! おめでとう!」
「お似合いだぞ!」
「いいなー佳奈。私もたっくんと付き合いたかったなあ」
クラスメイトそれぞれの声が飛ぶ。みんなは本当に祝福しているようだ。私は、出来ない。したくない。見たくもない。
私の初恋は想いを告げることなく砕け散ったのだ。この想いを消化することができずに終わるのだ。
ぼっちで孤独だった私の唯一と言ってもいい、この学校に通う意義がなくなってしまったのだ。もうどうなったっていいや。もう私にはここからを見出せない。卒業式とかもう面倒だ。私は教室から目を背け、そのまま立ち去った。
ピピピピピピピピピピ!
目覚まし時計の音でハッと目が覚めた。時間は7時20分。良かった。あれは悪夢だったようだ。誰かと付き合う拓磨くんはいなかったんだ。良かった。私は胸を撫で下ろした。
けど、あれが現実にならないなんて保証はどこにもない。と言っても、拓磨くんの連絡先を知らない私に今出来ることはない。天に祈ることしか無い。それがもし、叶うのであればちゃんと告白をしよう。あの悪夢のように、想いを告げられずに終わってしまうという事はやめよう。
想いは伝えたら壊れちゃうかもしれない。けど、壊さずに腐れるよりはずっといいはずだ。怖い。怖いけど、ここは勇気を出そう。一歩踏み出そう。私は決意を固めた。
8時32分。学校に到着する。それまで私は何度も、何度も頭の中で告白のシーンをシミュレーションしてきた。結果が上手くいったのはあまりなかったけど、できない事はなかった。
あとは、先に手を打たれてないかを祈るのみ。昇降口で靴を履き替え、教室に向かう。教室をそっと覗く。盛り上がってはいるけど、あの光景では無い。良かった。第一段階は突破だ。胸を撫で下ろす。
次は告白出来る場所、隣の空き教室に呼ぶ事だ。卒業式後だと、多分人気者の拓磨くんは色んな人に呼ばれるからそんな時間はない。今しかないんだ。とは言え、いざ呼ぶとなると緊張する。緊張しすぎて手が震える。足も震えている。全身が震えている。けど、ここを突破できないと何も出来ない。勇気を出すんだ。いけ、私!
震える体を奮い立たせ、私は立ち上がる。その時に大きくガラッと音を出してしまう。突然の音に注目が集まる。一体どうしたんだという雰囲気が漂う。普段の私なら、恥ずかしくて顔が赤くなりそうだが、今はそんな事気にしない。いや、むしろそっちの方が都合がいい。拓磨くんの視線もこっちに向いている。今がチャンスだ。私は教室の入り口付近に居る拓磨くんの方に向かう。
「さ、西条っ。こっちに来てどうした?」
拓磨くんは困惑している。当たり前だろう。普段の私からは想像できない行動だから。でも、それでいいんだ。そうじゃないと、私の弱い炎は消えてしまう。強く、燃え上がる豪火にしてしまわないと私の目的は達成できない。
「こっち、来て……」
私は拓磨くんの手を引っ張って、隣の空き教室に連れて行く。本当、私らしくない行動だなあ。でも、たまにはいいだろう。こんな強引な私がいても。ちょっとくらいバチは当たらないだろう。
少しして空き教室に着いた。当然だが誰もいない。机は綺麗に並べられている。
「ほ、本当にどうしたんだ?! 西条? らしくないっつーか、オレなんか悪いことした?」
私を心配そうに見ている。こう言う時でも、拓磨くんは優しいなあ。……感心している場合ではない。想いを、ぶつけよう。自分の全ての想いを。壊れてもいい。それでいい。
「何も悪いことはしてないよ。ただ、私の想いを伝えたかっただけ」
「想い?」
拓磨くんはピンと来てないようだ。頭にはてなマークが浮かんでいる。人気者で恋愛とか手慣れてそうなのに、そう言うのに鈍いところも、余計に好きになっちゃいそうだ。
「私、拓磨くんのこと好きなんだ。ライクじゃないよ。ラヴの方だよ」
私の言葉を拓磨くんは黙って聞いている。そのお顔もまたカッコいいな。
「保健室であったあの日のこと、拓磨くんは覚えていないだろうけど、私はあの時に惚れたんだ」
拓磨くんは真剣に私の話を聞いている。
「カッコよくて、でも誰にでも優しい拓磨くんにどんどん惚れていったんだ。だからこれまで、拓磨くんのことをずっと見てたの。6冊分のノートにまとめてたの」
「6冊も?! そりゃすごいわ。けど、そのくらい見てくれたんだな」
思わぬ形で拓磨くんに褒められた。私はちょっと嬉しくなった。
「そうやって見ているうちに、もっともっと好きになった。好きになっていった。私は拓磨くんが大好き。……わかってる。大学は別々だから、一緒にってのは難しいし、拓磨くんには明るくてノリのいい女の子の方が似合うし、そっちの方が好みなのも知ってる。だけど、返事を聞かせて欲しい。どんな答えでも、私は受け入れるから。だから、聞かせて」
言い切れた。ちゃんと私の言葉を伝えきれたと思う。どんな返事が来るかはわからないが、ちゃんと言えたんだから後悔はない。私の蝋燭の炎はしっかりと燃やしきれた。結果がどうであれ、私はこうやって想いを告げられたことを誇りに思うだろう。
拓磨くんは少し考えて、そして口を開いた。
「オレは――――――
あの日から10年経った。大学も無事4年で卒業して、転職しながらも社会人としてしっかりやれている。あの時の事は本当にいい思い出だ。今もそしてこれからも忘れないだろう。あの時に勇気を出して、言えたから自分に自信が持てるようになった。それから色んなことが好転していった。いい思い出でかつ、自分の人生のターニングポイントだったのだろう。
今日は、ちょっとした記念日。待ち合わせまであと一時間だけど相手を待たせるのは嫌いだから、早めに出ておこう。まあこんなこと言ってるけど、ただ一刻も早く会いたいだけって言うのが本当の理由。
私はコートを羽織って玄関を出た。
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