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第一話


目次

作者: ミハナ





ミハナ編

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クラスは最近俄にざわついている。
卒業が段々近付いてきているからだ。
私はクラスの一番端、窓際の席から、そっといつもの『君観察ノート』を開く。
今日の君もいつも変わらずに周囲の男子や、仲良い女の子と楽しく談笑してて、その姿を見ると胸がモヤモヤして締め付けられる。
でも、それでもこの距離なら気付かれる事は無いから。
私のこの、好きっていう気持ち。
こんな引っ込み思案で、日陰ものの私が抱いていい感情じゃない。そんなのわかってる。
私はクラスの誰よりも影が薄くて、ふらりとここから消えても気付かれないぐらいなのに。
どうしてこんなに好きになっちゃったんだろ。
ああ、君の袖を引っ張って笑いあいたい、あの子やクラスのマドンナみたいな容姿だったら近付けたのかな。
地味で校則を破るのも怖い私は、スカートの長さも髪の長さも規定通り。
人の視線も怖いから前髪は目が少し隠れるぐらいだけど、俯いちゃうから顔にも自信がない。


全てにおいて人並みな私は、西条彩加(さいじょうあやか)なんて、名前にも負けてる。
もっと地味な名前が良かった。
でも、思っちゃうんだ。
君がもし、優しく通る声で彩加って呼んでくれたら、それだけでこの名前も大好きになれるのに。
それぐらい君の事が好きなんだよ。
君が私のこと、綺麗な眼差しで見つめてくれて、唯一友達に褒められるこの黒髪を撫でてくれたら。
それだけで天にも上りそうな気持ちになれる。
嫌なこと全部好きになれる気がするよ。


見てるだけで良かったのに、こっちを見ない君を好きになったのに、最近の私はもうそれだけじゃ足らないぐらいに想いが募っているんだ。
ああ、私も拓磨くんて名前を呼びたい。
多分盛大にキョドるかもだけど、君はそれでも優しく、爽やかに笑って「なに、彩加」ってーーー。

「拓磨、いやそれはないって! ! あの堅物ムッツリ先生が西條先生を好きとかさ! 」
「いや、見たんだって、堅物南雲が後ろ姿をじっと見てたね、あれは相当好きだとオレは見た」
有り得ねー! !と、どっと場が盛り上がる。
教師の恋愛事情にクラスはどよめいた。
私は、西條の名前にビクッと肩が震えてしまう。
私とは比べものにならないくらいの、大人の色気満々でいつも短いタイトスカートの西條先生。
同じ『さいじょう』なのに、何でこんなに違うんだろ。
あれぐらい堂々としてて、色気いっぱいだったら、拓磨くんに、君に近付けるかもしれないのに。

ビクリと震えた私と、はっと君と目があった。
ああ、やっぱりかっこいい。
教壇の机に乗っかって、長い足を組み替えながら笑って言った。


「西条の事じゃないから、安心しろよ」


周りのクラスメイトの騒ぎなんて気にならないぐらいに、はっきりと甘く優しいテノールが耳に届く。
この瞬間が永遠になって欲しかった。
でも、君は、直ぐに顔をそらしてしまった。
ああ、心臓が高鳴りすぎて今にも死にそう。
私はノートに顔を突っ伏して、赤く熱い顔を隠した。
そんな私など誰も気にとめないままに、クラスの騒ぎは止まらなかった。
ノートには、私の筆跡で『卒業式までに告白すること! ! 』と書いてあるのが視界に入って、無理だよと小さく零した。
ドキドキと早い鼓動を立てる胸をきつく押さえてたら、誰かに腕を引かれた。
え、誰、やだノート見られちゃーーー!

「西条、具合悪いのか? 保健室行こう、立てるか? 」

嘘、さっきまで聞いてた声が聞こえる。
拓磨くん、なの?

前髪の隙間から窺うように、そっと見たら爽やかで甘い顔立ちに心配をにじませた表情で、君が私の顔を覗き込んでいた。

「あ、ぇ、あの、えっと」
「顔真っ赤にして、突然胸押さえだしたから、なんかあったのかと思って。なあ、お前ら、そうだったよな? 」
「そーそー、西条さんどうしたの〜?ウチらと保健室行こ、大丈夫だよ、拓磨。ウチらが責任もって連れてくし」
「ついでにサボれるしね〜」
「そそ、だから拓磨はそろそろ授業の用意しなよ、今日当たるんでしょ?」
「あ! そうだった! サンキューな! 」


あっという間に女の子達に連れられて、保健室に行く事になった。
拓磨くんはさっさと自分の席について、授業の用意をしてる、その姿も、彼女たちに引っ張られて教室から出された私には見えなくなってしまった。
咄嗟に掴んだノートだけを胸に抱きしめて。


ああ、どうして私は引っ込み思案なんだろう。
女の子たちに保健室に連れ込まれて、空きベッドにあれよあれよと寝かせられてしまう。
「カバンとかは後でもってきてあげっからさ、今は寝ときなよ」
「保健のセンセーいなくても、ウチらよくここでサボってるから勝手にしてても大丈夫だしね」
「そーそー、保健医のセンセー甘いからさあ、具合悪いんですーで通るし」
「ねー」
「西条さん、具合悪そなのウチら見過ごせないしぃ? やっば、ウチら優しー」

本当に優しいのなら、多分黙ってくれるんだと思うんだけど、彼女たちにはそんなこと言えない。
私はノートをぎゅと抱きしめながら、頭まで布団を被った。
すると、やっと女の子たちは黙ってくれて、離れていってくれた。
保健室を出る音がして、足音が遠ざかっていく。
それを確認して、私は頭を布団からだした。
「こんな調子じゃ、告白なんてできないよ……でも、誰かのものになる拓磨くん、見たくないよ……」
独り言は誰もいない保健室にすうっと消えていく。
そういえば、君を意識したのも保健室だったっけ。
眠くない私は、その時の事を思い出していた。


あの時は私が保健委員だった時だった。
二年に成り立ての私は委員の仕事が大好きで、クラスで怪我した子の付き添いでここに来てた。
「うん、これで消毒は終わったから戻っていいよ……」
「ありがとな! 西条がいて良かったわ」
「そ、そんなことないよ……」
「いやいや、包帯テク? とかも上手いし、医者になれんじゃね? じゃ、戻るなー」
「あ、うん」
怪我した子がグラウンドに戻っていくのを私は使った道具を片付けながら見送っていた。
その時だった。
入れ違いに君が現れたのは。
クラスも違う君と会うのはそれが初対面で、でもグラウンドから保健室に来る君の姿はとてもかっこよくて。
さらさらと流れる髪や、一つ一つの仕草に目が釘付けになっていた。
「君、保健委員? 」
「は、はい! 」
「ちょっと派手にスライディングしちゃって、膝が血だらけなんだ。とりあえず洗ってはきたから、消毒頼んでいい? 」
見れば、君は本当に体育着のズボンから見える片膝が血だらけでびっくりしちゃったんだっけ。
「ちょ、ちょっと待ってて、今えっと用意するから…」
椅子に座って、とおずおずと促して、オキシドールを浸したコットンで軽く触れたらすごい痛そうにしてて、でも絶対声には出さないで我慢してて。
全部の手当を終えた時に、やっと声を出して。
「サンキューな、助かった」って、軽く、本当に軽く肩を叩いてくれたんだ。
そのまま君はグラウンドに戻っていったけど、叩かれた肩が熱くて、ぎゅっと手を重ねて掴んでいたのを覚えてる。


あれが私の、初めての初恋でした。
学年が上がって、同じクラスになって舞い上がっていたけど。
君は私のこと覚えてなくて。
すごく悲しくて毎日夜中泣いてた。
それでも君が好きな気持ちは消えなくて、日に日に大きくなっていって……。
そんな時に読んだ少女マンガは、片思いの男の子に思いを伝えられない女の子が日々の思いや、男の子を観察してノートに書いてたから、私も同じ風に真似をした。
その少女マンガは最後両思いになったハッピーエンドで、投影したくて真似して観察しだした。
すると君の知らない一面や、知らなかった事とかを色々知って、その度に好きが更に募っていった。
今ではこのノートも六冊目。
最近は毎回締めくくりに『告白する』って書いてある。
でも、その時はその決意しても、家に帰れば急激にしぼんじゃう。

このままじゃダメなのに。
でも、君に忘れられちゃう私は、相応しくなくて。
分かってる、分かってるのにこの思いは君にしか向かないんだ。
初恋は叶わない、なんてよく言ったもので。
本当にそうだなって、ひしひしと思う。
私にはこの恋が叶うビジョンが見えない。
でも、毎日毎日、君がこっちを見てくれたら、名前を呼んでくれたら、髪に触れてくれたら、って際限なく妄想しちゃう。
そして、現実を見てその落差にまた落ち込んで泣くんだ。
ああ、また泣けてきちゃった。
私は零れる涙を指で拭って、布団に潜り込んだ。
仮病だけど、今だけは、今日だけはお願い。
一人で静かに君を思いたかった。
本当にカバンを持ってきてくれるなら、もうここでお昼も食べちゃおうかな。
私はゆっくり瞼をとじた。




物音がする。
保険医の先生が来たのだろうか。
薄らと目を開けて、びっくりした。
君が、また近くにいた。
え、え?
脳がバグる。
「顔色良くなったみたいだな、安心した」
優しそうに目を細める、え、これ現実?
まだ私夢見てるのかな、こんな優しく、しかも距離感が近いのはあの時の手当以来で。
「……西条? まだ具合悪いのか? 」
そっと、綺麗な手が私の前髪をさらりと払っていく。
ああ、夢の中なら、言えるかな。
こんな優しく甘い雰囲気なら、言えるかな。


「……拓磨、くん……」

「お前、誰と間違えてんだ? 俺は保健の先生だぞ」

じとっとした声に、目を見開いたら、君の姿なんてなくて、怪訝な顔をした保健室の先生の顔があった。
なんだ、本当に夢だったのか。
……先生、タイミング悪い。
「誰だかと勘違いしてるようだからな、タイミング悪いと言われる筋合いはないはずだが? 」
思わず声に出してたみたいで、先生が憮然とした顔で腕を組む。
「西条、具合はどうだ。鞄は持ってきたのなら、昼飯はここでとるんだな。もうチャイムも鳴る」
先生がそう言う、そのタイミングに合わせてチャイムも丁度鳴った。
「ほら、丁度だ」
にやりと先生が笑って離れるので、私は体を起こしてカバンを手に取った。
彼女たちは宣言通りに持ってきてくれたらしい。
抱えていた『観察ノート』をカバンに入れて、代わりにお弁当箱が入った巾着を取り出した。
お昼食べたら、教室に戻ろう。
私は巾着からお弁当を出して食べ始めた。





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