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作者: 仁嶋サワコ





最終話 学長その他オールスターズ

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 妻と帰郷した。東京から千葉。隣接県ではあるが反対側の我が故郷に辿り着くのは、少々面倒くさい。
 渋滞を危惧して、朝早く出発したが、結果としては時間調整として公園の駐車場に停車することになった。
 高台から太平洋を見下ろす。
 風光明媚と称される、絶壁から望む海岸線や太平洋を眺めるのは昔から好きだった。この海の向こうに、自分なら渡って行けると夢想していた。
 そう自惚れたくなる程度には、勉学に優れていた。田舎の漁師町ではあったが、地元の名士に気に入られ、進学することが出来た。家庭教師で日銭を稼ぎ、オンボロの寮で安い酒や麻雀に囲まれながら勉学に励んだ。
 太平洋は超えず、東京に居を構えた。小さい後悔は数多あるが、大きい後悔は然程ない。
 鐘を指さした妻は「せっかくだから鳴らしましょうよ」とはしゃぐ。
 年寄り夫婦がと逡巡はしたが、二人で紐を掴んで振る。
 澄んだ音が響く。
 希望の音だ。
「風にのって鐘の音が飛んで行くわ」
 お嬢さん育ちだからか、既に孫がいるというのに、少女小説のようなことを言う妻だ。

 その後、母が暮らす施設へと向かう。最近、やっと面会できるようになったのだ。 
 部屋へ入ると、母は体を起こしていた。職員の方が母に話しかけた。
「加瀬さん。息子さんとお嫁さんが来てくださったわよ」
「洋、郁子さん。わざわざありがとう」
 母はゆっくりと微笑む。
「全然来れなくてごめん」
「コロナだったからね」
「お義母さま、ご無沙汰しております」
 談話室に向かう。
 地元の名士の娘である妻と、母は案外うまくやっていた。女性二人の会話に花が咲く。
 わざわざ来ても特に話すことがない次男坊は、妻に感謝しつつも居心地の悪い思いをする。
 そこに、片付けを終えた職員の方が話しかけてきた。
「お母様からお聞きました。大学の学長さんなんですよね。凄いですね」
「いえいえ。運が良かっただけです」
「娘もそれくらい勉強が出来ればいいんですけど、剣道ばかりで」
 職員の飯岡さんの娘は高校生らしい。聞くと、父と同じく警察官を目指しているとのこと。
「高卒でも警察官にはなれるんですけど、でも、一人娘には大学生活を送らせてあげたくて。色々厳しいんですけど、主人の夢だったから」
 口ぶりから、彼女の配偶者はこの世にはいないと感じた。母一人子一人の生活。決して楽ではないだろう。
「あの、大変失礼ですが、ご主人は」
「震災の時に」
 分かりきった答えではあった。
 しかし、必要な答えだった。
「あの、合格はお約束は出来ませんが、弊学にはこのような制度がありまして――」

 後日、施設宛にパンフレットを送った。
 そして、お礼の手紙を受け取る。
 私はただ単にパンフレットを送っただけだ。しかし、その一つの行動で一人の新しい道筋を作ることができたと感じた。

***

 米国から来日した翌日にくぐったレリーフの向こうの部屋は案外広い。
 机と椅子が所狭しと並んでいる。入り口近くに座っていた一人がこちらを見る。
「ああ、唐栗さん来ましたか」
「遅れてすみませんね。アメリカから、言葉通りの右手代わりを連れてきました」
 先生は左手で僕を指し示す。僕は先生の右側で、動かないその手をチラリと見た。
「今は文学部と社会学部が議論中ですよ。うちはまだだからスケジュール確認して戻りたいんだよね」
「畏まりました」
 そして、先生は声を張り上げた。
「皆さん、申し訳ないですがお話を聞いてください」
 先生は、研究者として極めて優れている。しかし、彼が企業と連携しながら、ここまでの功績を残せたのは優秀なマネージャーであり、ファシリテーターでもあるからだ。つまり、自身の意見や研究を推す術を知っていたからだと、あかりさんは言っていた。
「遅れて申し訳ありませんでした。これから『むぎほし大学入学式』の演出会議を始めましょう」
 唐栗先生は微笑んだ。

*****

 入学式。
 昨年までは大和武道館が会場だったらしいけど、今年は大学構内だ。キャンパスはいくつかあるが、どの学部も教養科目で使う件坂のキャンパスが会場だ。
 俺は道すがら、突然立ち止まった前の人間にぶつかった。
「す、すみません!」
 謝罪の言葉を口にすると、一方的に眺めていたショートカットの女の子が振り向いた。
「いえ、急に立ち止まっちゃったから」
 軽く微笑む女の子にドキリとする。陰キャには眩しい。
「な、何かあったんですか?」
 どきまぎしながら言うと、女の子は軽く傾げる。
「何か見てますね……」
 そちらではみんなスマートフォンを掲げている。立ち止まっていると、背後から何やら聞こえるので振り向いた。
「入学式でぶつかるとかどんなボーイミーツガールだよ。最近の流行りの無双とハーレムをさ……」
 小柄な男の子がブツブツ言う。外国人? にしては日本語が上手だな。
 それより顔色が悪くて、汗が出ている。
「君、具合悪そうだけど大丈夫?」
「水飲む?」
 子供を放っておくのはいけない。女の子が声をかけ、俺はペットボトルを差し出す。子供は俺を睨む。
「何だよ! そういう優しさとか公式かよ!」
「えぇ……」
 大学は高校よりも色々な人間がいるとは聞いてたけど、初日からこんな何重にも濃いやつと絡むなんて思わなかった。
 そうしているうちに、前が少し動く。
 自己紹介して、三人一緒に歩くことにした。女の子は飯岡みお、男の子はやたら長い名前だった。プリンでいいってさ。
 そして、スマートフォンが掲げられていた場所へ着く。
 そこにあったのは光輝く彫像だった。
「結構人気なんだ良かった」
 プリンは笑みを見せる。
 彫像自身から光は出ているし、その周りも透明な膜のようなものに包まれている。
「ウサギの三不思議?」
 この前、ファミレスで合格祝いをしてくれた友達の話を思い出す。やつは文学部に現役合格だ。小学校じゃあるまいし、文系訳分かんねえとバカにしたっけ。
 しかし、スクリーンに映っているものはというと。
 プリンは鼻で笑う。
「あれ、レンズで見てごらんよ」
 言われた通りにカメラを通すと、URLのリンクが出てきた。やっぱりQRコードなのかと思いながら、素直におす。飯岡さんも同様だ。
『入学おめでとう!』
 画面からそんな達筆が飛び出てきたので、目を見開く。
「彫像の下からレーザー出してスクリーン状にすることも、湾曲したスクリーンにQRコードを読み取れる形で映し出すことも大変らしいよ」
 プリンの言葉に飯岡さんは首を捻る。
「どういうこと?」
「つまり、簡単そうに見えてもの凄く難しい技術ってこと」
 俺はざっくり説明した。
 それで納得したのが不満らしい。プリンは一瞬顔を歪めたけど、すぐにニヤリと笑った。
「面白い学校さ。この大学の知と技と遊び心が始まるよ」

***

 中央から外れた桜の幹に寄りかかる。ここは新入生があまり通らない。
 左手に持つスマートフォンの画面を見つめた。
「彫像、あんなことするために動かさせたのか」
 有名とはいえ、一私立大学の入学式にしては、やけに豪華な技術を集結した出し物だ。
 彫像、絵画、レリーフ。
 俺がすげ替えさせられた物は、危険物ではないが、何やら仕掛けが込められていた。
 ただ、絵画とレリーフをすげ替えるためには少し知恵と技術が必要だった。
 とはいえ、どれもこれも昔親父と一緒に遊んだ寄せ木細工のような仕掛けだ。両手で押さえたり、左右でそれぞれ違う動きをしないといけないところはあるが、手遊びのような苦もないレベルだ。
「なるほど、絵画とレリーフもか」
「ご名答よ」
 聞き慣れた声に振り向くと、想像とは違うボブヘアの女性がいる。シルバーフレームの眼鏡にグレーのスーツに青いブラウスという身なりで、理知的に感じる。化粧も違う。
「随分見違えて。昨日、声を聞いていなければ気がつかなかった」
「ふふ、今はオンなの。ちなみにこれはなんちゃってボブという髪型よ」
 彼女は微笑んで、後ろ髪を軽く持ち上げる。見慣れぬ彼女は、夏頃から昨日まで、顔を合わせていた女神だった。
 俺は、今の彼女の姿を一方的に知っていた。
「分かっていて依頼したんですね。南雲さん」
「ふふふ。ご両親には昔からお世話になっておりますわ。才造さんともお会いしたことありますね」
「……女性というのは見違えますね」
「バレないようにはしたけど、あんなに気がついてくれないなんて悲しかった」
 随分と子供っぽく頬を膨らましたのは、むぎほし大学教授である親父唐栗伝次郎の愛弟子だ。幼少期にその才を見出され、渡米し、半導体メーカーの雲丹を立ち上げた天才エンジニア。俺も高校進学するために帰国するまでは会っていた。
「じゃあ、これはやっぱり唐栗伝次郎が仕組んだことですか」
 おかしいとは思っていた。学長室は明らかに俺が入れるようになっていたからだ。
「正確には加瀬学長よ」
「どういうことで」
「そうね。加瀬学長が就任時に、唐栗先生がつくった仕掛け。ただ、あなたが思っているよりも難しいの。先生は右手が動かないし、私やプリン君じゃ背丈や力が足りない。他の人に頼むにも制限時間がある。仕掛けを瞬時に解除して、新しいものと取り替えてくれるのは貴方しか思いつかなかった。だから私は貴方に会いに行った。意地を張っている先生の代わりにね」
 彼女が俺を見上げ、柔らかく微笑んだ。
「雲丹の創始者が暇なことで」
「代表おりたことは知ってるでしょ? しばらく遊ぶ予定だったの」
 そして、彼女は俺の左腕をとった。
「ね、入学式見終わった後、一緒に博多で水炊きとラーメン食べない?」
 そこまて飛行機で二時間弱。空港に行くまでに四十分はかかるのだが、それ以前の問題だ。
「いや、依頼人に手を出すのは」
 主義に反する。
「もう依頼しないから関係なくない? それとも中州行く? 米国にはああいう施設ないから面白いのよね」
 その描写は、今回のリレー小説祭の禁止項目だ。最終話まで来たから、今更失格したくない。
「じゃなくて、なんでそんな突然態度変わってるんですか?」
「そろそろ次世代を考えているんだけど、遺伝を考えると結構魅力的よねぇって。あと、半導体量子コンピュータ興味ない?」
 清々しいほど、正直な意見をお持ちなことで。
「望むなら、日本に研究施設を準備するわよ?」
「……楽しいのに。何でも屋」
「とっ捕まる前に、モラトリアムは彼らに任せなさい。ドソキに通っている場合じゃないわ」
 南雲丹里は道を歩く大学生を指さした。俺はふと気づいたことを言う。

「ちなみに彫像は外す仕掛けがなかったけど」
「あれは、準備に時間がかかって時間がないから、ついでに頼んだだけよ。だから昨日」

 俺はため息をついた。
 若人達よ。

 このように自由を失うしかない身に堕ちる前に、つかの間のしがらみのない世界を楽しみ明日を切り拓き給え。

***

 この時代に大した物だ。旅行会社に借りたスマートフォンの画面を見て、感心はしたけど、未来の人間としては普通ではある。
 おやおや、桜の木の向こうで、社会人男女がいちゃついているな。
 ありゃ社会人入学じゃないな。ただのシケこむ五秒前だ。何でこんな所にいるかしらないけど、お盛んなことで。
「あー、俺も彼女欲しい」
 恋の花を咲かせて、愛を結実させたい。学長が送ってきたメッセージを思い出しながらいじける。
 しかし、大学の学長にしてはらしくない。漢文とか論語とかから引用するもんじゃないのかね。
 そう思いながら、人の流れに沿って、講堂へと入る。すると、辺り一面、花で囲まれてた。壁や天井に映された映像と、足下に並べられた本物の花の両方で。
「こりゃ見事なことで」
 つまり、入学式とは思えないようなお祭り状態にしたかったんだろう。話題作りのためなのかな。それに課長の両親は感動したのか。
 着席すると、もうすぐ開始の時間だ。
 ブザーが鳴ると、スクリーンがするすると下りてきて、一人の男性が映し出された。
「新入生の皆さん、ご家族の皆様、入学おめでとうございます。学長の加瀬洋です」
 壇上ではなく、スクリーン越しからの登場に辺りはざわつく。
「人数の関係で、キャンパス内に複数の会場を設けています。同じ演出とするために、スクリーン越しのご挨拶となり申し訳ありません。ライブ放送ではあります」
 なるほど。確かにこの講堂だけじゃ狭い。
「今日はこの大学に伝わるウサギの話から始めましょう」
 そしてカメラが引く。どうやら、学長がいるのは俺が昨夜忍び込んだ部屋のようだった。
「むぎほし大学では様々な物にウサギを登場させています。これは古事記の因幡の白兎がモチーフです。創始者の麦田星之進は大国主命のように、優しさを持ち、新しい国を創造する若者達を育てたいという思いを込めていました」
 そして、学長はウサギのレリーフの前に立った。
「これもその一つですね。かなり特徴的なレリーフのため噂話が生まれました。これを外すと秘密の隠し部屋が出るとね」
 学長がレリーフを外して壁を掴む。引き戸の取手になっていて、それを開けると扉が見えた。俺も周りも小さく声を漏らす。
 そこには隠し部屋にしては大きい部屋が見える。
「教授用の会議室への隠し通路です。実は私が学長が就任した際、当時は他大学の唐栗教授が祝い代わりに噂話を実現させてくれたのです。学生時代からの友人でして」
 次に学長は絵画を外す。
「こちらのウサギの絵画も唐栗教授に頂いた物で、本人としては簡単なパズルで取り付けられていました。噂話によると、歩き出して天井に張り付くそうですね」
 軽くノックすると、絵から言葉の通りにウサギが飛び出してきた。CGだろうけど、声が上がる。
「そして最後、映像には映しませんが、光るウサギの彫像です。皆さんもここに来るまでに見ましたよね。これが、むぎほし大学のウサギの三不思議です」
 ウサギが絵画に戻ってきた頃、学長は話し始めた。
「ここまで全て、学内の教授、准教授達の作品です。実現するための技術から演出、実行まで。あと、皆さんに送ったメッセージは詩人としてもご活躍の嘉島教授の新作です」
 え、あれ、謎を解き明かすとかそういう意味じゃなかったのかよ。おい、課長。
「大学へ通う目的はそれぞれです。大卒が欲しいだけの人もいるでしょう。しかし、大学の知と技を集めれば、こんな風に遊び心をもった入学式を作り出すことができます」
 学長が手をひらひらさせると、またウサギが踊る。
「私の故郷は港町です。水平線を見つめながら、学ぶことで新しい世界を切り開けると信じていました」
 お、共通点。俺の故郷は漁港というより貿易だけど。
「やがて、一人では限りがあることに気がつきました。だから、皆さんには素晴らしい仲間を作ってほしい」
 ウサギを回収した後に、学長は言う。
「私の故郷は東日本震災で津波の被害にあいました。被害にあった中では知名度の低いところで、被害にあったと知らない方もいるでしょう。しかし、今も尚、苦しむ方々は多いです。そんな中、『希望の鐘』というものが寄贈されました。たかが鐘一つかもしれませんが、それは平和のシンボルです」
 俺の頭の中に故郷の一つの鐘とメロディーが浮かんだ。我が町に鐘は沢山あれど、昔から開かれた港町にあるそれは、震災復興の象徴ではない。人災、戦争だ。でも人々の幸福と平和を望むことには変わらない。
「今年も震災がありました。世界でも天災人災数多あります。その時代に皆さんを希望の存在としたい。陳腐な発想ですが、私も鐘を寄贈することにしてみました。まだ試作品のため卓上ですがお聴き下さい」

 そう言って、学長は机に置いてある鐘を鳴らす。それは、スピーカー越しでも澄んだものだった。
 俺は、故郷の教会を思い出した。

***
 
 以前お母さんに聞いた「学長のお母様は、私が担当しているのよ」という言葉を思い出す。
 今まで実感はなかったけど、今ここに知らない人たちといると、学長と私を繋ぐ同郷という言葉は心強い。
 この人はあの町を知っていた。
 毎年あの日にテレビをつけてももっと被害の多いところばかり映る。当たり前かもしれない。
 でも、私は叫びたかった。あの時、私も喪ったんだって。
 鐘の音。私は知らない内に涙を零していた。
 ふと、ここまで一緒に来た二人が両側から私を見つめていた。
「大丈夫。ありがとう」
 私は出来る限り微笑んだ。
「むぎほし大学に進学できて良かった。二人共、これから宜しくね」
 私はあの時喪った。多分、他の人達もそれぞれのタイミングで何かを喪ってきたはずだ。

 だから。

 これから自分達が創り上げていく未来は絶対に素晴らしいものだ。私はそう確信した。





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