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「黙祷――」
午後2時46分、東日本大震災の犠牲者へ祈りを捧げる。私の父もその犠牲者の一人だ。私の父は警察官だった。倒壊する住宅街で狼狽する人々に避難を呼びかけ、その最中に津波に襲われて殉職した。私が10歳の時の話だ。
私は母と共に高台へ避難して津波から逃れた。私は父と共に避難したかったが、父は頑なにそれを拒んだ。市民を守るという生真面目さが、父を殉職させたといっても過言ではない。
「お直りください」
私は毎年、黙祷するたびに涙をこらえることに必死だ。私を愛してくれた父の笑顔を思い出し、胸が締め付けられる。
自己紹介が遅れたけれど、私は飯岡みお。生まれも育ちも千葉県の港町。ここは遠浅の地形で、東日本大震災の津波被害が特に深刻だった地域だ。
今でこそ町は復興しつつあるけど、震災の爪痕は今も随所に残されている。私の自宅も震災によって倒壊し、見るも無残な姿だった。
ここにいるみんなも同じような境遇を体験し、当時は仮設住宅で身を寄せ合っていた。そんな仲間たちと共にこうして高校生活を送れているのは、何よりも幸せなことなのだと自認している。
さて、この後は部活動も控えている。気持ちを切り替えて竹刀を振るとしよう。
あぁ、今日も全力でやり切った。しかしまぁ、顧問の指導がキツイったらありゃしない。まったく、いまどき根性論なんて流行りはしない。しかも私は女子、あの稽古は体罰スレスレだと思う。
そんなことをぶつくさ言いながら、私は母と共に夕食を摂る。父が剣道家だったこともあり、私もそれに倣って剣道を始めた。母は毎日のように父の愚痴を聞いていたので、未経験ながら剣道のことはおおよそ理解している。
「みお、それも先生のご指導なんだから。感謝の気持ちを持たないと駄目よ?」
母さんはいつものように言う。しかし私は母さんの言い分、どうも解せない。指導と体罰は根本的に違うものだ。いくら防具を着けているからって、竹刀で私を張り倒すのはさすがにまずい気がするけれど?
母の言葉に不服を覚えて口を尖らせる私に、母はふと何かを思い出したかのように話題を変えた。
「そういえば、みおは進学するの? それとも就職?」
......進路かぁ。いまどきの高校生は進学がほとんどらしいけど、母子家庭の私には進学なんて到底考えられない。第一、学費はどこから捻出するのつもりなのだろうか?
「就職に決まってるよ。我が家にお金がないことは重々承知してる」
私は高校卒業後に警察官となることを目標にしている。それが父の思いに報いることであり、母の金銭的負担をなくす一挙両得の策だと分かっているのだ。ただ、ペーパーテストには少々不安が残る。何たって、私は勉強がからっきし駄目なんだ。剣道が強いだけでは警察官になることなんて出来ない。
「みお、これを見てもそんなこと言える?」
母は何やらほくそ笑んでいるが、一体何の確証があっての笑みなのだろうか? 私には到底心当たりがない。困惑する私の表情を顧みることもなく、母はスマートフォンに何かを表示した。
「じゃーん! 何と、むぎほし大学には『被災者奨励推薦入試制度』が設けられているのです!!」
......被災者しょうれい何とか?? 何だそれは。母は何だか訳の分からないものを見つけて来たものだ。それが一体何だというのだろうか?
「要するに......被災者を対象とした授業料が免除になる入試制度なのです!」
母は自慢げに人差し指を立てる。つまり、東日本大震災の被災者である私にその切符を掴むチャンスがあると母は言いたいわけか。しかし、なぜ私に進学を勧めるのだろうか?
「みお、今一つしっくりきていないようね。いい? これは私とお父さんの願いでもあるの」
父の願い、そういえば聞いたことなかったな。生真面目で優しかった父の願い、私は今一度聞いてみることにした。
「お父さんは若い頃、貧乏で苦労していたそうなの。大学へ進学して知見を広げることを望んでいたけれど、授業料を工面できずやむなく就職の道を選んだとお父さんはぼやいていたわ。だから、お父さんはみおの望む道を進んで欲しいと願っているはず」
私だって本当は進学したいところだ。みんなと同じようにキャンパスライフを過ごしたいし、これからも剣道を続けたい。けれど、それはひとり親である母へ経済的負担を強いることになる。私はそれが心苦しい。
「みお、子供のくせに私の懐を心配しているなぁ? 一度しかない人生、自分の為に生きていいじゃない! お母さんのことは心配するな! 私は自分のことくらい何とかできる!!」
母が大見得を切っていることは明白だった。けれど、それでも私の背中を押そうという強い意志を感じた。
「お母さん、ありがとう......!」
母の熱意にほだされた私は、大学進学を決意した。学力の不安は今一つ拭えないけど、何とかするしかない。
それからの私は、剣道だけでなく勉強にも全力で打ち込んだ。暇さえあればテキストを幾度となく読み返し、予習復習を怠らなかった。
「メェェェンッッッ!!!」
もちろん、私の強みである剣道でも結果を求めた。関東大会では個人でベスト4に入賞、インターハイでは個人でベスト16まで進出した。高校生活最後の大会だったけれど、ここまで結果を出せれば上出来だ。
夏休みは机に向かって大学入試の過去問集を読み漁り、読解を繰り返す日々。学習塾へ通うこともままならないので、これが最善なのだ。
猛勉強に励む中で時は流れ、ついにむぎほし大学入学試験の日がやってきた。私が挑むのは、被災者奨励推薦入試枠の中でも特に競争率の高い法学部。むぎほし大学の学部は数多くあれど、文系学部でこの推薦を設けているのは法学部だけなのだ。この戦い、絶対に負けられない!
「はじめ!」
試験開始の合図とともに私は答案を書き殴る。その時の集中力ときたら、おそらく阿修羅を凌駕するかもしれない。今はただ、自分を信じて読解するだけだ!
「やめ!」
全科目の試験を終えた私は気力を使い果たした。あとは天命を信じて待つことにしよう。
数日後、むぎほし大学入学試験・被災者奨励推薦枠の合否結果が公表された。スマートフォン越しに受験番号を探す私の手が震えている。これは武者震いか、それとも臆しているのか。そんな私を母は不安げに見つめている。
「102......125......166」
私の受験番号は305番。極端に跳んでいる受験番号が試験の過酷さを物語っている。人事を尽くしてきた私だけれど、それでもこの瞬間が怖いと思った。
「203......238......267」
段々私の番号が近づいてくる。ああお願い、どうか受かっていてください!!
「299......305、あった!!」
受験番号を見つけた私は安堵の気持ちから全身の力が抜けた。それと同時に、喜びを爆発させた私は思わず叫んだ。
「やったぁぁぁっっっ!!!」
勝鬨を上げた私を見て母は安堵した。そして喜びからの熱い抱擁。
「みお、おめでとう。これであなたは大学生ね」
感極まった母は涙が止まらない。きっと、父も天国から喝采を送っていることだろう。
そして今、私は桜が彩る件坂を歩いている。私のキャンパスライフはここから始まるんだ。
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