部屋で着替えて、お父さんの待つ書斎へ向かう。
いつになく険しかった表情を思い出すと、知らず、歩みが遅くなる。だけど同じ家の中。引き延ばせるわけもない。
あっさりと書斎の前に着いてしまい、深呼吸をしてから、ドアロックのボタンを押す。
「ヒトミです」
「入りなさい」
そう、インターホンから声がすると、ドアが静かに開いた。
玄関ゲートと同じく中から開閉させるか、パスを持っていないと、ドア開かない。家中のドアや壁が耐火・耐震仕様になっているせいで、廊下からの声も響きにくい。こうしてインターホンを通して室内と会話をする必要がある。
防音対策が100年前とは段違いなんだと言えば聞こえはいいけど、完全に密閉空間になってしまうのが、難点と言えば難点。
昔の人からすれば便利になったと見えるかも知れないけれど、それはまた、新たな不便を生み出すようだ。
もっとも、お父さんにとってはこの密閉空間は心地いいらしく、家にいるときも、よくこの書斎に籠もっている。
久しぶりに足を踏み入れるけれど、特に変わった様子はない。
書斎と言うとお仕事場のようなイメージを持つけれど、お父さんにとっては憩いの場だ。三方の壁をデジタルライブラリにして、一角だけ、熱帯魚を飼うアクアリウムを埋め込む。部屋の中央には広々としたデスクとリラクゼーションチェアを置き、壁のうち一面をまるまるモニターにして、映画を見たり音楽を聴いたり、好きな本を読み漁ったり……。
昔はこの書斎は愛と私の秘密の遊び場だった。昔は常時ロックをかけていなかったから。愛がアクアリウムを壊してしまって、ライブラリに入っていた書籍データなども壊してしまってからは、今みたいに入室許可が必要になったけど。
だから、なんだか懐かしい気持ちが浮かんだ。
だけどそんな気持ちは、部屋の中央で座っている人を見て、吹き飛んだ。今から何を叱られるのか……そう思うと、縮こまるばかり。
「あ、あの……遅くなって、ごめんなさい」
「ん、ああ」
お父さんの声に、とげとげしさはない。
だけどそう返事して以降、何故か、何も言わない。
「あの、お父さん……私、何か……?」
「ん、ちょっとな……」
よく見ると、手元でコツコツとテーブルを叩いている。何か考え事の最中なのか、それとも焦っていることでもあるのか。分からないけれど、とにかく私は、お父さんの言葉を待つしかない。
所在なく、ドアを閉めてすぐの場所で立つ。すると……
「元気か?」
そんな声が、聞こえてきた。か細くはあるけど、間違いなく、お父さんの声だった。