お母さんは怪訝な顔のまま、ナオヤくんに視線を向けた。上から下までじろじろ見てから、ようやく頷いて先を促した。
「あなたは愛さんを心配して、ここまで来られたということですね?」
「ええ、そうだけど」
「あなたが迎えに来られたのは、愛さん、ということですか?」
「それ以外、誰がいるの? 変な子ねぇ」
「なるほど」
そう言うと、静かに私とお母さんの間に立った。まるで、壁になってくれるように。
「では、お帰りください。ここには、あなたが連れ帰るべき人はいません」
「な!?」
お母さんも私も、加地くんや弓槻さんまでが、驚いた。皆の視線を一手に受けながら、ナオヤくんは続ける。
「それに愛さんを心配しての行動とはいえ、あなたの行いは違法ですよ。本人の同意なく位置測定を行うことも、彼女への態度も……」
そう言って、ナオヤくんは私を見た。つられてお母さんも、私を見る。だけどお母さんの方は、その意図がわからなかったみたいだ。
「母親が娘の心配をすることの何が違法なの? GPSはやり過ぎだったかもしれないけど、そうでもしないと何があるかわからないじゃない。それにこの子は、ずっと体が弱くて大人になれないとまで言われていたのよ。若さと勢いに任せて無茶したら、また……」
「それは、彼女ではありません」
「何言ってるの?」
お母さんは、胸元をぎゅっと握りしめた。困惑している時の癖だ。
視線をうろうろと彷徨わせるお母さんを逃さないと言うように、ナオヤは一歩進み出た。その声には、聞いたことがない熱が籠もっていた。
「今目の前にいる彼女は、昔から体を鍛えていてとても健康で、優れた身体能力の持ち主です。風邪をひいたくらいでは死にません」
「何? あなたに何がわかるの?」
「彼女のことを理解したわけではないが、情報ならある。あなたの知らない情報を、数え切れないほど」
「ああ、やっぱり隠し事があったのね! そんなことがあれば、何かあった時に助けてあげられないじゃない! 愛、今すぐ帰りましょう。外なんか出なくたっていいから、安全に、静かに、過ごしましょう」
「お、お母さん……!」
お母さんの手が、ナオヤくんを通り越して伸びてくる。見た目からは信じられないほどの腕力で私の腕を掴んで、絡みついて、離れない。
「あなたはね、生きて幸せにならなきゃいけないのよ。あの子のためにも!」
そう叫ぶお母さんが、胸元からペンダントを引っ張り出した。今時珍しい、ロケットペンダントだ。
開くと、そこには2枚の写真が入っている。片方は一人、もう片方は二人、人間が映っている。そのどちらも、私と同じ顔だ。つまり、愛と私の二人だ。
「あなたのために犠牲になってくれたヒトミのためにも、あなたは自分を大事にしなきゃいけないのよ!」
お母さんの声が、エントランスを駆け抜けて、家中に響き渡る。
「ヒトミって……え?」
想像していた通りの声が、聞こえた。
加地くんと弓槻さんが、困惑の声を漏らしながら、私とお母さんを交互に見ている。あんなことを聞いてしまったら、そりゃあ、そんな顔をするだろうな。
そんな他人事みたいなことを考えていた。他人事にしないと、息ができない気がした。
だけど私よりも荒い呼吸を繰り返していたお母さんの声が、ふいに、ひゅっと詰まった。そしてすぐに、穏やかな呼吸に戻っていた。そして……
「……あら? ここは、どこ? ヒトミ、どうしてここにいるの?」
さっきの荒ぶる声とは打って変わって、凪いだ海のような声で、お母さんは私を呼んだ。
『愛』ではなく、『ヒトミ』と。