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神様を曲げた忘れ物

ー/ー




 都会とまでは言えないけど、田舎とも言えない町。そんな僕の住む町の住宅街には沿うように面した山があり、少し登った場所に小さな神社がある。
 詳しいことは分からないが昔からある神社らしく、ここら辺の土地神を祀ったものらしい。

 そんな神社の境内にある社の周りを僕は春の陽気の下で掃除していた。

「いつもありがとうねえ。せっちゃん」
「いえ、もう習慣みたいなモンですから」

 社を管理している氏子(うじこ)のお婆さん……アザミさんからお茶の入ったペットボトルを受け取りながら、タオルで汗を拭う。
 会話の通り、僕はこの社をいつも(といっても週に一度だけど)掃除している。
 誰かに頼まれたとかそういうわけではない。家が近いということもあるけど、小学生の頃に清掃ボランティアに参加してからというものの、自分でもよく分からないが、この寂しげな社がなんだか放っておけないものに感じるようになって……。

 それからほとんどの週に一度、この神社を訪れては掃除するようになったのだ。
 それが僕、相引(ソウビキ)セキによる日常的恒例行事である。

「どっこいせーっと」
「あらま、あたしより年寄りみたい」
「いやずっと屈んでたから腰が痛くて……」

 今日の分の掃除が終わったので、木陰に移動して二人で腰を下ろす。
 三寒四温はどこへやら、四月に入ってすぐさまクソ暑くなった気温を恨みながら、ペットボトルを傾けて喉を潤した。

「あー、風が気持ちいい……」

 吹き抜ける風に思わず声が出る。
 そんな僕を隣でアザミさんが笑っているが、こっちはそれどころではない。
 動いたら動いた分だけ暑くなるのだ。高校生の代謝を舐めてはいけない。

「毎週こんなに頑張って綺麗にしてくれて、神様もきっと感謝してるねぇ」

 アザミさんはそう言って、暑さでぐったりと項垂れる僕の頭を撫でてきた。

 感謝か……。僕にとってのルーティーンとして利用しているような形だし、そんな風に考えてこなかったな。

「ご利益あるといいなぁ。参拝しとこうかな」
「あら不純。ところでせっちゃん、この袋は何かしら?」

 僕がふざけ半分で話して立ち上がると、アザミさんは木陰の傍に置いていた僕の荷物のうち、いつもは持っていない紙袋を指して訊いてきた。

「あー、それ。ここに来る前に姉貴に渡されたんですよ。捨てといてくれって頼まれまして」

 僕には一人暮らしをしている大学生の姉がいる。住んでいる場所としては実家からそこまで距離があるわけではないが、大学の近くに居を構えている、性格がちょっと変だが仲の良い自慢の姉だ。
 そんな姉に今朝、突然呼び出されたと思ったら、この紙袋を突き出されてこう言われたのだ。

『頼む。何も言わずにコレを処分してくれ。可及的速やかに。あ、できれば中身は見ないでね。人にも見せないように……』

 何卒、何卒……。と言いながら手を合わせる姉貴に、理由も訊かず了承した僕はかなりできた弟ではなかろうか。
 いや実際は呆気に取られて「あ、うん」しか言えなかっただけなんだけどさ。
 紙袋を手に取った瞬間、想像よりも重くて驚いている隙に姉貴の姿は消え失せていた。

 そんな背景があったことはつゆ知らず、アザミさんも「思ったより重いねぇ」と言って僕に渡してきた。

「これ、中身はなんなんだい?」
「うーん、本ってことは分かるんですけど、できれば見ないでほしいって言われてるんで……」
「うーん、気になるねぇ。でも仕方ないか」

 アザミさんの言う通り、僕も気にならないわけではない。
 しかし、頼まれた以上は見ないようにするし、見せないようにする。姉の言うことはきちんと聞くようにするさ。
 そもそも、紙袋の中身はこれでもかと本が敷き詰められていて、表紙を見ることができない状態だった。一冊でも取れれば、抜きとっていけそうではあるけど――。

 と、考えながら覗き込んでいたその時。
 取っ手の部分が破れてズドンと袋が地面に落ち、中身が散らばってしまった。

「うおっ!」
「あらあら、大変。怪我はない?」
「あー、大丈夫です。すいません、すぐ拾います」

 突然のことで思わず驚いたものの、すぐにしゃがみこんで散らばってしまった本を集め始めた。
 落ちた本を一つ一つ拾っては軽くはたいて砂埃を払い、袋に詰めていく。どうせ処分するものとはいえ、預かった物を雑に扱うのはなんだか気が引けるからね。
 どの本も紙のカバーが施してあり、表紙が見えなくなっているものばかりだ。カバー自体もかなり綺麗で、大事に保存されてきたものだと感じ取れる物だった。

 なんで姉貴は自分で処分しないで僕に渡してきたんだろう? 
 そんなことを考えながら拾っていると、一つだけカバーが付いていない物が目に入った。
 裏になったまま転がっているその本を拾ってひっくり返した。するとそこには、


『くんずほぐれつ★ランデブー♡』


 そんなタイトルと共にかなり美形で上半身をはだけさせた男性二人が抱き合っている表紙があった。

「………………………………ゴホン」

 一旦上を向いて咳払いを一つ。
 眼前には青い空が広がっている。春の陽気が燦燦と降り注ぐ、雲一つない綺麗な空だ。
 綺麗な景色に心が安らいだところで、もう一度視線を戻してみる。

『くんずほぐれつ★ランデブー♡』

 そんなタイトルと共にかなり美形で上半身をはだけさせた男性二人が抱き合っている表紙があった。

「ゲホッ、ゴホッ!」

 見間違いじゃねえ……!!

 思わず咳き込んでしまった僕を心配して、座っているアザミさんも手伝おうと腰を上げようとしていたが、「だ、大丈夫です」と言って手で制止した。
 姉貴め、なんつーモンを弟に持たせてんだ。
 いやしかし、これは処分しづらいというのは分かる。分かるんだけど……。

「弟に持たせるモンじゃねえだろコレ」

 アザミさんに聞こえないように小声で愚痴りながら、さっきより少し雑に袋に突っ込んだ。
 ……これは早々に処分しなければならない。
 姉貴の知らない部分を知ってしまったとかそういうのはさておき、仮に人に見られて僕がソッチの人と思われるのはよろしくない。趣味嗜好を否定するつもりは毛頭ないが、残念ながら僕の恋愛対象は女性である。

「すいませんアザミさん。早いんですけどお先に失礼します! お茶、ありがとうございました!」
「え? ああ、気を付けてね?」

 全力で頭を下げてから、ダッシュで境内を後にした。
 ええっと、古紙の回収所ってどこだったっけ……?
 スマホで地図アプリを開いて検索をかけながら、階段を急いで降りる。
 ああもう、取っ手がなくなったから持ちづらいなぁ!


 この時、僕は気が付いていなかった。

 落とした本のうち、一冊だけ回収できていなかったことに――。



「――この本、は……?」






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 都会とまでは言えないけど、田舎とも言えない町。そんな僕の住む町の住宅街には沿うように面した山があり、少し登った場所に小さな神社がある。
 詳しいことは分からないが昔からある神社らしく、ここら辺の土地神を祀ったものらしい。
 そんな神社の境内にある社の周りを僕は春の陽気の下で掃除していた。
「いつもありがとうねえ。せっちゃん」
「いえ、もう習慣みたいなモンですから」
 社を管理している|氏子《うじこ》のお婆さん……アザミさんからお茶の入ったペットボトルを受け取りながら、タオルで汗を拭う。
 会話の通り、僕はこの社をいつも(といっても週に一度だけど)掃除している。
 誰かに頼まれたとかそういうわけではない。家が近いということもあるけど、小学生の頃に清掃ボランティアに参加してからというものの、自分でもよく分からないが、この寂しげな社がなんだか放っておけないものに感じるようになって……。
 それからほとんどの週に一度、この神社を訪れては掃除するようになったのだ。
 それが僕、相引《ソウビキ》セキによる日常的恒例行事である。
「どっこいせーっと」
「あらま、あたしより年寄りみたい」
「いやずっと屈んでたから腰が痛くて……」
 今日の分の掃除が終わったので、木陰に移動して二人で腰を下ろす。
 三寒四温はどこへやら、四月に入ってすぐさまクソ暑くなった気温を恨みながら、ペットボトルを傾けて喉を潤した。
「あー、風が気持ちいい……」
 吹き抜ける風に思わず声が出る。
 そんな僕を隣でアザミさんが笑っているが、こっちはそれどころではない。
 動いたら動いた分だけ暑くなるのだ。高校生の代謝を舐めてはいけない。
「毎週こんなに頑張って綺麗にしてくれて、神様もきっと感謝してるねぇ」
 アザミさんはそう言って、暑さでぐったりと項垂れる僕の頭を撫でてきた。
 感謝か……。僕にとってのルーティーンとして利用しているような形だし、そんな風に考えてこなかったな。
「ご利益あるといいなぁ。参拝しとこうかな」
「あら不純。ところでせっちゃん、この袋は何かしら?」
 僕がふざけ半分で話して立ち上がると、アザミさんは木陰の傍に置いていた僕の荷物のうち、いつもは持っていない紙袋を指して訊いてきた。
「あー、それ。ここに来る前に姉貴に渡されたんですよ。捨てといてくれって頼まれまして」
 僕には一人暮らしをしている大学生の姉がいる。住んでいる場所としては実家からそこまで距離があるわけではないが、大学の近くに居を構えている、性格がちょっと変だが仲の良い自慢の姉だ。
 そんな姉に今朝、突然呼び出されたと思ったら、この紙袋を突き出されてこう言われたのだ。
『頼む。何も言わずにコレを処分してくれ。可及的速やかに。あ、できれば中身は見ないでね。人にも見せないように……』
 何卒、何卒……。と言いながら手を合わせる姉貴に、理由も訊かず了承した僕はかなりできた弟ではなかろうか。
 いや実際は呆気に取られて「あ、うん」しか言えなかっただけなんだけどさ。
 紙袋を手に取った瞬間、想像よりも重くて驚いている隙に姉貴の姿は消え失せていた。
 そんな背景があったことはつゆ知らず、アザミさんも「思ったより重いねぇ」と言って僕に渡してきた。
「これ、中身はなんなんだい?」
「うーん、本ってことは分かるんですけど、できれば見ないでほしいって言われてるんで……」
「うーん、気になるねぇ。でも仕方ないか」
 アザミさんの言う通り、僕も気にならないわけではない。
 しかし、頼まれた以上は見ないようにするし、見せないようにする。姉の言うことはきちんと聞くようにするさ。
 そもそも、紙袋の中身はこれでもかと本が敷き詰められていて、表紙を見ることができない状態だった。一冊でも取れれば、抜きとっていけそうではあるけど――。
 と、考えながら覗き込んでいたその時。
 取っ手の部分が破れてズドンと袋が地面に落ち、中身が散らばってしまった。
「うおっ!」
「あらあら、大変。怪我はない?」
「あー、大丈夫です。すいません、すぐ拾います」
 突然のことで思わず驚いたものの、すぐにしゃがみこんで散らばってしまった本を集め始めた。
 落ちた本を一つ一つ拾っては軽くはたいて砂埃を払い、袋に詰めていく。どうせ処分するものとはいえ、預かった物を雑に扱うのはなんだか気が引けるからね。
 どの本も紙のカバーが施してあり、表紙が見えなくなっているものばかりだ。カバー自体もかなり綺麗で、大事に保存されてきたものだと感じ取れる物だった。
 なんで姉貴は自分で処分しないで僕に渡してきたんだろう? 
 そんなことを考えながら拾っていると、一つだけカバーが付いていない物が目に入った。
 裏になったまま転がっているその本を拾ってひっくり返した。するとそこには、
『くんずほぐれつ★ランデブー♡』
 そんなタイトルと共にかなり美形で上半身をはだけさせた男性二人が抱き合っている表紙があった。
「………………………………ゴホン」
 一旦上を向いて咳払いを一つ。
 眼前には青い空が広がっている。春の陽気が燦燦と降り注ぐ、雲一つない綺麗な空だ。
 綺麗な景色に心が安らいだところで、もう一度視線を戻してみる。
『くんずほぐれつ★ランデブー♡』
 そんなタイトルと共にかなり美形で上半身をはだけさせた男性二人が抱き合っている表紙があった。
「ゲホッ、ゴホッ!」
 見間違いじゃねえ……!!
 思わず咳き込んでしまった僕を心配して、座っているアザミさんも手伝おうと腰を上げようとしていたが、「だ、大丈夫です」と言って手で制止した。
 姉貴め、なんつーモンを弟に持たせてんだ。
 いやしかし、これは処分しづらいというのは分かる。分かるんだけど……。
「弟に持たせるモンじゃねえだろコレ」
 アザミさんに聞こえないように小声で愚痴りながら、さっきより少し雑に袋に突っ込んだ。
 ……これは早々に処分しなければならない。
 姉貴の知らない部分を知ってしまったとかそういうのはさておき、仮に人に見られて僕がソッチの人と思われるのはよろしくない。趣味嗜好を否定するつもりは毛頭ないが、残念ながら僕の恋愛対象は女性である。
「すいませんアザミさん。早いんですけどお先に失礼します! お茶、ありがとうございました!」
「え? ああ、気を付けてね?」
 全力で頭を下げてから、ダッシュで境内を後にした。
 ええっと、古紙の回収所ってどこだったっけ……?
 スマホで地図アプリを開いて検索をかけながら、階段を急いで降りる。
 ああもう、取っ手がなくなったから持ちづらいなぁ!
 この時、僕は気が付いていなかった。
 落とした本のうち、一冊だけ回収できていなかったことに――。
「――この本、は……?」