転校生
2/20「今日からこのクラスに転校生が入ることになった。じゃあまずは自己紹介してくれ」
「ゆ……由々井詩乃です……よ、よろしくお願いします……」
10月10日の朝、日之影高校の1年3組に転校生がやってきた。長い黒髪で、少し垂れ目がちな女の子だ。二学期の途中で転校してくるなんて、何だか珍しいな。
「…………」
「……っておい、それだけか? 他に何か自分について話すことはないのか?」
「えっと……その……」
木戸先生の問いかけに、転校生の女の子は困ったような表情で考え込む。そしてポツリポツリと口を開いた。
「わ……私は、人と関わるのが苦手です。だから……あまり喋りかけないでください……」
瞬間、教室がどよめいた。
「何か変な奴が来たぞ」ってそういう空気になる。
どうやらコミュニケーションが苦手な子らしい。
「静かに! え~と由々井、自己紹介はそれだけでいいのか?」
「……は、はい……いいです」
転校生の女の子は木戸先生を避けるようにして歩き出し、私のちょうど斜め左前の空席に着く。何というか、物寂しげで影のある背中だった。
そして今朝のホームルームの間その子はずっと、誰とも目を合わせず机の上で俯いていた。
*****
「以上で今日の連絡事項は終わりだ。宿題を忘れるなよ~」
放課後となり、クラスメイトたちが次々と帰り支度を始めていた。
始業時間から放課後の間、転校生の女の子は特に誰からも話しかけられなかった。
「喋りかけないでください」と今朝言ったことが、クラスのみんなを遠ざけているらしい。
(う~ん、やっぱり気になるなぁ)
放課後クラスメイトたちが帰っていく中、私は自分の席から立ち上がる。
転校生の女の子のほうへ目を配ると、彼女は夢中になってノートにペンを走らせていた。
私はそっと彼女に近づき、ふと視線を落とす。するとそこに書いてあったものは――
「『産声を上げられなかった怪物』?」
「!!」
私がノートの一番上の行を読み上げると、転校生の女の子はガタリと席を立った。
とっさにノートを隠すように胸に抱き、肩を強張らせる。
「ああごめん。何か一生懸命に書いてるなぁ~って思ったから、つい」
「…………」
私が視線を合わせようとすると、転校生の女の子はすぐに目を逸らす。
唇を微かにパクパクとしており、どこか居心地悪そうな様子を見せていた。
「ねぇ、もしかしてさっきのって詩? 私、作文とか苦手だからそういうの書ける人って憧れちゃうなぁ」
「…………」
「あっごめんっ! 自己紹介がまだだったよね? 私は高見戸美麻里。今は文化祭の実行委員やってるの。君は確か、由々井詩乃さんだったよね?」
「う、うん……そうだけど……」
転校生の女の子は言葉少なであり、私がいきなり喋りかけたことに戸惑っている様子だった。まるで小動物のように警戒心を露わにしている。それでも私は好奇心のままにおしゃべりを続けた。
「じゃあ由々井さんでいい? 由々井さんは詩を書くのが好きなの?」
「えっと……うん……書いてると落ち着くから」
「そっかぁ! やっぱりそういうものなんだねぇ! どんな詩を書いてるか興味あるなぁ。そのノート見せてくれない?」
「そ、それはダメッ!!」
転校生の女の子――由々井さんは目を吊り上げ、ぎゅっとノートを握りしめた。
「えっ、どうして?」
「……これは、人に見せられるものじゃないから」
「ええ~、別にいいじゃ~ん。由々井さんは恥ずかしがり屋だなぁ」
私はちょっとおどけた口調でいう。由々井さんはなおも瞳に警戒の色を見せ、親鳥がひな鳥を守るようにノートを抱いていた。
そんな頑なな態度の由々井さんを見て、私はアイデアを閃く。
「だったらさ、由々井さん。私たち、友達になってみない?」
「えっ?」
「だって友達になれば自分の詩を見せても恥ずかしくないでしょ? 私、由々井さんの詩が気になるの。由々井さんと友達になれたら、きっとお互いにもっと楽しくなると思うんだけどなぁ」
「…………」
由々井さんは顔を赤らめて俯く。けれど私が期待の眼差しで見つめていると、しばらくして彼女は顔を上げた。ためらいがちな声が、小さな唇からポツリポツリと紡がれる。
「そ、そこまで言うんだったら、いいよ。友達になっても……。ノートは見せられないけど、えっと、その……よろしく、高見戸さん」
「うん! よろしく! これからは私、由々井さんのこと詩乃ちゃんって呼ぶね!」
私はニカッとはにかみながら詩乃ちゃんに手を差し出す。詩乃ちゃんはおずおずと私の手を握った。
「ゆ……由々井詩乃です……よ、よろしくお願いします……」
10月10日の朝、日之影高校の1年3組に転校生がやってきた。長い黒髪で、少し垂れ目がちな女の子だ。二学期の途中で転校してくるなんて、何だか珍しいな。
「…………」
「……っておい、それだけか? 他に何か自分について話すことはないのか?」
「えっと……その……」
木戸先生の問いかけに、転校生の女の子は困ったような表情で考え込む。そしてポツリポツリと口を開いた。
「わ……私は、人と関わるのが苦手です。だから……あまり喋りかけないでください……」
瞬間、教室がどよめいた。
「何か変な奴が来たぞ」ってそういう空気になる。
どうやらコミュニケーションが苦手な子らしい。
「静かに! え~と由々井、自己紹介はそれだけでいいのか?」
「……は、はい……いいです」
転校生の女の子は木戸先生を避けるようにして歩き出し、私のちょうど斜め左前の空席に着く。何というか、物寂しげで影のある背中だった。
そして今朝のホームルームの間その子はずっと、誰とも目を合わせず机の上で俯いていた。
*****
「以上で今日の連絡事項は終わりだ。宿題を忘れるなよ~」
放課後となり、クラスメイトたちが次々と帰り支度を始めていた。
始業時間から放課後の間、転校生の女の子は特に誰からも話しかけられなかった。
「喋りかけないでください」と今朝言ったことが、クラスのみんなを遠ざけているらしい。
(う~ん、やっぱり気になるなぁ)
放課後クラスメイトたちが帰っていく中、私は自分の席から立ち上がる。
転校生の女の子のほうへ目を配ると、彼女は夢中になってノートにペンを走らせていた。
私はそっと彼女に近づき、ふと視線を落とす。するとそこに書いてあったものは――
「『産声を上げられなかった怪物』?」
「!!」
私がノートの一番上の行を読み上げると、転校生の女の子はガタリと席を立った。
とっさにノートを隠すように胸に抱き、肩を強張らせる。
「ああごめん。何か一生懸命に書いてるなぁ~って思ったから、つい」
「…………」
私が視線を合わせようとすると、転校生の女の子はすぐに目を逸らす。
唇を微かにパクパクとしており、どこか居心地悪そうな様子を見せていた。
「ねぇ、もしかしてさっきのって詩? 私、作文とか苦手だからそういうの書ける人って憧れちゃうなぁ」
「…………」
「あっごめんっ! 自己紹介がまだだったよね? 私は高見戸美麻里。今は文化祭の実行委員やってるの。君は確か、由々井詩乃さんだったよね?」
「う、うん……そうだけど……」
転校生の女の子は言葉少なであり、私がいきなり喋りかけたことに戸惑っている様子だった。まるで小動物のように警戒心を露わにしている。それでも私は好奇心のままにおしゃべりを続けた。
「じゃあ由々井さんでいい? 由々井さんは詩を書くのが好きなの?」
「えっと……うん……書いてると落ち着くから」
「そっかぁ! やっぱりそういうものなんだねぇ! どんな詩を書いてるか興味あるなぁ。そのノート見せてくれない?」
「そ、それはダメッ!!」
転校生の女の子――由々井さんは目を吊り上げ、ぎゅっとノートを握りしめた。
「えっ、どうして?」
「……これは、人に見せられるものじゃないから」
「ええ~、別にいいじゃ~ん。由々井さんは恥ずかしがり屋だなぁ」
私はちょっとおどけた口調でいう。由々井さんはなおも瞳に警戒の色を見せ、親鳥がひな鳥を守るようにノートを抱いていた。
そんな頑なな態度の由々井さんを見て、私はアイデアを閃く。
「だったらさ、由々井さん。私たち、友達になってみない?」
「えっ?」
「だって友達になれば自分の詩を見せても恥ずかしくないでしょ? 私、由々井さんの詩が気になるの。由々井さんと友達になれたら、きっとお互いにもっと楽しくなると思うんだけどなぁ」
「…………」
由々井さんは顔を赤らめて俯く。けれど私が期待の眼差しで見つめていると、しばらくして彼女は顔を上げた。ためらいがちな声が、小さな唇からポツリポツリと紡がれる。
「そ、そこまで言うんだったら、いいよ。友達になっても……。ノートは見せられないけど、えっと、その……よろしく、高見戸さん」
「うん! よろしく! これからは私、由々井さんのこと詩乃ちゃんって呼ぶね!」
私はニカッとはにかみながら詩乃ちゃんに手を差し出す。詩乃ちゃんはおずおずと私の手を握った。
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