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06.首吊り台から/THE BLUE HEARTS

ー/ー



 俺は、一生懸命頑張ってるヤツを見るのが嫌いだ。

 一生懸命頑張ってるヤツが嫌いなのではない。そういうヤツを見るのが嫌いなのだ。

 必死に何かをやっているヤツを見ると、何もかも中途半端な自分が惨めになるから嫌いだ。

 永桜ヒロミに路上で激詰めされた後、薄暗い照明に照らされたアパートの階段を、絞首台に向かうような気持ちで登った。

 先程まで繰り広げられていた会話を反芻し、悔しくて泣きそうになりながら、時折別れ際の指切りを思い出しては、えもいわれぬ気持ちで自室扉のシリンダーに鍵を差し込み布団に直行した。

 俺が素直なイイ子ちゃんなら、きっと帰宅早々ケースからギターを取り出し、一心不乱に練習を始めるんだろうが、長年に渡って育まれた自分の怠惰な性格や生活は、小娘の説教ごときで簡単に改善されたりしないのだ。

 クソったれ! 簡単じゃねぇんだよ! クソっ! クソっ! クソっ!

 そんなコト言われなくたって、こっちはとっくにわかってるさ。一番クソなのは俺自身だってコトも、仕事も私生活も、恋人も将来も、不安だらけで考えたくないから目を背けているだけだって。

 久々に直面した自分自身のダメさ加減で、自己嫌悪に陥りしばらく動けずに居た。

 元々、何か特技や取り柄があったワケでも無く、中学高校と成績も運動も突出してない目立たない生徒だった。

 高校二年の夏、進路志望の提出で悩んでいた頃、絵が得意なヤツは美術系の専門学校や大学へ、雑誌のストリートスナップに載るようなヤツは美容師やデザイン系の学校に進学を決めていた。

 将来に何のビジョンも無かった俺は、推薦枠ギリギリの成績で何とか大学進学のおこぼれにあずかったが、大学デビューを果たすコトも無く、親の経済力のお陰で履歴書の記入欄を埋めさせて頂けるようになっただけだ。

 ただ、大学も三年を過ぎた頃から、就活でリクルートスーツに身を包んだ同級生達が、意気揚々と説明会帰りにキャンパスに顔を出し、サークルの友人達と談笑しているのを横目に、代返も試験前のノートも頼めるような友人が居なかった俺は、ギリギリの単位で卒業だけは出来た状況だった。

 四年間で卒業するという、目の前にある目標しか追っていなかった俺には、就活に割ける余裕など一切無く、論文が通った年末に市販の履歴書を持って就職課を訪れ、担当者に呆れられたというのが一番の思い出だったりするくらいだ。

 当然、そんな時期から就活したところで、内定どころかエントリーすら出来ず就職浪人。

 とりあえず時給の良かった運送業に、バイトで入ったままズルズルと三年が過ぎ、社員になって一年働いたところで会社が倒産。

 身に付けたスキルは、経費で取らせて貰った普通免許と配達先を覚えたコトぐらい。

 まぁ結果的に記憶に関する能力が、今の職場で活かせたのが救いといえば救いだが、俺の費やした時間を考えれば、あまりにも見返りが少ない数年間だった。

 失業保険を貰いつつも社員雇用の再就職先が見つからず、契約社員で今に至るワケだ。

 俺の半生を綴っても、レポート用紙二枚で余る程度のコトしか書けないような、我ながらつまらない人生だ。

 そんなコトを考えながら、ほんの数分か、数十分か、実際には何時間ぐらい経ったかもわからないが、永桜ヒロミに言われるままにギターの練習する気などさらさら無いものの、渡されていたCDのコトを思い出した。

 暗い部屋で押し入れのプレゼント包装から手探りでCDケースを引っ張り出して、ディスクを入れたコンポの再生ボタンを押す。

 電気も点けずにいたので、コンポの操作盤の照明だけが、書き殴ったケースの六曲の曲名を照らしていた。

 音楽を流す作業もヤケクソだが、壁の薄いアパートの為、音量には気を遣ってしまうのが小心者の悲しいところだ。

 プレイヤーのデジタル表示が一曲目の開始を告げると、緩やかなアコースティックギターの旋律が流れ始める。

 テンポは早くないから、そんなに難しくない……ような気がする。

 ギターに合わせてハミングが乗って歌が始まった。

 いや、ちょっと……ちょっと待て! これ、歌詞全部英語じゃねぇか!

 ガバッと身体を起き上がらせ、ディスプレイの薄明かりでケースの殴り書きを目で追いかける。

Bob Dylan/knockin' On Heaven's Door

 マジか……この人、ノーベル賞のニュースで観た人だ。

 っつーか、そんなコトより一ヶ月で英語の歌、弾き語りでマスターすんのかよ。自慢じゃないが、中学高校の頃の英語の成績なんて、常に赤点ギリギリで、高校三年の時なんてお情けでテストが中三レベルの問題だったんだぞ?

 大学入試だって、わざわざ英語が無い論文だけの大学受けたっていうのに……

 それでも曲を垂れ流し、無機質にカウントをし続けるコンポのディスプレイを眺めていると一曲目が終わった。ギターすら弾けない俺が、英語の歌詞まで覚えて弾き語りなんて想像も出来ない。

 おとなしくビンタの洗礼でも受けようかと、ため息をついたところで二曲目のイントロが流れるが、一曲目に比べるとテンポも速く複雑な印象を受けた。

 否応なしに、俺に一曲目のボブ・ディランを弾き語りさせるつもりなのだろう。

 不安しかないこの部屋のBGMにうなだれたまま、CDを垂れ流しにしていると、スピッツや尾崎豊などの知っている曲も聴こえてきたが、気になったのは六曲入りの六曲目に流れ始めた、ギターのコード弾きと不思議な音色だった。

 フニャフニャとしていて、優しくて何だか懐かしい感じさえする。どんな楽器なんだろう?

 何か耳たぶみたいなモノを捻ると音が鳴る感じの、その謎のツマミか何かが無数に付いた箱の様な楽器を抱える、仙人ティックなメンバーの居るバンドを想像してしまった。

 相も変わらず暗い部屋の、コンポから漏れるディスプレイの明かりでケースに書かれた曲名を読む。

THE BLUE HEARTS/ナビゲーター

 ブルーハーツに仙人みたいなメンバーは居なかったハズだ。じゃあサポートメンバーの耳たぶ奏者が、この曲の時だけ加入するんだろうか?

 そんなコトを考えているウチに、甲本ヒロトの歌声が飛び込んでくる。

 あれ? ブルーハーツってこんな感じのバンドだっけ?

 もっとガンガン暴れて、反社会的な曲とか歌って、上半身裸で舌をベロベロ出しながら攻撃的に歌うバンドっていうイメージだったので、何だかちょっと面喰らった。

 ただ流れてくる歌の、歌詞なのか声なのか、それともさっきまで自分の人生を反芻していた今の俺の精神状態が不安定だからなのか、琴線にビシビシと響いて胸を締め付ける。

 曲が後半に進むにつれて、その正体不明の感情に煽られ涙がボロボロと頬を伝った。

『コレ、俺に言ってんのか?』

 そう思うくらい心が揺さぶられたのだ。

 何でこんなにも心を優しく突き刺すんだろう?言い様の無い気持ちを吐き出すように、俺は枕に顔を埋めて大声で泣いていた。

 そんな、解散して何十年も経つバンドの曲が、時空を超えた現代の俺の為に歌っているハズなど無いが、確かに自分に向けて歌っていた様な気がしたのだ。

 歌詞だって応援ソングみたいなモノでもなく、哀愁漂うバラードでもないのに。

 気付けばこの曲が病みつきになり、弾き語りのコミットなど忘れて一曲リピートで延々流し続けていた。

 帰宅したままの姿で折り畳まれた布団に背中を預け、二回三回と再生されるブルーハーツを垂れ流し、暗闇に慣れてきた目で天井を見上げる。

 貰ったCDには歌詞カードは付いていなかったが、幾度も聴いているウチにソラで歌えるようになっていた。

 音楽に身を委ねていると、さっきまで何に思い悩んでいたのかさえ忘れてしまい、ループするブルーハーツを子守唄に、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 俺はギターを抱えて、ブルーハーツのナビゲーターを弾き語る夢を見ていた。

 初めてコードが鳴ったあの日の夢では、佐向亜依子の前で歌っていたが、この日は何故か永桜ヒロミに対してドヤ顔で歌っていた。


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 俺は、一生懸命頑張ってるヤツを見るのが嫌いだ。
 一生懸命頑張ってるヤツが嫌いなのではない。そういうヤツを見るのが嫌いなのだ。
 必死に何かをやっているヤツを見ると、何もかも中途半端な自分が惨めになるから嫌いだ。
 永桜ヒロミに路上で激詰めされた後、薄暗い照明に照らされたアパートの階段を、絞首台に向かうような気持ちで登った。
 先程まで繰り広げられていた会話を反芻し、悔しくて泣きそうになりながら、時折別れ際の指切りを思い出しては、えもいわれぬ気持ちで自室扉のシリンダーに鍵を差し込み布団に直行した。
 俺が素直なイイ子ちゃんなら、きっと帰宅早々ケースからギターを取り出し、一心不乱に練習を始めるんだろうが、長年に渡って育まれた自分の怠惰な性格や生活は、小娘の説教ごときで簡単に改善されたりしないのだ。
 クソったれ! 簡単じゃねぇんだよ! クソっ! クソっ! クソっ!
 そんなコト言われなくたって、こっちはとっくにわかってるさ。一番クソなのは俺自身だってコトも、仕事も私生活も、恋人も将来も、不安だらけで考えたくないから目を背けているだけだって。
 久々に直面した自分自身のダメさ加減で、自己嫌悪に陥りしばらく動けずに居た。
 元々、何か特技や取り柄があったワケでも無く、中学高校と成績も運動も突出してない目立たない生徒だった。
 高校二年の夏、進路志望の提出で悩んでいた頃、絵が得意なヤツは美術系の専門学校や大学へ、雑誌のストリートスナップに載るようなヤツは美容師やデザイン系の学校に進学を決めていた。
 将来に何のビジョンも無かった俺は、推薦枠ギリギリの成績で何とか大学進学のおこぼれにあずかったが、大学デビューを果たすコトも無く、親の経済力のお陰で履歴書の記入欄を埋めさせて頂けるようになっただけだ。
 ただ、大学も三年を過ぎた頃から、就活でリクルートスーツに身を包んだ同級生達が、意気揚々と説明会帰りにキャンパスに顔を出し、サークルの友人達と談笑しているのを横目に、代返も試験前のノートも頼めるような友人が居なかった俺は、ギリギリの単位で卒業だけは出来た状況だった。
 四年間で卒業するという、目の前にある目標しか追っていなかった俺には、就活に割ける余裕など一切無く、論文が通った年末に市販の履歴書を持って就職課を訪れ、担当者に呆れられたというのが一番の思い出だったりするくらいだ。
 当然、そんな時期から就活したところで、内定どころかエントリーすら出来ず就職浪人。
 とりあえず時給の良かった運送業に、バイトで入ったままズルズルと三年が過ぎ、社員になって一年働いたところで会社が倒産。
 身に付けたスキルは、経費で取らせて貰った普通免許と配達先を覚えたコトぐらい。
 まぁ結果的に記憶に関する能力が、今の職場で活かせたのが救いといえば救いだが、俺の費やした時間を考えれば、あまりにも見返りが少ない数年間だった。
 失業保険を貰いつつも社員雇用の再就職先が見つからず、契約社員で今に至るワケだ。
 俺の半生を綴っても、レポート用紙二枚で余る程度のコトしか書けないような、我ながらつまらない人生だ。
 そんなコトを考えながら、ほんの数分か、数十分か、実際には何時間ぐらい経ったかもわからないが、永桜ヒロミに言われるままにギターの練習する気などさらさら無いものの、渡されていたCDのコトを思い出した。
 暗い部屋で押し入れのプレゼント包装から手探りでCDケースを引っ張り出して、ディスクを入れたコンポの再生ボタンを押す。
 電気も点けずにいたので、コンポの操作盤の照明だけが、書き殴ったケースの六曲の曲名を照らしていた。
 音楽を流す作業もヤケクソだが、壁の薄いアパートの為、音量には気を遣ってしまうのが小心者の悲しいところだ。
 プレイヤーのデジタル表示が一曲目の開始を告げると、緩やかなアコースティックギターの旋律が流れ始める。
 テンポは早くないから、そんなに難しくない……ような気がする。
 ギターに合わせてハミングが乗って歌が始まった。
 いや、ちょっと……ちょっと待て! これ、歌詞全部英語じゃねぇか!
 ガバッと身体を起き上がらせ、ディスプレイの薄明かりでケースの殴り書きを目で追いかける。
Bob Dylan/knockin' On Heaven's Door
 マジか……この人、ノーベル賞のニュースで観た人だ。
 っつーか、そんなコトより一ヶ月で英語の歌、弾き語りでマスターすんのかよ。自慢じゃないが、中学高校の頃の英語の成績なんて、常に赤点ギリギリで、高校三年の時なんてお情けでテストが中三レベルの問題だったんだぞ?
 大学入試だって、わざわざ英語が無い論文だけの大学受けたっていうのに……
 それでも曲を垂れ流し、無機質にカウントをし続けるコンポのディスプレイを眺めていると一曲目が終わった。ギターすら弾けない俺が、英語の歌詞まで覚えて弾き語りなんて想像も出来ない。
 おとなしくビンタの洗礼でも受けようかと、ため息をついたところで二曲目のイントロが流れるが、一曲目に比べるとテンポも速く複雑な印象を受けた。
 否応なしに、俺に一曲目のボブ・ディランを弾き語りさせるつもりなのだろう。
 不安しかないこの部屋のBGMにうなだれたまま、CDを垂れ流しにしていると、スピッツや尾崎豊などの知っている曲も聴こえてきたが、気になったのは六曲入りの六曲目に流れ始めた、ギターのコード弾きと不思議な音色だった。
 フニャフニャとしていて、優しくて何だか懐かしい感じさえする。どんな楽器なんだろう?
 何か耳たぶみたいなモノを捻ると音が鳴る感じの、その謎のツマミか何かが無数に付いた箱の様な楽器を抱える、仙人ティックなメンバーの居るバンドを想像してしまった。
 相も変わらず暗い部屋の、コンポから漏れるディスプレイの明かりでケースに書かれた曲名を読む。
THE BLUE HEARTS/ナビゲーター
 ブルーハーツに仙人みたいなメンバーは居なかったハズだ。じゃあサポートメンバーの耳たぶ奏者が、この曲の時だけ加入するんだろうか?
 そんなコトを考えているウチに、甲本ヒロトの歌声が飛び込んでくる。
 あれ? ブルーハーツってこんな感じのバンドだっけ?
 もっとガンガン暴れて、反社会的な曲とか歌って、上半身裸で舌をベロベロ出しながら攻撃的に歌うバンドっていうイメージだったので、何だかちょっと面喰らった。
 ただ流れてくる歌の、歌詞なのか声なのか、それともさっきまで自分の人生を反芻していた今の俺の精神状態が不安定だからなのか、琴線にビシビシと響いて胸を締め付ける。
 曲が後半に進むにつれて、その正体不明の感情に煽られ涙がボロボロと頬を伝った。
『コレ、俺に言ってんのか?』
 そう思うくらい心が揺さぶられたのだ。
 何でこんなにも心を優しく突き刺すんだろう?言い様の無い気持ちを吐き出すように、俺は枕に顔を埋めて大声で泣いていた。
 そんな、解散して何十年も経つバンドの曲が、時空を超えた現代の俺の為に歌っているハズなど無いが、確かに自分に向けて歌っていた様な気がしたのだ。
 歌詞だって応援ソングみたいなモノでもなく、哀愁漂うバラードでもないのに。
 気付けばこの曲が病みつきになり、弾き語りのコミットなど忘れて一曲リピートで延々流し続けていた。
 帰宅したままの姿で折り畳まれた布団に背中を預け、二回三回と再生されるブルーハーツを垂れ流し、暗闇に慣れてきた目で天井を見上げる。
 貰ったCDには歌詞カードは付いていなかったが、幾度も聴いているウチにソラで歌えるようになっていた。
 音楽に身を委ねていると、さっきまで何に思い悩んでいたのかさえ忘れてしまい、ループするブルーハーツを子守唄に、いつの間にか眠ってしまったようだ。
 俺はギターを抱えて、ブルーハーツのナビゲーターを弾き語る夢を見ていた。
 初めてコードが鳴ったあの日の夢では、佐向亜依子の前で歌っていたが、この日は何故か永桜ヒロミに対してドヤ顔で歌っていた。