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第十巻

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 「いててて。こら、何故技を掛けるのだ」
 「へ」
 と、間の抜けた返事をした、たけ。見ると、いつの間にか光正(みつまさ)の腕を肩にかつぎ、関節の動きを封じていた。
 あわててほどき、土下座をする。
 「も、申し訳ございませぬ。体が反応してしまい、その。たた、他意は無く」
 「あったら問題だぞ。全く」
 どんなに屈強でも、関節となれば話は別。もちろん誰でも成功する訳ではないが、たけの場合は武術に通じているためか、同時に身を守る術を身につけているのだろう。
 だが、腕をさすりながらも、彼の表情は緩んでいる。
 「真、面白い奴だ。次は寝技でも使うか」
 「お、抑えられる気が致しませんが」
 「掛ける気か。物騒な初夜だな」
 くっくっくっ、と相当腹の虫が喜んでいる様子の次期当主。たけは、ももどの服を握りしめ、日のような顔になっていた。
 「げほ。はあ。こんなに笑ったのは久方振りだ」
 「わ、笑い事ですか」
 「夫に技を掛ける妻がどこにおる。聞いた事が無かろう。練習ならともかく」
 身の危険を感じるわ、と光正。みじんにも思っていなさそうな口ぶりだが、たけの顔色が、今度は青色に染まっていた。
 「安心しろ。父上には上手く言っておく」
 「し、しかし。それでは光正殿が」
 「俺の心配など無用。己の身を気に掛けると良い」
 ごろり、と、無防備に横になる。
 「どうせ眠れんだろう。話でもするか。来い」
 不敵な笑みをしながら、手を差し伸べる男性。女性は目をぱちぱちさせ、恐る恐る手に近づく。
 若干震えながら、たけが手を重ねると、引っ張られて体勢を崩してしまった。
 だが、光正が横になったまま受けとめて姫の顔が嫡子の胸の上にあたり、傍からでは押し倒してしまっているように見える。
 「っ」
 「流石に慣れろ。さて、聞きたい事がありそうに見えたが」
 「そ、その前に、体勢を」
 一瞬の沈黙が走ると、たけの後頭部の上から力がこめられる。
 「慣れろと言っただろう。何を問いたいのだ」
 自身の鼓動が大きく、早くなるのを感じながら、たけは、
 「あの時。何故、私を逃がしたのです」
 「息の根を止める必要が無いと判断したからだ」
 「必要が、ない? どういう意味です」
 光正は黙りこむ。虫の声が部屋に侵入し、しばらくそれだけが響く。
 「光正殿」
 「もしお前が進んで婚姻を受けたのなら、この世にいない。そういう事だ」
 「婚姻は親に決めらましたが。そういえば、どこに嫁ぐはずだったのか」
 「聞いていないのか。あの小山田家だ」
 「はあっ。あんな男の元だったなんて」
 勢いよく身を起こすと、二人の目があった。一瞬見開いた光正だが、すぐに勝ち誇った笑みで、
 「俺の方が良いだろう」
 「そ、それは。ま、あ」
 たけの動きが止まる。
 「気づいたか」
 「ま、まさか。父上や兄上に限って、そんな」
 「お前はあの時こう言った。我が家は忠実な家人なのに、と。そう思っていたのは一族の中でお前だけだった、という事だ」
 言葉をだせない、たけ。彼女の頭の中には、事実と今までの言動とが交差していた。
 本当に忠実な家人であるならば、関係を深めるべくは上とのだ。世の流れからすれば、たけと縁を結ぶのは、本来なら源家の誰かのはずなのである。小山田家はどちらかというと、源氏とは敵対関係にある。
 にも関わらず、平家当主とその世継ぎは、一族の娘を敵にやった。これは、戦力の増強を兼ねた謀反を意味する。当然、裏は取ってからの夜襲であった。
 なお、小山田は先代まで中立を保っていたと聞くが、今代の信近(のぶちか)は北条にすり寄っているという噂がある。本来なら別の者が継ぐはずだったが、不幸にも病死したらしい。
 もし、源氏殲滅の為に何者かが動いていたとしたら。
 たけは、間接的とはいえ、その者にはめられた事になる。
 「わ、私は、何と、いう、無礼なこ、とを」
 「お前は利用されただけだ。十二では、把握出来ぬのも致し方あるまい。それに」
 血の気がなくなった姫君を見て、光正は思う。これだけ真っすぐな娘が育ったという事は、それだけ大事にされていたのだ、と。
 何も知らぬ無垢な娘を手に掛けるのは、非情になり切れない故の甘さでもあった。もしその場にいたのが叔父なら、即切り捨てていたか、口封じの為に側室にいれたかもしれない。
 後者は、まだ十六で色を知らない男では、思いつかない方法だ。当時は自身の強さに自惚れていた時期でもあり、その自分にかすり傷ふたつとはいえ、負わせた娘が惜しくもほしく思えてしまった心情がある。それが現状の原因だ。
 「わ、たし、は」
 光正はたけのあごを右手人差し指に乗せて上げる。
 「過ぎた事を気にしてもどうにもなるまい。謀反人は死に、お前は別の人間として生きている。それで良いだろう」
 「これ、いじょ、生きはじ、をさらせ、と」
 「ならば郎等共はどうなる。お前は、あ奴らの想いを無駄にする気か」
 「そ、それ、は」
 たけの脳裏に、幼い頃にともに訓練をしたり遊んだりした光景が、映しだされる。
 「お前が完全に源家の嫁になれば、彼らを受け入れる事も出来ようぞ」
 時間は掛かるがな、と次期当主。大粒の涙が姫君の目からあふれそうになると、左手でふきとる。
 「生きよ。死しても何も成らん」
 男は女を、静かに腕(かいな)の中に包む。
 しとしとと落ちる水の音は、光正の耳にだけ、夜明けまで届いていた。
 日の光が昇ってくると、光正はいつの間にか眠っていたと気づく。
 そして、いるはずの娘が消えているのもわかり、急いで身を起こした。
 見渡すと、床の間にむかって正座している、たけの姿が。立ちあがり近づこうとすると、彼女の頭(こうべ)がたれる。
 「ちうえ、あに、え。うう。申し訳、ございませぬ。たけは、誇りのためには、もう」
 光正が声をかけようとした、その時。たけは急に野太刀を手にして抜刀し、勢いよく体を回転させる。
 「一族の恥、どうかお許しをっ」
 「止せっ」
 駆けより左腕を太刀と首筋の間にねじこんだ光正。滅多に受けない傷の痛みに顔を歪ませるが、構わず右の手刀でたけの手首を叩く。落ちた刀から引きずり離すと右腕を口元へ持っていく。
 手と肘の間にひどい痛みが走ると、たけの頭部を抑えた。
 「誰か。誰かおらぬかっ」
 「何事で御座いま」
 「刀をしまえ。それと布を持って来い、早くっ」
 「はっ」
 たけがまとっている純白な衣の一部を変色したのを見たうめは、急いで刀を回収し、布を持ってこさせる。近くの部屋で寝ていた定清(さだきよ)も駆けつけ、たけを甥から引きはがした。
 すぐに口に手ぬぐいを挟み、暴れるたけを座らせて落ち着かせようとする。
 「若様、お怪我を」
 「俺は良い。たけの安全を図ってくれ」
 「畏まりました。定清」
 「うむ」
 乳母が綺麗な布を彼に渡している最中、女性が数人、部屋へ入室し、たけの周りを囲む。定清は女性は女性で任せ、自身は光正に近づいた。
 「二部屋移動するぞ」
 「はい」
 光正は心配そうにたけを見るが、伯父に呼ばれたので大人しくついていった。
 少し歩くと一次的に定清の寝所となっている部屋に到着し、光正は治療を受ける。
 「自害を図った様に見えたが」
 「はい。朝起きたら、急に」
 「そうか」
 酒で傷口を洗う薬師。特に右腕にあった歯型の跡を、丹念に消毒している。
 「一族の者の前で説明して貰うぞ」
 「畏まりました」
 まさかの事態になったな、と思いながらも、定清は丁寧に麻布を巻いていった。


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 「いててて。こら、何故技を掛けるのだ」
 「へ」
 と、間の抜けた返事をした、たけ。見ると、いつの間にか光正(みつまさ)の腕を肩にかつぎ、関節の動きを封じていた。
 あわててほどき、土下座をする。
 「も、申し訳ございませぬ。体が反応してしまい、その。たた、他意は無く」
 「あったら問題だぞ。全く」
 どんなに屈強でも、関節となれば話は別。もちろん誰でも成功する訳ではないが、たけの場合は武術に通じているためか、同時に身を守る術を身につけているのだろう。
 だが、腕をさすりながらも、彼の表情は緩んでいる。
 「真、面白い奴だ。次は寝技でも使うか」
 「お、抑えられる気が致しませんが」
 「掛ける気か。物騒な初夜だな」
 くっくっくっ、と相当腹の虫が喜んでいる様子の次期当主。たけは、ももどの服を握りしめ、日のような顔になっていた。
 「げほ。はあ。こんなに笑ったのは久方振りだ」
 「わ、笑い事ですか」
 「夫に技を掛ける妻がどこにおる。聞いた事が無かろう。練習ならともかく」
 身の危険を感じるわ、と光正。みじんにも思っていなさそうな口ぶりだが、たけの顔色が、今度は青色に染まっていた。
 「安心しろ。父上には上手く言っておく」
 「し、しかし。それでは光正殿が」
 「俺の心配など無用。己の身を気に掛けると良い」
 ごろり、と、無防備に横になる。
 「どうせ眠れんだろう。話でもするか。来い」
 不敵な笑みをしながら、手を差し伸べる男性。女性は目をぱちぱちさせ、恐る恐る手に近づく。
 若干震えながら、たけが手を重ねると、引っ張られて体勢を崩してしまった。
 だが、光正が横になったまま受けとめて姫の顔が嫡子の胸の上にあたり、傍からでは押し倒してしまっているように見える。
 「っ」
 「流石に慣れろ。さて、聞きたい事がありそうに見えたが」
 「そ、その前に、体勢を」
 一瞬の沈黙が走ると、たけの後頭部の上から力がこめられる。
 「慣れろと言っただろう。何を問いたいのだ」
 自身の鼓動が大きく、早くなるのを感じながら、たけは、
 「あの時。何故、私を逃がしたのです」
 「息の根を止める必要が無いと判断したからだ」
 「必要が、ない? どういう意味です」
 光正は黙りこむ。虫の声が部屋に侵入し、しばらくそれだけが響く。
 「光正殿」
 「もしお前が進んで婚姻を受けたのなら、この世にいない。そういう事だ」
 「婚姻は親に決めらましたが。そういえば、どこに嫁ぐはずだったのか」
 「聞いていないのか。あの小山田家だ」
 「はあっ。あんな男の元だったなんて」
 勢いよく身を起こすと、二人の目があった。一瞬見開いた光正だが、すぐに勝ち誇った笑みで、
 「俺の方が良いだろう」
 「そ、それは。ま、あ」
 たけの動きが止まる。
 「気づいたか」
 「ま、まさか。父上や兄上に限って、そんな」
 「お前はあの時こう言った。我が家は忠実な家人なのに、と。そう思っていたのは一族の中でお前だけだった、という事だ」
 言葉をだせない、たけ。彼女の頭の中には、事実と今までの言動とが交差していた。
 本当に忠実な家人であるならば、関係を深めるべくは上とのだ。世の流れからすれば、たけと縁を結ぶのは、本来なら源家の誰かのはずなのである。小山田家はどちらかというと、源氏とは敵対関係にある。
 にも関わらず、平家当主とその世継ぎは、一族の娘を敵にやった。これは、戦力の増強を兼ねた謀反を意味する。当然、裏は取ってからの夜襲であった。
 なお、小山田は先代まで中立を保っていたと聞くが、今代の信近(のぶちか)は北条にすり寄っているという噂がある。本来なら別の者が継ぐはずだったが、不幸にも病死したらしい。
 もし、源氏殲滅の為に何者かが動いていたとしたら。
 たけは、間接的とはいえ、その者にはめられた事になる。
 「わ、私は、何と、いう、無礼なこ、とを」
 「お前は利用されただけだ。十二では、把握出来ぬのも致し方あるまい。それに」
 血の気がなくなった姫君を見て、光正は思う。これだけ真っすぐな娘が育ったという事は、それだけ大事にされていたのだ、と。
 何も知らぬ無垢な娘を手に掛けるのは、非情になり切れない故の甘さでもあった。もしその場にいたのが叔父なら、即切り捨てていたか、口封じの為に側室にいれたかもしれない。
 後者は、まだ十六で色を知らない男では、思いつかない方法だ。当時は自身の強さに自惚れていた時期でもあり、その自分にかすり傷ふたつとはいえ、負わせた娘が惜しくもほしく思えてしまった心情がある。それが現状の原因だ。
 「わ、たし、は」
 光正はたけのあごを右手人差し指に乗せて上げる。
 「過ぎた事を気にしてもどうにもなるまい。謀反人は死に、お前は別の人間として生きている。それで良いだろう」
 「これ、いじょ、生きはじ、をさらせ、と」
 「ならば郎等共はどうなる。お前は、あ奴らの想いを無駄にする気か」
 「そ、それ、は」
 たけの脳裏に、幼い頃にともに訓練をしたり遊んだりした光景が、映しだされる。
 「お前が完全に源家の嫁になれば、彼らを受け入れる事も出来ようぞ」
 時間は掛かるがな、と次期当主。大粒の涙が姫君の目からあふれそうになると、左手でふきとる。
 「生きよ。死しても何も成らん」
 男は女を、静かに腕(かいな)の中に包む。
 しとしとと落ちる水の音は、光正の耳にだけ、夜明けまで届いていた。
 日の光が昇ってくると、光正はいつの間にか眠っていたと気づく。
 そして、いるはずの娘が消えているのもわかり、急いで身を起こした。
 見渡すと、床の間にむかって正座している、たけの姿が。立ちあがり近づこうとすると、彼女の頭(こうべ)がたれる。
 「ちうえ、あに、え。うう。申し訳、ございませぬ。たけは、誇りのためには、もう」
 光正が声をかけようとした、その時。たけは急に野太刀を手にして抜刀し、勢いよく体を回転させる。
 「一族の恥、どうかお許しをっ」
 「止せっ」
 駆けより左腕を太刀と首筋の間にねじこんだ光正。滅多に受けない傷の痛みに顔を歪ませるが、構わず右の手刀でたけの手首を叩く。落ちた刀から引きずり離すと右腕を口元へ持っていく。
 手と肘の間にひどい痛みが走ると、たけの頭部を抑えた。
 「誰か。誰かおらぬかっ」
 「何事で御座いま」
 「刀をしまえ。それと布を持って来い、早くっ」
 「はっ」
 たけがまとっている純白な衣の一部を変色したのを見たうめは、急いで刀を回収し、布を持ってこさせる。近くの部屋で寝ていた定清(さだきよ)も駆けつけ、たけを甥から引きはがした。
 すぐに口に手ぬぐいを挟み、暴れるたけを座らせて落ち着かせようとする。
 「若様、お怪我を」
 「俺は良い。たけの安全を図ってくれ」
 「畏まりました。定清」
 「うむ」
 乳母が綺麗な布を彼に渡している最中、女性が数人、部屋へ入室し、たけの周りを囲む。定清は女性は女性で任せ、自身は光正に近づいた。
 「二部屋移動するぞ」
 「はい」
 光正は心配そうにたけを見るが、伯父に呼ばれたので大人しくついていった。
 少し歩くと一次的に定清の寝所となっている部屋に到着し、光正は治療を受ける。
 「自害を図った様に見えたが」
 「はい。朝起きたら、急に」
 「そうか」
 酒で傷口を洗う薬師。特に右腕にあった歯型の跡を、丹念に消毒している。
 「一族の者の前で説明して貰うぞ」
 「畏まりました」
 まさかの事態になったな、と思いながらも、定清は丁寧に麻布を巻いていった。