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鼓動

ー/ー



「月岡さん……」
 
 拳銃を持つ手が大きく震えていた。訓練を積んだとは思えないほどに。恐怖が限界に到達しようとしていた。

「お、落ち着いてください」

 今言えるのはこの言葉だけだ。そしてその言葉は吉良自身にも当てはまる。沙夜子は動けないままで月岡は緊張状態が頂点に達している。今立ち向かえるのは、何かができるのはもう自分しかいない。

 どうする? 何を、どうすれば──。

 無常にも刻々と時間は過ぎ去っていくだけだった。十秒、いや一分、場合によっては五分。正確な時間はわからないが、焦りと動揺の時間だけが時を刻んでいった。

 全くの暗闇の中では、人は方向感覚も時間の感覚も狂ってしまう。人間の住む世界ではないからだ。人は古来から何も見えなくなる暗闇を恐れていた。だからこそ闇の中に何かを見つけようとし、闇の中から現れる何かを形作ってきた。

 暗闇は今でも人間の領域では無い。暗闇は、あやかしの領域だ。

 両の耳を銅鑼(どら)を思い切り打ち鳴らしたような耳鳴りが襲った直後。迫るように、急くように、存在を認めろと言わんばかりの、刃のように尖った泣き声が鼓膜を突き破ろうと大音量を上げた。

 耳を塞ぐ。塞がずにはいられない。というよりもそうしなければたぶん理性を保っていられない、と吉良は咄嗟に判断した。声が直接耳の中に飛び込んでくればまた気絶してしまうかもしれないと。

 月岡の手から拳銃が落ちた。その上に月岡自身が倒れ落ちていく。起き上がる様子は微塵も感じられなかった。

 すぐに動けばよかったのかもしれない。そう思った。動いても間に合わなかったかもしれない。そうも思った。

 病院、鬼救寺、自宅──これまでの幾つもの選択の場面場面が頭の中を駆け巡る。

 ──間違えていたんだ、最初から。僕がいなければ、ここに立っているのが僕でなければ、誰も苦しまずにとっくに解決していたかもしれない。

 あるいは僕に二人のような力があれば。

 誰も何もいなかったはずの空間にそれは現れる。初めからそこに居たかのように。無かったことなど想像できないほど明瞭に。

 不協和音を奏でていた声は大きなうねりを経て一つに重なり凝縮し、ほんの小さな円を創り上げた。一呼吸すらままならないほどの時間の隙間を無音が埋め、重低音の鼓動が空気を振動させる。

 生命が、始動した。

 手を離すと自分の荒い呼吸が聞こえてくる。そして同時に自分のものとも区別ができないほど巨大な鼓動がただただ鳴り響いていた。

 吉良はただ見ていた。またもや見ていることしかできなかった。


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「月岡さん……」 
 拳銃を持つ手が大きく震えていた。訓練を積んだとは思えないほどに。恐怖が限界に到達しようとしていた。
「お、落ち着いてください」
 今言えるのはこの言葉だけだ。そしてその言葉は吉良自身にも当てはまる。沙夜子は動けないままで月岡は緊張状態が頂点に達している。今立ち向かえるのは、何かができるのはもう自分しかいない。
 どうする? 何を、どうすれば──。
 無常にも刻々と時間は過ぎ去っていくだけだった。十秒、いや一分、場合によっては五分。正確な時間はわからないが、焦りと動揺の時間だけが時を刻んでいった。
 全くの暗闇の中では、人は方向感覚も時間の感覚も狂ってしまう。人間の住む世界ではないからだ。人は古来から何も見えなくなる暗闇を恐れていた。だからこそ闇の中に何かを見つけようとし、闇の中から現れる何かを形作ってきた。
 暗闇は今でも人間の領域では無い。暗闇は、あやかしの領域だ。
 両の耳を銅鑼《どら》を思い切り打ち鳴らしたような耳鳴りが襲った直後。迫るように、急くように、存在を認めろと言わんばかりの、刃のように尖った泣き声が鼓膜を突き破ろうと大音量を上げた。
 耳を塞ぐ。塞がずにはいられない。というよりもそうしなければたぶん理性を保っていられない、と吉良は咄嗟に判断した。声が直接耳の中に飛び込んでくればまた気絶してしまうかもしれないと。
 月岡の手から拳銃が落ちた。その上に月岡自身が倒れ落ちていく。起き上がる様子は微塵も感じられなかった。
 すぐに動けばよかったのかもしれない。そう思った。動いても間に合わなかったかもしれない。そうも思った。
 病院、鬼救寺、自宅──これまでの幾つもの選択の場面場面が頭の中を駆け巡る。
 ──間違えていたんだ、最初から。僕がいなければ、ここに立っているのが僕でなければ、誰も苦しまずにとっくに解決していたかもしれない。
 あるいは僕に二人のような力があれば。
 誰も何もいなかったはずの空間にそれは現れる。初めからそこに居たかのように。無かったことなど想像できないほど明瞭に。
 不協和音を奏でていた声は大きなうねりを経て一つに重なり凝縮し、ほんの小さな円を創り上げた。一呼吸すらままならないほどの時間の隙間を無音が埋め、重低音の鼓動が空気を振動させる。
 生命が、始動した。
 手を離すと自分の荒い呼吸が聞こえてくる。そして同時に自分のものとも区別ができないほど巨大な鼓動がただただ鳴り響いていた。
 吉良はただ見ていた。またもや見ていることしかできなかった。