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エピローグへの足音 6話

ー/ー



 そして、(またた)く間にイレインの斬首刑の執行日になった。

 イレインは普段の派手なドレスではなく、みすぼらしい格好になっていた。化粧もしていないため、誰だかわらないくらいになっていた。

 アナベルはその顔を見てゾッと背筋が寒くなる。

 美しいと言われていたイレインの美貌(びぼう)は、たった三日でかなり劣化していたからだ。

(若い女性の血を、浴びなかったから……?)

 そう考えて、アナベルはぶるりと震えた。自分を抱きしめるようにぎゅっと二の腕を掴み、(さす)る。

「寒いのか?」
「あ、いえ……。彼女の美貌が、あまりにも……」
「ああ、一気に老け込んだな。たった三日で、このようなことになるとは……」

 どうやらエルヴィスも意外だったらしい。

 アナベルはエルヴィスに近付くと、彼はそっと自分のマントを彼女に羽織らせた。

「斬首刑だ。見なくてもいいんだぞ」
「……いいえ、わたくしには見届ける義務があります」

 首を緩やかに横に振り、アナベルは真っ直ぐにエルヴィスを見上げた。この計画に参加した自分には、彼女の最期を見届ける義務があるのだと、固い決意を宿した瞳で彼を見つめ続ける。

「……そうか。……では、刑を執行しよう」

 エルヴィスがすっと片手を上げた。

 イレインが断頭台へ連れていかれ、そこに姿を見せる。

 王妃が処刑されることを知った民衆は、その姿を一目見ようと集まっていた。

 ――民衆たちは、小さな悲鳴を上げる。

 噂に聞いていたイレインの美貌とは違い、この世のすべてを恨むようなその表情は、悪魔を連想させた。

「これより、刑を執行する」

 死刑執行人が、静かに声を出す。

 イレインは黒服を着た人たちに身体を押さえられ、穴の中に頭を入れられた。彼女は自分を化け物のように見る民衆に、表情を歪める。

「なにか言い残すことはあるか?」

 イレインはなにも言わなかった。なにも言わず、ただ目を伏せた。

 刑は、静かに執行された。彼女の首は刎ねられて、ごろりとその首が落ちた。――アナベルは、しっかりとその姿を目に焼き付けた。

 ◆◆◆

 イレインが処刑され、残された彼女に仕えていた者たちには選択肢が与えられた。このまま王宮で働くか、ここから去るか。

 全員、去ることを選んだ。

 イレインが住んでいた宮殿には、捕らえられていた少女たちがいた。全員孤児院にいた少女だったらしく、彼女の生贄として暮らしていたらしい。

「……これで終わった、のよね……」

 ぽつり、とアナベルが言葉をこぼした。

「……ああ。これから少し忙しくなるが……」
「ねえ、エルヴィス。あたしはどうなるのかしら?」

 軽く首をかしげて問うと、エルヴィスはぽんと彼女の頭に手を置いて撫でる。

「心配しなくてもいい」

 エルヴィスが優しく言葉を発する。アナベルはエルヴィスを見上げて、小さく眉を下げた。

「……ねえ、エルヴィス。あたしね――……」

 アナベルはゆっくりと言葉を紡いでいく。エルヴィスはその言葉をしっかりと受け止め、彼女のことを強く抱きしめる。

 そして、名残惜しそうに、エルヴィスはアナベルから離れた。

「……これ、返すわ」
「……いや、ベルが持っていてくれ」

 以前渡されたブローチをエルヴィスに返そうとすると、彼はそれを断った。アナベルが視線で「なぜ?」と問いかけると、彼はすっと彼女の手を取り、手の甲に唇を落とす。

「私の心は、きみのものだ。――愛している、ベル」
「大変ご無沙汰しております。エルヴィス……」

 アナベルはブローチをぎゅっと包み込みように握り、小さくうなずいて微笑みを浮かべた。

「――あなたがあたしの、最愛の人よ……」

 そっと、アナベルの頬にエルヴィスが触れ、二人の距離が縮まり、唇が重なる。

 アナベルは目を閉じて、彼の唇の感触を忘れないように、しっかりと心に刻み込んだ。

「……また会おう、アナベル」
「ええ、またね、エルヴィス陛下」

 アナベルから離れて、エルヴィスは彼女から去っていく。彼女は胸元に手を置いて目を閉じ、息を吐いた。

 ぐいっと目を擦り、空を見上げる。

 ――空の青さが目にしみた。

 アナベルは一度宮殿に戻り、部屋に閉じこもった。

 翌日、荷物をまとめたアナベルは、宮殿の人たちにひどく驚かれた。

「あ、アナベルさま? どちらに向かわれるのですか?」
「村に行くのよ。あれから一度も戻れていないから……ごめんね、もしも次に会うことがあったら、そのときこそ、名前を教えてね」

 自分の荷物なんて、ほとんどない。

 アナベルは旅芸人だったのだから、本当に必要なものを詰め込んで、宮殿を去っていく。

 ――自分が使っていた部屋のナイトテーブルの上に、ブローチは置いてきた。

 置手紙を用意して、自分の想いを託した。ロクサーヌたちは娼館をやめ、アナベルについていくと言ってくれたので、ありがたくその提案を受け入れて四人で村まで向かう。

 一週間ほど時間をかけて、やっと村にたどりついた。

 記憶の中の村よりも、もっとひどいことになっていたが、アナベルは真っ直ぐに自分が暮らしていた家まで歩き、座り込む。

「――終わったよ、みんな……。みんなの仇、取れたよ……!」

 イレインはもういない。きっと今頃、地獄に落ちているだろう。

 アナベルが静かに涙を流していると、懐かしい声が聞こえた。

「……アナベル?」

 クレマンの声だった。旅芸人の仲間も、アナベルに気付くと一斉に「どうしてここへ?」と問いかける。

「あたし、復讐が終わったから報告に……」
「ついに魔女は退治されたのか、良かった……。これで、ミシェルも安心できるな、きっと」
「……そうね。……ところで、どうしてここにいるの?」
「いや、それが……」

 クレマンは後頭部をガリガリとかいて、説明を始めた。それを聞いて、アナベルは目を丸くする。

「村の、復興のため……?」
「ああ。旅芸人の仲間も増えたからな。拠点を持っても良いんじゃないかって話し合い、この場所にしようと思ったんだ」
「どうして? こんなに……焼かれて、なにもない……場所なのに」
「……だからだよ。一から作り出すんだ。みんなで。アナベルはどうする?」
「……参加していいの?」
「もともとこの村に暮らしていたのは、お前だろう?」

 クレマンの言葉にアナベルは小さく笑って、それから「参加するわ」と元気に答えた。



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次のエピソードへ進む エピローグ(完)


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 そして、|瞬《またた》く間にイレインの斬首刑の執行日になった。
 イレインは普段の派手なドレスではなく、みすぼらしい格好になっていた。化粧もしていないため、誰だかわらないくらいになっていた。
 アナベルはその顔を見てゾッと背筋が寒くなる。
 美しいと言われていたイレインの|美貌《びぼう》は、たった三日でかなり劣化していたからだ。
(若い女性の血を、浴びなかったから……?)
 そう考えて、アナベルはぶるりと震えた。自分を抱きしめるようにぎゅっと二の腕を掴み、|擦《さす》る。
「寒いのか?」
「あ、いえ……。彼女の美貌が、あまりにも……」
「ああ、一気に老け込んだな。たった三日で、このようなことになるとは……」
 どうやらエルヴィスも意外だったらしい。
 アナベルはエルヴィスに近付くと、彼はそっと自分のマントを彼女に羽織らせた。
「斬首刑だ。見なくてもいいんだぞ」
「……いいえ、わたくしには見届ける義務があります」
 首を緩やかに横に振り、アナベルは真っ直ぐにエルヴィスを見上げた。この計画に参加した自分には、彼女の最期を見届ける義務があるのだと、固い決意を宿した瞳で彼を見つめ続ける。
「……そうか。……では、刑を執行しよう」
 エルヴィスがすっと片手を上げた。
 イレインが断頭台へ連れていかれ、そこに姿を見せる。
 王妃が処刑されることを知った民衆は、その姿を一目見ようと集まっていた。
 ――民衆たちは、小さな悲鳴を上げる。
 噂に聞いていたイレインの美貌とは違い、この世のすべてを恨むようなその表情は、悪魔を連想させた。
「これより、刑を執行する」
 死刑執行人が、静かに声を出す。
 イレインは黒服を着た人たちに身体を押さえられ、穴の中に頭を入れられた。彼女は自分を化け物のように見る民衆に、表情を歪める。
「なにか言い残すことはあるか?」
 イレインはなにも言わなかった。なにも言わず、ただ目を伏せた。
 刑は、静かに執行された。彼女の首は刎ねられて、ごろりとその首が落ちた。――アナベルは、しっかりとその姿を目に焼き付けた。
 ◆◆◆
 イレインが処刑され、残された彼女に仕えていた者たちには選択肢が与えられた。このまま王宮で働くか、ここから去るか。
 全員、去ることを選んだ。
 イレインが住んでいた宮殿には、捕らえられていた少女たちがいた。全員孤児院にいた少女だったらしく、彼女の生贄として暮らしていたらしい。
「……これで終わった、のよね……」
 ぽつり、とアナベルが言葉をこぼした。
「……ああ。これから少し忙しくなるが……」
「ねえ、エルヴィス。あたしはどうなるのかしら?」
 軽く首をかしげて問うと、エルヴィスはぽんと彼女の頭に手を置いて撫でる。
「心配しなくてもいい」
 エルヴィスが優しく言葉を発する。アナベルはエルヴィスを見上げて、小さく眉を下げた。
「……ねえ、エルヴィス。あたしね――……」
 アナベルはゆっくりと言葉を紡いでいく。エルヴィスはその言葉をしっかりと受け止め、彼女のことを強く抱きしめる。
 そして、名残惜しそうに、エルヴィスはアナベルから離れた。
「……これ、返すわ」
「……いや、ベルが持っていてくれ」
 以前渡されたブローチをエルヴィスに返そうとすると、彼はそれを断った。アナベルが視線で「なぜ?」と問いかけると、彼はすっと彼女の手を取り、手の甲に唇を落とす。
「私の心は、きみのものだ。――愛している、ベル」
「大変ご無沙汰しております。エルヴィス……」
 アナベルはブローチをぎゅっと包み込みように握り、小さくうなずいて微笑みを浮かべた。
「――あなたがあたしの、最愛の人よ……」
 そっと、アナベルの頬にエルヴィスが触れ、二人の距離が縮まり、唇が重なる。
 アナベルは目を閉じて、彼の唇の感触を忘れないように、しっかりと心に刻み込んだ。
「……また会おう、アナベル」
「ええ、またね、エルヴィス陛下」
 アナベルから離れて、エルヴィスは彼女から去っていく。彼女は胸元に手を置いて目を閉じ、息を吐いた。
 ぐいっと目を擦り、空を見上げる。
 ――空の青さが目にしみた。
 アナベルは一度宮殿に戻り、部屋に閉じこもった。
 翌日、荷物をまとめたアナベルは、宮殿の人たちにひどく驚かれた。
「あ、アナベルさま? どちらに向かわれるのですか?」
「村に行くのよ。あれから一度も戻れていないから……ごめんね、もしも次に会うことがあったら、そのときこそ、名前を教えてね」
 自分の荷物なんて、ほとんどない。
 アナベルは旅芸人だったのだから、本当に必要なものを詰め込んで、宮殿を去っていく。
 ――自分が使っていた部屋のナイトテーブルの上に、ブローチは置いてきた。
 置手紙を用意して、自分の想いを託した。ロクサーヌたちは娼館をやめ、アナベルについていくと言ってくれたので、ありがたくその提案を受け入れて四人で村まで向かう。
 一週間ほど時間をかけて、やっと村にたどりついた。
 記憶の中の村よりも、もっとひどいことになっていたが、アナベルは真っ直ぐに自分が暮らしていた家まで歩き、座り込む。
「――終わったよ、みんな……。みんなの仇、取れたよ……!」
 イレインはもういない。きっと今頃、地獄に落ちているだろう。
 アナベルが静かに涙を流していると、懐かしい声が聞こえた。
「……アナベル?」
 クレマンの声だった。旅芸人の仲間も、アナベルに気付くと一斉に「どうしてここへ?」と問いかける。
「あたし、復讐が終わったから報告に……」
「ついに魔女は退治されたのか、良かった……。これで、ミシェルも安心できるな、きっと」
「……そうね。……ところで、どうしてここにいるの?」
「いや、それが……」
 クレマンは後頭部をガリガリとかいて、説明を始めた。それを聞いて、アナベルは目を丸くする。
「村の、復興のため……?」
「ああ。旅芸人の仲間も増えたからな。拠点を持っても良いんじゃないかって話し合い、この場所にしようと思ったんだ」
「どうして? こんなに……焼かれて、なにもない……場所なのに」
「……だからだよ。一から作り出すんだ。みんなで。アナベルはどうする?」
「……参加していいの?」
「もともとこの村に暮らしていたのは、お前だろう?」
 クレマンの言葉にアナベルは小さく笑って、それから「参加するわ」と元気に答えた。