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寵姫 アナベル 10話

ー/ー



 朝、目が覚めると隣には誰もいなかった。どうやらエルヴィスは先に起きたらしいと判断し、アナベルはゆっくりと起き上がる。

 じっと自分の手を見つめて、震えていないことを確認するとほっと安堵の息を吐いた。

「アナベルさま、起きていますか?」

 ノックの音に続いて、メイドの声が聞こえる。

「ええ、入ってちょうだい」
「失礼します。こちら、エルヴィス陛下からです」
「ありがとう」

 カードを差し出すメイドを見上げ、お礼を伝えてカードを受け取った。

 視線を落とし、メッセージを読んで表情を(ほころ)ばせる。

「あの、昨日こと……パトリック卿から簡単に説明を受けました。……怖かったでしょう……?」

 メイドはアナベルの近くにしゃがみ込み、カードを持っていないほうの手を包み込むように握った。

(――本当に、心配してくれているのね……)

 その心が嬉しくて、アナベルは「大丈夫よ」と穏やかな口調で、安心させるように微笑む。

「確かに怖かったけれど……大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう」

 その微笑みを見て、メイドはアナベルの瞳をじっと見つめて、安心したようにうなずいた。

「……アナベルさま、これは私の独り言です」

 メイドはぽつりぽつりと、この宮殿で暮らしていた寵姫(ちょうき)たちのことを話し始めた。

 エルヴィスからの寵愛はなかったが、彼女たちは自分の家にいるよりはずっと良い環境だと話していたこと、穏やかな時間を過ごせることに感謝していたこと。

 しかし、王妃イレインの話が出ると、その場が凍ったらしい。

「……王妃サマは、エルヴィスのことを愛しているのかしら……?」
「個人的な意見なのですが……」

 そう前置きして、メイドは自分の意見を伝える。

「私には、王妃陛下はエルヴィス陛下のことを()としか見ていないように感じました」
「……駒?」

 メイドはゆっくりと首を縦に動かす。

「自分が贅沢をするために、エルヴィス陛下を利用していると思います。もちろん、王妃ですからお金を使うのは当然でしょう。ですが、度が過ぎるというものです」
「……あなたは、どうしてそんなに詳しいの?」
「長く勤めていますから。王城のメイドをしていたこともあるんですよ」

 昔を懐かしむように目元を細め、すくっと立ち上がった。

「さあ、まずは湯浴みをしましょうか」

 にっこりと笑顔を浮かべて手を差し出すメイドに、アナベルはその取って立ち上がる。

「そうね、お願いするわ」

 その前に、アナベルはもう一度カードに視線を落とし、大事そうにサイドテーブルの引き出しにしまう。

 カードには『昨日の男は王城で引き取る。安心してほしい。愛している』という短いメッセージが書かれていた。

(耳で聞く『愛している』も良いけれど、こうして形に残るカードに書いてくれるのも良いものね……)

 と、頬を赤らめながら考えるアナベルだった。

 ◆◆◆

 ゆっくりとお風呂に入り、メイドたちの手によって、頭のてっぺんから足のつま先までピカピカに磨いてもらい、剣の稽古のために動きやすい服に袖を通す。

 演習場になっている場所へ歩いていると、別のメイドが慌てたように手紙を持ってきた。

「お、王妃陛下からです……!」
「……わたくしに? 陛下ではなくて?」

 こくこくと血の気の引いた顔で何度もうなずくメイドから、手紙を受け取る。

 手紙の内容を確認して、アナベルは目を大きく見開いた。

「……宣戦布告、かしらね?」

 手紙に書かれていた内容は、アナベルが踊り子で会ったことをやんわりと批判したもの。

 それと、『ここでのしきたりを知らないでしょうから、私の侍女を一人、差しあげますわ』と書かれていた。

「……わかりやすく、罠ですよね……?」

 メイドたちに内容を伝えると、呆れたような顔をしていた。そして、ほんの少し不安そうに瞳を揺らしているのを見て、アナベルは必死に思考を巡らせる。

「……受け入れましょう、その人を」
「ええっ!?」
「ほ、本気ですか……?」

 大袈裟なほど目を見開いて声を上げるメイド、怯えたように震えるメイド、様々な反応を示した。

「だぁって、敵側からやってきてくれるのよ? これはある意味、チャンスではないかしら?」
「あ、アナベルさま……」

 困惑しているようなメイドたちに、アナベルはふふっと笑う。

「剣の稽古が終わったら、王妃陛下に手紙を書くわ。ああ、手紙の内容も確認してもらわないといけませんわね、カルメ伯爵夫人に」

 アナベルは目をキラキラと輝かせて、これからのことを指折り数えた。

 カルメ伯爵夫人は、アナベルの教育係として宮殿に足を運んでくれている。

 もちろん、アナベルたちに協力していることで危険にさらされるかもしれない。それに対しては、ダヴィドが対処している。

「わたくしの文字で大丈夫かしら……」

 不安そうに頬に手を添えてつぶやいたが、アナベルは王妃イレインが『差しあげる』と言った侍女がどんな人かを考え、どんな接し方をしようか悩み出す。

「……本当に受け入れるおつもりですか……?」
「ええ、せっかく王妃サマが『あげる』って書いてくれているし、もらった人をどう扱うかは、わたくし次第でしょう?」

 にこにこと笑うアナベルに、メイドたちは顔を見合わせた。

 いったい、アナベルは王妃イレインから贈られた侍女を、どう扱うつもりなのか、と――……

「本来なら、あなたたちの名前も知らないといけないのに、わたくしのワガママで呼べなくてごめんなさいね」

 ――宮殿にはたくさんの執事やメイドがいる。

 彼らはアナベルに自己紹介をしようとしたが、それを断った。

 ――万が一を、考えたから。



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 朝、目が覚めると隣には誰もいなかった。どうやらエルヴィスは先に起きたらしいと判断し、アナベルはゆっくりと起き上がる。
 じっと自分の手を見つめて、震えていないことを確認するとほっと安堵の息を吐いた。
「アナベルさま、起きていますか?」
 ノックの音に続いて、メイドの声が聞こえる。
「ええ、入ってちょうだい」
「失礼します。こちら、エルヴィス陛下からです」
「ありがとう」
 カードを差し出すメイドを見上げ、お礼を伝えてカードを受け取った。
 視線を落とし、メッセージを読んで表情を|綻《ほころ》ばせる。
「あの、昨日こと……パトリック卿から簡単に説明を受けました。……怖かったでしょう……?」
 メイドはアナベルの近くにしゃがみ込み、カードを持っていないほうの手を包み込むように握った。
(――本当に、心配してくれているのね……)
 その心が嬉しくて、アナベルは「大丈夫よ」と穏やかな口調で、安心させるように微笑む。
「確かに怖かったけれど……大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう」
 その微笑みを見て、メイドはアナベルの瞳をじっと見つめて、安心したようにうなずいた。
「……アナベルさま、これは私の独り言です」
 メイドはぽつりぽつりと、この宮殿で暮らしていた|寵姫《ちょうき》たちのことを話し始めた。
 エルヴィスからの寵愛はなかったが、彼女たちは自分の家にいるよりはずっと良い環境だと話していたこと、穏やかな時間を過ごせることに感謝していたこと。
 しかし、王妃イレインの話が出ると、その場が凍ったらしい。
「……王妃サマは、エルヴィスのことを愛しているのかしら……?」
「個人的な意見なのですが……」
 そう前置きして、メイドは自分の意見を伝える。
「私には、王妃陛下はエルヴィス陛下のことを|駒《・》としか見ていないように感じました」
「……駒?」
 メイドはゆっくりと首を縦に動かす。
「自分が贅沢をするために、エルヴィス陛下を利用していると思います。もちろん、王妃ですからお金を使うのは当然でしょう。ですが、度が過ぎるというものです」
「……あなたは、どうしてそんなに詳しいの?」
「長く勤めていますから。王城のメイドをしていたこともあるんですよ」
 昔を懐かしむように目元を細め、すくっと立ち上がった。
「さあ、まずは湯浴みをしましょうか」
 にっこりと笑顔を浮かべて手を差し出すメイドに、アナベルはその取って立ち上がる。
「そうね、お願いするわ」
 その前に、アナベルはもう一度カードに視線を落とし、大事そうにサイドテーブルの引き出しにしまう。
 カードには『昨日の男は王城で引き取る。安心してほしい。愛している』という短いメッセージが書かれていた。
(耳で聞く『愛している』も良いけれど、こうして形に残るカードに書いてくれるのも良いものね……)
 と、頬を赤らめながら考えるアナベルだった。
 ◆◆◆
 ゆっくりとお風呂に入り、メイドたちの手によって、頭のてっぺんから足のつま先までピカピカに磨いてもらい、剣の稽古のために動きやすい服に袖を通す。
 演習場になっている場所へ歩いていると、別のメイドが慌てたように手紙を持ってきた。
「お、王妃陛下からです……!」
「……わたくしに? 陛下ではなくて?」
 こくこくと血の気の引いた顔で何度もうなずくメイドから、手紙を受け取る。
 手紙の内容を確認して、アナベルは目を大きく見開いた。
「……宣戦布告、かしらね?」
 手紙に書かれていた内容は、アナベルが踊り子で会ったことをやんわりと批判したもの。
 それと、『ここでのしきたりを知らないでしょうから、私の侍女を一人、差しあげますわ』と書かれていた。
「……わかりやすく、罠ですよね……?」
 メイドたちに内容を伝えると、呆れたような顔をしていた。そして、ほんの少し不安そうに瞳を揺らしているのを見て、アナベルは必死に思考を巡らせる。
「……受け入れましょう、その人を」
「ええっ!?」
「ほ、本気ですか……?」
 大袈裟なほど目を見開いて声を上げるメイド、怯えたように震えるメイド、様々な反応を示した。
「だぁって、敵側からやってきてくれるのよ? これはある意味、チャンスではないかしら?」
「あ、アナベルさま……」
 困惑しているようなメイドたちに、アナベルはふふっと笑う。
「剣の稽古が終わったら、王妃陛下に手紙を書くわ。ああ、手紙の内容も確認してもらわないといけませんわね、カルメ伯爵夫人に」
 アナベルは目をキラキラと輝かせて、これからのことを指折り数えた。
 カルメ伯爵夫人は、アナベルの教育係として宮殿に足を運んでくれている。
 もちろん、アナベルたちに協力していることで危険にさらされるかもしれない。それに対しては、ダヴィドが対処している。
「わたくしの文字で大丈夫かしら……」
 不安そうに頬に手を添えてつぶやいたが、アナベルは王妃イレインが『差しあげる』と言った侍女がどんな人かを考え、どんな接し方をしようか悩み出す。
「……本当に受け入れるおつもりですか……?」
「ええ、せっかく王妃サマが『あげる』って書いてくれているし、もらった人をどう扱うかは、わたくし次第でしょう?」
 にこにこと笑うアナベルに、メイドたちは顔を見合わせた。
 いったい、アナベルは王妃イレインから贈られた侍女を、どう扱うつもりなのか、と――……
「本来なら、あなたたちの名前も知らないといけないのに、わたくしのワガママで呼べなくてごめんなさいね」
 ――宮殿にはたくさんの執事やメイドがいる。
 彼らはアナベルに自己紹介をしようとしたが、それを断った。
 ――万が一を、考えたから。