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寵姫 アナベル 2話

ー/ー



「とりあえず、コラリー嬢から誘いには、乗ったほうが良いと思います」
「招待状もきていますよ」
「あら、そうですの? では、その誘いには参加の方向で。……なんだか緊張してきますわ」

 パトリックの言葉に、メイドが続く。

 アナベルは紹介の儀で出会った女性、コラリーのことを思い浮かべて頬に手を添え、小さく息を吐いた。

「どんな人たちが集まるのかしら……?」
「コラリー嬢のことだから、様々な人を呼ぶと思いますよ。参加する人たち全員が陛下の味方というわけでもないでしょうが、中立派もいるはずです」

 アナベルは真剣な表情を浮かべて、パトリックの言葉に耳をかたむける。

 現状、王妃イレイン派が、国王であるエルヴィス派よりも若干多く見える、とメイドたちが話していた。

 それがなぜかというと、イレインに逆らえば命がないから、というのが通説になっているようだ。

(――随分と好き勝手していたみたいね……)

 そして、アナベルにはもう一つ、気になることがあった。

「王妃サマには子どもがいましたよね。その子はどうしているんですか?」
「――あー……、それ聞いちゃいます?」

 アナベルはじっとパトリックを見つめた。真摯(しんし)なまなざしを受けて、「う」と彼の頬が赤くなる。

(本当、女性に免疫がない人よねぇ……)

 あと数日、旅芸人の一座の踊り子たちに囲まれていたら、取って()われていた可能性が高いな、と思いアナベルは肩をすくめた。

「乳母とナーサリーメイドに育てられていますよ、大切に。ただ……陛下の子ではないと思います」
「ええ? じゃあ、誰の子?」
「わかりません。王妃陛下はいろんな人たちを王妃宮に呼んでいるそうなので……」

 なぜ呼んでいるのかを察したアナベルは、いやそうに眉を寄せる。

「……陛下はどうして放置しているのかしら?」
「放置というか、興味がないというか。よく言うでしょう、好きの反対は無関心だって。そんな感じです。それに、王妃陛下が好き勝手にしているのは、今に始まった問題ではありませんし……」

 それもそれでどうなのだろうか、とアナベルは重くため息を吐く。

 そもそも、最初から間違っていたのだろう。

「――生まれは選べないけれど、こうも間違った方向性を見せつけられると、逆に清々しいわね」

 貴族として生まれ育ったイレインに、王族として国を背負うことが決定づけられたエルヴィス。

 彼らのあいだには、きっといろいろな思惑が飛び()い、訂正されることなくここまで来てしまったのだろう。

(……あたしがエルヴィス陛下にできること……)

 彼を支えて、ともに戦う。せめて、自分といるときだけでも、彼が少しでも安らげば良い。

 ――アナベルはそっと、自分の胸元に手を当てて、目を閉じた。

「アナベルさま?」
「……いいえ、なんでもありませんわ。わたくしはわたくしにできる最善を尽くします」

 王妃イレイン――彼女の本性がどんなものであるか、アナベルはまだ知らない。

 ただやはり、あの作り物めいた美しさは、思い出すだけでもゾッとする。

「とりあえず、今日の訓練はこれまでです。汗を流してきてください。今日は陛下に頼まれてアナベルさまの護衛になりましたので、外に行きましょう」
「えっ?」
「あれ、聞いていませんか? アナベルさまが慈善活動をしたいそうだから、どんな慈善活動にするのか街を見ながら相談に乗ってほしいと言われたのですが……」
「まあ、そうだったのですね! こうしてはいられませんわ。それではパトリック卿、少々お待ちくださいませ!」

 がばっと顔を上げたアナベルは、メイドを連れて浴室へと早足で向かった。

 剣術の稽古でにじみ出た汗を洗い流し、メイドたちの手によって徹底的に磨かれ、美しいドレスを身にまとい、寒くないようにコートを羽織る。

 三十分もしないうちに出掛ける準備を終え、パトリックのもとに戻ると彼はアナベルを見て頬を赤らめた。

「どうでしょう、わたくし、貴族に見えますか?」
「え、ええ。国を探しても、アナベルさまよりも美しい人はいないと思いますよ」
「まあ、お上手」

 口元に手を当てて、ころころと鈴を転がすように笑うアナベルに、パトリックは赤面したままぎこちない動きで馬車へ案内する。

「……大丈夫、ですわよね」
「白昼堂々襲い掛かってくる間抜けはいないと思います」

 きっぱりと言い切った。

 ここは人里離れた山の中ではないし、山賊や盗賊に()うこともないだろう。

 国中を旅していたときは、たまにそんな人たちも遭ったが、大体は退けていた。

 護衛を雇っていたし、旅芸人の一座にはそれなりに戦える人もいたからだ。魔物とはなるべく戦わないようにしていたが、対人戦は()けられないときもあった。

「……王都って平和ですのねぇ……」
「平和になったんですよ、エルヴィス陛下が尽力したおかげで。ですがまだ、我々の把握できていないところでは、なにが起きているかわかったもんじゃありませんけどね……」

 アナベルが馬車に乗ると、パトリックは馬に乗った。どうやら馬車には乗らないらしい。

「それでは、本日は私が寵姫、アナベルさまの護衛を担当します。よろしくお願いいたします」

 馬に乗ったにこやかにそう言うパトリックに、アナベルは大きくうなずいた。

 馬車の扉が閉められて、御者が馬に合図を送り、走り出す。

 それと同時にパトリックも馬に合図を出して、並走した。

 アナベルはぼんやりと流れる景色を眺める。

(あたし以外にも、孤児ってたくさんいるよね……?)

 旅芸人の一座に拾われて、アナベルはミシェルやクレマンたちにいろいろなことを教わった。

 文字の書き方、魔法の使い方、剣舞……数えきれないほど、たくさんのことを。

(ねえ、ミシェルさん。あたし――好きな人が、できたよ)

 心の中でそうつぶやいて、アナベルはポッと頬を赤らめた。



次のエピソードへ進む 寵姫 アナベル 3話


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「とりあえず、コラリー嬢から誘いには、乗ったほうが良いと思います」
「招待状もきていますよ」
「あら、そうですの? では、その誘いには参加の方向で。……なんだか緊張してきますわ」
 パトリックの言葉に、メイドが続く。
 アナベルは紹介の儀で出会った女性、コラリーのことを思い浮かべて頬に手を添え、小さく息を吐いた。
「どんな人たちが集まるのかしら……?」
「コラリー嬢のことだから、様々な人を呼ぶと思いますよ。参加する人たち全員が陛下の味方というわけでもないでしょうが、中立派もいるはずです」
 アナベルは真剣な表情を浮かべて、パトリックの言葉に耳をかたむける。
 現状、王妃イレイン派が、国王であるエルヴィス派よりも若干多く見える、とメイドたちが話していた。
 それがなぜかというと、イレインに逆らえば命がないから、というのが通説になっているようだ。
(――随分と好き勝手していたみたいね……)
 そして、アナベルにはもう一つ、気になることがあった。
「王妃サマには子どもがいましたよね。その子はどうしているんですか?」
「――あー……、それ聞いちゃいます?」
 アナベルはじっとパトリックを見つめた。|真摯《しんし》なまなざしを受けて、「う」と彼の頬が赤くなる。
(本当、女性に免疫がない人よねぇ……)
 あと数日、旅芸人の一座の踊り子たちに囲まれていたら、取って|喰《く》われていた可能性が高いな、と思いアナベルは肩をすくめた。
「乳母とナーサリーメイドに育てられていますよ、大切に。ただ……陛下の子ではないと思います」
「ええ? じゃあ、誰の子?」
「わかりません。王妃陛下はいろんな人たちを王妃宮に呼んでいるそうなので……」
 なぜ呼んでいるのかを察したアナベルは、いやそうに眉を寄せる。
「……陛下はどうして放置しているのかしら?」
「放置というか、興味がないというか。よく言うでしょう、好きの反対は無関心だって。そんな感じです。それに、王妃陛下が好き勝手にしているのは、今に始まった問題ではありませんし……」
 それもそれでどうなのだろうか、とアナベルは重くため息を吐く。
 そもそも、最初から間違っていたのだろう。
「――生まれは選べないけれど、こうも間違った方向性を見せつけられると、逆に清々しいわね」
 貴族として生まれ育ったイレインに、王族として国を背負うことが決定づけられたエルヴィス。
 彼らのあいだには、きっといろいろな思惑が飛び|交《か》い、訂正されることなくここまで来てしまったのだろう。
(……あたしがエルヴィス陛下にできること……)
 彼を支えて、ともに戦う。せめて、自分といるときだけでも、彼が少しでも安らげば良い。
 ――アナベルはそっと、自分の胸元に手を当てて、目を閉じた。
「アナベルさま?」
「……いいえ、なんでもありませんわ。わたくしはわたくしにできる最善を尽くします」
 王妃イレイン――彼女の本性がどんなものであるか、アナベルはまだ知らない。
 ただやはり、あの作り物めいた美しさは、思い出すだけでもゾッとする。
「とりあえず、今日の訓練はこれまでです。汗を流してきてください。今日は陛下に頼まれてアナベルさまの護衛になりましたので、外に行きましょう」
「えっ?」
「あれ、聞いていませんか? アナベルさまが慈善活動をしたいそうだから、どんな慈善活動にするのか街を見ながら相談に乗ってほしいと言われたのですが……」
「まあ、そうだったのですね! こうしてはいられませんわ。それではパトリック卿、少々お待ちくださいませ!」
 がばっと顔を上げたアナベルは、メイドを連れて浴室へと早足で向かった。
 剣術の稽古でにじみ出た汗を洗い流し、メイドたちの手によって徹底的に磨かれ、美しいドレスを身にまとい、寒くないようにコートを羽織る。
 三十分もしないうちに出掛ける準備を終え、パトリックのもとに戻ると彼はアナベルを見て頬を赤らめた。
「どうでしょう、わたくし、貴族に見えますか?」
「え、ええ。国を探しても、アナベルさまよりも美しい人はいないと思いますよ」
「まあ、お上手」
 口元に手を当てて、ころころと鈴を転がすように笑うアナベルに、パトリックは赤面したままぎこちない動きで馬車へ案内する。
「……大丈夫、ですわよね」
「白昼堂々襲い掛かってくる間抜けはいないと思います」
 きっぱりと言い切った。
 ここは人里離れた山の中ではないし、山賊や盗賊に|遭《あ》うこともないだろう。
 国中を旅していたときは、たまにそんな人たちも遭ったが、大体は退けていた。
 護衛を雇っていたし、旅芸人の一座にはそれなりに戦える人もいたからだ。魔物とはなるべく戦わないようにしていたが、対人戦は|避《さ》けられないときもあった。
「……王都って平和ですのねぇ……」
「平和になったんですよ、エルヴィス陛下が尽力したおかげで。ですがまだ、我々の把握できていないところでは、なにが起きているかわかったもんじゃありませんけどね……」
 アナベルが馬車に乗ると、パトリックは馬に乗った。どうやら馬車には乗らないらしい。
「それでは、本日は私が寵姫、アナベルさまの護衛を担当します。よろしくお願いいたします」
 馬に乗ったにこやかにそう言うパトリックに、アナベルは大きくうなずいた。
 馬車の扉が閉められて、御者が馬に合図を送り、走り出す。
 それと同時にパトリックも馬に合図を出して、並走した。
 アナベルはぼんやりと流れる景色を眺める。
(あたし以外にも、孤児ってたくさんいるよね……?)
 旅芸人の一座に拾われて、アナベルはミシェルやクレマンたちにいろいろなことを教わった。
 文字の書き方、魔法の使い方、剣舞……数えきれないほど、たくさんのことを。
(ねえ、ミシェルさん。あたし――好きな人が、できたよ)
 心の中でそうつぶやいて、アナベルはポッと頬を赤らめた。