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寵姫になるために 4話

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 その日から慌ただしい日々を過ごした。

 クレマンたちを探し出し、パーティーの余興を依頼し、アナベルの剣舞に合わせた衣装を用意し……と。

 バタバタとした時間が流れ、準備が整っていくにつれてアナベルの気分は高揚してきた。

 ――家族や村人たちの復讐ができる――……

 そう考えて、アナベルは目元をすぅっと細めた。

 頬に手を添えて、鏡の前の自分の姿を確認する。

 ……パーティーは明日だ。

 準備中から、たくさんある部屋の中の一室を借りてコンディションを高めてきた。そのおかげで、アナベルの肌はいつも以上にきめ細かく整っていて、調子が良い。

 宿屋に泊まろうとしていたクレマンたちも、このデュナン邸に泊まることになり、あまりにも早い再会にクレマンはもちろん、アドリーヌも「あらぁ?」と笑っていた。

「本当にあたしと同じ部屋で良かったのぉ?」

 ふわふわと柔らかいベッドの上で、ごろんと寝転びながらアドリーヌが声をかける。

「え、 どうして?」
「だぁって、陛下と一緒のほうが良いんじゃないかしらぁ? って」
「陛下は今、王城に戻っているそうよ? 明日のパーティーのサプライズゲストってことにしたいんですって」
「ふぅん、そうなのぉ? まぁ、そっちのほうがドラマチックよねぇ。見初められたのは間違いじゃないんだしぃ~……」

 キラキラと目を輝かせるアドリーヌに、アナベルはくすりと微笑む。

 彼女の言葉が、自分の気持ちを落ち着かせるためだと考えて、ベッドに近付いてそっと腰を下ろした。

 顔を上げたアドリーヌ。アナベルは彼女と視線を合わせる。

「みんなと一緒にいられるのは嬉しいわ。だって、これからは会えなくなるでしょう?」
「そうねぇ、あたしだって嬉しいわよぉ? アナベルと一緒にいられるのは。でもねぇ、ここにあたしがいたらお邪魔虫になるんじゃないかしらって、思っていたのよねぇ」

 うつぶせの状態で、パタパタと両足を動かすアドリーヌに、アナベルは小さく首を横に振った。

「陛下とは、これからたーーーーっくさん、いられるもの。それに、明日が本番だから、ちょっと緊張しているの」

 アドリーヌはむくりと起き上がり、アナベルの頬に両手を添える。

 こつん、と額と額を合わせて目を閉じた。

「大丈夫よぉ、アナベルなら……あなた、本番にはものすっごく! 強いんだからぁ」

 アドリーヌの言葉は、アナベルの心にすっとしみ込んでいく。

 そっと目を開けるアドリーヌの(くれない)の瞳が、アナベルを映した。

 緊張しているから冷えている手を、アドリーヌの手に重ねるアナベルの瞳には、炎が宿っている。

「……ありがとう、アドリーヌさん」
「うふふ、こちらこそ。こんなに良い部屋で寝泊まりできるなんて、幸せだわぁ」

 弾むような声に、アナベルはふふっと表情を(ほころ)ばせた。

「いつもは野宿か安いところだものね」
「そうよぉ。ご飯だって、あーんなにたっくさん! おいしくて頬が落ちるかと思ったわぁ」

 アナベルの目が丸くなった。そして、あははっ! と笑い出す。

「あらぁ、食は大事よぉ? 明日も食べられるなんて、贅沢で幸せだわぁ」

 額をくっつけたまま楽しそうに笑うアドリーヌ、アナベルは再び「ありがとう」と小さく伝えた。

 聞こえていても、いなくてもいい。

(――あなたたちがいたから、あたしはあたしでいられた)

 ミシェルが亡くなったときも、大声で泣くアナベルを慰めてくれた。

 自分たちだって悲しかったはずだ。無念だったはずだ。

 だが、彼らはアナベルの感情を優先して、寄り添ってくれた。そのことを思い出し、アナベルの心にぽっと温かな火が(とも)る。

「……ねぇ、アナベル。抱きしめてもいいかしら?」
「え? ええ、いいけれど……」

 ぱぁっと満開の笑みを浮かべるアドリーヌ。頬から手を離して、代わりにぎゅっと抱きしめる。

 アナベルも抱きしめ返した。

「……あのねぇ、アナベル。ミシェルが昔、言っていたのよ。あなたはきっと、なにかを決意しているんだって。その決意があなたを苦しめるかもしれないって。……だから、ね。そのときは……ちゃあんと人を頼らなきゃダメよ?」
「……うん」

 アドリーヌの声はどこまでも優しかった。まるで、甘い綿菓子のように思えて、アナベルは目を伏せてうなずく。

 心配してくれる人がいる。そのことがなぜ……こんなにも心強いのだろう。

「……もしも、すべてが終わったら……話したいわ」
「うふふ、それじゃああたし、がんばって長生きしないとね!」
「そうよぉ、あたしの秘密を知るまで、死んだらダメなんだから!」

 くすくすと笑い合うアナベルとアドリーヌ。

 もう遅いから眠ろう、と誘われてアドリーヌの隣に潜り込む。

 ベッドは二つあったが、同じベッドで眠ることにした。

 彼女に抱きしめられたまま、アナベルはその柔からな感触を堪能(たんのう)し、甘くて良い香りを吸い込んで小さく息を吐く。

「……アドリーヌさんって、良い香りがするわ……」
「うふふ。香水を集めるのが趣味なのよぉ。パーティーが終わったら、あたしの香水……とっておきのをあげるわねぇ……」

 うとうととしながら、そんなことを話した。

 アナベルは「それは楽しみね……」とつぶやいて目を閉じる。

 ぎゅうっとアドリーヌに抱きしめられながらも、睡魔はすぐにやってきた。

 ――明日はついにパーティー当日だ。

 夜に大勢の貴族が出入りする。

 明日――エルヴィスとアナベルの復讐が幕を開けるのだ。

 そのことを考えると、アナベルの胸は鼓動を早くする。

 ――それでも、アドリーヌと一緒に眠ることで、ぐっすりと深い眠りに落ちることができた。



次のエピソードへ進む 寵姫になるために 5話


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 その日から慌ただしい日々を過ごした。
 クレマンたちを探し出し、パーティーの余興を依頼し、アナベルの剣舞に合わせた衣装を用意し……と。
 バタバタとした時間が流れ、準備が整っていくにつれてアナベルの気分は高揚してきた。
 ――家族や村人たちの復讐ができる――……
 そう考えて、アナベルは目元をすぅっと細めた。
 頬に手を添えて、鏡の前の自分の姿を確認する。
 ……パーティーは明日だ。
 準備中から、たくさんある部屋の中の一室を借りてコンディションを高めてきた。そのおかげで、アナベルの肌はいつも以上にきめ細かく整っていて、調子が良い。
 宿屋に泊まろうとしていたクレマンたちも、このデュナン邸に泊まることになり、あまりにも早い再会にクレマンはもちろん、アドリーヌも「あらぁ?」と笑っていた。
「本当にあたしと同じ部屋で良かったのぉ?」
 ふわふわと柔らかいベッドの上で、ごろんと寝転びながらアドリーヌが声をかける。
「え、 どうして?」
「だぁって、陛下と一緒のほうが良いんじゃないかしらぁ? って」
「陛下は今、王城に戻っているそうよ? 明日のパーティーのサプライズゲストってことにしたいんですって」
「ふぅん、そうなのぉ? まぁ、そっちのほうがドラマチックよねぇ。見初められたのは間違いじゃないんだしぃ~……」
 キラキラと目を輝かせるアドリーヌに、アナベルはくすりと微笑む。
 彼女の言葉が、自分の気持ちを落ち着かせるためだと考えて、ベッドに近付いてそっと腰を下ろした。
 顔を上げたアドリーヌ。アナベルは彼女と視線を合わせる。
「みんなと一緒にいられるのは嬉しいわ。だって、これからは会えなくなるでしょう?」
「そうねぇ、あたしだって嬉しいわよぉ? アナベルと一緒にいられるのは。でもねぇ、ここにあたしがいたらお邪魔虫になるんじゃないかしらって、思っていたのよねぇ」
 うつぶせの状態で、パタパタと両足を動かすアドリーヌに、アナベルは小さく首を横に振った。
「陛下とは、これからたーーーーっくさん、いられるもの。それに、明日が本番だから、ちょっと緊張しているの」
 アドリーヌはむくりと起き上がり、アナベルの頬に両手を添える。
 こつん、と額と額を合わせて目を閉じた。
「大丈夫よぉ、アナベルなら……あなた、本番にはものすっごく! 強いんだからぁ」
 アドリーヌの言葉は、アナベルの心にすっとしみ込んでいく。
 そっと目を開けるアドリーヌの|紅《くれない》の瞳が、アナベルを映した。
 緊張しているから冷えている手を、アドリーヌの手に重ねるアナベルの瞳には、炎が宿っている。
「……ありがとう、アドリーヌさん」
「うふふ、こちらこそ。こんなに良い部屋で寝泊まりできるなんて、幸せだわぁ」
 弾むような声に、アナベルはふふっと表情を|綻《ほころ》ばせた。
「いつもは野宿か安いところだものね」
「そうよぉ。ご飯だって、あーんなにたっくさん! おいしくて頬が落ちるかと思ったわぁ」
 アナベルの目が丸くなった。そして、あははっ! と笑い出す。
「あらぁ、食は大事よぉ? 明日も食べられるなんて、贅沢で幸せだわぁ」
 額をくっつけたまま楽しそうに笑うアドリーヌ、アナベルは再び「ありがとう」と小さく伝えた。
 聞こえていても、いなくてもいい。
(――あなたたちがいたから、あたしはあたしでいられた)
 ミシェルが亡くなったときも、大声で泣くアナベルを慰めてくれた。
 自分たちだって悲しかったはずだ。無念だったはずだ。
 だが、彼らはアナベルの感情を優先して、寄り添ってくれた。そのことを思い出し、アナベルの心にぽっと温かな火が|灯《とも》る。
「……ねぇ、アナベル。抱きしめてもいいかしら?」
「え? ええ、いいけれど……」
 ぱぁっと満開の笑みを浮かべるアドリーヌ。頬から手を離して、代わりにぎゅっと抱きしめる。
 アナベルも抱きしめ返した。
「……あのねぇ、アナベル。ミシェルが昔、言っていたのよ。あなたはきっと、なにかを決意しているんだって。その決意があなたを苦しめるかもしれないって。……だから、ね。そのときは……ちゃあんと人を頼らなきゃダメよ?」
「……うん」
 アドリーヌの声はどこまでも優しかった。まるで、甘い綿菓子のように思えて、アナベルは目を伏せてうなずく。
 心配してくれる人がいる。そのことがなぜ……こんなにも心強いのだろう。
「……もしも、すべてが終わったら……話したいわ」
「うふふ、それじゃああたし、がんばって長生きしないとね!」
「そうよぉ、あたしの秘密を知るまで、死んだらダメなんだから!」
 くすくすと笑い合うアナベルとアドリーヌ。
 もう遅いから眠ろう、と誘われてアドリーヌの隣に潜り込む。
 ベッドは二つあったが、同じベッドで眠ることにした。
 彼女に抱きしめられたまま、アナベルはその柔からな感触を|堪能《たんのう》し、甘くて良い香りを吸い込んで小さく息を吐く。
「……アドリーヌさんって、良い香りがするわ……」
「うふふ。香水を集めるのが趣味なのよぉ。パーティーが終わったら、あたしの香水……とっておきのをあげるわねぇ……」
 うとうととしながら、そんなことを話した。
 アナベルは「それは楽しみね……」とつぶやいて目を閉じる。
 ぎゅうっとアドリーヌに抱きしめられながらも、睡魔はすぐにやってきた。
 ――明日はついにパーティー当日だ。
 夜に大勢の貴族が出入りする。
 明日――エルヴィスとアナベルの復讐が幕を開けるのだ。
 そのことを考えると、アナベルの胸は鼓動を早くする。
 ――それでも、アドリーヌと一緒に眠ることで、ぐっすりと深い眠りに落ちることができた。