表示設定
表示設定
目次 目次




第49話 兄弟

ー/ー



「見ないで……龍子(りょうこ)柾樹(まさき)……」

 少女の顔が、悲しみにゆがんだ――

 ウツロとアクタを()らえる(かみ)の力が(ゆる)む。

 星川雅(ほしかわ みやび)は糸が切れたように、その場へ(ひざ)を落とした。

「雅っ、しっかりして!」

「来ないで、龍子……わたし、わたし……」

 真田龍子(さなだ りょうこ)()()るが、星川雅は拒絶(きょぜつ)の言葉を()く。

 いっぽう南柾樹(みなみ まさき)は、ウツロとアクタのほうへ駆けつけた。

「おいっ、お前らも大丈夫か!?」

「柾樹、すまない……」

「ウツロ、この人たちは……?」

 当然ながらアクタのほうは、状況(じょうきょう)がのみこめない。

 彼はいぶかり気味(ぎみ)にウツロへたずねた。

「アクタと別れたあと、俺をかくまってくれた人たちなんだ。手当てを受けて、食事までご馳走(ちそう)してくれたんだよ」

 アクタは言葉に()まった。

 ウツロを助けてくれた人たちだったとは……

 知らなかったとはいえ、(うたが)ってしまった自分が()ずかしかった。

「……そう、だったのか。すまない、その、マサキさん」

「『柾樹』でいいって。それよりお前らのほうが心配だ。あんたがアクタさん、でいいんだよな?」

「『アクタ』でかまわない。俺は大丈夫だから、ウツロを頼む」

「待ってろ、すぐに治療(ちりょう)できるところへ運んでやる。あ――」

 南柾樹にはためらいがあった。

 だが今後のことを考えれば、いまはっきりさせておかなければならない。

 彼はたとえ(おに)と呼ばれようともと、腹をくくった。

「……お前たち、その……兄弟、なんだってな……」

「――!」

 ウツロとアクタはびっくりした。

 なぜこの場にいなかった彼が、そのことを知っているのか?

「柾樹……どうして、それを……」

 ウツロがおそるおそる聞く。

「すまねえ、雅が発信機(はっしんき)を持ってたんだ。で、受信機(じゅしんき)のほうはこっちにあったってわけ。わりいとは思いながら、ぜんぶ聞いちまった。ごめん、(あやま)る」

 事実を()べ、彼は正直な気持ちから、二人に頭を下げた。

「いや、とんでもない。事情(じじょう)が事情だからな、しかたないさ。むしろ礼を言いたいんだ、マサキ」

 アクタは座った体勢(たいせい)から、(うやうや)しく地面に両手をついた。

「おい、よせって! なにやってんだよ!? 俺らは(こと)()りゆきを全部盗聴(とうちょう)してたんだぜ!? 非難(ひなん)されこそすれ、礼なんて言われるいわれなんてねえ! 体に(ひび)くから、頭を上げてくれよ!」

「いや、こうさせてくれ。ウツロが世話(せわ)になったようだ。守ってくれて、ありがとう……」

 痛む体をおして、アクタはさらに深々(ふかぶか)(こうべ)()れる。

「アクタ……」

 南柾樹は複雑(ふくざつ)な気持ちだった。

 彼はまた言おうか言うまいか(まよ)った。

 だがここで自分が逃げては、アクタの矜持(きょうじ)侮辱(ぶじょく)することになる。

 やるしかない――

 そう、心に決めた。

「……こんなこと、言っていいのかわかんねえけど……お前ら、いい兄弟だぜ? アクタ……あんた、最高の兄貴だよ」

 アクタは衝撃(しょうげき)(かく)せなかった。

 いま出会ったばかりのこの男が、ウツロと俺のことを(さっ)し、(なか)を取り持ってくれた――

 なんてやつだ、マサキ……

 彼の頭に浮かぶのは、ひたすらうれしい気持ちだった。

「マサキ……ありがとう……」

 アクタはこぼれる涙を()くのも忘れて、弟を大事にしてくたこの少年に(あつ)く感謝した。

「ウツロ、おめえもな。バカなこと考えるやつだけど、いい弟だぜ? あんまり兄貴の足、()()んなよ?」

 ウツロも同様(どうよう)、いや、アクタとは違い、南柾樹を知っているだけに、()をかけてうれしかった。

 (にく)らしいやつだとばかり思っていたけれど、それは俺が、こいつの(うら)(つら)だけを見ていたからなんだ。

 こんなにいいやつなのに、俺は正直、軽蔑(けいべつ)していた。

 人の気持ちなんてわからない男だと、そう決めつけていたんだ。

 最低だ、俺は――

 すまない、柾樹。

 そして、ありがとう……

「……バカは余計(よけい)だぞ、柾樹……」

 うれしさあまってついウツロは、(にく)まれ(ぐち)(たた)いてしまった。

 実際は感激に()(ふる)えているというのに――

「おい、ウツロ。またヘンな思索(しさく)して、この人たちを困らせたんだろ? バカな弟だぜ、まったく。俺みてえにパーになれって言っただろ?」

「うるさい、アクタ。バカはお前だろ? パッパラパーの兄貴め!」

 現実は現実だ、しかたがない。

 でも、悪くはない現実もある。

 兄弟だった――

 いいじゃないか、それはそれで。

 二人はそんなことを思いながら、()りつめていた心が氷解(ひょうかい)していく感覚を(たが)いに共有した。

 「兄弟」は涙を流しながら、しかし笑顔でじゃれあっている。

 いいねえ、なんだか――

 目の前の楽しそうなやり取りを見つめながら、南柾樹は涙腺(るいせん)(ゆる)ませた。

   *

「雅っ、しっかりして!」

(さわ)んな、豚女(ぶたおんな)……!」

「雅……」

 気づかう真田龍子の手を、星川雅は()退()けた――

(『第50話 あわれみ』へ続く)


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第50話 あわれみ


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「見ないで……|龍子《りょうこ》、|柾樹《まさき》……」
 少女の顔が、悲しみにゆがんだ――
 ウツロとアクタを|捕《と》らえる|髪《かみ》の力が|緩《ゆる》む。
 |星川雅《ほしかわ みやび》は糸が切れたように、その場へ|膝《ひざ》を落とした。
「雅っ、しっかりして!」
「来ないで、龍子……わたし、わたし……」
 |真田龍子《さなだ りょうこ》は|駆《か》け|寄《よ》るが、星川雅は|拒絶《きょぜつ》の言葉を|吐《は》く。
 いっぽう|南柾樹《みなみ まさき》は、ウツロとアクタのほうへ駆けつけた。
「おいっ、お前らも大丈夫か!?」
「柾樹、すまない……」
「ウツロ、この人たちは……?」
 当然ながらアクタのほうは、|状況《じょうきょう》がのみこめない。
 彼はいぶかり|気味《ぎみ》にウツロへたずねた。
「アクタと別れたあと、俺をかくまってくれた人たちなんだ。手当てを受けて、食事までご|馳走《ちそう》してくれたんだよ」
 アクタは言葉に|詰《つ》まった。
 ウツロを助けてくれた人たちだったとは……
 知らなかったとはいえ、|疑《うたが》ってしまった自分が|恥《は》ずかしかった。
「……そう、だったのか。すまない、その、マサキさん」
「『柾樹』でいいって。それよりお前らのほうが心配だ。あんたがアクタさん、でいいんだよな?」
「『アクタ』でかまわない。俺は大丈夫だから、ウツロを頼む」
「待ってろ、すぐに|治療《ちりょう》できるところへ運んでやる。あ――」
 南柾樹にはためらいがあった。
 だが今後のことを考えれば、いまはっきりさせておかなければならない。
 彼はたとえ|鬼《おに》と呼ばれようともと、腹をくくった。
「……お前たち、その……兄弟、なんだってな……」
「――!」
 ウツロとアクタはびっくりした。
 なぜこの場にいなかった彼が、そのことを知っているのか?
「柾樹……どうして、それを……」
 ウツロがおそるおそる聞く。
「すまねえ、雅が|発信機《はっしんき》を持ってたんだ。で、|受信機《じゅしんき》のほうはこっちにあったってわけ。わりいとは思いながら、ぜんぶ聞いちまった。ごめん、|謝《あやま》る」
 事実を|述《の》べ、彼は正直な気持ちから、二人に頭を下げた。
「いや、とんでもない。|事情《じじょう》が事情だからな、しかたないさ。むしろ礼を言いたいんだ、マサキ」
 アクタは座った|体勢《たいせい》から、|恭《うやうや》しく地面に両手をついた。
「おい、よせって! なにやってんだよ!? 俺らは|事《こと》の|成《な》りゆきを全部|盗聴《とうちょう》してたんだぜ!? |非難《ひなん》されこそすれ、礼なんて言われるいわれなんてねえ! 体に|響《ひび》くから、頭を上げてくれよ!」
「いや、こうさせてくれ。ウツロが|世話《せわ》になったようだ。守ってくれて、ありがとう……」
 痛む体をおして、アクタはさらに|深々《ふかぶか》と|頭《こうべ》を|垂《た》れる。
「アクタ……」
 南柾樹は|複雑《ふくざつ》な気持ちだった。
 彼はまた言おうか言うまいか|迷《まよ》った。
 だがここで自分が逃げては、アクタの|矜持《きょうじ》を|侮辱《ぶじょく》することになる。
 やるしかない――
 そう、心に決めた。
「……こんなこと、言っていいのかわかんねえけど……お前ら、いい兄弟だぜ? アクタ……あんた、最高の兄貴だよ」
 アクタは|衝撃《しょうげき》を|隠《かく》せなかった。
 いま出会ったばかりのこの男が、ウツロと俺のことを|察《さっ》し、|仲《なか》を取り持ってくれた――
 なんてやつだ、マサキ……
 彼の頭に浮かぶのは、ひたすらうれしい気持ちだった。
「マサキ……ありがとう……」
 アクタはこぼれる涙を|拭《ふ》くのも忘れて、弟を大事にしてくたこの少年に|厚《あつ》く感謝した。
「ウツロ、おめえもな。バカなこと考えるやつだけど、いい弟だぜ? あんまり兄貴の足、|引《ひ》っ|張《ぱ》んなよ?」
 ウツロも|同様《どうよう》、いや、アクタとは違い、南柾樹を知っているだけに、|輪《わ》をかけてうれしかった。
 |憎《にく》らしいやつだとばかり思っていたけれど、それは俺が、こいつの|上《うら》っ|面《つら》だけを見ていたからなんだ。
 こんなにいいやつなのに、俺は正直、|軽蔑《けいべつ》していた。
 人の気持ちなんてわからない男だと、そう決めつけていたんだ。
 最低だ、俺は――
 すまない、柾樹。
 そして、ありがとう……
「……バカは|余計《よけい》だぞ、柾樹……」
 うれしさあまってついウツロは、|憎《にく》まれ|口《ぐち》を|叩《たた》いてしまった。
 実際は感激に|打《う》ち|震《ふる》えているというのに――
「おい、ウツロ。またヘンな|思索《しさく》して、この人たちを困らせたんだろ? バカな弟だぜ、まったく。俺みてえにパーになれって言っただろ?」
「うるさい、アクタ。バカはお前だろ? パッパラパーの兄貴め!」
 現実は現実だ、しかたがない。
 でも、悪くはない現実もある。
 兄弟だった――
 いいじゃないか、それはそれで。
 二人はそんなことを思いながら、|張《は》りつめていた心が|氷解《ひょうかい》していく感覚を|互《たが》いに共有した。
 「兄弟」は涙を流しながら、しかし笑顔でじゃれあっている。
 いいねえ、なんだか――
 目の前の楽しそうなやり取りを見つめながら、南柾樹は|涙腺《るいせん》を|緩《ゆる》ませた。
   *
「雅っ、しっかりして!」
「|触《さわ》んな、|豚女《ぶたおんな》……!」
「雅……」
 気づかう真田龍子の手を、星川雅は|撥《は》ね|退《の》けた――
(『第50話 あわれみ』へ続く)