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発作

ー/ー



 一言で言うなら質素な空間だった。病室だからと言えばそれまでだが、それ以上に物が少な過ぎる。部屋の中央に置かれたベッドに四つのキャスターがついた移動式の机。それしか置かれていなかった。

 ベッドには吉良の来訪を待っていたかのように、可動式のベッドの背に背中をつけた白坂雪子が座っていた。窓が開いているのか、これまた床と同様ライトグリーンのカーテンを揺らす風が、白坂の長い黒髪を揺らす。

「こん……に、ち、は」

 白坂は何度も唾を飲み込みながら喉奥から言葉を絞り出した。吉良と月岡がじっとしていなければ届かないくらいの極々小さな声。足音を立ててしまえば、掻き消えてしまいそうなほどだった。

 吉良は音を立てないようゆっくりとベッドへ近付くと白坂の顔の前でしゃがみ込み微笑んでみせた。対照的に月岡は扉の側の壁へと背中を預けると、腕を組み仏頂面で鋭い眼光を二人に向けていた。

「すみません、聞きたいことがあってきました。大変だと思うので手短に」

 明らかに研究所で会ったときより体の線が細くなってしまっている。真っ白なシーツの上に投げ出された腕には痛々しい注射の跡がいくつもあり、一本の太い管が点滴と繋がれている。

 だが、それでもやはり他の者と比べて症状は軽い。白坂はまだ吉良の微笑みに弱々しくはあるが笑顔を返せるほどに気力が残っていた。

「……何か、ありましたか?」

 何を聞くか、考えあぐねた末に自然に出た疑問がそれだった。自分でもそんな言葉が出たことに驚き、吉良は慌てて否定した。

「あの、すみません。答えづらい質問をしてしまって、聞きたかったのは、えっと……」

 白坂はポカンと口を開けた。ギラギラと光る黒い瞳が吉良の目から逸らされる。意外な反応に、吉良は掛けようと思っていた言葉を失った。

「大丈夫ですか?」

 そっと伸ばした手が肩に触れる前に、白坂の体が震え始める。一度躊躇い、手を引くと吉良は全身の様子を窺った。

 ひどい寒気でもするようにガタガタと視認できるほどに体の震えが酷くなっていく。呼吸は急に荒くなり、両手で頭を抱え込んでしまった。

 それは、明らかに恐怖だ。吉良の一言が極度に怯えさせる記憶のスイッチを押したように白坂は全身で恐怖を現していた。

「大丈夫ですか!? 白坂さん! しらさ──」

「質問を続けろ、吉良」

 月岡がナイフのように鋭い言葉を投げつける。眉間に皺を寄せ怒っているようにも見えた。

「でも……」

「真相を突き止める。それがお前の仕事だろ。これ以上被害を広げるわけにはいかない。違うか?」

「そうです……が……」

 呻き声が上がる。何かに怯え苦しそうに頭を振っている。目の前の相談者のことを思えばこれ以上、負担をかけるわけにはいかない。

 吉良は俯くと握り拳に力を込め、勢いよく顔を上げた。

「白坂さん……ごめんなさい。何かあったなら教えてください! どんな些細なことでも構いません! 覚えていることを全て!」

 顔が激しく左右に揺れ、黒いロングヘアが乱れた。頭を覆うようにしていた長い両手は耳を覆い、喉の奥底から苦しそうな声が漏れ出る。やがて呼吸も乱れ、荒くなり、手先が痙攣し始める。

 パニック発作か──と慌ててナースコールを押そうとした吉良の手首を枯枝のような手が握り締めた。ゆっくりと目線を上げれば、異様に大きく見開かれた瞳が吉良の顔を覗き込んでいた。

「……病院……病院の、奥、から……」


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 一言で言うなら質素な空間だった。病室だからと言えばそれまでだが、それ以上に物が少な過ぎる。部屋の中央に置かれたベッドに四つのキャスターがついた移動式の机。それしか置かれていなかった。
 ベッドには吉良の来訪を待っていたかのように、可動式のベッドの背に背中をつけた白坂雪子が座っていた。窓が開いているのか、これまた床と同様ライトグリーンのカーテンを揺らす風が、白坂の長い黒髪を揺らす。
「こん……に、ち、は」
 白坂は何度も唾を飲み込みながら喉奥から言葉を絞り出した。吉良と月岡がじっとしていなければ届かないくらいの極々小さな声。足音を立ててしまえば、掻き消えてしまいそうなほどだった。
 吉良は音を立てないようゆっくりとベッドへ近付くと白坂の顔の前でしゃがみ込み微笑んでみせた。対照的に月岡は扉の側の壁へと背中を預けると、腕を組み仏頂面で鋭い眼光を二人に向けていた。
「すみません、聞きたいことがあってきました。大変だと思うので手短に」
 明らかに研究所で会ったときより体の線が細くなってしまっている。真っ白なシーツの上に投げ出された腕には痛々しい注射の跡がいくつもあり、一本の太い管が点滴と繋がれている。
 だが、それでもやはり他の者と比べて症状は軽い。白坂はまだ吉良の微笑みに弱々しくはあるが笑顔を返せるほどに気力が残っていた。
「……何か、ありましたか?」
 何を聞くか、考えあぐねた末に自然に出た疑問がそれだった。自分でもそんな言葉が出たことに驚き、吉良は慌てて否定した。
「あの、すみません。答えづらい質問をしてしまって、聞きたかったのは、えっと……」
 白坂はポカンと口を開けた。ギラギラと光る黒い瞳が吉良の目から逸らされる。意外な反応に、吉良は掛けようと思っていた言葉を失った。
「大丈夫ですか?」
 そっと伸ばした手が肩に触れる前に、白坂の体が震え始める。一度躊躇い、手を引くと吉良は全身の様子を窺った。
 ひどい寒気でもするようにガタガタと視認できるほどに体の震えが酷くなっていく。呼吸は急に荒くなり、両手で頭を抱え込んでしまった。
 それは、明らかに恐怖だ。吉良の一言が極度に怯えさせる記憶のスイッチを押したように白坂は全身で恐怖を現していた。
「大丈夫ですか!? 白坂さん! しらさ──」
「質問を続けろ、吉良」
 月岡がナイフのように鋭い言葉を投げつける。眉間に皺を寄せ怒っているようにも見えた。
「でも……」
「真相を突き止める。それがお前の仕事だろ。これ以上被害を広げるわけにはいかない。違うか?」
「そうです……が……」
 呻き声が上がる。何かに怯え苦しそうに頭を振っている。目の前の相談者のことを思えばこれ以上、負担をかけるわけにはいかない。
 吉良は俯くと握り拳に力を込め、勢いよく顔を上げた。
「白坂さん……ごめんなさい。何かあったなら教えてください! どんな些細なことでも構いません! 覚えていることを全て!」
 顔が激しく左右に揺れ、黒いロングヘアが乱れた。頭を覆うようにしていた長い両手は耳を覆い、喉の奥底から苦しそうな声が漏れ出る。やがて呼吸も乱れ、荒くなり、手先が痙攣し始める。
 パニック発作か──と慌ててナースコールを押そうとした吉良の手首を枯枝のような手が握り締めた。ゆっくりと目線を上げれば、異様に大きく見開かれた瞳が吉良の顔を覗き込んでいた。
「……病院……病院の、奥、から……」