鬼一side
「おお!勇ましいですぞ芦屋殿」
「いやぁ…初めて着たけど、七五三みたいになってないですかね?」
「とてもお似合いですよ。陰陽師と言うよりあなたの気配は神職向きですから」
「神に仕えておるのだからすでに神職でもあるでしょう。芦屋殿さえ良ければ神社庁に登録しませんか」
「えへへ、ありがとうございます。流石にそれはなぁ。公務員は副業禁止だし、プロの人には敵わないですよ」
「芦屋殿は真面目ですな」
「我らははあの後酒盛りしましたしな」
「清め酒になりましょうや」
「さもありなん」
わはは!と神職の爺さんたち、そしてそれに囲まれた真幸から笑いが起こる。
昨日来た時にはどうなるかと思ったが…和やかな雰囲気だ。
地方出身の俺や鈴村は痛いほどわかっているが、年配者は癖の強い奴が多い。地方に行けば行くほどそれは強くなる。
ましてや相手は社会的地位もある人物となれば俺たちみたいな輩は警戒するだろう。
初対面では揃って睨みを利かせていた爺さん達と、時間をかけて丁寧に話して打ち解けたのは真幸の手柄だ。
端から真幸に対して警戒を投げつけていたが……本人はケロッとしていた。
――「霊力はあるようですが…そのように溢れさせて枯渇したらどうなさるのですか」
「何で俺が悩んでることがわかるの?すごい!どうやって抑えてるのか、プロの人に教えてもらいたいです」
「我々はすでに四半世紀は神宮で勤めている。この世界に入って半年程度の子供が神職の何某を理解できているのか」
「そんなに長く勤めてるのかぁ。俺も長年やればそうなれるかな。初心者の俺には難しくてわからない事があって、素人なりに考えたのが……」
──と若干わざとらしさはあるものの、オーバー気味のリアクションの方がわかりやすく、理解されやすいとよく知っているようだった。
昔取った杵柄だと言っていたが、裏公務員間ではあまりそう言う姿を見たことはない。
会話の緩急で相手を飽きさせず、特に緩めるのが上手かった。
問題を丸投げじゃなく自分のやってる事を伝えて、相手がアドバイスしやすいように工夫されてる会話。殆んど素に近いように感じたが、演技にも見えて正直俺には判別がつかなかった。
あいつは本来優しくて甘えん坊じゃないのかとは思う。甘え慣れてないものの、颯人様には甘えられているようだ。気が強いところもあるが、煽ってもそれを受け流す年寄りのような部分もある。
俺や鈴村みたいにあいつの琴線に触れなければ、だが。
昨日の晩にどうにかして鈴村とも話ができたようで、寝て起きたら仲良しになっていたのは驚いたな。鈴村の口の悪さは影形もなくなった。
憎まれ口を好意に変えられる奴を無碍に出来るはずもない。俺のやった事がいかに罪深いのかを実感している。真幸に無理させて、厳しい態度を取らせていたのは俺自身だった。
肩の力が抜けた様子で、朝からずっと笑顔が絶えない真幸を見ていると、俺までつられて笑っちまう。
俺たちは現在、鹿島神宮奥地の|御手洗池《みたらいいけ》前に集合している。
本殿で奏上した真幸の祝詞に神が応えず、先に県内の浄化を行う事になった。
真幸の祝詞に問題があるんじゃなく、神が|座《ざ》していない。つまり、留守なんだ。
神というのは|社《やしろ》に常駐しているわけではなく、方々を見て回っている事が多い。祝詞を聞けば大体戻ってきてくれるのが本来だ。
神が戻って来ないと言うことは…戻れない事態が起きている。かなり危ない状況になりつつあるって事だ。
颯人様もスクナビコナも顔色が悪い。
厳しい顔のままで浄衣に着替えた真幸を眺めている。
「さて。大祓祝詞の後に|六根清浄大祓《ろっこんしょうじょうおおはらい》でいいんですね」
「はい。芦屋殿は祝詞をマスターされておるのですか?」
「覚えてはいます。毎朝練習してるけどなかなか一発では颯人の合格はもらえてないから……まだまだ勉強中ですよ。
今日は神職さん達がいてくださって本当に心強いです。よろしくお願いします!」
真幸が頭を下げ、それに応えて『はい』と揃った声はやけに嬉しそうだ。神職たちがやる気満々で方々へ散っていく。
神社の境内に大きく五芒星を描き、その頂点に配された神職と協力して県内全域を浄化する。本職の奴らを立てつつも未経験の仕事を盤石に終わらせるため、朝から夜まで会議してきっちりまとめたのには驚いた。
あれは俺や鈴村無理だ。社会人経験がねぇし、腹が立つ言葉を投げられたら頭にきちまうからな……。
|浄衣《じょうえ》姿の真幸がやってくる。陰陽師といえばの服装だ。
伸びた髪をサイドに流して、元々眉山のない優しげな顔が柔らかく微笑みをたたえている。
改めて見ると、こいつ理想の陰陽師像そのままじゃないか?眉山がなく、眦が柔らかく、首が細くて長いってやつだ。やっぱ素質があったんだな。
「鬼一さん、どーお?」
「似合ってるぞ。スーツより和服の方がいいな」
「へへ、そうなのかな。着物は初めてなんだ。着るのが難しくて驚いたよ」
「そうか。今後も着るんだから後で教えてやる」
「ありがとう」
「…………」
俺の横で無言のまま、顔が真っ赤になってる鈴村。こいつ、朝からずっとこうだ。
朝は颯人様に抱かれて眠る真幸をじっと見ていたし、散歩の間もそうだった。目線が真幸から動かねぇし、完全にほの字だろ…これは。
何があったか知らんが、下級霊を四散させるほど元気な姿を見るとただ励ましたんじゃないとわかる。前日までの腐った様子の変わりようには驚いた。
「妃菜は?何か言ってくれよー」
「はっ…えーと、えぇと…」
「鬼一さんが言うように今後も着物着る機会があるだろうし……どう?」
「似合ってる!…すごく、イイで……」
「妃菜もそう言ってくれるなら大丈夫かな。なんか顔赤いけど大丈夫か?」
「気にせんといて!……キャパ超えたわ」
首を傾げた真幸を見て鈴村が顔を覆っちまった。気持ちはちっとわかりはする。こいつは自分の魅力をわかってない。
初日にモサイと思っていた真幸は、再開した時には驚くような成長を遂げていた。
部署の中で所在が不明なエースなんかすでに存在感はない。血脈由来が覇者の王道だった陰陽師の常識が塗り替えられようとしている。
俺的にはまだ、血の力があるんじゃないかと思ってはいるがな。流石に何の地盤も無しに、最初から颯人様の依代になんかなれる訳もない。
だが、何もないはずの真幸を見ているとその理屈が大層くだらないものに見えてくる。
出先で助けてもらった奴は数え切れない。裏公務員の任務失敗で交代するのはいつも真幸だ。尻拭いばっかりしてるあいつの信奉者が増えつつある。
伏見の態度もあきらかに他の奴とは違う。敬語を使い続けてるのは真幸だけ、電話なんぞワンコールで必ず応答してる。伏見がここまで手を尽くす営業なんぞ存在しなかった。
いつも冷たい笑みを浮かべていた奴が、飲み会の時にしていた好意全開の目が忘れられん…。
真幸の見た目が変わったのは印象が変わったからだとは思う。任務をこなしてきた経験が、颯人様の与える修練が立ち居振る舞いを変えている。
それに、神職たちが言うように真幸の気配は最初から神力が混じった神聖なものだった。清浄なものは冷たいのが常だがこいつのは暖かい。心根と同じなんだろう。
俺は、そんな真幸に憧れた。どうしても認められたくなっちまったんだ。こんな事は初めてだったし、何をすればいいのか分からなかった。
連絡先も知らず、知っていたとしても初任務で酷い目に遭わせた俺と親しくできるはずもなく。……俺が繋がっているのは仕事のノルマアプリだけだった。
真幸に俺の仕事を見てもらうには、ノルマを超えればいやでも目につくだろうと。邪な望みを抱いて休みを減らして必死で働いた。今までやっていたぐうたら生活よりキツい筈なのに、がむしゃらにやって仕事に結果が出て……心が楽になった。
俺の望みとは別で、真幸は俺の仕事を見てくれていた。『また一緒にやろう』と言われた事が本当に嬉しかった。
凛とした立ち姿には惚れ惚れするぜ。
長い袖を捌く動作も様になっている。
普段黒ばかり着ているから白に包まれてますます神々しく見える。
俺の憧れる奴は非常にわかりやすく俺の理想を貫いている。ありがたい事だ。
「妃菜、本当に大丈夫か?結界補助できそう?」
「やる。私はバフの方が得意なんや」
「お、じゃあ頼りにしてます。」
「うん…」
「真幸こそ大丈夫なのか?朝練で霊力すっからかんになってただろ」
「大丈夫。回復が早いんだよ俺」
「そうか…」
無線から神職たちが予定配置に到着、と報告が入る。思わず浮き足立ってしまう。こんなでかい仕事、初めてだからな。
さぁ、前代未聞の広域浄化の始まりだ!
━━━━━━
池のほとり、湧き水に浸かった鳥居の前で真幸が息を吸って、吐いてを繰り返す。
死気を生気に転じ、祝詞の効果を増すためにやってんだよな。
あんな基本でさえ、俺は教えられなかった。それを知らなかった真幸は既に、遙か先を歩いている。
朝の一発目から大いに当てられた鳥居祓、大祓祝詞が始まった。
普段話している音よりも数段高いその声が朗々と響き渡り、空気を揺らして広がって行く。
練習の時とは違う。最初から真幸はゾーンの中だ。本番に強いタイプか。
真幸の言霊が神社全域に届くと、そこから神職たちの言霊が返ってくる。
全てがここに収束して、目の前の白い鳥居と一つになった。
祝詞の文言一つ一つが耳の奥まで突き刺さり、頭痛までして来る。冷や汗が止まらねぇ。
風が止み、真幸の頭上にある空の雲が割れ始めた。
薄曇りの空、灰白の雲は輪を描いて徐々に大きく青い空色を広げていく。真幸の声が、天上まで届いたんだ。
燦々と降り注ぐ陽の光の中で、真幸が顎から雫を垂らして汗だくだ。
朝は抑えていた霊力の扉を開きっぱなしにしてるんだから仕方ない。……保つだろうか…。
(鬼一、鈴村。祝詞の合間に柏手を打て。宣りは心中でやるように)
((はい))
颯人様からの念通話を受けて頷く。
真幸は二柱を顕現したまま、さらに翻訳、念通話の術を保ったままでいる。
霊力は命そのものだ。空っぽになれば普通は死に至る。朝練で霊力がつきかけた時は本気で焦ったが、颯人様の目線に抑えられて動けなかった。
そして、真幸は|斃《たお》れなかった。霊力が多いだけでは説明がつかない。おそらく、勾玉を下されているんだ。
大祓祝詞が終わり、真幸が90度に腰を折って拝し、俺たちは柏手を打つ。
横にいる俺たちにも見えるように真幸が微笑む。念通話には混じらないように呟いた真幸の小さな声が聞こえた。
『一人じゃないって、本当にいいなぁ』
胸が苦しくなって、片手で胸元を握りしめる。真幸の過去を思うと、切なくて仕方ない。
「山彦」
「はい」
しゃん、と錫杖の音が鳴って山彦が姿を現す。
三柱目の顕現…。冷や汗が出てくる。二人は柏手を打ち、山彦と真幸が手を繋ぐ。
何も喋っていないのに動きが完全に同調している。山彦の役割は真幸の力の増幅に補助か。妖怪の特性がこんな風に生かされるとは驚いたな。
「「|天照皇大神の宣はく《あまてらしますすめおおがみののたまわく》」」
六根清浄大祓が始まった瞬間、山彦と共に真幸の体が溜まっていた力を吸い込んで、|金色《こんじき》の光を放ち始めた。
髪も、顔も、浄衣まで染まった輝くそれが山彦によって増幅され、地面を伝っていく。
波のように大きく|唸《うね》り、波紋のようにして広がりゆく|黄金色《こがねいろ》。
太陽よりも強いその輝きに触れて、目から勝手に涙が溢れてくる。
大地に立つ足の裏から光の粒が俺たちへ染みていく。
大地を染めた金の光は胸の中にまで到達して…暖かさを、優しさを感じさせる。それが心を締め付けて、心臓が悲鳴をあげている。
まるで、幼子のように泣き叫びたい心地なんだ。自分自身が丸裸にされて、無垢な子供になってしまったような気になる。
「なんや…何やのこれ…」
「しっ。口を開くな」
堪えきれなかった鈴村が呟き、それを嗜めるが足が震えて立っていられない。
光に完全に包まれて全身から力が抜け、へたり込んだ。
目を閉じたまま胸に手を当てた真幸から人の気配が消えた。
あいつの胸から広がっているのはスクナビコナの神力だ。シャボン玉のように透明な球体が体を包み、しばらくののち、燃え盛る炎が腹から生まれてそれが全身に広がる。これは颯人様の神力だな…。
やはり、勾玉を下されている。しかも二柱両方にだ。
──|人は則ち天下の神物なり《ひとはすなわちあめがしたのみたまものなり》
|須らく《すべからく》|掌る静謐心は《しづまることをつかさどるこころは》|則《すなわち》
|神 明《かみとかみとの》の|本主たり《もとのあるじたり》
|心神を傷ましむること《わがたましいをいたましむること》|莫れ《なかれ》|是の故に《このゆえに》
|目に諸の不浄を見て《みにもろもろのふじょうをみて》
|心に諸の不浄を見ず《こころにもろもろのふじょうをみず》
|意に諸の不浄を思ひて《こころにもろもろのふじょうをおもいて》
|心に諸の不浄を想はず《こころにもろもろのふじょうをおもわず》
|此の時に《このときに》|清く潔き偈あり《きよくいさぎよきことあり》
|諸の法は影と像の如し《もろもろののりはかげとかたちのごとし》|清く潔ければ《きよくきよければ》
|仮にも穢るること無し《かりにもけがるることなし》|説を取らば得べからず《ことをとらばうべからず》
|皆花よりぞ木実とは生る《みなはなよりぞこのみとはなる》 |我が身は則ち《わがみはすなわち》
|六根清浄なり《ろっこんしょうじょうなり》――
…真幸の宣は続く。
六根清浄は、人の心にも神が宿っている。人は神と同じ命である、故に正しく清く生きねばならぬ、と説いて教える説法の筈だ。
だが、俺の心には別のものとして真幸の言葉が伝わってくる。
あなた達は人の心に宿り、社に坐して辛苦を共にし、|輔《たす》け、優しく支えてくれる。
汚いものを見ても本質を見極め、心に憎しみが触れてもそれを省みない。
すべての事柄は泡沫であり、それは見る者によって形を成すと知っているから。
神様が、眷属が心で見たものは全て清いはずだ、あなた達の心こそが清いものであるから。
憎しみは心に宿らない。それを覚える事のないあなた達はすべてを赦し、愛してくれる存在だから。
何を見ても、聞いても、心が自分のものである事を忘れないで。
思い出して欲しいんだ、全てを。
花のように美しい心を持った神様が、憎しみに囚われているはずがない。堕ちたりなんかしない。
そう思うだけで、すぐに元の姿に戻れるよ。大丈夫……確固たる自分という実りを、あなた達は既に掌中に収めているはずだ。
長い時を経ても変わらず、人の世を見守ってくれていたみんなに会いたい。どんな顔をしてるのか、どんな姿なのか、どんな声なのか教えて欲しい。
戻ってきてくれ。俺のもとに。
本当の姿で会いたいんだ。
あなた達なら、必ずできる。
── |為す所の願いとして《なすところのねがいとして》|成就せずといふことなし《じょうずせずということなし》
|無上霊宝《むじょうれいほう》|神道加持《しんとうかじ》──
祝詞を唱え終わった真幸から静かに一陣の風が広がり、ふわふわと踊る袖がおさまる。
金色の光が消えて、しん…と音がなくなった。
真幸の命は今、俺たちと違う場所にいるんじゃないのか?人としての気配ではないんだ。
いや、大祓の後からそうだった。世界と隔離された場所から、遥かな高みから真幸は呼びかけていた。
颯人様が真幸に駆け寄り、魚彦と山彦が消える。倒れこむ真幸を抱き抱え、二人が微笑みを交わす。
顕現を維持できなかったか…。抱えられた真幸がうめき、口を抑えた。
「よい、|我が清む《我が清めてやる》」
「……っ…」
翻訳の術も解けてるようだ。颯人様の口調がわずかに変化している。
颯人様の胸元で吐いた真幸がむせて咳き込む。
震える背を撫でて、穏やかで柔らかく、慈しむような眼差しで見つめている。神様らしいといえばらしいが、あれは真幸にだけ適用されるものだ。
俺はそれを既に知ってる。朝から散々颯人様があの顔してたからな。
寝ている真幸の頬を撫でて、首筋に、耳に触れて……。いや、この回想は良くない。やめよう。
『鬼一は何も見ていない、聞いていない。そうだろう?』
って言われたからには口を噤むしかない。タバコでも吸ってなきゃやってられんくらい甘い空気だったが……俺は何も見てない、聞いてないからな。
「|良くやり遂げき《良くやり遂げたな》。真幸は無事に県内全域を潔めた」
「はぁ…そりゃ良かったよ。スーツ…汚しちまった。ごめん」
「何の事は|あらぬ《ない》。暫し休め」
「うん…颯人、あとは頼む…」
「応」
真幸が目を閉じると全ての音が一斉に戻って来た。さわさわと木の枝葉を渡る風が突然復活して、頬を撫でて行く。
空の雲は割れたまま輪の形に広がり、遠くまでその波紋を広げている。
茨城県は6097キロ平方メートル。祝詞がその端まで届いただろう。神宮周辺の不穏な気配は綺麗さっぱり消えて空気が澄み切ってる。
こんな広範囲の浄化を成功させるなんて、伏見でさえ出来るか怪しいレベルだ。
……どこまで規格外なんだ真幸は。
ふと、自分の体が震えていることに気づいた。
真幸を…畏れている。
あまりにも清くて、強い真幸が怖い。――あいつは本当に人間なのか?
「あれは、あれは……真幸よね、神さんやない…」
鈴村が震えて、歯の根があっていない様子で言葉を捻り出している。俺と同じ事考えてたんだな。
「絶しなかったな、根性あるじゃねぇか」
「気絶なんかできるわけないやろ!あんな、あんな言霊聞いて、頭おかしくなりそうやわ!ひ、人が発するもんやない…あれは」
「そうだな。真幸はどんどん人を離れていくな……」
二人して地面に座ったまま膝を抱え、真幸を抱きしめて幸せそうに微笑む颯人様を眺めた。
━━━━━━
「えーーーーーと、ごめん、もう一回頼む」
「右から各山神、火の神、水の神、海の神、護国の英霊たちと眷属の妖怪ども、それから…」
「オレ、|武甕槌神《タケミカヅチ》ってんだ!軍神、雷神、地震と剣の神も務めてるんだぜ。こいつは俺と共に捕えられていた|なゐ《ない》ふりの神だ」
「皆んなはじめましてだな……鹿島神宮の主であるタケミカヅチもやっぱり捕まってたのか。て言うかすごい数なんだけど。どうなってんだこれ」
「真幸が|招《よ》んだからだ。浄化された者たちは皆ここにきてるんじゃねぇか?」
「……なんか、ごめん…」
鹿島神宮本殿の中、床の間に颯人様が座り、抱えられた真幸がしょんぼりしている。二人とも衣服を着替えて着流し姿になり、真幸の体には颯人様の羽織がかけられてる。……姫扱いだな。
翻訳の術も復活したって事は真幸も復活したってことだ。
神職たちは右往左往しながら集まった奴らを整理して、順番に真幸と目合わせしてやっていた。
県内全域を|卜占《ぼくせん》で見たが、完璧に浄化されて県内の神々や妖怪たちが押し寄せてきている。リストにあった奴らは全員ここに来てるんだ。占うまでもないが、一応な。
あまりの人数が本殿にやって来たもんだから卜占の道具を慌ててかき集め、俺と鈴村は部屋の隅っこに押し込められていた。
「タケミカヅチは何に捕えられておったのだ」
「ツーン」
「お前……我を忘れたのか」
「ツーン」
「…貴様…」
「颯人、落ち着けって。タケミカヅチはどうしたんだ?颯人を知ってるだろ?」
真幸に話しかけられて、破顔したタケミカヅチ。
立派な|顎鬚《あごひげ》を蓄えて、額が露出して髪の毛が炎のようにぼさぼさと逆立っている。見た目だけなら雷神風神に似てるな。浅草寺のあれに。
顔立ちは涼やかでスッキリした感じだから違うものに見えるが。
なゐの神はふっくらした頬、公達みたいな麻呂眉、真っ直ぐ切り揃えたおかっぱ頭。目玉が大きくてギョロついてる。朝のテレビ番組でよく見る「おじゃるー」が口癖のあいつに似てるな。
ニコニコしながら二柱ともヤンキー座りして…あれは神のスタンダードなのかもしれん。
「オレは真幸と契約してぇ。みんなを助けてくれたお前と共に行きてぇんだ」
「へぁ?え?なんで??」
「お前は俺たちを端から疑わず『自分を取り戻せ』と言った。会ってもいねぇ俺たちを敬ってくれた。怒るんでも嗜めるんでもなく、全幅の信頼をくれたんだ。
そんな奴に惚れねぇ方がおかしいんだよ。なゐの神も連れてって欲しいとさ」
「せやでぇ!ワイは地震の神やから必要になると思うで!今がお得やで!!」
「あの、お気持ちはありがたいんだが、俺はすでに三柱抱えてまして」
「三も五も同じだろ?いけるいける」
「せやな!二、三日寝込むかもしれんが」
「いやいやいや、まだ仕事あるんだから駄目だよ。ここに居るみんなが困ってたのは、あなた達を捕えてた奴の影響だったんだろ?」
「そうだな…根本解決には親玉を叩かんとな。真幸の宣が届かねぇのかもな、相手は大妖怪だからよ」
「大妖怪?親玉って誰?」
「|茨木童子《いばらきどうじ》と|夜刀神《やとのかみ》。解説を連れてきたぜ。|麻多智《またち》はわかるか?」
「な、なんとか」
聞き捨てならない単語が出てきたぞ。
妖怪たちをかき分けてタケミカヅチへ慌てて駆け寄る。
「あ、あの!ヤトノカミとお聞きしました!」
「お、末端の依代がいるな。お前も聞くか?」
「はい!」
俺に降りたヤトノカミは茨城県の妖怪由来の神だ。それが関わっているなら、何が何でも聞かねばならん。
「やぁやぁ、お邪魔いたしますぞ!」
快活な様子の男がやってくる。麻多智と呼ばれる男は奈良時代の豪族だ。絵姿には残っていないが、戦上手の歴史を残している。
中国の|兵馬俑《へいばよう》で見る甲冑を付けて、見るからに武人の出立ちだ。
「|箭括 麻多智《やはずのまたち》と申す。私が神として|奉《たてまつ》ったヤトノカミが悪さをしてしまい、申し訳ない」
「|常陸国風土記《ひたちのくにふどき》の麻多智さんだよな。俺は芦屋真幸です。詳しくお話を…」
「真名を芦屋真幸、オレの神力を与え主とする」
「あっ!ワイも!!!よろしくな!!」
「えっ!?ちょ、嘘だろ!?…ぁ…」
一瞬の隙をつかれ、契約がなされてしまった…。真幸が本日2度目の気絶を果たしている。
…大丈夫じゃないな、こりゃ。
颯人様の立ち昇る殺気を目にして、背筋に冷や汗を流しながら俺は瞑目した。