そして始まる、私たちの物語! 3話
ー/ー レームクール邸が完全に見えなくなってから、私は前を向く。
レオンハルトさまが優しい瞳で見ていたことに気付いて、思わず顔を赤くさせた。
――この感覚、慣れる日はくるのかしら?
「エリカ。……大丈夫ですか?」
「……ええ。永遠の別れではありませんもの」
それでも、両親のもとから巣立つのは、寂しさを感じてしまう。
「ゆっくりとフォルクヴァルツに向かうルートなので、ついでにいろいろな場所も見ていきましょう」
私に気遣ってくれているのかな? と思ったけれど、考えてみれば彼はフォルクヴァルツ辺境伯。
自分の治める領地や周りの領地を、見て回りたいのかもしれない。
「それは楽しみですわ」
「結婚前に、エリカのことを領民たちに知らせておきたいですし……」
私のことを、知らせておきたい? と目を数回瞬かせた。
すると、レオンハルトさまはなにかに気付いたように、すっと視線を馬車の外へ向ける。
思わず同じ方向に視線を移すと――な、なにあれ!?
「……うーん。一度、ここで止まりましょうか」
「は、はい……」
御者に馬車を止めてもらう。
人が少ないとはいえ、街道に……どうして彼女がいるの!? しかもなんか、怖いんですけど!?
どうやって塔から抜け出したのか、こちらを血走った目で睨んでいるのを見ていると、乙女ゲームではなくホラーゲームに転生したと言われても納得しちゃうわよ!?
馬車が止まったことにより、彼女――アデーレが近付いてきた。
レオンハルトさまはバンッと勢いよく扉を開け、馬車を降りて彼女に向かっていく。
「レオンハルトさま!」
思わず叫ぶ。
そ、そうだ、懐剣!
使い方を教わっていないけれど、近付いてきたら振り回そう。そう思って、私も馬車を降りて彼の背中を追った。
「――どうしてそんなに、エリカを狙うのですか?」
アデーレは男爵家の令嬢だ。そんな彼女がレオンハルトさまと戦えるはずないだろう。
私に気付いたアデーレが、すごい形相でこちらに走ってくる。だけど、あまりにも呆気なく彼女は捕まった。手首を掴まれて、アデーレが暴れている。
ぎゅっと懐剣を握りしめて、レオンハルトさまの隣に立った。
「どうしてっ! ダニエルルートに入ったのにっ! あんたのほうが幸せそうなのよっ!」
彼女がそう叫ぶ。……やはり、彼女は転生者なのだ。
「――私が幸せだと、あなたになにか不都合があるの?」
ピタリと暴れるのをやめ、こちらを睨むように見上げるアデーレに問いかけた。すると、彼女は表情を歪めて、笑う。
「当然でしょう! わたくしは『エリカ・レームクール』が大嫌いなのだからっ!」
きっと彼女は、乙女ゲームの中の私を嫌っているのだろう。
だって、嫌われるほど彼女に関わっていない。
レオンハルトさまは「なにを言って……」と眉根を寄せた。
「ゲーム内で、あなたがどれだけわたくしに酷いことをしたと思う!? 断罪されて当然のことを、していたのよっ!」
「ゲーム……?」
「この世界はわたくしのもの! わたくしが幸せになるための場所っ! 『エリカ・レームクール』は不幸になるべき存在なのよっ!」
声を高らかにそんなことを口にするアデーレに、頭が痛くなった。ゲーム内の『エリカ・レームクール』と、この世界の『エリカ・レームクール』は同一人物ではないの。
「アデーレさま。この世界は、誰のものでもないでしょう。私たちはこの世界で生きているのだから、一人だけのために、世界は成り立たないわ」
懐剣を握りしめたまま、淡々とした口調でそう伝えると、彼女はギロリと睨みつけてきた。
――大丈夫、怖くない。
「あなたは、きちんと『私』を見てくれていたかしら?」
ダニエル殿下の婚約者だった頃、私はあなたに近付かなかった。ゲームの『エリカ・レームクール』がしてきた悪事に、手を染めなかった。それだけでも、わかるでしょう?
私が――この世界の、『エリカ・レームクール』が、断罪される理由がないことを!
「う、るさい、うるさいっ、わたくしは、この世界の主人公なのよ!」
「……彼女、錯乱しているのですか?」
アデーレと私の会話を聞いていたレオンハルトさまが、困惑したようにこちらを見る。
私は彼女が正気だと理解しているけれど、レオンハルトさまにとってはそう思えるわよね。
「――ええ、おそらく。私、アデーレさまとはあまり会話したことありませんし、ここまで憎まれているなんて、悲しいですわ」
レオンハルトさまから見えないように、さっとうつむく。
アデーレはぶつぶつとなにかをつぶやいている。耳を澄ませると、「そんなはずない、わたくしが主役、幸せになるのはわたくし」と聞こえてきた。
「レオンハルトさま、アデーレさまはこのまま拘束してくださいますか?」
「え? は、はい」
私に手出しができないように、きつく彼女の身を拘束するレオンハルトさま。
彼女に近付いて、耳元でささやく。
「――あなた一人がヒロインだと、思わないことね」
この世界で生きている一人一人が、ヒーローでヒロインなのだから。
私の言葉に、アデーレは弾かれたように顔を上げて、悔しそうに表情を歪め、がくんと項垂れ涙を流した。
その後、塔から抜け出した彼女を探しにきていた城の騎士たちに引き渡す。
どうやって塔を抜け出したのかわからなかったけれど……、彼女の執念を感じてぞっとした。
「……エリカ、震えていますよ」
レオンハルトさまに言われて、自分が震えていることに気付いた。……怖くはない、と思ったのに。凛とした姿をアデーレに見せつけて、ゲームの『エリカ・レームクール』ではないことを示したくて……
「情けない姿を見せてしまいましたね」
眉を下げて微笑むと、レオンハルトさまはそっと私の頬に手を添えた。
人が少ないとはいえ、ここは街道。ちらちらとこちらを窺うような視線を感じながら、彼と視線を交える。
「……馬車に戻りましょう」
「え、ええ」
頬に添えた手を離し、代わりに手を握るレオンハルトさま。彼に引っ張られるように歩き、馬車に乗り込んで、背もたれにもたれかかった。
今頃、バクバクと心臓がうるさい音を立てていることに気付き、目を閉じて何度も深呼吸を繰り返していると、レオンハルトさまが
「隣に座っても?」と尋ねてきたので、「は、はいっ」と反射的に答える。
背もたれから背中を離し、きちんと座ろうとしたけれど「そのままで良いですよ」と優しく声をかけられた。
私の隣に座り、御者に合図を送るレオンハルトさま。
馬車は再び走り出す。動き出してから、そっと私の頬に手を添えて「大丈夫ですか?」と心配そうに眉を下げて聞いてきた。
「ええ、平気ですわ。レオンハルトさまも、大丈夫でしたか?」
「オレはまぁ、慣れているので。彼女の爪がちょっと当たったくらいなので、平気ですよ」
「爪が? き、傷になってはいませんか?」
私が傷を見せてほしいと何度もお願いすると、根負けしたレオンハルトさまが手を見せてくれた。アデーレの爪で引っ掻かれたようで、じんわりと血がにじんでいる。
慌ててハンカチを取り出して、レオンハルトさまの手に巻き付ける。
「――ごめんなさい、レオンハルトさま。私のせいで……」
明らかに、アデーレの狙いは私だった。
私のせいで怪我を負わせてしまったことが心苦しい。
しゅんとした私に、レオンハルトさまがこつん、と額を重ねた。
「――ありがとうございます、エリカ」
「……え?」
お礼を言われる覚えがなくて、戸惑って声が震えてしまった。レオンハルトさまは目を細めると、添えていた手とは反対方向の頬に唇を落とす。
「れ、レオンハルトさま?」
一気に体温が上昇した気がする。
絶対に今の私、顔が真っ赤だわ!
彼のことになると一気に赤くなっちゃうのはなんでなの!? いや、それほど好きになったということなんだろうけれど……!
「オレのことを心配してくれたのが、嬉しくて。好きな人に心配されるというのは、こんなにも心が、満たされるものなのですね」
「――……ッ」
レオンハルトさまが本当に嬉しそうに微笑んでいるから、なにも言えなかった。
レオンハルトさまが優しい瞳で見ていたことに気付いて、思わず顔を赤くさせた。
――この感覚、慣れる日はくるのかしら?
「エリカ。……大丈夫ですか?」
「……ええ。永遠の別れではありませんもの」
それでも、両親のもとから巣立つのは、寂しさを感じてしまう。
「ゆっくりとフォルクヴァルツに向かうルートなので、ついでにいろいろな場所も見ていきましょう」
私に気遣ってくれているのかな? と思ったけれど、考えてみれば彼はフォルクヴァルツ辺境伯。
自分の治める領地や周りの領地を、見て回りたいのかもしれない。
「それは楽しみですわ」
「結婚前に、エリカのことを領民たちに知らせておきたいですし……」
私のことを、知らせておきたい? と目を数回瞬かせた。
すると、レオンハルトさまはなにかに気付いたように、すっと視線を馬車の外へ向ける。
思わず同じ方向に視線を移すと――な、なにあれ!?
「……うーん。一度、ここで止まりましょうか」
「は、はい……」
御者に馬車を止めてもらう。
人が少ないとはいえ、街道に……どうして彼女がいるの!? しかもなんか、怖いんですけど!?
どうやって塔から抜け出したのか、こちらを血走った目で睨んでいるのを見ていると、乙女ゲームではなくホラーゲームに転生したと言われても納得しちゃうわよ!?
馬車が止まったことにより、彼女――アデーレが近付いてきた。
レオンハルトさまはバンッと勢いよく扉を開け、馬車を降りて彼女に向かっていく。
「レオンハルトさま!」
思わず叫ぶ。
そ、そうだ、懐剣!
使い方を教わっていないけれど、近付いてきたら振り回そう。そう思って、私も馬車を降りて彼の背中を追った。
「――どうしてそんなに、エリカを狙うのですか?」
アデーレは男爵家の令嬢だ。そんな彼女がレオンハルトさまと戦えるはずないだろう。
私に気付いたアデーレが、すごい形相でこちらに走ってくる。だけど、あまりにも呆気なく彼女は捕まった。手首を掴まれて、アデーレが暴れている。
ぎゅっと懐剣を握りしめて、レオンハルトさまの隣に立った。
「どうしてっ! ダニエルルートに入ったのにっ! あんたのほうが幸せそうなのよっ!」
彼女がそう叫ぶ。……やはり、彼女は転生者なのだ。
「――私が幸せだと、あなたになにか不都合があるの?」
ピタリと暴れるのをやめ、こちらを睨むように見上げるアデーレに問いかけた。すると、彼女は表情を歪めて、笑う。
「当然でしょう! わたくしは『エリカ・レームクール』が大嫌いなのだからっ!」
きっと彼女は、乙女ゲームの中の私を嫌っているのだろう。
だって、嫌われるほど彼女に関わっていない。
レオンハルトさまは「なにを言って……」と眉根を寄せた。
「ゲーム内で、あなたがどれだけわたくしに酷いことをしたと思う!? 断罪されて当然のことを、していたのよっ!」
「ゲーム……?」
「この世界はわたくしのもの! わたくしが幸せになるための場所っ! 『エリカ・レームクール』は不幸になるべき存在なのよっ!」
声を高らかにそんなことを口にするアデーレに、頭が痛くなった。ゲーム内の『エリカ・レームクール』と、この世界の『エリカ・レームクール』は同一人物ではないの。
「アデーレさま。この世界は、誰のものでもないでしょう。私たちはこの世界で生きているのだから、一人だけのために、世界は成り立たないわ」
懐剣を握りしめたまま、淡々とした口調でそう伝えると、彼女はギロリと睨みつけてきた。
――大丈夫、怖くない。
「あなたは、きちんと『私』を見てくれていたかしら?」
ダニエル殿下の婚約者だった頃、私はあなたに近付かなかった。ゲームの『エリカ・レームクール』がしてきた悪事に、手を染めなかった。それだけでも、わかるでしょう?
私が――この世界の、『エリカ・レームクール』が、断罪される理由がないことを!
「う、るさい、うるさいっ、わたくしは、この世界の主人公なのよ!」
「……彼女、錯乱しているのですか?」
アデーレと私の会話を聞いていたレオンハルトさまが、困惑したようにこちらを見る。
私は彼女が正気だと理解しているけれど、レオンハルトさまにとってはそう思えるわよね。
「――ええ、おそらく。私、アデーレさまとはあまり会話したことありませんし、ここまで憎まれているなんて、悲しいですわ」
レオンハルトさまから見えないように、さっとうつむく。
アデーレはぶつぶつとなにかをつぶやいている。耳を澄ませると、「そんなはずない、わたくしが主役、幸せになるのはわたくし」と聞こえてきた。
「レオンハルトさま、アデーレさまはこのまま拘束してくださいますか?」
「え? は、はい」
私に手出しができないように、きつく彼女の身を拘束するレオンハルトさま。
彼女に近付いて、耳元でささやく。
「――あなた一人がヒロインだと、思わないことね」
この世界で生きている一人一人が、ヒーローでヒロインなのだから。
私の言葉に、アデーレは弾かれたように顔を上げて、悔しそうに表情を歪め、がくんと項垂れ涙を流した。
その後、塔から抜け出した彼女を探しにきていた城の騎士たちに引き渡す。
どうやって塔を抜け出したのかわからなかったけれど……、彼女の執念を感じてぞっとした。
「……エリカ、震えていますよ」
レオンハルトさまに言われて、自分が震えていることに気付いた。……怖くはない、と思ったのに。凛とした姿をアデーレに見せつけて、ゲームの『エリカ・レームクール』ではないことを示したくて……
「情けない姿を見せてしまいましたね」
眉を下げて微笑むと、レオンハルトさまはそっと私の頬に手を添えた。
人が少ないとはいえ、ここは街道。ちらちらとこちらを窺うような視線を感じながら、彼と視線を交える。
「……馬車に戻りましょう」
「え、ええ」
頬に添えた手を離し、代わりに手を握るレオンハルトさま。彼に引っ張られるように歩き、馬車に乗り込んで、背もたれにもたれかかった。
今頃、バクバクと心臓がうるさい音を立てていることに気付き、目を閉じて何度も深呼吸を繰り返していると、レオンハルトさまが
「隣に座っても?」と尋ねてきたので、「は、はいっ」と反射的に答える。
背もたれから背中を離し、きちんと座ろうとしたけれど「そのままで良いですよ」と優しく声をかけられた。
私の隣に座り、御者に合図を送るレオンハルトさま。
馬車は再び走り出す。動き出してから、そっと私の頬に手を添えて「大丈夫ですか?」と心配そうに眉を下げて聞いてきた。
「ええ、平気ですわ。レオンハルトさまも、大丈夫でしたか?」
「オレはまぁ、慣れているので。彼女の爪がちょっと当たったくらいなので、平気ですよ」
「爪が? き、傷になってはいませんか?」
私が傷を見せてほしいと何度もお願いすると、根負けしたレオンハルトさまが手を見せてくれた。アデーレの爪で引っ掻かれたようで、じんわりと血がにじんでいる。
慌ててハンカチを取り出して、レオンハルトさまの手に巻き付ける。
「――ごめんなさい、レオンハルトさま。私のせいで……」
明らかに、アデーレの狙いは私だった。
私のせいで怪我を負わせてしまったことが心苦しい。
しゅんとした私に、レオンハルトさまがこつん、と額を重ねた。
「――ありがとうございます、エリカ」
「……え?」
お礼を言われる覚えがなくて、戸惑って声が震えてしまった。レオンハルトさまは目を細めると、添えていた手とは反対方向の頬に唇を落とす。
「れ、レオンハルトさま?」
一気に体温が上昇した気がする。
絶対に今の私、顔が真っ赤だわ!
彼のことになると一気に赤くなっちゃうのはなんでなの!? いや、それほど好きになったということなんだろうけれど……!
「オレのことを心配してくれたのが、嬉しくて。好きな人に心配されるというのは、こんなにも心が、満たされるものなのですね」
「――……ッ」
レオンハルトさまが本当に嬉しそうに微笑んでいるから、なにも言えなかった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
レームクール邸が完全に見えなくなってから、私は前を向く。
レオンハルトさまが優しい瞳で見ていたことに気付いて、思わず顔を赤くさせた。
――この感覚、慣れる日はくるのかしら?
「エリカ。……大丈夫ですか?」
「……ええ。永遠の別れではありませんもの」
「……ええ。永遠の別れではありませんもの」
それでも、両親のもとから巣立つのは、寂しさを感じてしまう。
「ゆっくりとフォルクヴァルツに向かうルートなので、ついでにいろいろな場所も見ていきましょう」
私に気遣ってくれているのかな? と思ったけれど、考えてみれば彼はフォルクヴァルツ辺境伯。
自分の治める領地や周りの領地を、見て回りたいのかもしれない。
「それは楽しみですわ」
「結婚前に、エリカのことを領民たちに知らせておきたいですし……」
「結婚前に、エリカのことを領民たちに知らせておきたいですし……」
私のことを、知らせておきたい? と目を数回瞬かせた。
すると、レオンハルトさまはなにかに気付いたように、すっと視線を馬車の外へ向ける。
思わず同じ方向に視線を移すと――な、なにあれ!?
「……うーん。一度、ここで止まりましょうか」
「は、はい……」
「は、はい……」
御者に馬車を止めてもらう。
人が少ないとはいえ、街道に……どうして彼女がいるの!? しかもなんか、怖いんですけど!?
どうやって塔から抜け出したのか、こちらを血走った目で睨んでいるのを見ていると、乙女ゲームではなくホラーゲームに転生したと言われても納得しちゃうわよ!?
馬車が止まったことにより、彼女――アデーレが近付いてきた。
馬車が止まったことにより、彼女――アデーレが近付いてきた。
レオンハルトさまはバンッと勢いよく扉を開け、馬車を降りて彼女に向かっていく。
「レオンハルトさま!」
思わず叫ぶ。
そ、そうだ、|懐剣《かいけん》!
使い方を教わっていないけれど、近付いてきたら振り回そう。そう思って、私も馬車を降りて彼の背中を追った。
「――どうしてそんなに、エリカを狙うのですか?」
アデーレは男爵家の令嬢だ。そんな彼女がレオンハルトさまと戦えるはずないだろう。
私に気付いたアデーレが、すごい形相でこちらに走ってくる。だけど、あまりにも呆気なく彼女は捕まった。手首を掴まれて、アデーレが暴れている。
ぎゅっと懐剣を握りしめて、レオンハルトさまの隣に立った。
「どうしてっ! ダニエルルートに入ったのにっ! あんたのほうが幸せそうなのよっ!」
彼女がそう叫ぶ。……やはり、彼女は転生者なのだ。
「――私が幸せだと、あなたになにか不都合があるの?」
ピタリと暴れるのをやめ、こちらを睨むように見上げるアデーレに問いかけた。すると、彼女は表情を歪めて、笑う。
「当然でしょう! わたくしは『エリカ・レームクール』が大嫌いなのだからっ!」
きっと彼女は、乙女ゲームの中の私を嫌っているのだろう。
だって、嫌われるほど彼女に関わっていない。
レオンハルトさまは「なにを言って……」と眉根を寄せた。
「ゲーム内で、あなたがどれだけわたくしに酷いことをしたと思う!? 断罪されて当然のことを、していたのよっ!」
「ゲーム……?」
「この世界はわたくしのもの! わたくしが幸せになるための場所っ! 『エリカ・レームクール』は不幸になるべき存在なのよっ!」
「ゲーム……?」
「この世界はわたくしのもの! わたくしが幸せになるための場所っ! 『エリカ・レームクール』は不幸になるべき存在なのよっ!」
声を高らかにそんなことを口にするアデーレに、頭が痛くなった。ゲーム内の『エリカ・レームクール』と、この世界の『エリカ・レームクール』は同一人物ではないの。
「アデーレさま。この世界は、誰のものでもないでしょう。私たちはこの世界で生きているのだから、一人だけのために、世界は成り立たないわ」
|懐剣《かいけん》を握りしめたまま、淡々とした口調でそう伝えると、彼女はギロリと睨みつけてきた。
――大丈夫、怖くない。
「あなたは、きちんと『私』を見てくれていたかしら?」
ダニエル殿下の婚約者だった頃、私はあなたに近付かなかった。ゲームの『エリカ・レームクール』がしてきた悪事に、手を染めなかった。それだけでも、わかるでしょう?
私が――この世界の、『エリカ・レームクール』が、断罪される理由がないことを!
「う、るさい、うるさいっ、わたくしは、この世界の主人公なのよ!」
「……彼女、錯乱しているのですか?」
「……彼女、錯乱しているのですか?」
アデーレと私の会話を聞いていたレオンハルトさまが、困惑したようにこちらを見る。
私は彼女が正気だと理解しているけれど、レオンハルトさまにとってはそう思えるわよね。
「――ええ、おそらく。私、アデーレさまとはあまり会話したことありませんし、ここまで憎まれているなんて、悲しいですわ」
レオンハルトさまから見えないように、さっとうつむく。
アデーレはぶつぶつとなにかをつぶやいている。耳を澄ませると、「そんなはずない、わたくしが主役、幸せになるのはわたくし」と聞こえてきた。
「レオンハルトさま、アデーレさまはこのまま拘束してくださいますか?」
「え? は、はい」
「え? は、はい」
私に手出しができないように、きつく彼女の身を拘束するレオンハルトさま。
彼女に近付いて、耳元でささやく。
「――あなた一人がヒロインだと、思わないことね」
この世界で生きている一人一人が、ヒーローでヒロインなのだから。
私の言葉に、アデーレは弾かれたように顔を上げて、悔しそうに表情を歪め、がくんと|項垂《うなだ》れ涙を流した。
その後、塔から抜け出した彼女を探しにきていた城の騎士たちに引き渡す。
どうやって塔を抜け出したのかわからなかったけれど……、彼女の執念を感じてぞっとした。
「……エリカ、震えていますよ」
レオンハルトさまに言われて、自分が震えていることに気付いた。……怖くはない、と思ったのに。凛とした姿をアデーレに見せつけて、ゲームの『エリカ・レームクール』ではないことを示したくて……
「情けない姿を見せてしまいましたね」
眉を下げて微笑むと、レオンハルトさまはそっと私の頬に手を添えた。
人が少ないとはいえ、ここは街道。ちらちらとこちらを窺うような視線を感じながら、彼と視線を交える。
「……馬車に戻りましょう」
「え、ええ」
「え、ええ」
頬に添えた手を離し、代わりに手を握るレオンハルトさま。彼に引っ張られるように歩き、馬車に乗り込んで、背もたれにもたれかかった。
今頃、バクバクと心臓がうるさい音を立てていることに気付き、目を閉じて何度も深呼吸を繰り返していると、レオンハルトさまが
「隣に座っても?」と尋ねてきたので、「は、はいっ」と反射的に答える。
背もたれから背中を離し、きちんと座ろうとしたけれど「そのままで良いですよ」と優しく声をかけられた。
私の隣に座り、御者に合図を送るレオンハルトさま。
馬車は再び走り出す。動き出してから、そっと私の頬に手を添えて「大丈夫ですか?」と心配そうに眉を下げて聞いてきた。
「ええ、平気ですわ。レオンハルトさまも、大丈夫でしたか?」
「オレはまぁ、慣れているので。彼女の爪がちょっと当たったくらいなので、平気ですよ」
「爪が? き、傷になってはいませんか?」
「オレはまぁ、慣れているので。彼女の爪がちょっと当たったくらいなので、平気ですよ」
「爪が? き、傷になってはいませんか?」
私が傷を見せてほしいと何度もお願いすると、根負けしたレオンハルトさまが手を見せてくれた。アデーレの爪で引っ掻かれたようで、じんわりと血がにじんでいる。
慌ててハンカチを取り出して、レオンハルトさまの手に巻き付ける。
「――ごめんなさい、レオンハルトさま。私のせいで……」
明らかに、アデーレの狙いは私だった。
私のせいで怪我を負わせてしまったことが心苦しい。
しゅんとした私に、レオンハルトさまがこつん、と額を重ねた。
「――ありがとうございます、エリカ」
「……え?」
「……え?」
お礼を言われる覚えがなくて、戸惑って声が震えてしまった。レオンハルトさまは目を細めると、添えていた手とは反対方向の頬に唇を落とす。
「れ、レオンハルトさま?」
一気に体温が上昇した気がする。
絶対に今の私、顔が真っ赤だわ!
彼のことになると一気に赤くなっちゃうのはなんでなの!? いや、それほど好きになったということなんだろうけれど……!
「オレのことを心配してくれたのが、嬉しくて。好きな人に心配されるというのは、こんなにも心が、満たされるものなのですね」
「――……ッ」
「――……ッ」
レオンハルトさまが本当に嬉しそうに微笑んでいるから、なにも言えなかった。