「ガチャッ!!」
のりこは扉を開け放つと、玄関から勢いよく飛び出した。その姿は、さながら陸上選手の幅跳びのようだ。
「サバッキーが、私を呼んでいる気がするっ!!」
衝動に駆られたのりこは、脇目も振らずにまっしぐら。果たして、彼女はどこへ向かうつもりなのだろうか?
「おねえちゃん! 待ってぇっ!!」
のりこの後を追うべく、りょうたもそれに続く。どうやら、今回も姉の巻き添えで何かが始まる予感。
「......キュッ!?」
犬小屋で眠っていたルナは、二人のただならぬ気配を察して目を覚ます。そして、鈍足ながらも二人を追いかける。
短足で必死に走るタヌキは健気で、何とも言えない可愛らしさがある。
のりこは公道を駆け抜ける。坂道など今ののりこには無問題、都市伝説のサバに魅入られた彼女には障害にもならない。
一方、りょうたとルナは息も絶え絶え。特に運動が苦手なりょうたにとって、今ののりこを追いかけるのは一苦労だ。
「ワンッ! ワンッ!!」
そんな矢先、背後から白黒ツートンカラーの何かが迫り来る。坂道をもろともせずにやって来たのは、ケンだった。
「ケン、待って……!」
後から来たのに追い越されてしまった、りょうたとルナ。二人の影は、みるみる小さくなっていく。
「ケンちゃん! 来てくれたのねっ!」
のりこに追いついたケンは、やがて彼女と並走し始める。その姿は、マラソン選手に並走するバディのようだ。
そんな二人は、この坂道をどこまでも突き進んでいく。
――
公道を駆け抜けた一人と一頭は、羽馴の森へ辿り着いた。かつて巨大イワナを捕獲した場所だが、果たしてサバッキーはいるのだろうか?
『〆ないで!』
静寂を割くように、成人男性を思わせる野太い声が響く。よく見ると、その先に若い男女の姿があった。見た限り、交際まもない初々しいカップルのようだ。
「何あれ……?」
のりこは、カップルを怪訝な目で見つめる。恋と無縁な彼女は、仲睦まじい二人を妬ましく思っていることだろう。
「サバッキー、釣れるかなぁ?」
釣り糸を垂らす彼女は、嬉々として話している。どうやら、のりこと同じくサバッキーを探しているようだ。
「あずみさん、サバッキーって本当にここで釣れるの……?」
あずみとは対照的に、男は半信半疑である。おそらく、サバッキー好きな彼女に付き合わされているのだろう。
『シーメーないでぇーっっっ!!!』
男のスマートウォッチが鳴り響く。それは、ミュージカル調でサバッキーが叫ぶ貴重なボイスだった。
『渉、サバッキーは釣れたか?』
電話越しに、老爺の声が聞こえる。話しぶりから、この場所へ二人を差し向けた張本人であるようだ。
「釣れてない。てか、サバってイクラ食べるの?」
渉は、老爺へ疑問をぶつける。マス類の釣り餌としてイクラは有効だが、それでもサバがイクラを食べるようには思えない。
『イクラは俺の大好物。サバだって好きに違いないさ! はっはっは!!』
どうやら、イクラは老爺の好物だったようだ。渉の表情が一気に険しくなる。
「爺さん! からかうのもいい加減にしてくれっ!」
渉は、思わず老爺へ厳しい一言を投げつけてしまう。ジョークと言うのは、TPOを弁えることが実に肝要である。
『......爺、ショック!』
その一言を最後に、老爺との会話が打ち切られる。その言葉、聞き覚えがあるかもしれないが......ここでは、敢えて触れないことにする。
『サバはおやつに入りますか?』
渉の隣で、野太い男性ボイスが再生される。あずみの手元を見ると、彼女がサバッキーマスコットの腹部を押しているのが分かった。
「......あずみはおやつに入りますか?」
あずみは、どういうわけか頬を赤らめている。幼顔に似合わず艶めかしい体型が、渉の欲情を誘う。
「......冗談に決まってるじゃん! 渉くんったら何考えてるの、もうっ!」
渉を見て恥ずかしくなったのか、あずみは、照れ隠しに彼の頬へ渾身のビンタを食らわせてしまう。
「え? えぇ......??」
不意に飛んできたビンタに困惑、渉は目が点になってしまう。二人のやりとりは、初々しさが漂っていた。
「おねえちゃん、置いてかないでよ......」
ようやくりょうたが、ルナとともにやってきた。長距離を走り続けた弟とタヌキは、すでに息を切らしている。
「二人とも、遅かったわね。天空の覇者がお待ちかねよ?」
仁王立ちののりこは、懐からハンチングキャップを取り出し着帽する。ハヤテがどこからともなくやってきて、彼女の頭上に舞い降りた。
「ピヤーッ!!」
ハヤテは『遅い!!』と言わんばかりに雄叫びを上げる。彼は、この時を待ち侘びていたかのようだった。
「のりこ探検隊、全員集合ね!」
隊長の号令により、のりこ探検隊がここに集結。隊はこれよりサバッキー捜索を開始する。