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15⭐︎追加新話 名もなき山寺6

ー/ー




「ほほー、上手くいきましたね。これはいい結界ですよ」
「よかった……ちゃんとできてます?」
 
「はいはい、実践も問題ないでしょう。しかし……不思議ですね、ここまで身体に密着するとは。芦屋さんがやると教えた事が一風変わりますな」
 
「うっ……何かすいません」
「いやいや、褒めてるんです。才覚のあるなしはこう言う所ですよ。あなたは間違いなく才能あり、です!」
  
 浄心さんは俺の肩を叩いてにっこり微笑む。体にピッタリ俺の結界を纏って親指をグッと立てた。

 真正面から褒められてしまった。ちょっと照れるじゃないか……。

   
「個性が発揮できるのは潜在能力の高さを示すんですから、素晴らしき事ですよ。芦屋さんがする結界のイメージは、シャボン玉……でしたね?」
「はい。薄い透明な膜って感じです」

「面白い発想ですね。ちょっと結界の構造を見るのでお待ちください」
「はい!」


  
 現時刻…もう直ぐ日暮れの時間だ。真さんと俺で向き合い、結界張りの練習中。颯人は子供たちを膝に乗せて縁側からその様子を眺めている。
 戦闘時は祝詞を言う暇がないから、瞬時に張れる瞬間結界を習ってるんだ。
 
 結界の仕組みは……とどのつまり、隠し神の神隠しに少しだけ似ていた。

 
 現世と結界の中を分ける事で、中身を守るのが目的の術。時空の壁で隔てて物理的な干渉ができないようにするのが結界だ。
だから、うまくいけば簡単な攻撃や毒とか、瘴気の悪影響を受け難い。
 
 颯人が言う『イメージによって術を成す』のがイマイチピンとこなくて、二人の結界イメージを聞いてみた。颯人は『瑠璃(るり)玻璃(はり)』のように……ガラスみたいに向こう側が見えるし、触れば体温も伝わるけど隔てられていて〝越えられない物〟と例えた。
 真さんは対象の物体に沿って纏う不織布のようなもの、と言ってる。


 
 術は想像すりゃいいって物じゃなくて、ちゃんと理屈があるんだ。自分の霊力だけで結界を作っても、消費が激しい。結界だけでなく、陰陽術の全ては自然の力も借りた方が良い、と真さんに教われたのは大収穫だと思う。

  
 自分の中を駆け巡る血を霊力だとイメージして、その流れを感じる事が霊力の操作に繋がる。手のひらから水が湧き出る感じでその力を放出させて、いろんな術へ変換して行く。
 柏手の場合は、その霊力が音波となって穢れを浄化させるという仕組みだった。音に力を乗せて穢れを飲み込んで消すって感じ。

 霊力と他のものを触れ合わせると、呼水のように体から放出するのが楽になる。
 地面や木、草を触ってもいいし、空に手をかざすと風に乗って自分の力が引き出される。
 俺はその引き出した霊力をシャボン玉の石鹸液みたいなイメージで…膜を張ってふんわり広げる感じで、結界として定着させた。

 大道芸人がやる、巨大シャボン玉に人を入れるパフォーマンスってあるだろ?それを思い浮かべると思いのほかうまく出来たんだ。

 

「芦屋さん、結界を壊してみてもらえますか?」
「はい」
 
 真さんに施した結界を突くと、一瞬にして膜が破裂し、消失する。
 颯人や真さんがやるとガラスのカケラみたいに壊れるんだが、俺のはパチンと消えちゃうんだよな……大丈夫なのかな。


「…………これ、使えますね」
「えっ?使える?」
「えぇ。結界は普通内側と外側の空気が変わります。結界の世を隔てる膜が普通は硬いのですが……この結界は柔らかいので、例えば……」


 真さんが俺の腕をまくり、腕の内側にだけ結界を張った。
彼の手が触れると、シーツに包まれたような感覚が腕に伝わってくる。これが真さんの結界だ。


 
「普通は、攻撃を受けるとこうなります」
「なっ!?物騒な物持ち歩いてますね!?」
「フフ……まぁまぁ。お怪我はさせませんよ」

 真さんが小さなトンカチを構えてるんだが。どこに持ってたんだそんなの。
トンカチの先でコンコン、と結界を叩くとそれがカシャンと音を立てて割れた。


「ね?」
「……ね?と言われましても」
 
「芦屋さんの結界は、物体の大元である原子のくっつきと同じです。原子の球体が繋がって分子になり、それが物体を形作ると言うのが世の原理です。
 現在では原子同士のくっつきに粗があります。これはもう少し修行すべきでしょうが、とても珍しい利点が備わっています。」

「ほほぉ……?」



 真さんに促され、俺はもう一度彼の腕に結界を張る。そこに間髪入れず振り下ろされるトンカチ……。
 背筋がヒヤリとするが、獲物の先が肌に触れると、バイン!とトンカチが弾かれる。腕は……無傷だ。

「ねっ!?」
「いや、マジで分かりませんって!!いきなりそんな物騒なもので叩こうとしないで下さいよ!」
 
「大丈夫ですよ。これは原子がくっついた分子の穴がある事で柔軟性を持ってます。強い衝撃に耐えうるのは頑丈さではなく柔軟性ですから。
 あなたの結界は隙間があるから柔らかいんです。
 原子の結びつきが強ければ物は硬くなりますが、硬い物同士がぶつかれば衝撃で割れますよね?これは柔らかいので、硬い物を弾くんですよ!」
「……つ、つまり??」

 腕をさすりながら鼻息をふんっ、と吐いた真さんはニヤリと嗤う。
時々やるこの顔、悪役にしか見えない。

 

「今のままでは毛羽毛現の毛のように細いものは通してしまいますが、怪我を負うような強い力を跳ね返すのは最強です。弱いからこその強さ、ってやつですよ。」
 
「うーん…強いんだか弱いんだか分かりませんね、それ」
「これがうまく出来るようになれば、強くなります!間違いなく。
 一枚だけでも様々な物を弾けるようになるでしょう。芦屋さんのように理屈っぽい人が作ると、こうなるんですな」
 
「うぐ……理屈っぽい……」



「隙間を狭めればよい。それにはまだ、真幸の霊力が足りぬだろうが」
「颯人様のおっしゃる通りですねぇ。この柔軟性を維持できるように、ものすごく細かな隙間を作れるといいかもしれません。これは新しい発見ですよ」

 颯人がショウタロウを抱えてやって来た。他の子達は、いつの間にかみんな座布団の上ですやすや寝てる。子供ってよく寝るんだよな。


「真幸、ショウタロウを抱いてやってくれ。其方ではないと嫌だと駄々を捏ねるのだ」
「ん、はいよー。おいでー」

 颯人の腕の中で目を真っ赤にして、鼻水を垂らして泣いてるショウタロウが手を伸ばしてくる。お尻を抱え、背中をトントン叩いて揺らしてやると……ようやく寝息を立て出した。
 胸元でしっかり俺の服を掴んだ小さい手がたまらなく可愛い。


 
「さっきも一人だけ山菜採りについて来てたし、眠いのに寝れなかったのか。可哀想な事したな……」
「ショウタロウに懐かれてしまいましたな」
「ふふ、嬉しいですね。こんな可愛い子が懐いてくれるなんて」
「…………」

 またもやショウタロウが落っことした目玉を拾って、真さんがそれをじっと眺めている。複雑そうな顔色を浮かべて。
 
 
「ショウタロウは、まだまだ成仏できないでしょう。……先ほど伏見が迎えにくると連絡がありました。夕方には到着するそうですよ」
「おっ、ホントですか?やー…ようやくお仕事復帰かな」
 
「まだここに来て二日目なんですがねぇ。中毒も治ってしまいましたし、山の神力との調和が良いせいで傷もほとんど塞がってしまいましたしねぇ……」
「真さん、もしかして……俺たちが帰ったら寂しいですか?」

「…………」


 沈黙してしまった真さんは背を向けて、小さく頷く。耳まで真っ赤になってる。この人も可愛い人だったのか!

「あなたも、颯人様も優しすぎます。心があたたかいんです。
 体の一部がこんな風に腐り落ちている怨霊の姿を見て、恐れること無く抱き上げる。躊躇せず当たり前に触れて、笑顔で迎え入れる。……そんな事をできる人が、嫌いになれる筈もありません。明日からの暮らしが寂しくなるのは当然です」

「へへ……俺も楽しかったから帰るのが寂しいですよ。
 でも、必ずまた来ます。子供達のことも気になるし、真さんがちゃんと食べてるかも気になりますし」
「……えぇ、あなたなら。あなたと颯人様なら、いつでも道を開きましょう」

「道を……?」

 真さんの返答に微かな違和感を覚えた。道を開く、って何だろう。参道は一本道だったし、ここに来るのに扉みたいな物はなかったが。


  
 
「ふっ……真幸、迎えが来るまでしばし休め。子供らに触れて、少しでも癒してやろう」
 
「うん。……ここに来られてよかったよ。体も心も癒されたし、真さんに出会えたし。」
 
「わ、私に出会えて、良かったですか?」
「はい。真さんみたいな人も居るんだと思うと仕事が頑張れます。結界の仕組みも教えてもらったし、美味しいご飯を頂いて……どうやって恩返ししたらいいか、悩んでます」


 そうですか、と背中越しに小さく呟いた真さんはこちらに振り向かず、本堂に向かっていく。俺と颯人は縁側に腰掛けて、夕暮れに染まる空を眺めながら子供達の頭を撫でた。

 ━━━━━━


「じゃあ、お世話になりました!……ショウタロウ、大丈夫ですかね」
「えぇ。ちゃんとお話ししておきます。起こしたら大変な事になりますから今のうちに行ってください。また、いらしてくださるのでしょう?」
 
「はい!必ず。真さん、ありがとうございました。また、お邪魔します。」
「……えぇ。お待ちしてます」



 眠ったままの子供達を呪物に戻し、下山した俺たちは握手を交わして真さんと別れる。
 苔むした参道は、上りよりも下りの方がきつかった。地下足袋を借りてなきゃツルツル滑って大変だっただろうな。


 いつもの革靴に履き替えた足は、若干浮腫んでいてちょっときつい。二日間とはいえご飯食べまくったから、もしかしたら太ったかもしれない。心なしかベルトもきつい気がする。

「あぁ、伏見が来たな」
「お、いつもの黒塗り高級車だ」



 田んぼの間にある道路に黒塗りの車が止まる。キキーッ!と音を立てて……何か運転が荒っぽいけど大丈夫か?

「あ……芦屋さん!!ご無事でしたか!?」
「へ?」
「あぁ……良かった!!お世話になるはずのお寺さんに現れず、どこを探しても見つからずで本当に肝が冷えましたよ!!!」


 ――えっ?なに、言ってるんだ?
 車から慌てて出て来た伏見さんは、俺の体を触って確認した後、ほっとしたように大きな溜息をついた。
 目の下にクマができてるけど、なんかあったのかな。

 
「俺、たらふくご飯食べて、浄真さんによくしてもらって元気いっぱいですけど。何かあったんですか?」
 
「…………颯人様?」
「うむ、移動の車中で説明しよう。伏見に連絡するのを忘れていた。すまなかったな」
「……はぁぁぁ……………………わかりました」


 颯人は含み笑いしながらさっさと車に乗って、伏見さんは若干しょんぼりしながら運転席に戻る。
……えっ、マジでなにが起きた?訳がわからんのだが。

 颯人に手招きされて車に乗ると、伏見さんが車を動かして……俺はお世話になった山へと振り返る。
 …………………………アレ??



「は、颯人!!俺達あの山にいたんだよな?」
「あぁ、そうだ」
 
「待って、おかしい。あんな切り立った岩山じゃなかっただろ?苔むして、山菜がたくさん取れて、自然豊かな山だったはずなんだが。」
「そうだな。我らが訪れたのは山神の庭。神が自ら招き入れた神の住まいだ。浄真は生身地蔵の元へ参った元裏公務員、現世ではもう人の姿ではない」
「……………………え?」


「そういう事ですか。だから急にGPSが回復したんですね。
 芦屋さん、ここは栃木県の岩船山と言うところです。山頂のお寺さんに逗留できるよう手配しましたが、何日経ってもあなた達が現れず方々探し回っていたんですよ。念通話も通じず、GPSも作動しておりませんでしたので……正直神隠しにでもあったのかと思っていました」


「えっ!?マジで意味わからん。真さんは人間だろ?伏見さんと同期って言ってたし!」
「わたしの同期には、確かに浄真という方がいました。彼はもともと陰陽師の家系で裏公務員に参加して下さり、指導する立場でしたが……岩船山へ向かった後生死不明、行方不明になっています」
「ええっ!?ど、どういう事???」

「憶測ではありますが、山神に魅入られたのではと言う話になっています。
 神に魅入られた人はその眷属となり、魂を神に囚われる。山神は盲目であるとされていますが浄真殿は元々盲目でしたから馴染みやすかったでしょうね。
 彼は呪術に優れてはいましたが、あまりにも苛烈な指導をするので……ついて行ける人がいなかったんです。
 指導の途中で任務が増えて、教育をしている暇もなくなり、そのまま裏公務員として仕事をされていたんですよ。
 山神に気に入られてしまったとしても彼の力量でそれを逃れられない筈もなく、国の判断では『自主離脱』となっています」
「……苛烈な指導?嘘だろ?あんなに優しい人なのに。は、颯人、どういう事?」


 車の座席に深く座り、腕を組んだ颯人はちらっとこちらに目線をよこす。
この顔、最初からわかってたな。


 
「浄真は囚われたのではない。岩船山の寺に祀られた生身地蔵に頼まれ、承諾して山神の代わりになったのだ。あの山は山神が不在だった」
「…………」


 呆然としたまま颯人の話を聞く。
 ……真相はこうだ。

 裏公務員として岩船山にやって来た真さんは、初期の裏公務員達に相当嫌われていた。修行の指導で呼ばれたはずが、厳しくしすぎたせいで一人ぼっちになり、逆に指導者のため依代とはなれず。
 自らの力だけで各地を巡って任務をこなしていた。
 
 栃木県の霊山と言われる岩船山は『生身地蔵』が本尊として祀られるお寺さんがある。生身地蔵は仏の一種であり、死者を抱いて癒やし、子を授けるなどの生死にまつわる伝説を持つ。

 そして、岩船山自体にも山神がいたものの、死者が集まるという性質上地元の方には『心霊スポット』として伝わってしまい……信仰する人々も心の中では畏れを抱く対象だった。

  
 岩船山の近くにあったレストランが閉店した後、建物を壊そうとしたら作業員が怪我して作業が中止したままになったり。診療所ができれば死者が訪れてお医者さんがいなくなってしまったり。
 怖い場所として認識されるような出来事が続いた。

  
 山神は各地の山に必ず存在している。その山を統括する神様だから、居なきゃならない存在で、産土神(うぶすながみ)と呼ばれる。土地から生まれた土地神様の分類で、生まれた土地を守る神様なんだが……地元の人に怖がられるから『もうヤダ』と失踪。
 
 その後やって来た力ある陰陽師の真さんが盲目である事から、祀られていた生身地蔵に『これは運命だ!山神になってくれ!』と言われた。真さんは真さんで『裏公務員に嫌われてるし、人の間で働くの向いてないからそう言ってくれるならやるか』と承諾して……人の姿を捨てた。

 人はいきなり神様になる訳じゃなくて仙人になるのが始まりで、今現在は仙人として次世代の山神修行中……という事らしい。



「最初は単純に裏公務員である真幸に興味があったのだろう。我の神気にも気づき、神隠しをされた後お互い様子を窺っていた。
 そうしたら、蕨をつみだしたではないか。我は山の幸が好きだ。真幸の治癒にも役に立つ故、浄真のことを黙っていようと決めた。」
「もっともな事言ってるけど、蕨に釣られたんだな」

「そうだ。あのように美味なものを食し、神の庭で療養すれば傷はたちどころに癒える。寺で休むよりも日数は少なく、浄真には其方を害する目的もなかった。」
「確かにそうだな。おかしいとは思ってたよ。結構深い傷の腕でさえもうツルッツルだもん」

「そんな……あの傷がですか?神経の一歩手前まで達していたんですよ?」
「うん、毛羽毛現の毛が残ってて、それが原因で起きた神中毒も一晩で治ってたし」
「確かに顔色もいいですし、ツヤツヤしてますね。いや、しかし……よく帰してくれましたね。その様子では相当気に入られたでしょうに」


「気に入られてはいたが、らいばる心が強く作用していた。結界を教えればさっさと覚えてみせ、長期間やっていた死者の癒しを短期で行い、怨霊を成仏させたのだからな。
 コトリバコの中身にまで気に入られていたのだ。あれは悔しかっただろう」
 
「何とも物騒な呪物の名前が出て来ましたね。でも、そうですか。浄真殿はまだ、上を目指して修練されているのですね」

「あぁ、あれはよき山神になる。人から嫌われようが構わぬという覚悟を持っているのだから、山神を辞めることはない。元々の力が強いのだ、呪物がいくつ持ち込まれても問題なかろう。
 奥多摩の姫巫女とも繋がっており、仕事を回していると言っていた」
 
「まさか……そんな事になっているとは思いませんでした。それならそうと颯人様がご連絡してくださいよ。私達がどれだけ必死で探していたのか、分かりますよね?」


 
 澄まし顔の颯人とは対照に、運転してる伏見さんは目に見えて不機嫌そうな顔をしてる。……そう言えば、一泊二日のはずだけど、何日経っても現れないって言ってたな。

 
「伏見さん、ちなみに俺たちが山に行ってから何日経ってる?」
「一週間です。」
 
「…………わ、わー。そうかぁ。そんなに経ってたのかぁ」
「神の庭では時間が歪むからな、そこまで経っているとは思わなんだ。
 我も山菜に夢中であったし、真幸が幼子を抱くのが愛おしくてな。伏見のことを忘れていた」

「そうでしょうとも。今回の事は仕方ないとは言え、次回からちゃんと連絡してください。芦屋さんは全回復されたって事でいいですね?」

「ハイ」


 うん、嫌な予感がする。
 伏見さんは懐から俺のスマホを取り出して、手渡して来た。久しぶりに触って画面を開くと………………。



「アプリの通知数がヤバいんだが。100件て何?もしかしてこれ、全部俺の仕事???」
 
「はい。一週間分溜まってますから。早速これから現場に向かいましょう」
「ヒェッ……」

「巻きで行きましょう、巻きで。
 大丈夫ですよ、結界の実地訓練だと思えばいいんですから。鬼軍曹に優しく教えていただけるほど優秀なら芦屋さんなら、あっという間に遅れを取り戻してくださいます。芦屋さんの任務は、その数でも一生懸命他の方に差配し直したんですよ?芦屋さんを探しながら、大変な思いをした私の努力にきっと報いて下さいますよね?」
「ハイ、ガンバリマス」



 任務の依頼が山のようになっていて、内容を見てるだけで頭痛がする。こりゃ何日か徹夜かも知れん。

 
「伏見さんの方が鬼軍曹だろ……」
「何か仰いましたか?」
「いえ、なにも!!元気になったし、お仕事頑張りまーす!!!!!!」

「そうしてください。私もしばらくつきっきりで運転手をしますから。」
「へーい、よろしくおねがしまーす」


 苦笑いで返答し、颯人と同じく椅子に背を預け……真さんの顔を思い浮かべる。
 彼とは、いつまた会えるだろうか。ショウタロウ達とも別れたばかりなのに、もうこんなに恋しい。

 物思いに耽る俺の頭を撫でて、颯人が小さく呟いた。

  
「浄真は我らだけはいつでも招き入れてくれる。さぼるのにはちょうど良い場所を得た」
「んふっ…颯人、また美味しいご飯もらいに行こうな」
「応」


「聞こえないふりをして差し上げます。……浄真殿は、お元気でしたか?」
 
「ん?うん。山生活満喫してたよ。仲良くなったから、帰る時に寂しそうにしてくれてさ。
 真さんは本当にいい人だったし、優しくてかっこいい。俺の二人目の師匠だな」
「そうですか。芦屋さんは仙人と神が師匠なんですね。……お元気なら、良かったです。サボるのも程々にしてくださいよ?」
「はいはい。伏見さんも大概俺に甘いな。しっかりお仕事で返します」

「……ふっ、あの口癖もご健在でしたか。本当に彼に会ったんですね。次は私にも会わせてください。もう……亡くなったのだと思っていたんです」
 
「真さんがいいって言ったらね。」
「はい」



 伏見さんは目を少しだけ開き、沈んでいく夕日に向かって車を走らせる。
その瞳には、キラキラした雫が滲んでいた。
 伏見さんと真さんの話も、今度聞いてみようかな。ちょっとした楽しみができて、思わず鼻歌が出てしまう。


 ご機嫌な俺は裏公務員の任務アプリを開き、地図に新しくポイントを書き入れた。

『名もなき山寺.俺の癒しスポット』と。
 
 
 
 


 


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「ほほー、上手くいきましたね。これはいい結界ですよ」
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「はい。薄い透明な膜って感じです」
「面白い発想ですね。ちょっと結界の構造を見るのでお待ちください」
「はい!」
 現時刻…もう直ぐ日暮れの時間だ。真さんと俺で向き合い、結界張りの練習中。颯人は子供たちを膝に乗せて縁側からその様子を眺めている。
 戦闘時は祝詞を言う暇がないから、瞬時に張れる瞬間結界を習ってるんだ。
 結界の仕組みは……とどのつまり、隠し神の神隠しに少しだけ似ていた。
 現世と結界の中を分ける事で、中身を守るのが目的の術。時空の壁で隔てて物理的な干渉ができないようにするのが結界だ。
だから、うまくいけば簡単な攻撃や毒とか、瘴気の悪影響を受け難い。
 颯人が言う『イメージによって術を成す』のがイマイチピンとこなくて、二人の結界イメージを聞いてみた。颯人は『|瑠璃《るり》・|玻璃《はり》』のように……ガラスみたいに向こう側が見えるし、触れば体温も伝わるけど隔てられていて〝越えられない物〟と例えた。
 真さんは対象の物体に沿って纏う不織布のようなもの、と言ってる。
 術は想像すりゃいいって物じゃなくて、ちゃんと理屈があるんだ。自分の霊力だけで結界を作っても、消費が激しい。結界だけでなく、陰陽術の全ては自然の力も借りた方が良い、と真さんに教われたのは大収穫だと思う。
 自分の中を駆け巡る血を霊力だとイメージして、その流れを感じる事が霊力の操作に繋がる。手のひらから水が湧き出る感じでその力を放出させて、いろんな術へ変換して行く。
 柏手の場合は、その霊力が音波となって穢れを浄化させるという仕組みだった。音に力を乗せて穢れを飲み込んで消すって感じ。
 霊力と他のものを触れ合わせると、呼水のように体から放出するのが楽になる。
 地面や木、草を触ってもいいし、空に手をかざすと風に乗って自分の力が引き出される。
 俺はその引き出した霊力をシャボン玉の石鹸液みたいなイメージで…膜を張ってふんわり広げる感じで、結界として定着させた。
 大道芸人がやる、巨大シャボン玉に人を入れるパフォーマンスってあるだろ?それを思い浮かべると思いのほかうまく出来たんだ。
「芦屋さん、結界を壊してみてもらえますか?」
「はい」
 真さんに施した結界を突くと、一瞬にして膜が破裂し、消失する。
 颯人や真さんがやるとガラスのカケラみたいに壊れるんだが、俺のはパチンと消えちゃうんだよな……大丈夫なのかな。
「…………これ、使えますね」
「えっ?使える?」
「えぇ。結界は普通内側と外側の空気が変わります。結界の世を隔てる膜が普通は硬いのですが……この結界は柔らかいので、例えば……」
 真さんが俺の腕をまくり、腕の内側にだけ結界を張った。
彼の手が触れると、シーツに包まれたような感覚が腕に伝わってくる。これが真さんの結界だ。
「普通は、攻撃を受けるとこうなります」
「なっ!?物騒な物持ち歩いてますね!?」
「フフ……まぁまぁ。お怪我はさせませんよ」
 真さんが小さなトンカチを構えてるんだが。どこに持ってたんだそんなの。
トンカチの先でコンコン、と結界を叩くとそれがカシャンと音を立てて割れた。
「ね?」
「……ね?と言われましても」
「芦屋さんの結界は、物体の大元である原子のくっつきと同じです。原子の球体が繋がって分子になり、それが物体を形作ると言うのが世の原理です。
 現在では原子同士のくっつきに粗があります。これはもう少し修行すべきでしょうが、とても珍しい利点が備わっています。」
「ほほぉ……?」
 真さんに促され、俺はもう一度彼の腕に結界を張る。そこに間髪入れず振り下ろされるトンカチ……。
 背筋がヒヤリとするが、獲物の先が肌に触れると、バイン!とトンカチが弾かれる。腕は……無傷だ。
「ねっ!?」
「いや、マジで分かりませんって!!いきなりそんな物騒なもので叩こうとしないで下さいよ!」
「大丈夫ですよ。これは原子がくっついた分子の穴がある事で柔軟性を持ってます。強い衝撃に耐えうるのは頑丈さではなく柔軟性ですから。
 あなたの結界は隙間があるから柔らかいんです。
 原子の結びつきが強ければ物は硬くなりますが、硬い物同士がぶつかれば衝撃で割れますよね?これは柔らかいので、硬い物を弾くんですよ!」
「……つ、つまり??」
 腕をさすりながら鼻息をふんっ、と吐いた真さんはニヤリと嗤う。
時々やるこの顔、悪役にしか見えない。
「今のままでは毛羽毛現の毛のように細いものは通してしまいますが、怪我を負うような強い力を跳ね返すのは最強です。弱いからこその強さ、ってやつですよ。」
「うーん…強いんだか弱いんだか分かりませんね、それ」
「これがうまく出来るようになれば、強くなります!間違いなく。
 一枚だけでも様々な物を弾けるようになるでしょう。芦屋さんのように理屈っぽい人が作ると、こうなるんですな」
「うぐ……理屈っぽい……」
「隙間を狭めればよい。それにはまだ、真幸の霊力が足りぬだろうが」
「颯人様のおっしゃる通りですねぇ。この柔軟性を維持できるように、ものすごく細かな隙間を作れるといいかもしれません。これは新しい発見ですよ」
 颯人がショウタロウを抱えてやって来た。他の子達は、いつの間にかみんな座布団の上ですやすや寝てる。子供ってよく寝るんだよな。
「真幸、ショウタロウを抱いてやってくれ。其方ではないと嫌だと駄々を捏ねるのだ」
「ん、はいよー。おいでー」
 颯人の腕の中で目を真っ赤にして、鼻水を垂らして泣いてるショウタロウが手を伸ばしてくる。お尻を抱え、背中をトントン叩いて揺らしてやると……ようやく寝息を立て出した。
 胸元でしっかり俺の服を掴んだ小さい手がたまらなく可愛い。
「さっきも一人だけ山菜採りについて来てたし、眠いのに寝れなかったのか。可哀想な事したな……」
「ショウタロウに懐かれてしまいましたな」
「ふふ、嬉しいですね。こんな可愛い子が懐いてくれるなんて」
「…………」
 またもやショウタロウが落っことした目玉を拾って、真さんがそれをじっと眺めている。複雑そうな顔色を浮かべて。
「ショウタロウは、まだまだ成仏できないでしょう。……先ほど伏見が迎えにくると連絡がありました。夕方には到着するそうですよ」
「おっ、ホントですか?やー…ようやくお仕事復帰かな」
「まだここに来て二日目なんですがねぇ。中毒も治ってしまいましたし、山の神力との調和が良いせいで傷もほとんど塞がってしまいましたしねぇ……」
「真さん、もしかして……俺たちが帰ったら寂しいですか?」
「…………」
 沈黙してしまった真さんは背を向けて、小さく頷く。耳まで真っ赤になってる。この人も可愛い人だったのか!
「あなたも、颯人様も優しすぎます。心があたたかいんです。
 体の一部がこんな風に腐り落ちている怨霊の姿を見て、恐れること無く抱き上げる。躊躇せず当たり前に触れて、笑顔で迎え入れる。……そんな事をできる人が、嫌いになれる筈もありません。明日からの暮らしが寂しくなるのは当然です」
「へへ……俺も楽しかったから帰るのが寂しいですよ。
 でも、必ずまた来ます。子供達のことも気になるし、真さんがちゃんと食べてるかも気になりますし」
「……えぇ、あなたなら。あなたと颯人様なら、いつでも道を開きましょう」
「道を……?」
 真さんの返答に微かな違和感を覚えた。道を開く、って何だろう。参道は一本道だったし、ここに来るのに扉みたいな物はなかったが。
「ふっ……真幸、迎えが来るまでしばし休め。子供らに触れて、少しでも癒してやろう」
「うん。……ここに来られてよかったよ。体も心も癒されたし、真さんに出会えたし。」
「わ、私に出会えて、良かったですか?」
「はい。真さんみたいな人も居るんだと思うと仕事が頑張れます。結界の仕組みも教えてもらったし、美味しいご飯を頂いて……どうやって恩返ししたらいいか、悩んでます」
 そうですか、と背中越しに小さく呟いた真さんはこちらに振り向かず、本堂に向かっていく。俺と颯人は縁側に腰掛けて、夕暮れに染まる空を眺めながら子供達の頭を撫でた。
 ━━━━━━
「じゃあ、お世話になりました!……ショウタロウ、大丈夫ですかね」
「えぇ。ちゃんとお話ししておきます。起こしたら大変な事になりますから今のうちに行ってください。また、いらしてくださるのでしょう?」
「はい!必ず。真さん、ありがとうございました。また、お邪魔します。」
「……えぇ。お待ちしてます」
 眠ったままの子供達を呪物に戻し、下山した俺たちは握手を交わして真さんと別れる。
 苔むした参道は、上りよりも下りの方がきつかった。地下足袋を借りてなきゃツルツル滑って大変だっただろうな。
 いつもの革靴に履き替えた足は、若干浮腫んでいてちょっときつい。二日間とはいえご飯食べまくったから、もしかしたら太ったかもしれない。心なしかベルトもきつい気がする。
「あぁ、伏見が来たな」
「お、いつもの黒塗り高級車だ」
 田んぼの間にある道路に黒塗りの車が止まる。キキーッ!と音を立てて……何か運転が荒っぽいけど大丈夫か?
「あ……芦屋さん!!ご無事でしたか!?」
「へ?」
「あぁ……良かった!!お世話になるはずのお寺さんに現れず、どこを探しても見つからずで本当に肝が冷えましたよ!!!」
 ――えっ?なに、言ってるんだ?
 車から慌てて出て来た伏見さんは、俺の体を触って確認した後、ほっとしたように大きな溜息をついた。
 目の下にクマができてるけど、なんかあったのかな。
「俺、たらふくご飯食べて、浄真さんによくしてもらって元気いっぱいですけど。何かあったんですか?」
「…………颯人様?」
「うむ、移動の車中で説明しよう。伏見に連絡するのを忘れていた。すまなかったな」
「……はぁぁぁ……………………わかりました」
 颯人は含み笑いしながらさっさと車に乗って、伏見さんは若干しょんぼりしながら運転席に戻る。
……えっ、マジでなにが起きた?訳がわからんのだが。
 颯人に手招きされて車に乗ると、伏見さんが車を動かして……俺はお世話になった山へと振り返る。
 …………………………アレ??
「は、颯人!!俺達あの山にいたんだよな?」
「あぁ、そうだ」
「待って、おかしい。あんな切り立った岩山じゃなかっただろ?苔むして、山菜がたくさん取れて、自然豊かな山だったはずなんだが。」
「そうだな。我らが訪れたのは山神の庭。神が自ら招き入れた神の住まいだ。浄真は生身地蔵の元へ参った元裏公務員、現世ではもう人の姿ではない」
「……………………え?」
「そういう事ですか。だから急にGPSが回復したんですね。
 芦屋さん、ここは栃木県の岩船山と言うところです。山頂のお寺さんに逗留できるよう手配しましたが、何日経ってもあなた達が現れず方々探し回っていたんですよ。念通話も通じず、GPSも作動しておりませんでしたので……正直神隠しにでもあったのかと思っていました」
「えっ!?マジで意味わからん。真さんは人間だろ?伏見さんと同期って言ってたし!」
「わたしの同期には、確かに浄真という方がいました。彼はもともと陰陽師の家系で裏公務員に参加して下さり、指導する立場でしたが……岩船山へ向かった後生死不明、行方不明になっています」
「ええっ!?ど、どういう事???」
「憶測ではありますが、山神に魅入られたのではと言う話になっています。
 神に魅入られた人はその眷属となり、魂を神に囚われる。山神は盲目であるとされていますが浄真殿は元々盲目でしたから馴染みやすかったでしょうね。
 彼は呪術に優れてはいましたが、あまりにも苛烈な指導をするので……ついて行ける人がいなかったんです。
 指導の途中で任務が増えて、教育をしている暇もなくなり、そのまま裏公務員として仕事をされていたんですよ。
 山神に気に入られてしまったとしても彼の力量でそれを逃れられない筈もなく、国の判断では『自主離脱』となっています」
「……苛烈な指導?嘘だろ?あんなに優しい人なのに。は、颯人、どういう事?」
 車の座席に深く座り、腕を組んだ颯人はちらっとこちらに目線をよこす。
この顔、最初からわかってたな。
「浄真は囚われたのではない。岩船山の寺に祀られた生身地蔵に頼まれ、承諾して山神の代わりになったのだ。あの山は山神が不在だった」
「…………」
 呆然としたまま颯人の話を聞く。
 ……真相はこうだ。
 裏公務員として岩船山にやって来た真さんは、初期の裏公務員達に相当嫌われていた。修行の指導で呼ばれたはずが、厳しくしすぎたせいで一人ぼっちになり、逆に指導者のため依代とはなれず。
 自らの力だけで各地を巡って任務をこなしていた。
 栃木県の霊山と言われる岩船山は『生身地蔵』が本尊として祀られるお寺さんがある。生身地蔵は仏の一種であり、死者を抱いて癒やし、子を授けるなどの生死にまつわる伝説を持つ。
 そして、岩船山自体にも山神がいたものの、死者が集まるという性質上地元の方には『心霊スポット』として伝わってしまい……信仰する人々も心の中では畏れを抱く対象だった。
 岩船山の近くにあったレストランが閉店した後、建物を壊そうとしたら作業員が怪我して作業が中止したままになったり。診療所ができれば死者が訪れてお医者さんがいなくなってしまったり。
 怖い場所として認識されるような出来事が続いた。
 山神は各地の山に必ず存在している。その山を統括する神様だから、居なきゃならない存在で、|産土神《うぶすながみ》と呼ばれる。土地から生まれた土地神様の分類で、生まれた土地を守る神様なんだが……地元の人に怖がられるから『もうヤダ』と失踪。
 その後やって来た力ある陰陽師の真さんが盲目である事から、祀られていた生身地蔵に『これは運命だ!山神になってくれ!』と言われた。真さんは真さんで『裏公務員に嫌われてるし、人の間で働くの向いてないからそう言ってくれるならやるか』と承諾して……人の姿を捨てた。
 人はいきなり神様になる訳じゃなくて仙人になるのが始まりで、今現在は仙人として次世代の山神修行中……という事らしい。
「最初は単純に裏公務員である真幸に興味があったのだろう。我の神気にも気づき、神隠しをされた後お互い様子を窺っていた。
 そうしたら、蕨をつみだしたではないか。我は山の幸が好きだ。真幸の治癒にも役に立つ故、浄真のことを黙っていようと決めた。」
「もっともな事言ってるけど、蕨に釣られたんだな」
「そうだ。あのように美味なものを食し、神の庭で療養すれば傷はたちどころに癒える。寺で休むよりも日数は少なく、浄真には其方を害する目的もなかった。」
「確かにそうだな。おかしいとは思ってたよ。結構深い傷の腕でさえもうツルッツルだもん」
「そんな……あの傷がですか?神経の一歩手前まで達していたんですよ?」
「うん、毛羽毛現の毛が残ってて、それが原因で起きた神中毒も一晩で治ってたし」
「確かに顔色もいいですし、ツヤツヤしてますね。いや、しかし……よく帰してくれましたね。その様子では相当気に入られたでしょうに」
「気に入られてはいたが、らいばる心が強く作用していた。結界を教えればさっさと覚えてみせ、長期間やっていた死者の癒しを短期で行い、怨霊を成仏させたのだからな。
 コトリバコの中身にまで気に入られていたのだ。あれは悔しかっただろう」
「何とも物騒な呪物の名前が出て来ましたね。でも、そうですか。浄真殿はまだ、上を目指して修練されているのですね」
「あぁ、あれはよき山神になる。人から嫌われようが構わぬという覚悟を持っているのだから、山神を辞めることはない。元々の力が強いのだ、呪物がいくつ持ち込まれても問題なかろう。
 奥多摩の姫巫女とも繋がっており、仕事を回していると言っていた」
「まさか……そんな事になっているとは思いませんでした。それならそうと颯人様がご連絡してくださいよ。私達がどれだけ必死で探していたのか、分かりますよね?」
 澄まし顔の颯人とは対照に、運転してる伏見さんは目に見えて不機嫌そうな顔をしてる。……そう言えば、一泊二日のはずだけど、何日経っても現れないって言ってたな。
「伏見さん、ちなみに俺たちが山に行ってから何日経ってる?」
「一週間です。」
「…………わ、わー。そうかぁ。そんなに経ってたのかぁ」
「神の庭では時間が歪むからな、そこまで経っているとは思わなんだ。
 我も山菜に夢中であったし、真幸が幼子を抱くのが愛おしくてな。伏見のことを忘れていた」
「そうでしょうとも。今回の事は仕方ないとは言え、次回からちゃんと連絡してください。芦屋さんは全回復されたって事でいいですね?」
「ハイ」
 うん、嫌な予感がする。
 伏見さんは懐から俺のスマホを取り出して、手渡して来た。久しぶりに触って画面を開くと………………。
「アプリの通知数がヤバいんだが。100件て何?もしかしてこれ、全部俺の仕事???」
「はい。一週間分溜まってますから。早速これから現場に向かいましょう」
「ヒェッ……」
「巻きで行きましょう、巻きで。
 大丈夫ですよ、結界の実地訓練だと思えばいいんですから。鬼軍曹に優しく教えていただけるほど優秀なら芦屋さんなら、あっという間に遅れを取り戻してくださいます。芦屋さんの任務は、その数でも一生懸命他の方に差配し直したんですよ?芦屋さんを探しながら、大変な思いをした私の努力にきっと報いて下さいますよね?」
「ハイ、ガンバリマス」
 任務の依頼が山のようになっていて、内容を見てるだけで頭痛がする。こりゃ何日か徹夜かも知れん。
「伏見さんの方が鬼軍曹だろ……」
「何か仰いましたか?」
「いえ、なにも!!元気になったし、お仕事頑張りまーす!!!!!!」
「そうしてください。私もしばらくつきっきりで運転手をしますから。」
「へーい、よろしくおねがしまーす」
 苦笑いで返答し、颯人と同じく椅子に背を預け……真さんの顔を思い浮かべる。
 彼とは、いつまた会えるだろうか。ショウタロウ達とも別れたばかりなのに、もうこんなに恋しい。
 物思いに耽る俺の頭を撫でて、颯人が小さく呟いた。
「浄真は我らだけはいつでも招き入れてくれる。さぼるのにはちょうど良い場所を得た」
「んふっ…颯人、また美味しいご飯もらいに行こうな」
「応」
「聞こえないふりをして差し上げます。……浄真殿は、お元気でしたか?」
「ん?うん。山生活満喫してたよ。仲良くなったから、帰る時に寂しそうにしてくれてさ。
 真さんは本当にいい人だったし、優しくてかっこいい。俺の二人目の師匠だな」
「そうですか。芦屋さんは仙人と神が師匠なんですね。……お元気なら、良かったです。サボるのも程々にしてくださいよ?」
「はいはい。伏見さんも大概俺に甘いな。しっかりお仕事で返します」
「……ふっ、あの口癖もご健在でしたか。本当に彼に会ったんですね。次は私にも会わせてください。もう……亡くなったのだと思っていたんです」
「真さんがいいって言ったらね。」
「はい」
 伏見さんは目を少しだけ開き、沈んでいく夕日に向かって車を走らせる。
その瞳には、キラキラした雫が滲んでいた。
 伏見さんと真さんの話も、今度聞いてみようかな。ちょっとした楽しみができて、思わず鼻歌が出てしまう。
 ご機嫌な俺は裏公務員の任務アプリを開き、地図に新しくポイントを書き入れた。
『名もなき山寺.俺の癒しスポット』と。