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1話 リーレニカの正体

ー/ー







 兵舎から少し離れた空き地。
 ヴォルタスがいくつかの拠点として〈人避け〉の命令式を施したうちの一つに、奇妙な格好の女がいた。

「クッソ野郎……!」

 何体ものピエロが積み重なった上に、水着パーカーの女が腰掛け眉間に皺を寄せている。
 全身を覆っていた悪魔の(よそお)いが崩れ、やや仮装(かそう)めいた格好であった。
 彼女はムッとした顔のまま、燃えるようなオレンジの髪を掻き上げる。

「マジで死ぬところだったぜ畜生。加減しろよ」

 尻に敷いているピエロに手をかざすと、それらは全身を波立たせて弾けた。
 弾けたと言っても、自爆とは違う。単に仮初(かりそめ)の体からマシーナ粒子を解放したようだ。
 それを、水着パーカーの女――ベレッタの左手が吸引する。
 正確には、左手の手甲(ガントレット)に納めた宝玉だ。
 一瞬にして数十体のピエロをマシーナ粒子に還したベレッタは、一つ残らず吸引を果たすと――全身の傷が綺麗に消えていた。
 中途半端に崩れていた〈魔装〉も消失し、人間の姿に戻っている。

「ヴォルタスせんせー」

 返事はない。「いるんだろ?」と再度声を張ってみるが、澄んだ声が木霊(こだま)するばかり。虚しくなってこれ以上はやめた。

「ちっ。いねえのか」と文句を垂れ、後頭部を掻く。

「どーしよっかなー。旦那から金だけ貰っておきたかったんだが。無駄骨になるのは勘弁だし」

 足元の小石を蹴る。
 奔放(ほんぽう)な振る舞いが止まったのは、異様なプレッシャーを知覚したからだった。

「お?」

 顔を上げ、ある方角へ向ける。
 調子のいい笑みが戻った。
 元々、腕試しだけではなく、賞金稼ぎ(バウンティハンター)として雇われていたのだ。
 ――忘れていた仕事があったな。

「もう一個仕事があったな」


     ****


 リーレニカがソフィアの手を握っていたところ、異質なプレッシャーを遠くから感じ、思わず狐面を起動した。
 全身を漆黒の蜃気楼が覆うと、少年が二人の元へ駆け寄って来ていた。

「あーいたいた」

 それは、凛々しい顔立ちで得体の知れない気を纏っている少年。
 白を基調としたフードに、膝丈のハーフパンツ姿。
 背中に大きく、「黒鳥の刺繍」が施されている。
 機人警報のあった直後に一人で平然としている少年は、リーレニカの目に異質に映っていた。
 肩口まで掛かる黒髪からも、黒鳥(こくちょう)のピアスが覗く。

「――――」

 リーレニカは開こうとした口を閉じる。
 反応の仕方によっては、自分が不利な状況に陥る予感があったのだ。
 こちらを見透かすように見据える、空色の瞳がその予感を一層濃くした。

『シュテインリッヒ国直属の護衛騎士団長』

 Amaryllis(アマリリス)の自動音声が告げる。狐面の裏で瞳が揺れた。
 ――この少年が?
 データとして認識されているならば間違いはないだろう。確かに少年らしからぬ慄然(りつぜん)とした立ち姿だが、銀甲冑ではない。そもそもこの少年に合うサイズがないのだろうが。

「レイヴン団長」

 落ち着きを取り戻したソフィアが前に出て口にした。
 ――団長? この子が?
 リーレニカは小さく舌打ちをする。
 黒鳥――レイヴン隊の紋章を背負っているのだから、騎士団関係の人間ではあるだろう。
 リーレニカも貴族街への潜入を繰り返していたこともあり、騎士団の関係図は組織のネットワークに随時アップロードしていたが、直接目にするのは初めてだった。
 夜狐を目にするのもそうだが、迂闊な潜入を抑え、直接確認することを避けた消極的な自分を責めたくなる。
 呼びかけたのは、ソフィアを見つけたから――だけではなさそうだ。

「あんた、コードネームは?」

 そうきたか。
 リーレニカは目を伏せる。
 ソフィアから渡された狐面は、確かに「ゲストユーザー」という登録方法だ。
 部隊編成に組み込まれていないため、水面下で動いている手下を気にして当然だろう。

「申し訳ありません。緊急招集のため登録を省略していました」

 当たり障りのない答えを提示する。
 レイヴンはリーレニカの狐面に手を伸ばす。一瞬剥ぎ取られるかと思ったが、その意思が無いことを悟ると腕を小さく揺らして止まった。

「ゲストユーザーねえ」

 どうやってリーレニカの登録情報を閲覧したかは不明だが、レイヴンはかざした手を下げて訝しげな顔をした。 

「とりあえずソレ、外しなよ」

 軽い調子で狐面を指すレイヴンに、リーレニカは応じない理由を浮かべる。
 相手は返答を待たずに続けた。

「初期設定すらしてないよね。ユーザー登録してないし、誰でも使えちゃうようだと部隊連絡も取れないでしょ?」
「あの、レイヴン団長」

 ソフィアが間を取り持とうとするが、レイヴンは随分と気が短いようだ。

「それとも、外せない理由でもあるのかな」
「――⁉︎」

 突如虚空から飛び出した「槍」に、リーレニカは思わず飛び退く。
 槍は虚空からマシーナウイルスを物質化したものだと、狐面の視界にも表示されている。
 レイヴンの兵器型デバイス反応だ。それはそれとして、リーレニカはその現象が信じられないでいた。
 ――声紋認証なしでデバイスを起動したのか?
 レイヴンの生み出した槍が役目を終えると、風に攫われる砂のように脆く崩壊する。
 彼は子供っぽい笑みで、感心するように言った。

「へー。確かにうちの部隊居てもおかしくないけど」
「今こんなことをしている場合ではないはずです。商業区の子供も捕まっていますし」
「ソレだよ」

 レイヴンはリーレニカの言葉を遮るように指差す。

「なーんで貴族以外の連中を気にかけてんの? 俺たちの管轄じゃないよね? 『命の優先順位』を履き違えてない?」

 先ほどから怪しんでいる理由はそれか。
 これ以上は取り繕えないなと諦める。
 レイヴン隊は貴族や要人を守るために構成された部隊だ。
 だが、この非常事態でも一般階級の市民は護衛対象にならないらしい。
 正確には、「手当たり次第に助け回っている夜狐」が怪しく映ったのだろう。
 見かねたソフィアがリーレニカとレイヴンの間に割って入る。

「待ってください。この人は私が応援を要請した非番の隊員です」
「非番ー?」

 整った顔立ちが意地悪そうに睥睨(へいげい)する。

「この緊急時に非番もクソもないでしょ。さっきから仲介の立場でモノ言ってるけどさあ、そもそもあんたの仮面デバイスはどこにやったわけ?」
「それは」
「やっぱ、怪しーなー」

 レイヴンは虚空から新たに歪な形状のマシーナ溜まりを構築すると、試すように口の端を吊り上げる。

「そこまでにしておけ。レイヴン」

 新たに訪れた男の声に、レイヴンの構築したであろうマシーナ溜まりが崩れた。
 リーレニカもその男を見て固まってしまう。
 何もされていないというのに、目の前にいるだけで息を忘れるほどのプレッシャーを放っている。
 なびく金髪に、戦闘傷一つない整った顔立ち。澄んだ空を閉じ込めたような瞳が余裕たっぷりに三人を見据えている。
 ――ここに来るまでに一体何百という機人を葬ってきたのだろうか。
 赤く染まった「薔薇のような長剣のデバイス」を抜き身のまま握っている。
 真紅に染まり、活動的なエネルギーを閉じ込めた刀身。途方もない数のマシーナ・コアを一刀のもとに両断したのだと物語っている。
 それでも、彼の息は一切乱れていない。
 ソフィアも遅れて反応する。

「ファナリス……フリートベルク……団長」

 常勝不敗の剣鬼がリーレニカの前に現れた。
 彼が口にせずとも、立ち姿を見るだけで悟ってしまう。
 〝絶対に彼から逃げられない〟と。
 思わず歯噛みする。
 団長クラスが二人。
 しかも一人は人類最強とまで謳われた剣の鬼。
 機人を相手にした方がマシだと、眉根を寄せた。


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次のエピソードへ進む 2話 私が騎士団長だからさ


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 兵舎から少し離れた空き地。
 ヴォルタスがいくつかの拠点として〈人避け〉の命令式を施したうちの一つに、奇妙な格好の女がいた。
「クッソ野郎……!」
 何体ものピエロが積み重なった上に、水着パーカーの女が腰掛け眉間に皺を寄せている。
 全身を覆っていた悪魔の|装《よそお》いが崩れ、やや|仮装《かそう》めいた格好であった。
 彼女はムッとした顔のまま、燃えるようなオレンジの髪を掻き上げる。
「マジで死ぬところだったぜ畜生。加減しろよ」
 尻に敷いているピエロに手をかざすと、それらは全身を波立たせて弾けた。
 弾けたと言っても、自爆とは違う。単に|仮初《かりそめ》の体からマシーナ粒子を解放したようだ。
 それを、水着パーカーの女――ベレッタの左手が吸引する。
 正確には、左手の|手甲《ガントレット》に納めた宝玉だ。
 一瞬にして数十体のピエロをマシーナ粒子に還したベレッタは、一つ残らず吸引を果たすと――全身の傷が綺麗に消えていた。
 中途半端に崩れていた〈魔装〉も消失し、人間の姿に戻っている。
「ヴォルタスせんせー」
 返事はない。「いるんだろ?」と再度声を張ってみるが、澄んだ声が|木霊《こだま》するばかり。虚しくなってこれ以上はやめた。
「ちっ。いねえのか」と文句を垂れ、後頭部を掻く。
「どーしよっかなー。旦那から金だけ貰っておきたかったんだが。無駄骨になるのは勘弁だし」
 足元の小石を蹴る。
 |奔放《ほんぽう》な振る舞いが止まったのは、異様なプレッシャーを知覚したからだった。
「お?」
 顔を上げ、ある方角へ向ける。
 調子のいい笑みが戻った。
 元々、腕試しだけではなく、|賞金稼ぎ《バウンティハンター》として雇われていたのだ。
 ――忘れていた仕事があったな。
「もう一個仕事があったな」
     ****
 リーレニカがソフィアの手を握っていたところ、異質なプレッシャーを遠くから感じ、思わず狐面を起動した。
 全身を漆黒の蜃気楼が覆うと、少年が二人の元へ駆け寄って来ていた。
「あーいたいた」
 それは、凛々しい顔立ちで得体の知れない気を纏っている少年。
 白を基調としたフードに、膝丈のハーフパンツ姿。
 背中に大きく、「黒鳥の刺繍」が施されている。
 機人警報のあった直後に一人で平然としている少年は、リーレニカの目に異質に映っていた。
 肩口まで掛かる黒髪からも、|黒鳥《こくちょう》のピアスが覗く。
「――――」
 リーレニカは開こうとした口を閉じる。
 反応の仕方によっては、自分が不利な状況に陥る予感があったのだ。
 こちらを見透かすように見据える、空色の瞳がその予感を一層濃くした。
『シュテインリッヒ国直属の護衛騎士団長』
 |Amaryllis《アマリリス》の自動音声が告げる。狐面の裏で瞳が揺れた。
 ――この少年が?
 データとして認識されているならば間違いはないだろう。確かに少年らしからぬ|慄然《りつぜん》とした立ち姿だが、銀甲冑ではない。そもそもこの少年に合うサイズがないのだろうが。
「レイヴン団長」
 落ち着きを取り戻したソフィアが前に出て口にした。
 ――団長? この子が?
 リーレニカは小さく舌打ちをする。
 黒鳥――レイヴン隊の紋章を背負っているのだから、騎士団関係の人間ではあるだろう。
 リーレニカも貴族街への潜入を繰り返していたこともあり、騎士団の関係図は組織のネットワークに随時アップロードしていたが、直接目にするのは初めてだった。
 夜狐を目にするのもそうだが、迂闊な潜入を抑え、直接確認することを避けた消極的な自分を責めたくなる。
 呼びかけたのは、ソフィアを見つけたから――だけではなさそうだ。
「あんた、コードネームは?」
 そうきたか。
 リーレニカは目を伏せる。
 ソフィアから渡された狐面は、確かに「ゲストユーザー」という登録方法だ。
 部隊編成に組み込まれていないため、水面下で動いている手下を気にして当然だろう。
「申し訳ありません。緊急招集のため登録を省略していました」
 当たり障りのない答えを提示する。
 レイヴンはリーレニカの狐面に手を伸ばす。一瞬剥ぎ取られるかと思ったが、その意思が無いことを悟ると腕を小さく揺らして止まった。
「ゲストユーザーねえ」
 どうやってリーレニカの登録情報を閲覧したかは不明だが、レイヴンはかざした手を下げて訝しげな顔をした。 
「とりあえずソレ、外しなよ」
 軽い調子で狐面を指すレイヴンに、リーレニカは応じない理由を浮かべる。
 相手は返答を待たずに続けた。
「初期設定すらしてないよね。ユーザー登録してないし、誰でも使えちゃうようだと部隊連絡も取れないでしょ?」
「あの、レイヴン団長」
 ソフィアが間を取り持とうとするが、レイヴンは随分と気が短いようだ。
「それとも、外せない理由でもあるのかな」
「――⁉︎」
 突如虚空から飛び出した「槍」に、リーレニカは思わず飛び退く。
 槍は虚空からマシーナウイルスを物質化したものだと、狐面の視界にも表示されている。
 レイヴンの兵器型デバイス反応だ。それはそれとして、リーレニカはその現象が信じられないでいた。
 ――声紋認証なしでデバイスを起動したのか?
 レイヴンの生み出した槍が役目を終えると、風に攫われる砂のように脆く崩壊する。
 彼は子供っぽい笑みで、感心するように言った。
「へー。確かにうちの部隊居てもおかしくないけど」
「今こんなことをしている場合ではないはずです。商業区の子供も捕まっていますし」
「ソレだよ」
 レイヴンはリーレニカの言葉を遮るように指差す。
「なーんで貴族以外の連中を気にかけてんの? 俺たちの管轄じゃないよね? 『命の優先順位』を履き違えてない?」
 先ほどから怪しんでいる理由はそれか。
 これ以上は取り繕えないなと諦める。
 レイヴン隊は貴族や要人を守るために構成された部隊だ。
 だが、この非常事態でも一般階級の市民は護衛対象にならないらしい。
 正確には、「手当たり次第に助け回っている夜狐」が怪しく映ったのだろう。
 見かねたソフィアがリーレニカとレイヴンの間に割って入る。
「待ってください。この人は私が応援を要請した非番の隊員です」
「非番ー?」
 整った顔立ちが意地悪そうに|睥睨《へいげい》する。
「この緊急時に非番もクソもないでしょ。さっきから仲介の立場でモノ言ってるけどさあ、そもそもあんたの仮面デバイスはどこにやったわけ?」
「それは」
「やっぱ、怪しーなー」
 レイヴンは虚空から新たに歪な形状のマシーナ溜まりを構築すると、試すように口の端を吊り上げる。
「そこまでにしておけ。レイヴン」
 新たに訪れた男の声に、レイヴンの構築したであろうマシーナ溜まりが崩れた。
 リーレニカもその男を見て固まってしまう。
 何もされていないというのに、目の前にいるだけで息を忘れるほどのプレッシャーを放っている。
 なびく金髪に、戦闘傷一つない整った顔立ち。澄んだ空を閉じ込めたような瞳が余裕たっぷりに三人を見据えている。
 ――ここに来るまでに一体何百という機人を葬ってきたのだろうか。
 赤く染まった「薔薇のような長剣のデバイス」を抜き身のまま握っている。
 真紅に染まり、活動的なエネルギーを閉じ込めた刀身。途方もない数のマシーナ・コアを一刀のもとに両断したのだと物語っている。
 それでも、彼の息は一切乱れていない。
 ソフィアも遅れて反応する。
「ファナリス……フリートベルク……団長」
 常勝不敗の剣鬼がリーレニカの前に現れた。
 彼が口にせずとも、立ち姿を見るだけで悟ってしまう。
 〝絶対に彼から逃げられない〟と。
 思わず歯噛みする。
 団長クラスが二人。
 しかも一人は人類最強とまで謳われた剣の鬼。
 機人を相手にした方がマシだと、眉根を寄せた。