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第24話 亜細亜とイヌ

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 ほぼ同時刻、軽トラックを走らせる作務衣姿の男がいた。彼の名は東亜細亜(ひがしあじあ)。極東流空手を極める空手家であるが、本業は材木屋を営んでいる。
 軽トラックには、彼の製造した炭が大量に積載されている。おそらく、納品の道中なのだろう。
「......おや?」
 その道中に、歩道を歩いている何かが目に入った。白黒のツートンカラー、耳はピンと立っている。
 尻尾はくるんととぐろを巻いているその姿から、イヌだろうか? 意図せず目にしてしまった亜細亜は、路肩へ軽トラックを停車する。
 軽トラックから降車した亜細亜は、先程のイヌを呼び寄せる。
「犬公、こっちへ来い!」
 亜細亜は懸命に手招きするが、彼は警戒して立ち止まってしまう。気のせいだろうか? どことなく彼は小刻みに震えている。怖がらせてしまっただろうか。
「悪いようにはせん、こっちへ来い」
 亜細亜は粘り強く彼を待つ。しかし彼は、微動だにしない。
「弱ったわい......」
 亜細亜はしばらく思いあぐねる。そして、彼はふと閃く。
「そうだ、車内につまみが残っていたな」
 亜細亜は、つまみとしてジャーキーを携帯している。その余りを、車内に置いていたのだ。
彼はジャーキーを手に、再びイヌを呼び寄せようと試みる。
「ほれ、ジャーキーは好きだろう?」
 亜細亜はジャーキーを正面でちらつかせる。するとどうだろうか?
 彼は目の色が変わり、一気に距離を詰めてきた。だが彼は一定の距離を保ち、それ以上は踏み込んでこない。
「ふむ、一足一刀か......」
 一足一刀とは剣道の間合いの一つであり、互いに竹刀を構えると約2メートルくらいの距離感になる。つまり、イヌは亜細亜を敵対視しているも同然なのである。
「仕方あるまい......」
 亜細亜は、腰を沈めて蹲踞の姿勢になる。これもまた、剣道で試合開始前に構える姿勢である。
 空手家である亜細亜が剣道に詳しい理由、それは謎である。
三殺法(さんさっぽう)、三殺法......」
 そう呟きながら、亜細亜はジャーキーを彼の眼前でちらつかせる。そして三殺法、これもまた剣道用語である。
 気を殺し、剣を殺し、技を殺す......要するに、相手の戦意を削ぐことである。イヌを変に警戒させてしまうのは、元軍人であった彼の経験からか、それとも彼自身の人柄なのか。それもまた謎である。
「犬公、腹が減って来ただろう??」
 いつしか亜細亜は眼光鋭くなる。眼前に好物がちらついている、しかしそれは屈強な男の手中にある。イヌの葛藤もいよいよ限界を迎えた。
「ワンッ!!」
 意を決して、イヌは亜細亜の懐に飛び込んだ! 何としてもジャーキーを奪取したいという彼の思いが、体を突き動かしたのだ。
「それ来たっ!!」
 亜細亜もまた、この時を待っていた。彼を捕獲するには千載一遇のチャンスだ。
 亜細亜はすかさずイヌを抱え込む。さすがに彼も観念した様子。
「どうした? 怯えることはないぞ?」
 イヌが怯えるもの無理はない。眼光鋭い、筋骨隆々の男に捕らえられてしまったのだから。
 自分は一体何をされてしまうのか。その恐怖を想像するのは容易だ。
「うむ。さながら、戦いに怯えた負け犬の目をしている......」
 話だけでは、明らかに亜細亜が悪者に思えてしまうのは何故だろうか? 当人はあくまでイヌを保護したいだけなのだが、どうも彼の優しさは不器用に映る。
 そして亜細亜は、イヌを軽トラックの助手席に乗車させる。よく見ると、彼はリードが付いたままである。
 おそらく、散歩の途中で脱走したに違いない。亜細亜はそう確信した。
「犬公よ、車窓からの景色もなかなか乙だろう?」
 しばらく軽トラックを走らせていると、イヌは車窓から景色を眺め始めた。普段の景色が流れているように見える。イヌからすれば、それは新鮮な光景だったに違いない。
 軽トラックが目的地へ近付くにつれ、イヌは忙しなくなる。その先に何があるのだろうか? 亜細亜は疑問に思った。
「あっ!これっ!!」
 亜細亜が停車して扉を開けると、イヌは一目散に飛び出した。そして、建物の中へと入っていく。
 そう、ここは万事屋みなもと。つまり炭の納品先だ。
「ケン! どこ行ってたの!?」
 老婆の驚く声。どうやら、イヌは飼い主に再会できたようだ。
「あれ、亜細亜さん? ケンを連れてきてくれたの?」
 秋子が店から顔を出した。
「まぁ、偶然拾ってな?」
 亜細亜はぶっきらぼうに言う。
「それで、炭の納品もしてくれるんでしょ? ご苦労様!」
 秋子は笑顔で礼を言った。


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 ほぼ同時刻、軽トラックを走らせる作務衣姿の男がいた。彼の名は|東亜細亜《ひがしあじあ》。極東流空手を極める空手家であるが、本業は材木屋を営んでいる。
 軽トラックには、彼の製造した炭が大量に積載されている。おそらく、納品の道中なのだろう。
「......おや?」
 その道中に、歩道を歩いている何かが目に入った。白黒のツートンカラー、耳はピンと立っている。
 尻尾はくるんととぐろを巻いているその姿から、イヌだろうか? 意図せず目にしてしまった亜細亜は、路肩へ軽トラックを停車する。
 軽トラックから降車した亜細亜は、先程のイヌを呼び寄せる。
「犬公、こっちへ来い!」
 亜細亜は懸命に手招きするが、彼は警戒して立ち止まってしまう。気のせいだろうか? どことなく彼は小刻みに震えている。怖がらせてしまっただろうか。
「悪いようにはせん、こっちへ来い」
 亜細亜は粘り強く彼を待つ。しかし彼は、微動だにしない。
「弱ったわい......」
 亜細亜はしばらく思いあぐねる。そして、彼はふと閃く。
「そうだ、車内につまみが残っていたな」
 亜細亜は、つまみとしてジャーキーを携帯している。その余りを、車内に置いていたのだ。
彼はジャーキーを手に、再びイヌを呼び寄せようと試みる。
「ほれ、ジャーキーは好きだろう?」
 亜細亜はジャーキーを正面でちらつかせる。するとどうだろうか?
 彼は目の色が変わり、一気に距離を詰めてきた。だが彼は一定の距離を保ち、それ以上は踏み込んでこない。
「ふむ、一足一刀か......」
 一足一刀とは剣道の間合いの一つであり、互いに竹刀を構えると約2メートルくらいの距離感になる。つまり、イヌは亜細亜を敵対視しているも同然なのである。
「仕方あるまい......」
 亜細亜は、腰を沈めて蹲踞の姿勢になる。これもまた、剣道で試合開始前に構える姿勢である。
 空手家である亜細亜が剣道に詳しい理由、それは謎である。
「|三殺法《さんさっぽう》、三殺法......」
 そう呟きながら、亜細亜はジャーキーを彼の眼前でちらつかせる。そして三殺法、これもまた剣道用語である。
 気を殺し、剣を殺し、技を殺す......要するに、相手の戦意を削ぐことである。イヌを変に警戒させてしまうのは、元軍人であった彼の経験からか、それとも彼自身の人柄なのか。それもまた謎である。
「犬公、腹が減って来ただろう??」
 いつしか亜細亜は眼光鋭くなる。眼前に好物がちらついている、しかしそれは屈強な男の手中にある。イヌの葛藤もいよいよ限界を迎えた。
「ワンッ!!」
 意を決して、イヌは亜細亜の懐に飛び込んだ! 何としてもジャーキーを奪取したいという彼の思いが、体を突き動かしたのだ。
「それ来たっ!!」
 亜細亜もまた、この時を待っていた。彼を捕獲するには千載一遇のチャンスだ。
 亜細亜はすかさずイヌを抱え込む。さすがに彼も観念した様子。
「どうした? 怯えることはないぞ?」
 イヌが怯えるもの無理はない。眼光鋭い、筋骨隆々の男に捕らえられてしまったのだから。
 自分は一体何をされてしまうのか。その恐怖を想像するのは容易だ。
「うむ。さながら、戦いに怯えた負け犬の目をしている......」
 話だけでは、明らかに亜細亜が悪者に思えてしまうのは何故だろうか? 当人はあくまでイヌを保護したいだけなのだが、どうも彼の優しさは不器用に映る。
 そして亜細亜は、イヌを軽トラックの助手席に乗車させる。よく見ると、彼はリードが付いたままである。
 おそらく、散歩の途中で脱走したに違いない。亜細亜はそう確信した。
「犬公よ、車窓からの景色もなかなか乙だろう?」
 しばらく軽トラックを走らせていると、イヌは車窓から景色を眺め始めた。普段の景色が流れているように見える。イヌからすれば、それは新鮮な光景だったに違いない。
 軽トラックが目的地へ近付くにつれ、イヌは忙しなくなる。その先に何があるのだろうか? 亜細亜は疑問に思った。
「あっ!これっ!!」
 亜細亜が停車して扉を開けると、イヌは一目散に飛び出した。そして、建物の中へと入っていく。
 そう、ここは万事屋みなもと。つまり炭の納品先だ。
「ケン! どこ行ってたの!?」
 老婆の驚く声。どうやら、イヌは飼い主に再会できたようだ。
「あれ、亜細亜さん? ケンを連れてきてくれたの?」
 秋子が店から顔を出した。
「まぁ、偶然拾ってな?」
 亜細亜はぶっきらぼうに言う。
「それで、炭の納品もしてくれるんでしょ? ご苦労様!」
 秋子は笑顔で礼を言った。