Nate〜ネイト〜【1】②
ー/ー「最も重要なのは複製は『人間』じゃないってことだな」
「それは僕もわかっています」
基礎の基礎だ。
仮にも専門家に何を今更、と顔には出さないままにネイトは頷く。
「そうだね。でも教えれば、まるで|人間みたいに自分の意思でも動くんだよ。組成は人間と変わらないからな。ペットもそうだろう? 動物だと理解していても、懐けば可愛いし家族同然と見做す層もいる。同様に、勘違いしても無理はないんだ」
マックスはひとり淡々と続けた。
「──若い人は特に引き摺られやすいからくれぐれも注意を。ここのクローンはいずれオリジナルのために『解体』される存在として割り切るのがもっとも平和だ。最初からそのために作られた複製だから」
息を呑むネイトにも、彼は表情一つ動かさない。
マックスは常識を述べたに過ぎなかった。
衝撃を受ける方が未熟なのだ、と自戒する。
「人工的に培養はできても、『促成栽培』は今の技術ではまだ無理だからな。人間を、……子どもを作るってことは育てる必要があるんだ。『人工子宮』はあくまでも子宮でしかない」
それも当然理解していた。経験はなかったけれども。
「新たな『依頼』が入るまでは、今いるクローンの管理が重要度としてはメインになる。新規の依頼は滅多にないよ。莫大な費用と労力が掛かるからね。ここで最も新しいのは生産後七年だったかな。つまり私も未体験というわけだ。君と同じ」
我が子のスペア作成を考え、現実に実行できる人間はそう多くはない筈だ。
そもそも純粋な「クローン作成とその管理」に掛かる費用なら、そこまで桁外れだとは思えない。
何よりも「極秘遂行」が重視されるからこそだろう。このラボの『運営』も含めて。
本音では罪悪感など欠片も持っていなくとも、「社会的に」後ろ暗いことだ、という認識は見せつけなければならない。
形だけでも。
「君の担当二体のデータも入っているから目を通して。パスもとりあえず私にしていたのを解除したから、自分の網膜で登録するように」
卓上の専用端末を操作して彼が呼び出した、空間に映像として浮かぶデータを指しての言葉に頷く。
しかし、文字列に走らせた視線が違和感で止まってしまった。
〈ID・F-176-2〉
識別番号はいい。問題は次の……。
〈NAME・Letty〉
「あの、ここでは『研究対象』に名前を付けるんですか?」
「君は大学で、例えば解剖目的で飼育していた実験動物に愛称なりを付けていたのかい?」
あまりの驚きに思わず漏れた疑問に、マックスが逆に訊き返して来た。
「まさか!」
そんな事は考えたこともない。
実験用の動物は、あくまでも愛玩用とは別物だからだ。
「そういうことだよ。まずあり得ない。識別ナンバーそのままでは呼びにくいから実際に使用する呼称は別に決めるけれど。無機質なものをね」
やはりそうなのだ。それはそう、だろう。
「そのF-176-2の場合、本来なら〝V17〟になる。……君の前任者が特別だったんだ」
前任者。
彼も先ほど「欠員ができた」と言っていた。
だから通例ではここに来ることはないネイトが送られて来たのだろうと。
「……そういえば、僕の前任の方はどうして、その」
このラボは比喩ではなく最後の地だ。先はない。
研究者としてのみならず、単なる一個人としても一生監視下に置かれると決まっていた。
『機密』を知る人間を野放しにはできないからだ。
つまり、生きている間に自由は与えられない、筈。
ここに来ることになる前も半ば配属が決定してからも詳細を知らせる前に、としつこいくらいに念を押された。
それはネイトには選択権があったという証左でもある。
「担当していたクローンが『出荷』されて、彼女は病んだ。今は、……実質檻の中、だな」
檻の中。
文字通りの「監獄」ではないのなら、施錠された病室、か?
もし何もわからない状態だとしたら、その方が本人にとってはいいのかもしれないと感じる。
これも単に他人事だからだろうか。
「その『出荷』されたクローンは、用済みで処分されたんですか?」
「いや、戻って来ている。今は私が見ているよ。当時、必要なのは一部だけだったんだ。まだ『使える』からね、他の臓器や何かは」
ネイトの質問に答えた彼は、前任者の担当だった残り二体のうち一体は他の研究員に引き継がれた、と付け加える。
「メイサは愛情があまりにも強かった。執着と言い換えてもいい。──生まれたときから『育てた』クローンに、思い入れ過ぎてしまったんだろうな」
そもそもここに来たのも、束縛に疲れて別れを切り出した恋人を殺害したかららしい、とついでのように教えてくれる。
「自宅で恋人の遺体のすぐ傍らで、『切り離した頭部』を抱えて蹲っていたところを発見されたそうだよ。姿を見せない彼女を心配して、家を訪ねた研究室の同僚に。……どのくらいそうしていたのかね」
年齢はさほど変わらないが、彼女のラボでのキャリアはマックスよりずっと長かったのだという。
それだけ若い頃に事件を起こしたということか。
「担当クローンの呼び名を、メイサはオリジナルの名前のアレンジで付けていたようだ。〝レティ〟と〝ミリー〟、私が受け持っている欠損した個体は〝リフ〟」
改めてデータを確認すると、受け持ちのもう一体は〈ID・M-307-4〉〈NAME・R30〉になっていた。
「〝R30〟はオリジナルの名の頭文字がRなんだよ」
呼称の付与にも、このラボ特有の法則があるようだと理解する。
〝レティ〟ことF-176-2は生産後十三年、〝R30〟ことM-307-4は十一年。
性別は識別番号でわかる。前者はF、つまりFemaleで女。後者はM、Maleで男だ。
「とりあえずはこれくらいかな。不明点はその都度確認してくれればいい」
中空に浮かぶ映像から目を離し、マックスが一旦説明を打ち切った。
「はい、ありがとうございます」
「君はきちんと理解していそうだけれど。──実質、ここから二度目の人生が始まると思ったほうがいい。『俗世』のナサニエル ブライトは死んだも同然だからな。外での栄光は捨てた方が楽になる」
もちろんわかっていた。
だからこそ夢も希望もない、目を見開いても光の一筋も見いだせない現状を受け入れるべく、どうにか前を向こうとしているのだ。
突然に己を襲った不幸な出来事を嘆き哀しみ、打開策を模索して藻掻いた日々は無駄に終わった。
強制終了からの再起動、と例えるほどには割り切れていないものの、すべてを完全な過去として葬り去る覚悟を決めたのだ。
たとえ闇の中であろうとも、ネイトは唯一持つ能力を発揮できることだけに縋る道を望んだ。
無理強いされたわけではなく、選択の結果として。
市井の一人の人間としてよりも、研究者として生きることを自ら選んだのだ。
マックスの言葉通り、ネイト程度の瑕疵なら人生が終わるレベルでもなんでもない。
これまでの人生で、他のすべてを犠牲にする勢いで身につけた、──生まれて来た意味だった筈の能力を活かした技術を封印する勇気がなかった。
ただそれだけのことだ。
「それは僕もわかっています」
基礎の基礎だ。
仮にも専門家に何を今更、と顔には出さないままにネイトは頷く。
「そうだね。でも教えれば、まるで|人間みたいに自分の意思でも動くんだよ。組成は人間と変わらないからな。ペットもそうだろう? 動物だと理解していても、懐けば可愛いし家族同然と見做す層もいる。同様に、勘違いしても無理はないんだ」
マックスはひとり淡々と続けた。
「──若い人は特に引き摺られやすいからくれぐれも注意を。ここのクローンはいずれオリジナルのために『解体』される存在として割り切るのがもっとも平和だ。最初からそのために作られた複製だから」
息を呑むネイトにも、彼は表情一つ動かさない。
マックスは常識を述べたに過ぎなかった。
衝撃を受ける方が未熟なのだ、と自戒する。
「人工的に培養はできても、『促成栽培』は今の技術ではまだ無理だからな。人間を、……子どもを作るってことは育てる必要があるんだ。『人工子宮』はあくまでも子宮でしかない」
それも当然理解していた。経験はなかったけれども。
「新たな『依頼』が入るまでは、今いるクローンの管理が重要度としてはメインになる。新規の依頼は滅多にないよ。莫大な費用と労力が掛かるからね。ここで最も新しいのは生産後七年だったかな。つまり私も未体験というわけだ。君と同じ」
我が子のスペア作成を考え、現実に実行できる人間はそう多くはない筈だ。
そもそも純粋な「クローン作成とその管理」に掛かる費用なら、そこまで桁外れだとは思えない。
何よりも「極秘遂行」が重視されるからこそだろう。このラボの『運営』も含めて。
本音では罪悪感など欠片も持っていなくとも、「社会的に」後ろ暗いことだ、という認識は見せつけなければならない。
形だけでも。
「君の担当二体のデータも入っているから目を通して。パスもとりあえず私にしていたのを解除したから、自分の網膜で登録するように」
卓上の専用端末を操作して彼が呼び出した、空間に映像として浮かぶデータを指しての言葉に頷く。
しかし、文字列に走らせた視線が違和感で止まってしまった。
〈ID・F-176-2〉
識別番号はいい。問題は次の……。
〈NAME・Letty〉
「あの、ここでは『研究対象』に名前を付けるんですか?」
「君は大学で、例えば解剖目的で飼育していた実験動物に愛称なりを付けていたのかい?」
あまりの驚きに思わず漏れた疑問に、マックスが逆に訊き返して来た。
「まさか!」
そんな事は考えたこともない。
実験用の動物は、あくまでも愛玩用とは別物だからだ。
「そういうことだよ。まずあり得ない。識別ナンバーそのままでは呼びにくいから実際に使用する呼称は別に決めるけれど。無機質なものをね」
やはりそうなのだ。それはそう、だろう。
「そのF-176-2の場合、本来なら〝V17〟になる。……君の前任者が特別だったんだ」
前任者。
彼も先ほど「欠員ができた」と言っていた。
だから通例ではここに来ることはないネイトが送られて来たのだろうと。
「……そういえば、僕の前任の方はどうして、その」
このラボは比喩ではなく最後の地だ。先はない。
研究者としてのみならず、単なる一個人としても一生監視下に置かれると決まっていた。
『機密』を知る人間を野放しにはできないからだ。
つまり、生きている間に自由は与えられない、筈。
ここに来ることになる前も半ば配属が決定してからも詳細を知らせる前に、としつこいくらいに念を押された。
それはネイトには選択権があったという証左でもある。
「担当していたクローンが『出荷』されて、彼女は病んだ。今は、……実質檻の中、だな」
檻の中。
文字通りの「監獄」ではないのなら、施錠された病室、か?
もし何もわからない状態だとしたら、その方が本人にとってはいいのかもしれないと感じる。
これも単に他人事だからだろうか。
「その『出荷』されたクローンは、用済みで処分されたんですか?」
「いや、戻って来ている。今は私が見ているよ。当時、必要なのは一部だけだったんだ。まだ『使える』からね、他の臓器や何かは」
ネイトの質問に答えた彼は、前任者の担当だった残り二体のうち一体は他の研究員に引き継がれた、と付け加える。
「メイサは愛情があまりにも強かった。執着と言い換えてもいい。──生まれたときから『育てた』クローンに、思い入れ過ぎてしまったんだろうな」
そもそもここに来たのも、束縛に疲れて別れを切り出した恋人を殺害したかららしい、とついでのように教えてくれる。
「自宅で恋人の遺体のすぐ傍らで、『切り離した頭部』を抱えて蹲っていたところを発見されたそうだよ。姿を見せない彼女を心配して、家を訪ねた研究室の同僚に。……どのくらいそうしていたのかね」
年齢はさほど変わらないが、彼女のラボでのキャリアはマックスよりずっと長かったのだという。
それだけ若い頃に事件を起こしたということか。
「担当クローンの呼び名を、メイサはオリジナルの名前のアレンジで付けていたようだ。〝レティ〟と〝ミリー〟、私が受け持っている欠損した個体は〝リフ〟」
改めてデータを確認すると、受け持ちのもう一体は〈ID・M-307-4〉〈NAME・R30〉になっていた。
「〝R30〟はオリジナルの名の頭文字がRなんだよ」
呼称の付与にも、このラボ特有の法則があるようだと理解する。
〝レティ〟ことF-176-2は生産後十三年、〝R30〟ことM-307-4は十一年。
性別は識別番号でわかる。前者はF、つまりFemaleで女。後者はM、Maleで男だ。
「とりあえずはこれくらいかな。不明点はその都度確認してくれればいい」
中空に浮かぶ映像から目を離し、マックスが一旦説明を打ち切った。
「はい、ありがとうございます」
「君はきちんと理解していそうだけれど。──実質、ここから二度目の人生が始まると思ったほうがいい。『俗世』のナサニエル ブライトは死んだも同然だからな。外での栄光は捨てた方が楽になる」
もちろんわかっていた。
だからこそ夢も希望もない、目を見開いても光の一筋も見いだせない現状を受け入れるべく、どうにか前を向こうとしているのだ。
突然に己を襲った不幸な出来事を嘆き哀しみ、打開策を模索して藻掻いた日々は無駄に終わった。
強制終了からの再起動、と例えるほどには割り切れていないものの、すべてを完全な過去として葬り去る覚悟を決めたのだ。
たとえ闇の中であろうとも、ネイトは唯一持つ能力を発揮できることだけに縋る道を望んだ。
無理強いされたわけではなく、選択の結果として。
市井の一人の人間としてよりも、研究者として生きることを自ら選んだのだ。
マックスの言葉通り、ネイト程度の瑕疵なら人生が終わるレベルでもなんでもない。
これまでの人生で、他のすべてを犠牲にする勢いで身につけた、──生まれて来た意味だった筈の能力を活かした技術を封印する勇気がなかった。
ただそれだけのことだ。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「最も重要なのは|複製《クローン》は『人間』じゃないってことだな」
「それは僕もわかっています」
基礎の基礎だ。
仮にも専門家に何を今更、と顔には出さないままにネイトは頷く。
「そうだね。でも教えれば、まるで|《《人間みたいに》》自分の意思でも動くんだよ。組成は人間と変わらないからな。ペットもそうだろう? 動物だと理解していても、懐けば可愛いし家族同然と見做す層もいる。同様に、勘違いしても無理はないんだ」
マックスはひとり淡々と続けた。
「──若い人は特に引き摺られやすいからくれぐれも注意を。ここのクローンはいずれオリジナルのために『解体』される存在として割り切るのがもっとも平和だ。最初からそのために作られた複製だから」
息を呑むネイトにも、彼は表情一つ動かさない。
マックスは常識を述べたに過ぎなかった。
衝撃を受ける方が未熟なのだ、と自戒する。
「人工的に培養はできても、『促成栽培』は今の技術ではまだ無理だからな。人間を、……子どもを作るってことは育てる必要があるんだ。『人工子宮』はあくまでも子宮でしかない」
それも当然理解していた。経験はなかったけれども。
「新たな『依頼』が入るまでは、今いるクローンの管理が重要度としてはメインになる。新規の依頼は滅多にないよ。莫大な費用と労力が掛かるからね。ここで最も新しいのは生産後七年だったかな。つまり私も未体験というわけだ。君と同じ」
我が子のスペア作成を考え、現実に実行できる人間はそう多くはない筈だ。
そもそも純粋な「クローン作成とその管理」に掛かる費用なら、そこまで桁外れだとは思えない。
何よりも「極秘遂行」が重視されるからこそだろう。このラボの『運営』も含めて。
本音では罪悪感など欠片も持っていなくとも、「社会的に」後ろ暗いことだ、という認識は見せつけなければならない。
形だけでも。
「君の担当二体のデータも入っているから目を通して。パスもとりあえず私にしていたのを解除したから、自分の網膜で登録するように」
卓上の専用端末を操作して彼が呼び出した、空間に映像として浮かぶデータを指しての言葉に頷く。
しかし、文字列に走らせた視線が違和感で止まってしまった。
〈ID・F-176-2〉
識別番号はいい。問題は次の……。
〈NAME・|Letty《レティ》〉
「あの、ここでは『|研究対象《クローン》』に名前を付けるんですか?」
「君は大学で、例えば解剖目的で飼育していた実験動物に愛称なりを付けていたのかい?」
あまりの驚きに思わず漏れた疑問に、マックスが逆に訊き返して来た。
「まさか!」
そんな事は考えたこともない。
実験用の動物は、あくまでも愛玩用とは別物だからだ。
「そういうことだよ。まずあり得ない。識別ナンバーそのままでは呼びにくいから実際に使用する呼称は別に決めるけれど。無機質なものをね」
やはりそうなのだ。それはそう、だろう。
「そのF-176-2の場合、本来なら〝|V17《ヴイセブンティーン》〟になる。……君の前任者が《《特別》》だったんだ」
前任者。
彼も先ほど「欠員ができた」と言っていた。
だから通例ではここに来ることはないネイトが送られて来たのだろうと。
「……そういえば、僕の前任の方はどうして、その」
このラボは比喩ではなく最後の地だ。先はない。
研究者としてのみならず、単なる一個人としても一生監視下に置かれると決まっていた。
『機密』を知る人間を野放しにはできないからだ。
つまり、生きている間に自由は与えられない、筈。
ここに来ることになる前も半ば配属が決定してからも詳細を知らせる前に、としつこいくらいに念を押された。
それはネイト《《には》》選択権があったという証左でもある。
「担当していたクローンが『出荷』されて、|彼女《メイサ》は病んだ。今は、……実質檻の中、だな」
檻の中。
文字通りの「監獄」ではないのなら、施錠された病室、か?
もし何もわからない状態だとしたら、その方が本人にとってはいいのかもしれないと感じる。
これも単に他人事だからだろうか。
「その『出荷』されたクローンは、用済みで処分されたんですか?」
「いや、戻って来ている。今は私が見ているよ。当時、必要なのは一部だけだったんだ。まだ『使える』からね、他の臓器や何かは」
ネイトの質問に答えた彼は、前任者の担当だった残り二体のうち一体は他の研究員に引き継がれた、と付け加える。
「メイサは愛情があまりにも強かった。執着と言い換えてもいい。──生まれたときから『育てた』クローンに、思い入れ過ぎてしまったんだろうな」
そもそもここに来たのも、束縛に疲れて別れを切り出した恋人を殺害したかららしい、とついでのように教えてくれる。
「自宅で恋人の遺体のすぐ傍らで、『切り離した頭部』を抱えて蹲っていたところを発見されたそうだよ。姿を見せない彼女を心配して、家を訪ねた研究室の同僚に。……どのくらいそうしていたのかね」
年齢はさほど変わらないが、彼女のラボでのキャリアはマックスよりずっと長かったのだという。
それだけ若い頃に事件を起こしたということか。
「担当クローンの呼び名を、メイサはオリジナルの名前のアレンジで付けていたようだ。〝レティ〟と〝ミリー〟、私が受け持っている欠損した個体は〝リフ〟」
改めてデータを確認すると、受け持ちのもう一体は〈ID・M-307-4〉〈NAME・|R30《アールサーティ》〉になっていた。
「〝R30〟はオリジナルの名の頭文字がRなんだよ」
呼称の付与にも、このラボ特有の法則があるようだと理解する。
〝レティ〟ことF-176-2は生産後十三年、〝R30〟ことM-307-4は十一年。
性別は識別番号でわかる。前者はF、つまり|Female《フィメール》で女。後者はM、|Male《メール》で男だ。
「とりあえずはこれくらいかな。不明点はその都度確認してくれればいい」
中空に浮かぶ映像から目を離し、マックスが一旦説明を打ち切った。
「はい、ありがとうございます」
「君はきちんと理解していそうだけれど。──実質、ここから二度目の人生が始まると思ったほうがいい。『俗世』のナサニエル ブライトは死んだも同然だからな。外での栄光は捨てた方が楽になる」
もちろんわかっていた。
だからこそ夢も希望もない、目を見開いても光の一筋も見いだせない現状を受け入れるべく、どうにか前を向こうとしているのだ。
突然に己を襲った不幸な出来事を嘆き哀しみ、打開策を模索して藻掻いた日々は無駄に終わった。
強制終了からの再起動、と例えるほどには割り切れていないものの、すべてを完全な過去として葬り去る覚悟を決めたのだ。
たとえ闇の中であろうとも、ネイトは唯一持つ能力を発揮できることだけに縋る道を望んだ。
無理強いされたわけではなく、選択の結果として。
市井の一人の人間としてよりも、研究者として生きることを自ら選んだのだ。
マックスの言葉通り、ネイト程度の瑕疵なら人生が終わるレベルでもなんでもない。
これまでの人生で、他のすべてを犠牲にする勢いで身につけた、──生まれて来た意味だった筈の能力を活かした技術を封印する勇気がなかった。
「それは僕もわかっています」
基礎の基礎だ。
仮にも専門家に何を今更、と顔には出さないままにネイトは頷く。
「そうだね。でも教えれば、まるで|《《人間みたいに》》自分の意思でも動くんだよ。組成は人間と変わらないからな。ペットもそうだろう? 動物だと理解していても、懐けば可愛いし家族同然と見做す層もいる。同様に、勘違いしても無理はないんだ」
マックスはひとり淡々と続けた。
「──若い人は特に引き摺られやすいからくれぐれも注意を。ここのクローンはいずれオリジナルのために『解体』される存在として割り切るのがもっとも平和だ。最初からそのために作られた複製だから」
息を呑むネイトにも、彼は表情一つ動かさない。
マックスは常識を述べたに過ぎなかった。
衝撃を受ける方が未熟なのだ、と自戒する。
「人工的に培養はできても、『促成栽培』は今の技術ではまだ無理だからな。人間を、……子どもを作るってことは育てる必要があるんだ。『人工子宮』はあくまでも子宮でしかない」
それも当然理解していた。経験はなかったけれども。
「新たな『依頼』が入るまでは、今いるクローンの管理が重要度としてはメインになる。新規の依頼は滅多にないよ。莫大な費用と労力が掛かるからね。ここで最も新しいのは生産後七年だったかな。つまり私も未体験というわけだ。君と同じ」
我が子のスペア作成を考え、現実に実行できる人間はそう多くはない筈だ。
そもそも純粋な「クローン作成とその管理」に掛かる費用なら、そこまで桁外れだとは思えない。
何よりも「極秘遂行」が重視されるからこそだろう。このラボの『運営』も含めて。
本音では罪悪感など欠片も持っていなくとも、「社会的に」後ろ暗いことだ、という認識は見せつけなければならない。
形だけでも。
「君の担当二体のデータも入っているから目を通して。パスもとりあえず私にしていたのを解除したから、自分の網膜で登録するように」
卓上の専用端末を操作して彼が呼び出した、空間に映像として浮かぶデータを指しての言葉に頷く。
しかし、文字列に走らせた視線が違和感で止まってしまった。
〈ID・F-176-2〉
識別番号はいい。問題は次の……。
〈NAME・|Letty《レティ》〉
「あの、ここでは『|研究対象《クローン》』に名前を付けるんですか?」
「君は大学で、例えば解剖目的で飼育していた実験動物に愛称なりを付けていたのかい?」
あまりの驚きに思わず漏れた疑問に、マックスが逆に訊き返して来た。
「まさか!」
そんな事は考えたこともない。
実験用の動物は、あくまでも愛玩用とは別物だからだ。
「そういうことだよ。まずあり得ない。識別ナンバーそのままでは呼びにくいから実際に使用する呼称は別に決めるけれど。無機質なものをね」
やはりそうなのだ。それはそう、だろう。
「そのF-176-2の場合、本来なら〝|V17《ヴイセブンティーン》〟になる。……君の前任者が《《特別》》だったんだ」
前任者。
彼も先ほど「欠員ができた」と言っていた。
だから通例ではここに来ることはないネイトが送られて来たのだろうと。
「……そういえば、僕の前任の方はどうして、その」
このラボは比喩ではなく最後の地だ。先はない。
研究者としてのみならず、単なる一個人としても一生監視下に置かれると決まっていた。
『機密』を知る人間を野放しにはできないからだ。
つまり、生きている間に自由は与えられない、筈。
ここに来ることになる前も半ば配属が決定してからも詳細を知らせる前に、としつこいくらいに念を押された。
それはネイト《《には》》選択権があったという証左でもある。
「担当していたクローンが『出荷』されて、|彼女《メイサ》は病んだ。今は、……実質檻の中、だな」
檻の中。
文字通りの「監獄」ではないのなら、施錠された病室、か?
もし何もわからない状態だとしたら、その方が本人にとってはいいのかもしれないと感じる。
これも単に他人事だからだろうか。
「その『出荷』されたクローンは、用済みで処分されたんですか?」
「いや、戻って来ている。今は私が見ているよ。当時、必要なのは一部だけだったんだ。まだ『使える』からね、他の臓器や何かは」
ネイトの質問に答えた彼は、前任者の担当だった残り二体のうち一体は他の研究員に引き継がれた、と付け加える。
「メイサは愛情があまりにも強かった。執着と言い換えてもいい。──生まれたときから『育てた』クローンに、思い入れ過ぎてしまったんだろうな」
そもそもここに来たのも、束縛に疲れて別れを切り出した恋人を殺害したかららしい、とついでのように教えてくれる。
「自宅で恋人の遺体のすぐ傍らで、『切り離した頭部』を抱えて蹲っていたところを発見されたそうだよ。姿を見せない彼女を心配して、家を訪ねた研究室の同僚に。……どのくらいそうしていたのかね」
年齢はさほど変わらないが、彼女のラボでのキャリアはマックスよりずっと長かったのだという。
それだけ若い頃に事件を起こしたということか。
「担当クローンの呼び名を、メイサはオリジナルの名前のアレンジで付けていたようだ。〝レティ〟と〝ミリー〟、私が受け持っている欠損した個体は〝リフ〟」
改めてデータを確認すると、受け持ちのもう一体は〈ID・M-307-4〉〈NAME・|R30《アールサーティ》〉になっていた。
「〝R30〟はオリジナルの名の頭文字がRなんだよ」
呼称の付与にも、このラボ特有の法則があるようだと理解する。
〝レティ〟ことF-176-2は生産後十三年、〝R30〟ことM-307-4は十一年。
性別は識別番号でわかる。前者はF、つまり|Female《フィメール》で女。後者はM、|Male《メール》で男だ。
「とりあえずはこれくらいかな。不明点はその都度確認してくれればいい」
中空に浮かぶ映像から目を離し、マックスが一旦説明を打ち切った。
「はい、ありがとうございます」
「君はきちんと理解していそうだけれど。──実質、ここから二度目の人生が始まると思ったほうがいい。『俗世』のナサニエル ブライトは死んだも同然だからな。外での栄光は捨てた方が楽になる」
もちろんわかっていた。
だからこそ夢も希望もない、目を見開いても光の一筋も見いだせない現状を受け入れるべく、どうにか前を向こうとしているのだ。
突然に己を襲った不幸な出来事を嘆き哀しみ、打開策を模索して藻掻いた日々は無駄に終わった。
強制終了からの再起動、と例えるほどには割り切れていないものの、すべてを完全な過去として葬り去る覚悟を決めたのだ。
たとえ闇の中であろうとも、ネイトは唯一持つ能力を発揮できることだけに縋る道を望んだ。
無理強いされたわけではなく、選択の結果として。
市井の一人の人間としてよりも、研究者として生きることを自ら選んだのだ。
マックスの言葉通り、ネイト程度の瑕疵なら人生が終わるレベルでもなんでもない。
これまでの人生で、他のすべてを犠牲にする勢いで身につけた、──生まれて来た意味だった筈の能力を活かした技術を封印する勇気がなかった。
ただそれだけのことだ。