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第35話 打ち上げ

ー/ー



 一向は車で森から町へと移動をし、フリッツが見付けた店の近くにある路駐スペースに車を停めた。
 そしてフリッツとモーズは目当ての店先で、フランスパンを用いてハムやチーズ、サラミ、スライストマトを挟んだサンドイッチことボカディージョを人数分購入する。

「それじゃ僕は車で食べているから、食事が終わったら戻ってきてくれ」

 そこでフリッツは路駐をしている車に戻り、モーズはウミヘビらを連れて歩道に置かれたベンチに座ると、そこでマスクを取る。ちなみに赤く変質した右目は流石に目立つので、周囲の目を気にして貼るタイプの眼帯を貼り付けている。
 尤も見目麗しいウミヘビ達が、特に派手で華のある美貌を持つ水銀が隣に座ってきた以上、何をしても注目を集めてしまっているが。

「アンタそんな顔をしていたのねぇ。声の印象と全く変わらないわ」
「そ、そうか」

 そんな水銀に声をかけられているモーズは、民間人の通行人による、

「何の集団なんだ」
「モデル? 俳優?」
「変わった白衣着てる」
「映画かドラマの撮影?」
「眼帯の人マネージャー?」

 というざわつきと共に集まる視線に気まずくなりつつ、カザカザと音を立てながら包み紙からボカディージョを取り出す。

「スパイスが足りないス……」
「これで足りねぇとか。相変わらず辛党だな」

 ニコチンとタリウムはベンチに座る気はなく、ベンチの側で立ったまま食している。なのでモーズの反対側の空いた席にはセレンが座った。
 なおタリウムのボカディージョには辛口パプリカパウダーがまぶしてあるのだが、彼はその程度の香辛料では満足できないらしい。しょんぼりと少々悲しげにボカディージョを食べている。

「まぁまぁね」
「美味しいですねぇ、先生」

 水銀は斜に構えて、セレンは素直に食事を楽しんでいる。
 同じ物を食べているというのに、反応は各々違う。人間と同じくウミヘビの好みも千差万別なのだ。それは当たり前の事。

「先生? どうしましたか?」

 ボカディージョに口を付けず、ただウミヘビ達を眺めてるいるモーズに気付いたセレンが様子を訊ねてくる。

「……いや、誰かと食事をするのは六年ぶりなものでな」

 珊瑚症検査で自身が陽性だとわかったその日から、モーズはずっと一人で食事を済ませていた。
 学生の頃も軍医の頃も病棟勤めの頃も、ずっと。

「感染者を看取った後だというのに、少し、楽しい」

 だから何だか、懐かしくなってしまって。
 洋館の持ち主であった親子3人が息絶えるその時を目の当たりにしたのに、こんな気持ちを抱いていいのかと、モーズは背徳感に苛まれてしまっていた。
 するとニコチンが呆れた顔で「馬鹿」とシンプルに罵ってきた。

「あんなの日常茶飯事だぞ。へこたれた方が困るわ」
「大事なのはメリハリですよ、先生っ」
「人間も葬式で美味いもの食べて談笑するらしいじゃないスか。別に変な事じゃないんじゃ?」
「状況に関わらず食欲があるのは寧ろ誇るべき事よ? 人間はこまめにエネルギー補給しなきゃ、直ぐ倒れるんだから」

 呆れたり励ましてくれたり単に疑問に思ったり、褒めているのか貶しているのか判断に迷う事を言ったり。
 返ってくる反応も千差万別だ。だが確かに、彼らの言う通り重く考え過ぎても事態は好転しない。

(慣れ、メリハリ、弔い、エネルギー補給……)

 それは何も、おかしい事ではない。それぞれ次に繋げる為に必要な行為。

「そうか。そうだな。……いただきます」

 モーズは力の抜けた笑みを一つ零して、ようやく食事を始めたのだった。


 ***

「モーズくんはウミヘビと直ぐに打ち解けるね。いい事だ」

 車の助手席でフロントガラス越しにモーズの様子を見ていたフリッツが、微笑ましそうにそう言った。
 そして彼は運転席に座る、ルービックキューブを延々と動かしていた赤毛の車番にボカディージョを一つ手渡す。

「? 俺、なーんにもしてないよ?」
「僕一人で食べるのも寂しいじゃないか、付き合ってくれ」
「ふーん、いいよ」

 承諾した車番の彼は肩を越すぐらいの長さの髪を、首の後ろで一つに縛った。それによって緑色のインナーカラーがよく見えるようになる。そうして髪が食事の邪魔にならないようにしてから、彼はボカディージョを受け取った。
 渡し終えたフリッツも食事を摂る為、金具に手を伸ばしフェイスマスクを外す。
 すると車番は目元を隠す真っ黒いゴーグル越しにフリッツの顔をまじまじと見詰めてきて、次いで「あらま」と驚いた声を出した。

「フリッツ、新人さんとご飯食べなくて正解かも」
 そして彼は垂れ目面長顔という優しげなフリッツの素顔の、

「酷い顔してる」

 病的に青白くなった顔色を指摘してきた。

「……。心配させてしまうほど?」
「病院に行かせたくなるほど」

 車番にはっきりと告げられてしまい、右手で顔を覆って項垂れるフリッツ。
 そんな彼の背中を車番は軽くさすって励ましてくれた。

「一人で頑張ったねぇ、フリッツ。応援を呼んでもよかっただろうに。ユストゥスなら飛んでくるでしょ」
「それは、だって……。モーズくんは僕がラボで受け持つ初めての後輩で、指導役で、しかも今日は研修初日なんだ」

 途切れ途切れに言葉を紡ぐフリッツだがしかし、

「……格好悪いところ、見せたくないじゃないか」

 結局の所、それが全てである。
 素直に答えてくれたフリッツに車番はにこにこと、微笑ましそうに笑う。そして新しく入った、ウミヘビらに対して臆さずに談笑をしているモーズに視線を移し、彼はまた笑う。

「ふふ。これから賑やかになりそうで、楽しみ」

 ◇

「はぁー……。はぁー……」

 狼の声やフクロウの鳴き声が聞こえる真夜中、森の奥地。
 そこに建つ人々に忘れ去られた教会の廃墟に、澄んだ海に似た水色の瞳をした、黒服の男が身体を引きずるようにして入ってゆく。

「逃した、逃した。大罪人を、背徳者どもを」

 月明かりに照らされた彼の姿はボロボロで、黒服は焼けこげ肌も爛れている。
 腹に空いた穴に至っては未だに止血が叶わず、時折りぼたぼたと滴り落ちる血痕が、ひび割れた石造りの教会を汚していた。

「許さない、許さない、許さない! この世に存在しているそれ自体を!」

 びきびきびき
 男が怒りの声を上げた直後、彼の皮膚は波打ち、まるで水面が沸騰しているかのように蠢く。その奇怪な動きが落ち着く頃には、火傷の跡が何事もなかったかのように治ってしまった。
 そんな、人外じみた再生力を発揮した男の前に、金髪金眼の輝かしい容姿をした――ルチルが物陰から姿を現す。

「おかえりなさい、『ラリマー』」

 ルチルは黒服がボロボロになってしまった男『ラリマー』に、新しい黒コートを肩にかけてあげると、穏やかな笑顔と共に帰還を喜んだ。

「無事に()()()を迎えられた事に祝福を……。と思ったのですが、随分と深手を負いましたね」

 ラリマーの火傷跡は消え去った。しかし腹部に空いた穴は背中まで貫通しているのもあって瞬時には塞がらず、血を流しながらじわじわと穴を縮め修復している所であった。
 ギリ。
 ラリマーが苦々しげな顔で奥歯を噛み締める。

「ヤニカスなウミヘビに、やられた」
「ヤニ、とは……つまり喫煙者? ……もしや(ニコチン)と会ったのですか?」
「さぁ? 覚えて、ない。ただそう、罵られていた」

 そこまで話してラリマーは瓦礫の上に腰をおろす。
 背中と胸元から生えていた真っ赤な菌糸は今はなく、身体を動かすに不都合はなかった。

「しかし、俺の神聖なる誕生日を邪魔してきたんだ。次に会ったら、土に還してやろう」
「そう血気盛んにならずとも。ウミヘビが厄介なのは今回の事で味わったでしょう? 同胞なのです。一人で何でもこなそうとするのではなく、ワタクシも頼って頂きたい」

 人当たりのいい笑みを浮かべて、ルチルは怒り心頭なラリマーを落ち着かせる。

「……彼らの足取りを辿れば、またモーズ先生にも会えるかもしれませんし」

 自分の欲望を、垣間見せながら。



 ▼△▼

 次章より『不夜城攻略編』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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 一向は車で森から町へと移動をし、フリッツが見付けた店の近くにある路駐スペースに車を停めた。
 そしてフリッツとモーズは目当ての店先で、フランスパンを用いてハムやチーズ、サラミ、スライストマトを挟んだサンドイッチことボカディージョを人数分購入する。
「それじゃ僕は車で食べているから、食事が終わったら戻ってきてくれ」
 そこでフリッツは路駐をしている車に戻り、モーズはウミヘビらを連れて歩道に置かれたベンチに座ると、そこでマスクを取る。ちなみに赤く変質した右目は流石に目立つので、周囲の目を気にして貼るタイプの眼帯を貼り付けている。
 尤も見目麗しいウミヘビ達が、特に派手で華のある美貌を持つ水銀が隣に座ってきた以上、何をしても注目を集めてしまっているが。
「アンタそんな顔をしていたのねぇ。声の印象と全く変わらないわ」
「そ、そうか」
 そんな水銀に声をかけられているモーズは、民間人の通行人による、
「何の集団なんだ」
「モデル? 俳優?」
「変わった白衣着てる」
「映画かドラマの撮影?」
「眼帯の人マネージャー?」
 というざわつきと共に集まる視線に気まずくなりつつ、カザカザと音を立てながら包み紙からボカディージョを取り出す。
「スパイスが足りないス……」
「これで足りねぇとか。相変わらず辛党だな」
 ニコチンとタリウムはベンチに座る気はなく、ベンチの側で立ったまま食している。なのでモーズの反対側の空いた席にはセレンが座った。
 なおタリウムのボカディージョには辛口パプリカパウダーがまぶしてあるのだが、彼はその程度の香辛料では満足できないらしい。しょんぼりと少々悲しげにボカディージョを食べている。
「まぁまぁね」
「美味しいですねぇ、先生」
 水銀は斜に構えて、セレンは素直に食事を楽しんでいる。
 同じ物を食べているというのに、反応は各々違う。人間と同じくウミヘビの好みも千差万別なのだ。それは当たり前の事。
「先生? どうしましたか?」
 ボカディージョに口を付けず、ただウミヘビ達を眺めてるいるモーズに気付いたセレンが様子を訊ねてくる。
「……いや、誰かと食事をするのは六年ぶりなものでな」
 珊瑚症検査で自身が陽性だとわかったその日から、モーズはずっと一人で食事を済ませていた。
 学生の頃も軍医の頃も病棟勤めの頃も、ずっと。
「感染者を看取った後だというのに、少し、楽しい」
 だから何だか、懐かしくなってしまって。
 洋館の持ち主であった親子3人が息絶えるその時を目の当たりにしたのに、こんな気持ちを抱いていいのかと、モーズは背徳感に苛まれてしまっていた。
 するとニコチンが呆れた顔で「馬鹿」とシンプルに罵ってきた。
「あんなの日常茶飯事だぞ。へこたれた方が困るわ」
「大事なのはメリハリですよ、先生っ」
「人間も葬式で美味いもの食べて談笑するらしいじゃないスか。別に変な事じゃないんじゃ?」
「状況に関わらず食欲があるのは寧ろ誇るべき事よ? 人間はこまめにエネルギー補給しなきゃ、直ぐ倒れるんだから」
 呆れたり励ましてくれたり単に疑問に思ったり、褒めているのか貶しているのか判断に迷う事を言ったり。
 返ってくる反応も千差万別だ。だが確かに、彼らの言う通り重く考え過ぎても事態は好転しない。
(慣れ、メリハリ、弔い、エネルギー補給……)
 それは何も、おかしい事ではない。それぞれ次に繋げる為に必要な行為。
「そうか。そうだな。……いただきます」
 モーズは力の抜けた笑みを一つ零して、ようやく食事を始めたのだった。
 ***
「モーズくんはウミヘビと直ぐに打ち解けるね。いい事だ」
 車の助手席でフロントガラス越しにモーズの様子を見ていたフリッツが、微笑ましそうにそう言った。
 そして彼は運転席に座る、ルービックキューブを延々と動かしていた赤毛の車番にボカディージョを一つ手渡す。
「? 俺、なーんにもしてないよ?」
「僕一人で食べるのも寂しいじゃないか、付き合ってくれ」
「ふーん、いいよ」
 承諾した車番の彼は肩を越すぐらいの長さの髪を、首の後ろで一つに縛った。それによって緑色のインナーカラーがよく見えるようになる。そうして髪が食事の邪魔にならないようにしてから、彼はボカディージョを受け取った。
 渡し終えたフリッツも食事を摂る為、金具に手を伸ばしフェイスマスクを外す。
 すると車番は目元を隠す真っ黒いゴーグル越しにフリッツの顔をまじまじと見詰めてきて、次いで「あらま」と驚いた声を出した。
「フリッツ、新人さんとご飯食べなくて正解かも」
 そして彼は垂れ目面長顔という優しげなフリッツの素顔の、
「酷い顔してる」
 病的に青白くなった顔色を指摘してきた。
「……。心配させてしまうほど?」
「病院に行かせたくなるほど」
 車番にはっきりと告げられてしまい、右手で顔を覆って項垂れるフリッツ。
 そんな彼の背中を車番は軽くさすって励ましてくれた。
「一人で頑張ったねぇ、フリッツ。応援を呼んでもよかっただろうに。ユストゥスなら飛んでくるでしょ」
「それは、だって……。モーズくんは僕がラボで受け持つ初めての後輩で、指導役で、しかも今日は研修初日なんだ」
 途切れ途切れに言葉を紡ぐフリッツだがしかし、
「……格好悪いところ、見せたくないじゃないか」
 結局の所、それが全てである。
 素直に答えてくれたフリッツに車番はにこにこと、微笑ましそうに笑う。そして新しく入った、ウミヘビらに対して臆さずに談笑をしているモーズに視線を移し、彼はまた笑う。
「ふふ。これから賑やかになりそうで、楽しみ」
 ◇
「はぁー……。はぁー……」
 狼の声やフクロウの鳴き声が聞こえる真夜中、森の奥地。
 そこに建つ人々に忘れ去られた教会の廃墟に、澄んだ海に似た水色の瞳をした、黒服の男が身体を引きずるようにして入ってゆく。
「逃した、逃した。大罪人を、背徳者どもを」
 月明かりに照らされた彼の姿はボロボロで、黒服は焼けこげ肌も爛れている。
 腹に空いた穴に至っては未だに止血が叶わず、時折りぼたぼたと滴り落ちる血痕が、ひび割れた石造りの教会を汚していた。
「許さない、許さない、許さない! この世に存在しているそれ自体を!」
 びきびきびき
 男が怒りの声を上げた直後、彼の皮膚は波打ち、まるで水面が沸騰しているかのように蠢く。その奇怪な動きが落ち着く頃には、火傷の跡が何事もなかったかのように治ってしまった。
 そんな、人外じみた再生力を発揮した男の前に、金髪金眼の輝かしい容姿をした――ルチルが物陰から姿を現す。
「おかえりなさい、『ラリマー』」
 ルチルは黒服がボロボロになってしまった男『ラリマー』に、新しい黒コートを肩にかけてあげると、穏やかな笑顔と共に帰還を喜んだ。
「無事に|誕《・》|産《・》|日《・》を迎えられた事に祝福を……。と思ったのですが、随分と深手を負いましたね」
 ラリマーの火傷跡は消え去った。しかし腹部に空いた穴は背中まで貫通しているのもあって瞬時には塞がらず、血を流しながらじわじわと穴を縮め修復している所であった。
 ギリ。
 ラリマーが苦々しげな顔で奥歯を噛み締める。
「ヤニカスなウミヘビに、やられた」
「ヤニ、とは……つまり喫煙者? ……もしや、《ニコチン》と会ったのですか?」
「さぁ? 覚えて、ない。ただそう、罵られていた」
 そこまで話してラリマーは瓦礫の上に腰をおろす。
 背中と胸元から生えていた真っ赤な菌糸は今はなく、身体を動かすに不都合はなかった。
「しかし、俺の神聖なる誕生日を邪魔してきたんだ。次に会ったら、土に還してやろう」
「そう血気盛んにならずとも。ウミヘビが厄介なのは今回の事で味わったでしょう? 同胞なのです。一人で何でもこなそうとするのではなく、ワタクシも頼って頂きたい」
 人当たりのいい笑みを浮かべて、ルチルは怒り心頭なラリマーを落ち着かせる。
「……彼らの足取りを辿れば、またモーズ先生にも会えるかもしれませんし」
 自分の欲望を、垣間見せながら。
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