「ソバをこう、ズルズルする音が下品だろ?だから嫌なんだよ」
「おい、少し声を落とせ。周りの人に迷惑だろ。」
「何故だ?海外では意見を言うことは自由だぞ。金を払うのに遠慮をしなければならない理由は何だ?」
「…お前なぁ……」
現時刻 14:00 一杯目のそばを食べ終わり、あまりにも美味しすぎておかわりを頼んでしまった。
俺たちのだいぶ後から入店して来た、スーツ姿の男二人が離れた席で話をしている。……正直、嫌な感じだ。
蕎麦屋さんに来てまで言うセリフじゃない。そもそも嫌だと思うところにわざわざ来て、大きな声で語る様な話題じゃないだろ。ここは日本だし、海外はどうでも日本のルールが最優先だ。
海外だって人様が聞いていて嫌な話を大声で話したりしない筈だし。
店内は他のお客さんがポツポツいるが、誰も彼もが怪訝な顔をして箸を止めている。
店主のおじいさんも、おばあちゃんも顔色が曇ってしまった。
「そもそも箸というものを使っている国なんて限定的なんだ。海外に行った時に困るかもしれないじゃないか?」
「他の飲食店ならカトラリーで違うものを使っているだろ。そばは箸で食うもんだし万能だよ」
「その考え方だよ、僕が常々疑問に思っているのはさぁ。こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない…そんな排他的な考えだから日本は遅れて居るんだよ」
「何がだよ。」
「クリーンエネルギーなんかに関してもそうだろう?ディーゼルやら、ソーラーパネルやら。教育もそうだ、古語なんか必要ないだろうに」
「随分前に規制を受けたディーゼル燃料は、今や発展して第一線のクリーンエネルギーになってるよ。日本が規制してから間を置かずに欧米各国がこぞってディーゼル車を出してる。日本は突然ダメだって言われて、なかなか輸入できなくて大変な思いをした会社もあったんだ。確かにコレは遅れてるかもな。規制が早過ぎたとも言えるが」
「へぇ…そうなのか」
「ソーラーパネルを設置して山や森林を伐採したら元も子もないのにバサバサ切ってるのおかしいだろ。割り箸を規制していた頃は何だったんだよ。
それにソーラーパネルは、漏電や劣化で火事を起こしたら水で鎮火できないんだぞ」
「水で消せないならどうするんだ?」
「特殊な薬剤を散布するんだよ…お前知らんのか?」
「知らん」
「はぁ…そうかい。
古語に関しては『学ぶ』という機会を|一《・》|部《・》|の《・》|人《・》|に《・》|は《・》|意《・》|味《・》|が《・》|な《・》|い《・》と言って学べなくなるのはどうかと思うが。日本は長い歴史を大切にして居る国で、それを学ぶには必要な言語だ。日本語を話すなら、語源を知らずに居るのはどうかと思う」
「そ、そういう意見もあるな。知らんけど。後はそうだな…神社なんかも復興して居るがあんなものよりも人間の建物を先に直すべきじゃないのか?税金の無駄遣いしやがって」
「復興するのに土地を整えるだろ。昔から守ってくれる神様達にちゃんと挨拶しなきゃならないってのは理屈として合ってるし、神社の復興云々に関しては主財源は神社の権利者や神主達、地域住民の氏子さんだ。税金じゃない」
「金はいいとして、神様に一々伺いを立てるとか、どう考えてもおかしいだろ?そばを啜る音が不快なのと同じくらい意味がない」
「神社の周辺は天変地異が起きてないってネットでも話題になってるじゃないか。もう、蕎麦の話はやめろ。単純に俺たちはうるさい迷惑客でしかない」
「だから、誰に配慮する必要があるんだよ?そう言う事だからこの国は…」
まともな意見を言っている方は押し黙り、一方的な会話がつづく。トレーを持ったおばあちゃんは戸惑っている。迷惑な輩が注文したお蕎麦を一旦カウンターに置き直し、先に俺たちの追加分を持ってきた。
「……ごめんね」
「いえ……」
小さく囁かれて、胸がずきりと痛む。……どうしよう。割って入るべきか否か。店内に俺達だけならさっさと怒れるけど、今そうしたら他のお客さんが嫌な思いをするかも知れない。正義を振り翳すだけが正しい行いじゃない、と思うんだ。
おばあちゃんは意を結したように、険悪な状態になった二人にそばを持っていく。
「お、お待たせしましたー。冷たいお蕎麦が二つです」
「ありがとうございます」
「我々より後に頼んだ人の方が先ですか?おかしくないですか?」
「え、えぇと……」
「何言ってんだよお前!いい加減にしろ!」
「だって、俺たちのほうが先だっただろ。海外では――」
俺が我慢できずに腰を浮かしたその時、颯人が思いっきり音を立ててそばを豪快に啜る。机についた俺の手をトントン、と指の先で叩いた。
「あぁ!うまい!うまいなぁ!蕎麦はこう、豪快に啜るのが楽しみなのだ!|一度《ひとたび》啜れば鼻に蕎麦の香ばしさが引き立ち、味もまたひとしおだな!昔の人は良くこのような食べ方を思いついたものだ!」
「……颯人…」
「こんなうまいそばを出す店に出会えてよかったなぁ!氷水に何度も手を浸し、熱い火に汗を流しながらも作ってくれた職人に敬意を表さねば!これでまた仕事に精が出ると言うものだ!!」
俺が見ていた颯人なら絶対しない食べ方で、大仰にズルズルと麺を啜って音を立てる。一口食べるごとに『うまい』と呟いている。
それを見た周りのお客さん達が、みんな一斉に食事を再開し始めた。
季節外れだが…暑い日が続いて居る今、わざわざ軒先に吊るしたであろう風鈴がチリン、と音を立てる。
小さな声で「食べ物を作る人って、大変だよね」「暑いのに冷たいものが食べられてありがたいね」「お蕎麦ってこんなにおいしいんだね」と言う会話が聞こえて、俺は拳を握りしめた。
食べ終わったお客さんは、おばあちゃんにお金を渡しながら「美味しかったです」「また来ます」「暑いのにありがとう」と笑顔でお店を出ていく。
誰もいなくなった店内で、男性達は黙ってそばを食べ出した。
「よいか、真幸。我らの仕事は目前ばかり見ていてはならぬ。
許容できぬものがあったとして、それを覚えて憎む事をしてはならぬ。声をあげて非難したとしてもその者には届かぬだろう。自ら過ちに気づかねば…人はそこから這い上がれぬのだ」
「そう、だな…」
握り締めた手を颯人の両手でくるまれて、じわじわ手のひらが暖かくなる。
あんなに熱かった体温はすっかりさがって、爪先まで冷たくなっていた。
颯人はおばあちゃんに蕎麦湯を頼んでくれて、おばあちゃんは頷きながらキッチンに向かい、背中を向けて涙を拭いていた。
「其方の『守りたいもの』を間違えるな。雑音に惑わされてはならぬ。」
「はい。」
「…我も少々やりすぎたな。少しは響くと良いが」
「そっか。ふふ…颯人のお芝居…おかしかったな。でも、この後の仕事は本当に頑張れそうだ」
『あぁ』と笑顔で返事をもらい、俺も蕎麦を啜る。少しだけ、わさびが沁みて涙に視界が滲んだ。
━━━━━━
「よし…次だな」
「真幸、少し休まぬか。顔色が悪い」
「大丈夫。あと少しだから」
現時刻 23:30 夜が支配した暗闇の中で鳥居を拝し、小さな社を後にする。
ここの土地神が教えてくれた神社は後三つ。今日中に終わるのは少し難しいかも知れない。
沢山届く伏見さんのメッセージは、確認出来てない。手足がずっしり重くて…スマホを取り出すのも億劫になってしまった。
祝詞の成功率が上がっていたのは九時ぐらいまでだったかな。疲労が蓄積して、さっきの神社には時間がかかってしまった。土地神にも心配させてしまったし、本当に早く成長しなければならないと痛感するばかりだ。
「――真幸!」
「あれ…すまん、ちょっと眩暈がするだけだから…大丈夫」
颯人に支えられて、額を抑える。決意したばかりでこんな風になってるんじゃ情けないな。ふらふらして足がもつれてしまったみたいだ。
「今日はもう休め。一朝一夕には成長などできぬ」
「うん…でも」
「でももかかしもない。霊力は暫しでも休めば回復する。そこな椅子に座れ。飲み物を買ってこよう」
「ありがとう」
颯人にお財布を渡して、すぐ近くの公園のベンチに座って、背もたれに体を預ける。
颯人……自販機でジュース買えるのか。俺が買うのじっと見てたのは勉強してたんだな。
エレベーターとエスカレーターを微妙に間違えて覚えているくらいなのに、ああやって現代のものに対してどんどん知識を蓄えて行くんだ。颯人は常に何かを学んでいる。
お蕎麦屋さんのおばあちゃんが、背中を向けて涙を流していた姿がずっと頭から離れない。一生懸命頑張って居る人に対して、あんな台詞を吐くなんて許したくないけど…今の日本の情勢は混乱を極めて居る。
早く、元通りにして…いろんな懸念を無くしたらあんな風に口さがない人も減ってくれると思いたい。
日本の人ってさ、大声で怒鳴ったり言い争うっていう事をそうそうしないよな。気弱とか内気とかそういう事じゃない。
悪意を受け取らない努力をしていると、そう思う。善意という名のつくものは加虐性もあって、例え俺があの場で注意したとしても誰かが嫌な思いをしていただろう。
颯人のやり方は正しかったと思う。お客さん達は颯人の善意を受け取って静かに広めた。
おばあちゃんはあの二人に腹を立てることもなく、お客さんの優しさに涙したんだ。
憎まれ事を言う人に直接怒りをぶつけたりしない……なんだろうな…こういう国なんだよなって、俺は胸がいっぱいになった。
土地神達が眠っていた理由は、神社の周囲以外で守りきれなかった|何《・》|か《・》を助けようとしたからだった。
怪我をした人が居て、救助隊が来るまで雨に濡れないようにその人の周りにだけ結界を張ってあげたり。火事で避難してはぐれた迷子のわんこを飼い主さんの元へ導いたり、避難するのに邪魔だった崩れた重たい材木を避けるのに手を貸したり。
神様達は霊力がある人にしか見えないから、助けてもらった人間は誰が助けてくれたのかわからないままだ。
颯人みたいに顕現していれば普通に見えるみたいだけど…小さな社の小さな神様達は人知れず身の回りの人たちを助けて、疲れ果てて眠っていたんだ。
胸に手を当てて、深呼吸する。
少し前まで憎くて、生きてるだけで苦しくて仕方なかった世の中が……実は小さな善意に溢れていて地に足をついて踏ん張る人たち、それをそっと支える神様たちがいる事を知って、颯人が俺の元に降り立った時みたいに色を変えて行く。
体がヘトヘトでもう立てない、って思っていても…何度でも立ち上がれる気がする。
俺にこんな気づきのきっかけをくれたのは颯人だと思う。
「真幸?どうした…何故そのように泣く」
いつの間にか戻ってきた颯人は腰を折って俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。背が大きいから、それでも見上げるような高さにいる彼に顔をあげて目線を合わせて、自分の顔が勝手に笑った。
「なんか幸せなんだよ。」
「……ほう?そなたは疲弊しているのにか?」
「うん。この仕事ができるのが嬉しい。いつか…大祓祝詞をちゃんと読めるようになりたい。今はまだできないのが悔しい」
「……そのうちにできるようになる。そのように思えるのなら、時間はかかるまい。疲れた時は甘いものが良い。朝にこれを飲んでいただろう?早う腹に何かを入れるのだ」
「……あぁ。ありがとう」
颯人が買ってきたのは朝イチで飲んだカフェオレ。よく覚えてたな…。
小さな缶を受け取って、一口含むと甘い味とコーヒーの香りに包まれた。
「霊力の貯蔵庫がそなたは少し小さい。成長にはそれを広げる事が必須となろう。それは我が請け負う。
そなたが思うようにし、支えるのはばでぃたる我の役目だ」
「うん、頼む…颯人」
「応」
二人でコーヒーで乾杯して、次の神社に向かうために立ち上がった。
━━━━━━
「これは…三つ並んでる社なんてあるんだ…ちっこいなぁ」
「これは民草のために祀られたものだろう。火の神、水の神、土の神として祀られている。名もなき小さな神だ。」
「周りの様子を見ると、この荒れ具合も仕方ないのか…」
「そうだな、この神々では周辺地域を守れまい。怨恨は感じぬ故、人が亡くなってはおらぬ。しかし、この様子では住むに住めぬのだろう…。人が居なくなれば人に祀られた神も神力が弱くなる。信仰もまた、力の源なのだ。其方が善を施してやれば暫くは保つ」
「そっか…じゃあ、お掃除からやろう。」
「うむ」
小休憩の後にやってきたのは倒壊した家屋が折り重なり、普通ではおそらく入ってこられないような住宅地の奥の奥にあった小さな社。公園の一部に祀られた、三つの石造りの社が並んでいる。
大きな木も、ブランコも、滑り台やジャングルジムもひしゃげて倒れている。
この状況で死者がいなかったのは、奇跡としか言いようがない。神様が頑張ったんだろうな…。
石造りの社たちはそこかしこが欠けて、お供物のお皿や徳利がひっくり返っていた。
社の上に重なった大木を颯人が退けてくれて、俺は周りの細々したゴミを拾い集める。扇で風を送りながら砂埃を避けて、ぼうぼうに生えた周りの草たちをむしる。
火、水、土の神様ということはおそらく台所の神様だろう。どんな神様たちなのかな。バラけてしまったしめ縄を手でよって繋ぎ直し、懐から手作りの|紙垂《しで》を取り出す。
しめ縄と、そこに垂らされるヒラヒラした紙の紙垂神域を表し、現世と区切るもの。簡単にならA4のコピー紙や習字で使う半紙で作れるんだ。
社に祀られるのが俺の手作りの物って……少し気恥ずかしいけど、コレが神様のためになるなら…地域の人のために役立つなら嬉しくもある。
「よし…できた」
しめ縄と紙垂を社に取り付けて、ペットボトルからお水を注いで捧げると、そこにふんわり白い光が灯った。
「おかえりなさい、目覚めをお待ちしてました」
そっと呟き、水が減って行くのを眺めて少しずつ足して行く。よっぽど喉が乾いてたんだな……。
ふよふよ漂う光が一つに集約して、俺の顔の周りを漂い始めた。ちょっとくすぐったい。
「この社で一帯の神起こしの締めとなろう。今日の集大成だ」
「わかった」
ほんのり光る神様の光を頼りに立ち上がり、二拝、二拍手、一拝。
「来るのが遅くなってすみません。きっと、ここを復興させてみせます。どうか社に戻って…また人がここで暮らせるように見守ってください」
ようやく口に慣れてきたひふみ祝詞を言霊をして発し始めると、ホワホワの光が手の上にちょこんと止まる。
言葉の揺らぎに合わせて左右にゆらゆらと揺れて、リズムを取り出した。
そのうち三つに分かれて、踊るように飛んで、跳ねて…。合わせた手を開くと神様たちがその上に小さな|人形《ヒトガタ》となって姿を現す。
神様の姿形はその役割を表しているという。みんな着物を着ていたり、和装以外の柱もいたけど思い思いの服を着て、髪型も、顔も、声も個性がある。
そう、神様って|一《・》|人《・》じゃなくて一|柱《・》と呼ぶんだ。確かに…この国を支える柱となってくれているのだから、そう呼ぶのが相応しいだろう。
神様たちが動くたびに光の残滓が人々の生活の面影を浮かび上がらせる。
ガスの火の上に乗せられるお鍋にポコポコ浮かぶ泡。
食べ終わったお皿を洗って、それを水で流す様子。
家庭菜園からネギを引っこ抜いて、シュルシュルと周りの皮を剥き、また地面に埋め直す人。
祝詞は…こう言うものなんじゃないだろうか。人がしていく日々の穏やかな生活、それを安らかにしていけるようにと願い、祈り…守ってくれた神様たちに感謝して、また日々を営んでいく。
何となくだけど、祝詞の意味や目的、効果が全体的に納得できる形になって…少しだけ心の中にストンと落ちた。
言霊と共に俺の霊力が吸い取られて行く。少しずつ絡め取られて、あともう少しで尽きそう…と言うところで颯人が神力を足してくれる。
それに引っ張られるようにして自分の奥底からまた霊力が湧いてきて、神様たちに分けていく。
祝詞が終わると再び光が三つに分かれ、同時に社へ戻っていく。オレンジ色の光を纏った神様だけが手の上に残って、俺をじっと見上げていた。
「まだ祝詞が足らないのかな?」
「そうではない。何か喋っている。耳を傾けてみよ」
「わかった」
『其方の息吹が欲しい。ふうっと吹きかけてくれんか』
「そんな事していいのか?」
『よい。人が戻るまでの支えが欲しいのだ』
神様に息を吹きかけるって言うのは若干抵抗感があるんだが。チラッと颯人の顔を伺うとにべもなく頷かれる。
躊躇いがちにふぅ、と息を吹きかけると、オレンジの光が炎に包まれて火柱が立ち上がった。
もっとくれ!と言われて、ふうふう吹きかける。火の粉が舞って、パチパチ火花が散る。
火種を起こすようにして息を吹きかけて、やがて大きくなった火の玉が社に戻って…それが静かに収まる。
辺りが暗闇に戻った瞬間、膝から力が抜けて地面に手をついた。汗がポタポタ落ちる。目をつぶって、深く息を吐く。
ちゃんと、全部できた。良かった。
「ようやった。後は我が運んでやろう」
「えっ。い、いいよ。男なのにホイホイ抱っこされるの嫌なんだが」
「そのままでは帰れぬだろう?伏見を呼ぶまでに休んで、復活せねばならぬ」
「そうだけど…そうだけどさぁ…ぐぬぬ…」
這いつくばったままスマホを取り出して、伏見さんのメッセージを見ると…ものすごい件数が届いていた。
順を追って見ていくと、「今銀座です」「今八丁目です」「あ、移動しましたね、むかいます」「今あなたの後ろにいます」――メリーさんか!!怖っ!!
「……見つけましたよ、芦屋さん……」
背筋がゾワゾワ、と粟立ち背後を振り向く。ニヤリ、と笑みを浮かべた伏見さんがそこに立っていた。
「えっ、何でもういるの!?俺まだ連絡してないんですけど!」
「GPSはご存知ですか?」
「おおう…なるほど?俺の居場所はバレバレってことか…」
「はい」
スタスタやってきた伏見さんを迎えて、颯人が体を起こしてくれる。
「だいぶ消耗しましたね…こちらをどうぞ。」
「…?ありがとう…って多いな。」
伏見さんは自分のコートを俺に羽織らせて、栄養ドリンクを手渡してくる。
こんなに沢山飲むのか??
抱えるほど渡されて、「早く飲め」と急かされた。
「栄養ドリンクは一時凌ぎにはなります。お風呂に入って布団に寝るまでの繋ぎにはなるでしょう。お夕飯は食べましたか?」
「あ…忘れてた。」
「ダメですよ。食事は何があってもきちんと摂って下さい。それから、生存確認にはちゃんと返事してくれないと困ります。」
「…携帯持つのがキツくて」
「そんな風になるまで体を酷使しなくていいんですよ。メッセージにも送りましたが、途中でホテルを取って休んで…朝からまた動いてもよかったんですからね」
えっ、そうなの!?わー…次からはそうしようかな。流石にちょっと疲れた…。疲弊し過ぎて失敗するのも非合理的だしな。
「お夕飯を食べて帰りましょう。奢りますよ」
「おっ、マジか!やったぜ。今の時間だとやってるのファミレスくらいか…栄養ドリンクで腹がタポタポなんだが」
「食べ物は詰め込んでください。麺類なら食べれるでしょう」
「あー麺かぁ…」
時計を見ると、夜中の0時を過ぎている。流石にあのお蕎麦屋さんはやってないよな…。
ヒュルン、と旋風が吹いてその冷たさに驚く。あれ…真冬の気温なんですけど??
「あなたが一帯の神々を起こしてくださったので、この辺りは天変地異が収まっています。コートが必要な気温ですよ。」
「えっ?そうなのか…うわ、寒い…」
「そうでしょうね。温かいものを食べましょう。颯人様、芦屋さんを運んであげて下さい」
「あぁ、そうしよう」
結局颯人に持ち上げられて、横抱きのお姫様抱っこで伏見さんが運転してきた車に乗せられる。
「伏見、蕎麦は好きか」
「はい、好きですよ。お蕎麦をご所望ですか?」
「昼に寄った店でな、夜鳴きそばをやっていると書いてあったのだ。こう寒いと温かい蕎麦が良いと思わぬか?」
「私は構いませんが…昼にも食べられたのに、また同じもので良いんですか?」
「良い。……伏見、蕎麦を啜る音についてはどう思う?」
「はい?どうとは…考えた事もありませんが。蕎麦は啜って食べるのが当然のものでしょう」
伏見さんの返答に俺と颯人は二人して笑ってしまう。
「ふ、件の蕎麦屋は一丁目の端にある老舗だ」
「何だか楽しげですね…後で話を聞かせてください。かしこまりました」
車のエンジンがかかって、温かい暖房の風に目が勝手に閉じる。颯人…目の前のことは気にしたらダメだって言ってたのに。おじいさんとおばあちゃんの事、ずっと気にしてたんだな。
「少し眠ると良い。疲れた顔を見せたくないだろう?」
「ん…そう、する…」
あったかい風に吹かれて、車のシートに身を預けたまま目を瞑る。
颯人が肩を貸してくれて、あんまり気持ちよくてあっという間に二人が話す声が滲んで、溶けていく。
「其方には打てば響きすぎることがわかった。…無理をさせたな。すまぬ」
颯人の優しい声色に応えようとして、口が開かず、俺はそのまま眠りについた。