表示設定
表示設定
目次 目次




婚約破棄は計画的に。 前編

ー/ー



「アイリーン、貴様との婚約を――」
「破棄するのですね。かしこまりました、喜んで同意いたします」

 パーティーでわたくしの婚約者である第一王子、グレアム殿下から婚約破棄を伝えられることは想定済み。

 彼の隣には、ヒロインであるエミリアが付き添っていた。

 以前から愛読していた恋愛小説に転生した私は、このときをずーっと待っていたのよ。

 恋愛小説の悪役令嬢として生まれ変わったわたくし――アイリーンは、この第一王子が嫌いだった。ヒロインであるエミリアのことも。

 真実の愛? ただの略奪愛じゃない。それで盛り上がるのはふたりだけ。周りからどんな目で見られているのか、わからないのかしらね?

 もちろん、わたくしは小説とは違う行動をしていたから、エミリアに近付きもしていない。

 小説の中のアイリーンだって、エミリアをいじめていたわけではないのよね。注意はしていたけれど。それなのに、グレアム殿下は彼女を追い詰め、王都から追い出した。

 原作は悪役令嬢のアイリーンを追い出してハッピーエンド! って感じで終わったけれど、悪役令嬢というには……原作のアイリーンは弱い気がした。

 だって本当に注意しただけなのだもの……。それなのに追い出したから、正直悪印象しかないのよね、グレアム殿下に。

「よ、喜んで、だと!?」

 自分で婚約破棄を宣言しようとしていたのに、どうしてプライドが傷ついたような顔をするのか、わけがわからん。

 ……おっと、今のわたくしは公爵令嬢。こんな言葉遣いじゃダメだよね。

「はい、喜んで。わたくし、一途な方が好みですので」
「なんだと!」
「考えても見てくださいませ、グレアム殿下。かたや女遊びを繰り返すダメな男性、かたやひとりの女性のために愛を貫く男性。どちらのほうが女性にとって魅力的でしょうか?」

 わたくしはもちろん後者よ。

「……それに、婚約者のいる男性に近付いて、仲良くなろうと思うことっておかしいと思いませんか? 奪うこと前提の(おこな)いですわよね? いえ、誰とは口にしておりませんわよ、誰とは」

 扇子を広げて口元を隠し、目元だけで微笑む。

 エミリアがサァっと顔を青ざめているのを見て、悪いことをしているという意識はあるのかしら? と一瞬考えたけれど……このヒロインにそんな感情があるとは思えない。

「ど、どうしてそんなに怖い顔をするんですか、アイリーンさまぁ……」

 その猫なで声やめてもらいたい。ぞわっと鳥肌が立ったわ。

 それでも、わたくしは表情を変えずに言葉を続けた。

「わたくしは、わたくしを一途に想ってくださる方が理想ですわ。ですので、婚約破棄を喜んでお受けするとお伝えしております」

 ぱちんと扇子を閉じて、自分の胸元に手を置いてにっこりと微笑むと、グレアム殿下がなぜか悔しそうに表情を歪めた。

 ……どうしてそんなに、悔しそうなのかしら?

「――グレアム殿下。パーティー会場で婚約破棄を宣言するのでしたら、わたくし、徹底的に相手になりましてよ?」
「て、徹底的?」

 ピクンと眉を跳ね上げるグレアム殿下に、優雅にうなずいてみせる。

「ええ。こんなにデリケートな問題をわざわざ人前で……なんて、わたくしの今後を少しでも想像したら、できませんわよね?」
「生意気だぞ、アイリーン!」
「で、殿下はアイリーンさまのことも考えていますよぉ。そう、だって、アイリーンさまの新しい婚約者を……」
「……勝手にわたくしの婚約者を見繕った、と?」

 パーティー会場がざわめいた。それはそうだろう。わざわざグレアム殿下とエミリアがわたくしの婚約者を見繕(みつくろ)う意味なんて……ねぇ?

「それはもしかして、マルコムさまのことでしょうか?」
「な、なぜそれを……!」

 わかりやすく、はぁああ、と大きなため息を吐いた。そして、パチンと指を鳴らす。

 すると、パッと小型の録音機を持った護衛が現れた。録音機の再生をすると――……

『アイリーンさまには、マルコムさまがぴったりですよぉ。ほら、マルコムさまなら、アイリーンさまの引き立て役になりますしぃ……。エミリアは絶対イヤですけどぉ……』
『はは、確かに天使のように愛らしいエミリアには似合わないな。悪魔のようなアイリーンならともかく』
『うふふ。マルコムさまはぁ、ずぅっとアイリーンさまのことを狙っていたって聞いてますよぉ! ああいうお堅い令嬢を、()としたいんですってぇ!』
『ならば、マルコムからたくさんの謝礼がもらえるかもしれないな。その金が手に入ったら、エミリアの髪飾りを買ってあげよう』
『きゃー! エミリアは幸せ者ですぅ!』

 録音機から流れる、グレアム殿下とエミリアの会話。これを聞いたとき、本気で一発殴ってやろうかと考えたわ。誰が悪魔だ、誰が!

 ちなみにマルコムさまは腐敗しきった貴族の中の貴族って感じの人。あ、あとものすごく女好き。彼の屋敷で働いているメイドたちは、全員彼の毒牙にかかっているという噂。他にもいろんな噂が飛び交っている人なのよね……もちろん、悪い意味で。

『ねーぇ、グレアム殿下ぁ。エミリアと一緒に生きてくれる?』
『当たり前だろう。その前に、アイリーンには消えてもらわないといけないな』
『きゃっ、消えてもらわないと、なんて……グレアム殿下、頼もしいですぅ』

 甘えたようなエミリアの声。それから砂糖をどろどろに溶かしたようなグレアム殿下の声。

 こんな人たちが国のトップに立って大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫ではないだろう。

「……あなたたちがどんな会話をしようが、私には関係ありませんが……。勝手に婚約者を決めないでいただけますか?」
「そ、そんなものは知らん! お前が仕組んだ罠だろう!」
「ええ、まぁ、仕組んだといえばそうかもしれませんが。まさかこんなにあっさりわたくしを陥れる証拠が録音されるとは思いませんでしたわ」

 頬に手を添えて、わざとらしく肩をすくめる。

 確かに、会話が録音できるように仕組んではいたのだけど……こんなにあっさり録音されるとは思わなかった。わたくしのことを心配して、録音機を渡してくれたメイドに感謝しかないわ。

「エミリアさま。婚約者のいる異性に胸を押し付けるなとか、わざとらしく被害者ぶるなと、わたくし……きちんと忠告しましたわよね? それなのに、グレアム殿下とそういう仲になっているのですから……あなたたち、自分の気持ちしか優先できないのですか?」

 呆れたような言い方をしてしまった。……いや、実際呆れてはいるのだけど。

「貴様! エミリアをいじめていたのか!」
「いじめ? 忠告しただけですわよ。殿下はご存知ないかもしれませんが、エミリアさまは婚約者のいる異性だけを狙って、アプローチしていたのですから」

 ばっとグレアム殿下がエミリアに顔を向ける。彼女はますます顔を青ざめさせた。

 エミリアに声をかけられた男性の婚約者たちが、わたくしの近くに集まってきた。それに気付いて、エミリアはむっとしたように唇を尖らせる。

「まぁ、中にはそんなエミリアさまを嫌う男性もいらっしゃるようですが……」

 ぽそりとつぶやく。前世でどうしてこの恋愛小説を読んでいたのか――自分の気持ち優先なヒロインとヒーローは正直どうでもよくて、そんなふたりを冷めた目で見ている人を推していたからだ!

「なっ! エミリアを嫌う人間など、人間ではない!」
「……洗脳でもされているのですか?」

 エミリアを嫌う人間がいるはずないって、どういう発想? 怖い。

 ……小説の中の強制力ってやつなのかな?


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 婚約破棄は計画的に。 後編


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「アイリーン、貴様との婚約を――」
「破棄するのですね。かしこまりました、喜んで同意いたします」
 パーティーでわたくしの婚約者である第一王子、グレアム殿下から婚約破棄を伝えられることは想定済み。
 彼の隣には、ヒロインであるエミリアが付き添っていた。
 以前から愛読していた恋愛小説に転生した私は、このときをずーっと待っていたのよ。
 恋愛小説の悪役令嬢として生まれ変わったわたくし――アイリーンは、この第一王子が嫌いだった。ヒロインであるエミリアのことも。
 真実の愛? ただの略奪愛じゃない。それで盛り上がるのはふたりだけ。周りからどんな目で見られているのか、わからないのかしらね?
 もちろん、わたくしは小説とは違う行動をしていたから、エミリアに近付きもしていない。
 小説の中のアイリーンだって、エミリアをいじめていたわけではないのよね。注意はしていたけれど。それなのに、グレアム殿下は彼女を追い詰め、王都から追い出した。
 原作は悪役令嬢のアイリーンを追い出してハッピーエンド! って感じで終わったけれど、悪役令嬢というには……原作のアイリーンは弱い気がした。
 だって本当に注意しただけなのだもの……。それなのに追い出したから、正直悪印象しかないのよね、グレアム殿下に。
「よ、喜んで、だと!?」
 自分で婚約破棄を宣言しようとしていたのに、どうしてプライドが傷ついたような顔をするのか、わけがわからん。
 ……おっと、今のわたくしは公爵令嬢。こんな言葉遣いじゃダメだよね。
「はい、喜んで。わたくし、一途な方が好みですので」
「なんだと!」
「考えても見てくださいませ、グレアム殿下。かたや女遊びを繰り返すダメな男性、かたやひとりの女性のために愛を貫く男性。どちらのほうが女性にとって魅力的でしょうか?」
 わたくしはもちろん後者よ。
「……それに、婚約者のいる男性に近付いて、仲良くなろうと思うことっておかしいと思いませんか? 奪うこと前提の|行《おこな》いですわよね? いえ、誰とは口にしておりませんわよ、誰とは」
 扇子を広げて口元を隠し、目元だけで微笑む。
 エミリアがサァっと顔を青ざめているのを見て、悪いことをしているという意識はあるのかしら? と一瞬考えたけれど……このヒロインにそんな感情があるとは思えない。
「ど、どうしてそんなに怖い顔をするんですか、アイリーンさまぁ……」
 その猫なで声やめてもらいたい。ぞわっと鳥肌が立ったわ。
 それでも、わたくしは表情を変えずに言葉を続けた。
「わたくしは、わたくしを一途に想ってくださる方が理想ですわ。ですので、婚約破棄を喜んでお受けするとお伝えしております」
 ぱちんと扇子を閉じて、自分の胸元に手を置いてにっこりと微笑むと、グレアム殿下がなぜか悔しそうに表情を歪めた。
 ……どうしてそんなに、悔しそうなのかしら?
「――グレアム殿下。パーティー会場で婚約破棄を宣言するのでしたら、わたくし、徹底的に相手になりましてよ?」
「て、徹底的?」
 ピクンと眉を跳ね上げるグレアム殿下に、優雅にうなずいてみせる。
「ええ。こんなにデリケートな問題をわざわざ人前で……なんて、わたくしの今後を少しでも想像したら、できませんわよね?」
「生意気だぞ、アイリーン!」
「で、殿下はアイリーンさまのことも考えていますよぉ。そう、だって、アイリーンさまの新しい婚約者を……」
「……勝手にわたくしの婚約者を見繕った、と?」
 パーティー会場がざわめいた。それはそうだろう。わざわざグレアム殿下とエミリアがわたくしの婚約者を|見繕《みつくろ》う意味なんて……ねぇ?
「それはもしかして、マルコムさまのことでしょうか?」
「な、なぜそれを……!」
 わかりやすく、はぁああ、と大きなため息を吐いた。そして、パチンと指を鳴らす。
 すると、パッと小型の録音機を持った護衛が現れた。録音機の再生をすると――……
『アイリーンさまには、マルコムさまがぴったりですよぉ。ほら、マルコムさまなら、アイリーンさまの引き立て役になりますしぃ……。エミリアは絶対イヤですけどぉ……』
『はは、確かに天使のように愛らしいエミリアには似合わないな。悪魔のようなアイリーンならともかく』
『うふふ。マルコムさまはぁ、ずぅっとアイリーンさまのことを狙っていたって聞いてますよぉ! ああいうお堅い令嬢を、|堕《お》としたいんですってぇ!』
『ならば、マルコムからたくさんの謝礼がもらえるかもしれないな。その金が手に入ったら、エミリアの髪飾りを買ってあげよう』
『きゃー! エミリアは幸せ者ですぅ!』
 録音機から流れる、グレアム殿下とエミリアの会話。これを聞いたとき、本気で一発殴ってやろうかと考えたわ。誰が悪魔だ、誰が!
 ちなみにマルコムさまは腐敗しきった貴族の中の貴族って感じの人。あ、あとものすごく女好き。彼の屋敷で働いているメイドたちは、全員彼の毒牙にかかっているという噂。他にもいろんな噂が飛び交っている人なのよね……もちろん、悪い意味で。
『ねーぇ、グレアム殿下ぁ。エミリアと一緒に生きてくれる?』
『当たり前だろう。その前に、アイリーンには消えてもらわないといけないな』
『きゃっ、消えてもらわないと、なんて……グレアム殿下、頼もしいですぅ』
 甘えたようなエミリアの声。それから砂糖をどろどろに溶かしたようなグレアム殿下の声。
 こんな人たちが国のトップに立って大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫ではないだろう。
「……あなたたちがどんな会話をしようが、私には関係ありませんが……。勝手に婚約者を決めないでいただけますか?」
「そ、そんなものは知らん! お前が仕組んだ罠だろう!」
「ええ、まぁ、仕組んだといえばそうかもしれませんが。まさかこんなにあっさりわたくしを陥れる証拠が録音されるとは思いませんでしたわ」
 頬に手を添えて、わざとらしく肩をすくめる。
 確かに、会話が録音できるように仕組んではいたのだけど……こんなにあっさり録音されるとは思わなかった。わたくしのことを心配して、録音機を渡してくれたメイドに感謝しかないわ。
「エミリアさま。婚約者のいる異性に胸を押し付けるなとか、わざとらしく被害者ぶるなと、わたくし……きちんと忠告しましたわよね? それなのに、グレアム殿下とそういう仲になっているのですから……あなたたち、自分の気持ちしか優先できないのですか?」
 呆れたような言い方をしてしまった。……いや、実際呆れてはいるのだけど。
「貴様! エミリアをいじめていたのか!」
「いじめ? 忠告しただけですわよ。殿下はご存知ないかもしれませんが、エミリアさまは婚約者のいる異性だけを狙って、アプローチしていたのですから」
 ばっとグレアム殿下がエミリアに顔を向ける。彼女はますます顔を青ざめさせた。
 エミリアに声をかけられた男性の婚約者たちが、わたくしの近くに集まってきた。それに気付いて、エミリアはむっとしたように唇を尖らせる。
「まぁ、中にはそんなエミリアさまを嫌う男性もいらっしゃるようですが……」
 ぽそりとつぶやく。前世でどうしてこの恋愛小説を読んでいたのか――自分の気持ち優先なヒロインとヒーローは正直どうでもよくて、そんなふたりを冷めた目で見ている人を推していたからだ!
「なっ! エミリアを嫌う人間など、人間ではない!」
「……洗脳でもされているのですか?」
 エミリアを嫌う人間がいるはずないって、どういう発想? 怖い。
 ……小説の中の強制力ってやつなのかな?