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第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑧

ー/ー



 校舎屋上から、フワリと全身が放り出されると、針太朗(しんたろう)の身体は、駐車場にもなっている裏庭に向かって、真っ逆さまになって落下を始める。

 どこかから、

「シンちゃん!」

という大きな声が聞こえた気がした。

 ただ、猛烈なスピードで地面が近づくことへの恐怖に耐えきれず、ギュッと目をつむる。

(あぁ……ここで、ボクの人生は終わるのか……)

 そう覚悟して、身を縮めた瞬間――――――。

 針太朗(しんたろう)は、

 ガクン――――――

 という衝撃とともに足首がつかまれ、身体が宙に浮く感覚を覚えた。
 その不思議な感覚に、
 
「えっ……」

と、声をあげて目を開けると、背中から羽が生やした少女が自分を抱きかかえて宙に浮かびながら、必死の形相でバランスを取ろうとしている。彼女は、懸命に背中の羽をはばたかせながら、針太朗(しんたろう)の体重に耐えて、落下の衝撃を防ごうとしているようだ。
 
真中(まなか)さん!」

 少女の姿を確認した針太朗(しんたろう)が思わず声をあげると、彼女は、はにかんだような、そして、ややバツの悪そうな苦笑を浮かべて、小さくうなずいた。

 彼女が全力で羽を動かし、ゆっくりと地上へ降りていることで、針太朗(しんたろう)も無事に着地ができそうだ。
 相変わらず、天地が逆転し、頭から地面に近づいていることは間違いないが、地上まで数十センチに近づくと、彼は、

「ありがとう! 真中(まなか)さん、もう大丈夫だから」

と、仁美(ひとみ)に声をかけ、両腕をしっかりと地面に向かって伸ばし、大地の感触を確かめると、逆立ちを終える要領で、両足を着地させる。

 無事に地面へと降り立つことができた幸運を噛み締めつつ、隣のクラスの女子生徒に対して、感謝の言葉を述べる。

真中(まなか)さん、本当にありがとう! もし、真中(まなか)さんが来てくれなかったら、ボクはどうなっていたか……」

 しかし、先ほどとおなじように、はにかんだような、気まずそうな表情を見せている真中仁美(まなかひとみ)は、

「うん……シンちゃ……針本くんが大丈夫そうで、ホントに良かった……じゃあ、私は、もう行くね」
 
戸惑うような笑みを浮かべたあと、そう言い残して、針太朗(しんたろう)のもとを立ち去ろうとする。

 そんな彼女の腕をつかみ、針太朗(しんたろう)は語りかける。

「待って! まだ、十分にお礼が言えてないよ! それに……」

 彼は、ここで言葉を区切ったあと、

「キミは、アイちゃんだよね……? 幼稚園のときにボクを助けてくれた……」

と、仁美(ひとみ)にたずねる。

 振り返らずに背中を見せたまま、彼女は、ゆっくりとうなずいて、ふたたび駆け出そうとする。
 その姿は、制服のブレザーとブラウスが裂け、痛々しさを感じさせた。
 
 それでも、針太朗(しんたろう)は、そんな相手を再度、引き止めるように追いかけ、背後から抱きしめた。

「二回も、ボクを助けてくれたのに……今までアイちゃんのことに気付けなくて、本当にゴメン……」

 絞り出すように紡がれた言葉は、自宅に届いた封書の中身を目にしたことで彼女を疑い、結果的に孤立させることになってしまったことに対する罪悪感からでもあった。

「もっと、早く気付いていれば、アイちゃんをこんな危ない目に遭わせることもなかったんだ……」

 針太朗(しんたろう)が、そう言葉をかけると、仁美(ひとみ)は、ふるふると小さく首を振った。
 自分が発した言葉を、消極的にではあるが否定するかのように感じられる彼女の仕草に対して、針太朗(しんたろう)は、自身の想いに偽りがないことを示すように、仁美(ひとみ)をさらに強く抱きしめる。

 その力強さに、彼女は、
 
 ビクン――――――

と、身体を震わたあと、

「あの……シンちゃんの気持ちは、わかったんだけど……ちょっと、恥ずかしいから……」

と、か細い声で想いを告げる。

 気がつけば、針太朗(しんたろう)は、制服が裂け、背中があらわになった女子生徒を後ろから抱きしめる格好になっていた。

「あっ、ゴメン! 本当に、そんなつもりじゃ……」

 そう言って、あわてて、彼女に回していた腕をほどき、頭を下げる。
 
 彼が、本当にどんなつもりだったのか、相手に伝わったのかはわからないが、針太朗(しんたろう)は、すぐに、今朝から羽織っていた紺色のジャケット・カーディガンを脱ぎ、仁美(ひとみ)の肩に掛けた。

「あ、ありがとう……」

 ささやくような声で、礼を言う彼女を直視することができず、

「い、いや……ゴメンね。気が利かなくて……」

と、針太朗(しんたろう)が、ふたたび謝罪すると、そのようすが可笑しかったのか、仁美(ひとみ)は、ようやく、クスッと笑顔を見せ、柔らかな表情で語りかける。

「そういう優しいところは、変わってないね、シンちゃん……」

 そんな彼女の姿を横目で見ながら、懐かしさとともに、自分の中に言い知れぬ感情が募るを感じていると……。

「お〜い、二人とも無事か〜?」

 と、頭上から大きな声がした。

 見上げると、薄暗くなり見えづらい校舎の屋上から、女子生徒と警備服を着た男性の姿が、自分たちを覗き込むように見下ろしているのが確認できた。

 聞き慣れた声の主に対して、

「ありがとう、奈緒(なお)さん! 二人とも大丈夫ですよ〜」

と、大きく手を振り、返事をする。

 そのとき、校舎の陰から、小さなブロックを飛び降りづたいで降下し、学院の裏庭沿いの木々から敷地の外へと移動する四本脚の獣の姿が、かすかに視界に入った。


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 校舎屋上から、フワリと全身が放り出されると、|針太朗《しんたろう》の身体は、駐車場にもなっている裏庭に向かって、真っ逆さまになって落下を始める。
 どこかから、
「シンちゃん!」
という大きな声が聞こえた気がした。
 ただ、猛烈なスピードで地面が近づくことへの恐怖に耐えきれず、ギュッと目をつむる。
(あぁ……ここで、ボクの人生は終わるのか……)
 そう覚悟して、身を縮めた瞬間――――――。
 |針太朗《しんたろう》は、
 ガクン――――――
 という衝撃とともに足首がつかまれ、身体が宙に浮く感覚を覚えた。
 その不思議な感覚に、
「えっ……」
と、声をあげて目を開けると、背中から羽が生やした少女が自分を抱きかかえて宙に浮かびながら、必死の形相でバランスを取ろうとしている。彼女は、懸命に背中の羽をはばたかせながら、|針太朗《しんたろう》の体重に耐えて、落下の衝撃を防ごうとしているようだ。
「|真中《まなか》さん!」
 少女の姿を確認した|針太朗《しんたろう》が思わず声をあげると、彼女は、はにかんだような、そして、ややバツの悪そうな苦笑を浮かべて、小さくうなずいた。
 彼女が全力で羽を動かし、ゆっくりと地上へ降りていることで、|針太朗《しんたろう》も無事に着地ができそうだ。
 相変わらず、天地が逆転し、頭から地面に近づいていることは間違いないが、地上まで数十センチに近づくと、彼は、
「ありがとう! |真中《まなか》さん、もう大丈夫だから」
と、|仁美《ひとみ》に声をかけ、両腕をしっかりと地面に向かって伸ばし、大地の感触を確かめると、逆立ちを終える要領で、両足を着地させる。
 無事に地面へと降り立つことができた幸運を噛み締めつつ、隣のクラスの女子生徒に対して、感謝の言葉を述べる。
「|真中《まなか》さん、本当にありがとう! もし、|真中《まなか》さんが来てくれなかったら、ボクはどうなっていたか……」
 しかし、先ほどとおなじように、はにかんだような、気まずそうな表情を見せている|真中仁美《まなかひとみ》は、
「うん……シンちゃ……針本くんが大丈夫そうで、ホントに良かった……じゃあ、私は、もう行くね」
戸惑うような笑みを浮かべたあと、そう言い残して、|針太朗《しんたろう》のもとを立ち去ろうとする。
 そんな彼女の腕をつかみ、|針太朗《しんたろう》は語りかける。
「待って! まだ、十分にお礼が言えてないよ! それに……」
 彼は、ここで言葉を区切ったあと、
「キミは、アイちゃんだよね……? 幼稚園のときにボクを助けてくれた……」
と、|仁美《ひとみ》にたずねる。
 振り返らずに背中を見せたまま、彼女は、ゆっくりとうなずいて、ふたたび駆け出そうとする。
 その姿は、制服のブレザーとブラウスが裂け、痛々しさを感じさせた。
 それでも、|針太朗《しんたろう》は、そんな相手を再度、引き止めるように追いかけ、背後から抱きしめた。
「二回も、ボクを助けてくれたのに……今までアイちゃんのことに気付けなくて、本当にゴメン……」
 絞り出すように紡がれた言葉は、自宅に届いた封書の中身を目にしたことで彼女を疑い、結果的に孤立させることになってしまったことに対する罪悪感からでもあった。
「もっと、早く気付いていれば、アイちゃんをこんな危ない目に遭わせることもなかったんだ……」
 |針太朗《しんたろう》が、そう言葉をかけると、|仁美《ひとみ》は、ふるふると小さく首を振った。
 自分が発した言葉を、消極的にではあるが否定するかのように感じられる彼女の仕草に対して、|針太朗《しんたろう》は、自身の想いに偽りがないことを示すように、|仁美《ひとみ》をさらに強く抱きしめる。
 その力強さに、彼女は、
 ビクン――――――
と、身体を震わたあと、
「あの……シンちゃんの気持ちは、わかったんだけど……ちょっと、恥ずかしいから……」
と、か細い声で想いを告げる。
 気がつけば、|針太朗《しんたろう》は、制服が裂け、背中があらわになった女子生徒を後ろから抱きしめる格好になっていた。
「あっ、ゴメン! 本当に、そんなつもりじゃ……」
 そう言って、あわてて、彼女に回していた腕をほどき、頭を下げる。
 彼が、本当にどんなつもりだったのか、相手に伝わったのかはわからないが、|針太朗《しんたろう》は、すぐに、今朝から羽織っていた紺色のジャケット・カーディガンを脱ぎ、|仁美《ひとみ》の肩に掛けた。
「あ、ありがとう……」
 ささやくような声で、礼を言う彼女を直視することができず、
「い、いや……ゴメンね。気が利かなくて……」
と、|針太朗《しんたろう》が、ふたたび謝罪すると、そのようすが可笑しかったのか、|仁美《ひとみ》は、ようやく、クスッと笑顔を見せ、柔らかな表情で語りかける。
「そういう優しいところは、変わってないね、シンちゃん……」
 そんな彼女の姿を横目で見ながら、懐かしさとともに、自分の中に言い知れぬ感情が募るを感じていると……。
「お〜い、二人とも無事か〜?」
 と、頭上から大きな声がした。
 見上げると、薄暗くなり見えづらい校舎の屋上から、女子生徒と警備服を着た男性の姿が、自分たちを覗き込むように見下ろしているのが確認できた。
 聞き慣れた声の主に対して、
「ありがとう、|奈緒《なお》さん! 二人とも大丈夫ですよ〜」
と、大きく手を振り、返事をする。
 そのとき、校舎の陰から、小さなブロックを飛び降りづたいで降下し、学院の裏庭沿いの木々から敷地の外へと移動する四本脚の獣の姿が、かすかに視界に入った。