表示設定
表示設定
目次 目次




第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑦

ー/ー



 針太朗(しんたろう)は、スマホに手を伸ばしたまま、意識が遠のいていくのを感じた。

 伸ばした手の先の視界が徐々に暗くなっていく感覚に抗おうとしながら、彼は、ボンヤリと考える。

(ボクたちが、このままこの魔族にやられてしまったら、学院の反応はどうなるんだろう……?)

 自分の頸部を圧迫して、窒息死させようとしている半身半獣の魔族は、自分たちの死を自殺に見せかける偽装工作を行っていたようだが、クラスメートで新しい友人でもある貴志(たかし)と最後に連絡が取れたことで、自分たちの危機に、修道服姿の外国人女性が関わっているという事実は彼に伝わった。

 放送メディア研究部に所属し、情報の収集と拡散を自らの使命と考えている乾貴志(いぬいたかし)なら、現在の状況を把握すれば、すぐに真相の究明に乗り出し、学校が情報を隠そうとすれば、何らかの抗議の声を上げるだろう。

 その意味では、なにもしないままで、オノケリスの思惑どおりにコトが進まなかっただけでも、上出来と言える。
 自分には正体が良くわからない魔獣を相手に、その脅威に対抗して、爪痕を残せただけでも、十分だと感じる。

 そう考えると、首筋を圧迫されたことによって、窒息寸前になっていた針太朗(しんたろう)は、呼吸がずいぶんと楽になった気がした。
 ボヤけていた視界も、先ほどより明るくなっているように感じられる。

(心の持ち方だけで、こんなにも気分が楽になるものなのか……? いや、これは……)

 気がつけば、半身半獣の魔族に寄って圧迫を受けていた頸部(けいぶ)への締め付けが弱まっている。

 上半身が、比較的自由に動かせるようになったことで、針太朗(しんたろう)が、奈緒(なお)の放つ矢を下半身に浴びる前よりも、さらに強力なマウンティングの体勢に入り、自分の身体全体を圧迫するようにのしかかっているオノケリスのようすを確認すると、魔獣の表情は、明らかにこれまでと異なっていた。

 それまでは、サディスティックな笑みをたたえて、針太朗(しんたろう)に迫っていたオノケリスのほおには、赤みが差し、こころなしか、息も荒いモノになっている。

「な、なんだコレは……」

 半身半獣の魔族は、自らの身体に及んでいる体調の変化に動揺しているようだ。

 ロバのような(ひづめ)による首元への圧迫が弱まったことで、うつ伏せになったままだった体勢を反転した彼は、あお向けの体勢になると、そのまま、前脚にあたる(ひづめ)を払いのけ、彼女から受けていた拘束を振りほどいた。

 その瞬間、

「そんな……(ひど)い……」

それまで、その容姿と聖職を務める服装とはかけ離れたイメージの勝ち気な言葉遣いだったシスター・オノケリスから、まるで、気弱で可憐な少女のような言葉が発せられた。

 そのあまりのギャップに驚いた針太朗(しんたろう)は、とっさに、
 
「あっ、ゴメンナサイ……」

と、思わず謝罪の言葉を口にする。

 しかし、その言動に最も動揺したのは、彼女のターゲットとなっている針太朗(しんたろう)ではなく、オノケリス自身だったようだ。

「なっ……! そうじゃない……私は、この少年を……」

 頭部を抱えるようにしながら、(かぶり)を振り、自身に起きつつある変化に抗おうとしている。

 二人のようすを100メートルほど離れた別棟の校舎の屋上から観察していた生徒会長の東山奈緒(ひがしやまなお)は、針太朗(しんたろう)への圧迫行為が続くようであれば、自らの相棒とも言える竹弓を放り置いてでも、彼の元へ駆けつけようという体勢に入ろうとしていたが、思いとどまった。
 彼ら二人の――――――特に、自分が数本の矢を射掛けた魔獣のようすが、明らかに先ほどまでとは異なっていることに気づいたからだ。

「いったい、ナニが起きているのだ……?」

 頭を抱えながら、フラフラとよろめくように身体を動かしているオノケリスのようすをしばらく観察しながら、

(とりあえず、彼らの元に行ってみよう)

と判断し、奈緒(なお)は校舎屋上から校庭をはじめとする校内のようすを確認し、

「念には念を期しておくか……」

と、つぶやいてから、校舎内にもどる非常階段へと急ぐ。
 
 一方、オノケリスの手刀を首筋に受けてその場に倒れ込んでいた仁美(ひとみ)は、朦朧としながらも意識を取り戻そうとしていた。

 彼女と少し離れた位置では、唐突に屋上にあらわれた隣のクラスの男子生徒と、上半身に修道服をまとい、下半身は四つ足の獣と化したこの世の者とは思えない魔獣が対峙している。

 いや、彼らは互いに向き合っているというよりは、針太朗(しんたろう)が恐る恐る相手の反応を確認し、修道服姿の獣は、苦しげにうめいているように見えた。

「シン、ちゃん……」

 自分の危機を救いにあらわれた男子生徒の名前を呼びながら、仁美(ひとみ)は、ふらつく脚を踏ん張って、なんとか立ち上がろうとする。

 その目の前で、修道服姿の魔獣は、フラフラと男子生徒の元に寄っていき、彼の身体にすがりつこうとしていた。

(あのヒト……なにをしようとしているの……?)

 状況が飲み込めない彼女は、それでも、少しでも針太朗(しんたろう)のそばに行こうと、おぼつかない足取りで彼らの元に少しずつ歩み寄っていく。

 四つ足の魔物に、にじり寄られている針太朗(しんたろう)は、徐々に距離を詰められながら、屋上の隅へと追いやられている。

「こ、この感情は、なんだ! あの弓を使うオンナは……おまえは、私にナニをしたんだ!?」

 なかば狂乱状態になったシスター・オノケリスが、男子生徒に詰め寄り、彼の襟元をつかもうと手を伸ばそうとすると、これまで彼女に首元を捕まれ続けていた針太朗(しんたろう)は、恐怖心から、咄嗟に身体全体を後ろに反らそうとする。

 その瞬間、校舎屋上から駐車場などが広がる裏庭が視界に入り、高所恐怖症のため足がすくんでバランスを崩す。
 そうして、校舎の外側によろめいた彼は、柵のない空中へと身体を放りだしてしまった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 |針太朗《しんたろう》は、スマホに手を伸ばしたまま、意識が遠のいていくのを感じた。
 伸ばした手の先の視界が徐々に暗くなっていく感覚に抗おうとしながら、彼は、ボンヤリと考える。
(ボクたちが、このままこの魔族にやられてしまったら、学院の反応はどうなるんだろう……?)
 自分の頸部を圧迫して、窒息死させようとしている半身半獣の魔族は、自分たちの死を自殺に見せかける偽装工作を行っていたようだが、クラスメートで新しい友人でもある|貴志《たかし》と最後に連絡が取れたことで、自分たちの危機に、修道服姿の外国人女性が関わっているという事実は彼に伝わった。
 放送メディア研究部に所属し、情報の収集と拡散を自らの使命と考えている|乾貴志《いぬいたかし》なら、現在の状況を把握すれば、すぐに真相の究明に乗り出し、学校が情報を隠そうとすれば、何らかの抗議の声を上げるだろう。
 その意味では、なにもしないままで、オノケリスの思惑どおりにコトが進まなかっただけでも、上出来と言える。
 自分には正体が良くわからない魔獣を相手に、その脅威に対抗して、爪痕を残せただけでも、十分だと感じる。
 そう考えると、首筋を圧迫されたことによって、窒息寸前になっていた|針太朗《しんたろう》は、呼吸がずいぶんと楽になった気がした。
 ボヤけていた視界も、先ほどより明るくなっているように感じられる。
(心の持ち方だけで、こんなにも気分が楽になるものなのか……? いや、これは……)
 気がつけば、半身半獣の魔族に寄って圧迫を受けていた|頸部《けいぶ》への締め付けが弱まっている。
 上半身が、比較的自由に動かせるようになったことで、|針太朗《しんたろう》が、|奈緒《なお》の放つ矢を下半身に浴びる前よりも、さらに強力なマウンティングの体勢に入り、自分の身体全体を圧迫するようにのしかかっているオノケリスのようすを確認すると、魔獣の表情は、明らかにこれまでと異なっていた。
 それまでは、サディスティックな笑みをたたえて、|針太朗《しんたろう》に迫っていたオノケリスのほおには、赤みが差し、こころなしか、息も荒いモノになっている。
「な、なんだコレは……」
 半身半獣の魔族は、自らの身体に及んでいる体調の変化に動揺しているようだ。
 ロバのような|蹄《ひづめ》による首元への圧迫が弱まったことで、うつ伏せになったままだった体勢を反転した彼は、あお向けの体勢になると、そのまま、前脚にあたる|蹄《ひづめ》を払いのけ、彼女から受けていた拘束を振りほどいた。
 その瞬間、
「そんな……|酷《ひど》い……」
それまで、その容姿と聖職を務める服装とはかけ離れたイメージの勝ち気な言葉遣いだったシスター・オノケリスから、まるで、気弱で可憐な少女のような言葉が発せられた。
 そのあまりのギャップに驚いた|針太朗《しんたろう》は、とっさに、
「あっ、ゴメンナサイ……」
と、思わず謝罪の言葉を口にする。
 しかし、その言動に最も動揺したのは、彼女のターゲットとなっている|針太朗《しんたろう》ではなく、オノケリス自身だったようだ。
「なっ……! そうじゃない……私は、この少年を……」
 頭部を抱えるようにしながら、|頭《かぶり》を振り、自身に起きつつある変化に抗おうとしている。
 二人のようすを100メートルほど離れた別棟の校舎の屋上から観察していた生徒会長の|東山奈緒《ひがしやまなお》は、|針太朗《しんたろう》への圧迫行為が続くようであれば、自らの相棒とも言える竹弓を放り置いてでも、彼の元へ駆けつけようという体勢に入ろうとしていたが、思いとどまった。
 彼ら二人の――――――特に、自分が数本の矢を射掛けた魔獣のようすが、明らかに先ほどまでとは異なっていることに気づいたからだ。
「いったい、ナニが起きているのだ……?」
 頭を抱えながら、フラフラとよろめくように身体を動かしているオノケリスのようすをしばらく観察しながら、
(とりあえず、彼らの元に行ってみよう)
と判断し、|奈緒《なお》は校舎屋上から校庭をはじめとする校内のようすを確認し、
「念には念を期しておくか……」
と、つぶやいてから、校舎内にもどる非常階段へと急ぐ。
 一方、オノケリスの手刀を首筋に受けてその場に倒れ込んでいた|仁美《ひとみ》は、朦朧としながらも意識を取り戻そうとしていた。
 彼女と少し離れた位置では、唐突に屋上にあらわれた隣のクラスの男子生徒と、上半身に修道服をまとい、下半身は四つ足の獣と化したこの世の者とは思えない魔獣が対峙している。
 いや、彼らは互いに向き合っているというよりは、|針太朗《しんたろう》が恐る恐る相手の反応を確認し、修道服姿の獣は、苦しげにうめいているように見えた。
「シン、ちゃん……」
 自分の危機を救いにあらわれた男子生徒の名前を呼びながら、|仁美《ひとみ》は、ふらつく脚を踏ん張って、なんとか立ち上がろうとする。
 その目の前で、修道服姿の魔獣は、フラフラと男子生徒の元に寄っていき、彼の身体にすがりつこうとしていた。
(あのヒト……なにをしようとしているの……?)
 状況が飲み込めない彼女は、それでも、少しでも|針太朗《しんたろう》のそばに行こうと、おぼつかない足取りで彼らの元に少しずつ歩み寄っていく。
 四つ足の魔物に、にじり寄られている|針太朗《しんたろう》は、徐々に距離を詰められながら、屋上の隅へと追いやられている。
「こ、この感情は、なんだ! あの弓を使うオンナは……おまえは、私にナニをしたんだ!?」
 なかば狂乱状態になったシスター・オノケリスが、男子生徒に詰め寄り、彼の襟元をつかもうと手を伸ばそうとすると、これまで彼女に首元を捕まれ続けていた|針太朗《しんたろう》は、恐怖心から、咄嗟に身体全体を後ろに反らそうとする。
 その瞬間、校舎屋上から駐車場などが広がる裏庭が視界に入り、高所恐怖症のため足がすくんでバランスを崩す。
 そうして、校舎の外側によろめいた彼は、柵のない空中へと身体を放りだしてしまった。