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幕間その3〜あかん! 優勝してまう!! 阪神優勝いただき隊〜2021年その②

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虎太郎の楽観的な予測も虚しく、6月中旬の某TV局の『あかん阪神優勝してまう』の特番の放送以降、それまで投打が噛み合っていたタイガースは、本拠地甲子園でのベイスターズ戦3連敗するなど成績が振るわず、連勝を重ねたジャイアンツには、最大8ゲームあった差を、7月初めには1.5ゲーム差まで縮められていた。

 番組では、テレビ局のアナウンサーが、「優勝いただき隊」なるものを結成し、ペナントレースの折り返し地点にすら到達していないにもかかわらず、優勝旅行の話題を繰り広げるなど、浮かれた内容だったため、他チームのファンのみならず、当のタイガースファンからも、その内容を疑問視する声が上がっている。
 
(これが、()()()というヤツか……)

 遅まきながら、自身の見通しの甘さに気づいた虎太郎は、プロ野球のペナントレースが、東京五輪によるブレイク期間を目前にし、セミの鳴き声が聞こえ始めた頃から、ようやく本格的な就職活動を開始したのだが……。

 感染症の影響で、前年のインターンシップが開催されない中でも、大手企業を中心に可能な限りのOB訪問を行っていた(ひさし)や、国家公務員総合職への入省に絞って綿密な試験対策を行っていた(ゆたか)、総合情報学部で履修するソフト以外でも様々なアプリに触れてコンピューター・グラフィックスについて独自に学習して志望する業種から内定を得た貴子(たかこ)たちとは異なり、志望先や就きたい職種について、なんの展望も持っていなかった虎太郎にとって、その活動は、苦痛の連続だった。

 学生が志望し、親世代からも信頼感を得られている社名や業績を持つ企業は、当然のことながら、すでに年度内の選考を終えており、秋の内定式の準備に入ろうとしている。

 さすがに、自分自身の就職活動に対する動きの鈍さを自覚していた彼は、最初から名のある企業や人気の職種への就職にこだわってはいなかったが、感染症がまん延しているとは言え、どの業界も人手不足である、という一般報道や就活サイトの文言を盲信していて、若い自分ならどこかに雇ってもらえるだろう、と()()をくくっている部分はあった。

 しかしながら、あらためて言うまでもなく、世の中の多くの組織が語る『人手不足』とは、()()()()()()()()()()()()、ということではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の不足、ということである。

 目指す企業のOBと積極的にコンタクトを取ろうとする久のような前向きさや、万全の試験対策を行っていた豊、学生でありながら自らの技能を磨くことに余念のなかった貴子に比べると、モラトリアム期間から社会に船出しようとする際に必要な覚悟の面においても、スキルの面においても、虎太郎には不足するものが多すぎた。

 エントリーする企業に対して、まともに志望動機すら記載することのできない自分の不甲斐なさと、エントリーシートを送るたびに返信されてくる、

「末筆になりますが、中野様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。」

という定型文が記された、いわゆる「お祈りメール」に直面し、彼の心は、活動開始から一ヶ月弱で早くも折れそうになっていた。

 就職に対する態度とは異なり、学業方面では極めて優秀だった虎太郎が、四年生の前期試験を余裕で乗り切り、夏休み中の憂鬱な就活に対してため息をつきそうになりながらも、同じゼミ生の女子が、キャンパスに通ってこなくなっているのに気づいたのは、その頃だった。

 ※

 東京五輪の開会式の当日、虎太郎たちの所属する黒田(くろだ)ゼミでは、前期の最終講義が行われた。
 そのゼミに、江草貴子(えぐさたかこ)は出席して来なかった。

 大学の授業が夏季休業に入る前に貴子と顔を合わせ、遅々として進まない就職活動に対する進捗状況を根掘り葉掘り聞かれる恐れがなくなったことに安心しつつ、前回のゼミも欠席していた相手のことが心配になり、虎太郎は彼女の友人である歳内理乃(さいうちりの)にたずねる。

「貴子は今日も休んでるみたいやけど、なんかあったんかな? リノちゃん、なにか事情、知ってる?」

 虎太郎の問いかけに、理乃(りの)は、一瞬、迷ったような表情を浮かべ、

「う〜ん……中野くんなら話しても大丈夫か……」

と、声を絞りながら語ったあと、周囲に他のゼミ生がいないことを確認して「じつは……」と切り出した。

 理乃が語るところによると、貴子は、7月の初め頃、世界的にパンデミックを引き起こした感染症に(かか)り、療養を余儀なくされていたという。
 検査の結果、先週までに、陰性にはなったようだが、その後も全身の倦怠感が抜けず、大学には顔を出せないということだ。

「検査結果が陰性になったあとも、味覚の異常や不眠とかの症状は続くって聞くし、後遺症なのかな?」

 虎太郎が、つぶやくように発言すると、理乃も彼の言葉を肯定するようにうなずいた。
 そして、彼女は、頼みこむように、言葉を続ける。

「夏休みに入ったら、私は、三重の実家の方に帰省しなくちゃなんだけど……貴子は、しばらく、こっちに居るみたいだし……中野くん、就活も大変だと思うけど、あの子のことを気にかけてあげてくれない?」

 自分自身の就職活動のかたわらで、もっとも仲の良かったゼミ生であり、サークル仲間が病に伏せていたことにショックを受けながらも、虎太郎は、一人暮らしの江草貴子(えぐさたかこ)の様子を見に行くことを決めた。




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虎太郎の楽観的な予測も虚しく、6月中旬の某TV局の『あかん阪神優勝してまう』の特番の放送以降、それまで投打が噛み合っていたタイガースは、本拠地甲子園でのベイスターズ戦3連敗するなど成績が振るわず、連勝を重ねたジャイアンツには、最大8ゲームあった差を、7月初めには1.5ゲーム差まで縮められていた。
 番組では、テレビ局のアナウンサーが、「優勝いただき隊」なるものを結成し、ペナントレースの折り返し地点にすら到達していないにもかかわらず、優勝旅行の話題を繰り広げるなど、浮かれた内容だったため、他チームのファンのみならず、当のタイガースファンからも、その内容を疑問視する声が上がっている。
(これが、|フ《・》|ラ《・》|グ《・》というヤツか……)
 遅まきながら、自身の見通しの甘さに気づいた虎太郎は、プロ野球のペナントレースが、東京五輪によるブレイク期間を目前にし、セミの鳴き声が聞こえ始めた頃から、ようやく本格的な就職活動を開始したのだが……。
 感染症の影響で、前年のインターンシップが開催されない中でも、大手企業を中心に可能な限りのOB訪問を行っていた|久《ひさし》や、国家公務員総合職への入省に絞って綿密な試験対策を行っていた|豊《ゆたか》、総合情報学部で履修するソフト以外でも様々なアプリに触れてコンピューター・グラフィックスについて独自に学習して志望する業種から内定を得た|貴子《たかこ》たちとは異なり、志望先や就きたい職種について、なんの展望も持っていなかった虎太郎にとって、その活動は、苦痛の連続だった。
 学生が志望し、親世代からも信頼感を得られている社名や業績を持つ企業は、当然のことながら、すでに年度内の選考を終えており、秋の内定式の準備に入ろうとしている。
 さすがに、自分自身の就職活動に対する動きの鈍さを自覚していた彼は、最初から名のある企業や人気の職種への就職にこだわってはいなかったが、感染症がまん延しているとは言え、どの業界も人手不足である、という一般報道や就活サイトの文言を盲信していて、若い自分ならどこかに雇ってもらえるだろう、と|タ《・》|カ《・》をくくっている部分はあった。
 しかしながら、あらためて言うまでもなく、世の中の多くの組織が語る『人手不足』とは、|単《・》|純《・》|に《・》|人《・》|員《・》|が《・》|足《・》|り《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》、ということではなく、|業《・》|務《・》|を《・》|任《・》|せ《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》|だ《・》|け《・》|の《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》|を《・》|持《・》|っ《・》|た《・》|人《・》|材《・》の不足、ということである。
 目指す企業のOBと積極的にコンタクトを取ろうとする久のような前向きさや、万全の試験対策を行っていた豊、学生でありながら自らの技能を磨くことに余念のなかった貴子に比べると、モラトリアム期間から社会に船出しようとする際に必要な覚悟の面においても、スキルの面においても、虎太郎には不足するものが多すぎた。
 エントリーする企業に対して、まともに志望動機すら記載することのできない自分の不甲斐なさと、エントリーシートを送るたびに返信されてくる、
「末筆になりますが、中野様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。」
という定型文が記された、いわゆる「お祈りメール」に直面し、彼の心は、活動開始から一ヶ月弱で早くも折れそうになっていた。
 就職に対する態度とは異なり、学業方面では極めて優秀だった虎太郎が、四年生の前期試験を余裕で乗り切り、夏休み中の憂鬱な就活に対してため息をつきそうになりながらも、同じゼミ生の女子が、キャンパスに通ってこなくなっているのに気づいたのは、その頃だった。
 ※
 東京五輪の開会式の当日、虎太郎たちの所属する|黒田《くろだ》ゼミでは、前期の最終講義が行われた。
 そのゼミに、|江草貴子《えぐさたかこ》は出席して来なかった。
 大学の授業が夏季休業に入る前に貴子と顔を合わせ、遅々として進まない就職活動に対する進捗状況を根掘り葉掘り聞かれる恐れがなくなったことに安心しつつ、前回のゼミも欠席していた相手のことが心配になり、虎太郎は彼女の友人である|歳内理乃《さいうちりの》にたずねる。
「貴子は今日も休んでるみたいやけど、なんかあったんかな? リノちゃん、なにか事情、知ってる?」
 虎太郎の問いかけに、|理乃《りの》は、一瞬、迷ったような表情を浮かべ、
「う〜ん……中野くんなら話しても大丈夫か……」
と、声を絞りながら語ったあと、周囲に他のゼミ生がいないことを確認して「じつは……」と切り出した。
 理乃が語るところによると、貴子は、7月の初め頃、世界的にパンデミックを引き起こした感染症に|罹《かか》り、療養を余儀なくされていたという。
 検査の結果、先週までに、陰性にはなったようだが、その後も全身の倦怠感が抜けず、大学には顔を出せないということだ。
「検査結果が陰性になったあとも、味覚の異常や不眠とかの症状は続くって聞くし、後遺症なのかな?」
 虎太郎が、つぶやくように発言すると、理乃も彼の言葉を肯定するようにうなずいた。
 そして、彼女は、頼みこむように、言葉を続ける。
「夏休みに入ったら、私は、三重の実家の方に帰省しなくちゃなんだけど……貴子は、しばらく、こっちに居るみたいだし……中野くん、就活も大変だと思うけど、あの子のことを気にかけてあげてくれない?」
 自分自身の就職活動のかたわらで、もっとも仲の良かったゼミ生であり、サークル仲間が病に伏せていたことにショックを受けながらも、虎太郎は、一人暮らしの|江草貴子《えぐさたかこ》の様子を見に行くことを決めた。