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六車輪(ろくしゃりん)の由来

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 今は昔のことでございます。

 武蔵国(むさしのくに)西方(さいほう)奥原(おくはら)という村があって、ここはちょうど甲斐国(かいのくに)とは山ひとつで(へだ)てられておりました。

 初夏としては(すず)しい昼下がりのこと。

 西国(さいごく)で起こった(いくさ)のどさくさに(まぎ)れて、お宝をしこたま奪い取った源蔵(げんぞう)という盗賊一味の頭目(とうもく)が、金銀財宝をたっぷり積み込んだ荷車(にぐるま)と、二十あまりの手下を引き連れて、奥原村へいたるこの山を、すこぶるご機嫌(きげん)な様子で闊歩(かっぽ)しておりました。

 この荷車は源蔵が奪った宝をいくらでも積めるようにと特別に作らせたもので、なにせとても大きくしてしまったものですから、車輪(しゃりん)一組(ひとくみ)の二つでは足りず、なんと三組(さんくみ)の六つという、とても奇妙な見てくれをしておりました。

 六車輪(ろくしゃりん)の荷車には、金銀だけではなく、戦で死んだ兵の(むくろ)から引っ()がした甲冑(かっちゅう)だの、家屋敷(いえやしき)に突き刺さった弓矢だの、ほか、刀だの(やり)だの、その辺の兵糧(ひょうろう)だの……

 とにかく強欲(ごうよく)な源蔵は、金目(かねめ)のものならあますところなく強奪(ごうだつ)して、この車の中に放り込んだのでございます。

 これが(ひど)く重いものですから、車は二頭(にとう)大牛(おおうし)に引かせ、それでも足りないと、手下たちが囲むようにくっついて、やっとのことで前へと進ませているのです。

 源蔵はといえば、お宝の中から(みやび)細工(さいく)(おうぎ)を取り出し、その下劣(げれつ)熊面(くまづら)(あお)ぎながら、先導を取って、ひとりだけ身軽(みがる)に歩いていました。

「おい、彦佐(ひこざ)

 源蔵が名を呼ぶと、後ろのほうから背丈(せたけ)の高い、凛々(りり)しい顔立ちの若者が、(ふところ)の守り(ぶくろ)を揺らしながら、急ぎ足で()()ってきました。

「お(かしら)、ご用でしょうか?」

 その青年は()れた旅装束(たびしょうぞく)から手拭(てぬぐい)を取り出し、(ひたい)の汗をぬぐいながら、源蔵に足並みを(そろ)えました。

 彼は彦佐衛門(ひこざえもん)と申しまして、赤子の時分に「間引(まび)き」のため、山に捨てられていたところを、一味の頭数(あたまかず)を増やすため、源蔵が拾い上げて、ここまで育てたのです。

 首から()げた守り袋は、捨てられていた赤子の彦佐の、やはり首から提げられていたもので、彼はこれを形見(かたみ)として、いつも大切に持ち歩いていたのです。

「奥原まではあと、どれくらいだ?」

 源蔵はアザミの葉のようなギザギザの口ひげをもぞもぞと(いじ)りながら、丈夫(じょうぶ)な歯をカチカチいわせて、彦佐にたずねました。

「この歩みなら、日が暮れるまでには着けるかと思います」

 彦佐はとても頭が良く、知恵(ちえ)が働き、機転も()くものですから、源蔵は彼を一味の参謀(さんぼう)()え、たいそう頼りにしていたのです。

「ふむ、わしは腹が減った。早いところ奥原に宿を取って、うまいご馳走(ちそう)にありつきたい。(みな)に言って、足を急がせよ」

「そのような、お頭。この荷での山歩きで、皆はすっかり参っております。せめて少し休ませてからでは……」

「うるさいぞ、彦佐。お前を拾ってやった(おん)を忘れたのか? 言うとおりにせんと、許さんぞ?」

「そのように申されましても……」

 (いや)しい源蔵はいつもこのような調子なので、彦佐はその仲裁(ちゅうさい)に、ほとほと苦労させられていたのでした。

 そのとき――

「おや、あれは……?」

「あーん?」

 向こうからひとりの老人が、こちらへやってくるのに気づいた彦佐に、源蔵は首を(ひね)って、その大きな目をひん()きました。

 その老人はしわくちゃの面長(おもなが)に、長い白ひげをたくわえ、ぼろぼろの(ころも)をだらしなく着込んでいました。

 ごつごつとした(こぶ)のような(かし)(つえ)をつきながら、藤蔓(ふじづる)を乱暴に編んだ草鞋(わらじ)をぴしゃぴしゃ鳴らし、()うような姿勢で、源蔵のところまで近づいてきます。

 能面のように動かないその顔に、(となり)(ひか)えていた彦佐はゾッとしました。

「これこれ、お前さん。ちょっとすまんが、わしの話を聞いてくれんかの?」

 老人は酷くしゃがれた声で、源蔵にそう問いかけました。

「なんだ、貴様は? 汚いジジイだな」

 源蔵は怪訝(けげん)眼差(まなざ)しで見下ろしながら、そう聞き返しました。

「わしはこの山に住む、槐翁(かいおう)という者なんじゃが、奥原の南は万宝寺(ばんぽうじ)の、八面和尚(はちめんおしょう)という知り合いが亡くなって、このことを奥原の北は打鞍(うちくら)の、鬼熊童子(おにくまどうじ)という別の知り合いへ、伝えに行くところなんじゃ」

「だからなんだ、ジジイ」

 奇妙なことを言うものだと、彦佐は気味が悪くなりました。

 しかし源蔵はそんなことなど、どうでもいいというふうに答えたのです。

「旅に出る前に、腹ごしらえでもと思ったのじゃが、お前さん、何か食うものをくださらんかの?」

「はあ? 何を言ってやがる。貴様のような死に(ぞこ)ないにくれてやる飯など、一粒たりともないわ。とっとと失せろ、老いぼれが」

「そんなことを言わんと、ほんの少しでいいんじゃよ」

「しつこいぞ、ジジイ。わしを怒らすのなら、(たた)きのめしてしまうぞ」

 腹を満たしたいらしい老人を、源蔵は邪険(じゃけん)(あつか)いました。

 しかし性根(しょうね)の良い彦佐は、この老人がかわいそうになってきたのです。

「まあ、お頭。このご老体は、お困りの様子です。(にぎ)(めし)のひとつくらい、よいのでは……」

(だま)っておれ、彦佐。やいジジイ、何か金目(かねめ)のものは持っておるか? 食い物をよこせと言うからには、金を(はら)ってもらうぞ?」

「金か。わしはそんなもの、持ってなどおらんぞい」

「けっ、しけてやがる。なら、とっとと失せろ。わしは金にならんものになど、興味はないわ」

 すると老人は、にわかにへらへらと、薄気味(うすきみ)の悪い笑顔を浮かべ、こう言いました。

「ほう、なら、こういうのはどうじゃ?」

「なんだ、いったい?」

 老人は山道の北側にある、草の()(しげ)った、杉並木(すぎなみき)の間をのそりと指差しましました。

「ほれ、そこに小さな獣道(けものみち)があるじゃろ? そこをしばらく進むと、だだっ(ぴろ)い原に出る。そこに古いエンジの大木(たいぼく)があるんじゃが、なんでもその昔、何とかという大盗賊が、大名(だいみょう)のお屋敷から盗み出したとかいう宝物を、その木の辺りに()めたそうな。お前さんに、それをやろう。その代わりとして、わしに飯を――どうじゃ?」

 源蔵は口をすぼめて、しばらく考え込んでいました。

「それはまことの話なのだろうな?」

「さあ、わしは話に聞いただけじゃでのう」

「ふん、信じられんな。だが、確かめる値打ちはある。ジジイ、そこへ案内しろ。その宝物とやらが本当に見つかれば、貴様に好きなだけ、飯を食わしてやろう」

「おお、それは確かかいの?」

「くどいぞ。俺は金にかかわることだけは、()心得(こころえ)ている。(ちか)いは決して(たが)わん。さあ、案内しろ」

「わかった。さあさあ、こちらへ」

 老人はゆっくりと先に立って、その小道(こみち)に源蔵を誘ったのです。

「お頭、この荷はどうしますか? ここへ置いたままでは、誰かに見つかって、盗まれてしまうのでは?」

「なーに。こんな山道、そうそう人は通らんさ。それより、彦佐よ……」

「はい、なんでございますか?」

「宝があるのを確かめたら、あのジジイはすぐに打ち殺せ」

「なんと……しかしそれでは、話が……」

「あんな老いぼれに、(ほどこ)しなどもったいない。それに、宝のことをよそに言いふらされては困る」

「ですが……」

「わしの言いつけが聞けんのか?」

「め、滅相(めっそう)もございません! わかりました、そのようにいたします……」

 欲深(よくぶか)い源蔵は、にたにたと笑いながら、手下たちを連れ、ほくほくと老人のあとに続きました。

 仕方なく彦佐も(したが)って、一番後ろからついていきました。

 しかし彼は、なにやら胸騒(むなさわ)ぎがしていたのです。

 それは、ひょこひょこと先頭を歩く老人の後姿(うしろすがた)が、なんだか笑っているように見えたからなのでした――

   *

 しばらくと言われながら、けっこうな長い時間、源蔵たちは歩かされました。

 深く暗い杉林が突然(ひら)けて、そこには確かに広い原っぱがあり、その中心には、小山(こやま)ほどもある巨大なエンジの古木(こぼく)が、釣鐘(つりがね)のような実を()らして、どっしりと生えているではありませんか。

「なんという、面妖(めんよう)な木だ……」

 彦佐は思わず、後ずさりをしましたが、源蔵はといえば、ずいずいとそのエンジの木のほうへ近づいていきます。

「ジジイ、本当にここで相違(そうい)ないのだな?」

「ああ、そうじゃとも。さあ皆の衆、どうぞゆるりと宝を探されよ」

 老人は不気味(ぶきみ)に笑って、エンジの木の横によけました。

「おい、お前ら。この辺りをくまなく探せ!」

 こうして源蔵一味のお宝探しが始まったのです。

 手下たちは(くわ)だの(すき)だのを手に、本当にあるのかすらわからない宝物とやらを、必死に掘り起こそうとしました。

 源蔵はといえば、手下たちにすべてを任せ、自分はエンジの木の、太く張った根のところにゆうゆうと腰かけ、煙管(きせる)煙草(たばこ)をふかしています。

 彦佐もしぶしぶ、大恩(だいおん)あるお頭のためならと、汗を垂れ流しながら、木の周りをつつきました。

「あっ!」

「どうした、彦佐?」

「お頭、何かに当たりました!」

「おお! きっとそこに違いない! 皆、彦佐のところを掘り起こせ!」

 しばらく皆がそこを掘り返していると、なんと、出るわ、出るわ。

 源蔵ですらこれまでに見たことのないほどの、金色(こんじき)に光り輝く金銀財宝の山が、次から次へと、顔を出すではありませんか。

 源蔵は老人のことなどすっかり忘れて、その美しい宝の山に、スケベ(づら)が止まりませんでした。

 しかし彦佐は、ふと気がつきました。

 あの老人の姿が、どこにも見当たらないのです。

 木陰(こかげ)で休んででもいるのかと、エンジの木をほうを見やると――

「ひっ!」

「どうした、彦――」

 エンジの巨木の、その大きな「(みき)」が、さきほどの老人の顔になって、こちらに向かい、にたにたと笑っているではありませんか。

「わしが食いたい飯とはな、お前さんがたのことじゃよ」

 老人の顔になったエンジの木は、その()けた口をくっぱり開けて、そう言い放ちました。

 源蔵や彦佐、そして手下たちは、恐怖のあまりすっかり腰が抜けて、その場へ尻餅(しりもち)をついてしまいました。

「いやいや、もう腹が減っての。なにせ、あの盗賊をいただいてから、かれこれ百年は何も食っておらんでのう」

「な、なにっ! それでは、まさか――」

 源蔵は震える声で、そう叫びました。

「大名のお屋敷から盗んだというのは、確かじゃよ。そやつがわしに食われる間際(まぎわ)に、そう言っておったからの。まあ、話に聞いただけ(・・・・・・・)じゃがのう、ひひ」

 エンジの大きな実がぱかりと口を開いて、源蔵をたちどころに食らってしまいました。

 残った手下たちは、足をもつれさせながらも、われ先にと、このあやかしから(のが)れようとします。

 しかしエンジの枝がそちらへ伸びて、彼らは次々と笑う怪木(かいぼく)の口の中へと収まっていくのです。

「あとはお前さんだけじゃの、ひひ」

 最後に一人残された彦佐へ向け、その大枝(おおえだ)が迫ってきます。

 体を(から)め取られ、もう駄目だと思ったとき――

「ぐ、ぬう……」

 エンジの妖怪が、急に苦しそうな(うめ)(ごえ)をあげたのです。

「……貴様、けったいな守りを持っておるな。心苦(こころぐる)しいが、これでは駄目じゃの。食えんものに用はない、どこかへ行ってしまえ」

 あやかしの枝はそのまま、彦佐の体をはるか彼方(かなた)へと、放り投げてしまいました。

   *

 彦佐が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていました。

「いったいあれは、なんだったのか……恐ろしいことがあるものだ……」

 彼は最初にいた、六車輪の荷車を置いてあった場所で眠っていたようです。

 その手は確かに、あの形見の守り袋をしっかりと、握りしめていたのでございます。

  *

 その後、急いで奥原へと下った彦佐は、ことのあらましを村の衆へ話して聞かせました。

 村人の話によると、槐翁(かいおう)とは山奥のエンジの木が、樹齢(じゅれい)幾百年(いくひゃくねん)(かさ)ねて、あやかしへと変化(へんげ)したものだということです。

 山に迷い込んだ者をかどわかして食らう、おそろしい妖怪とのことでした。

 明くる日、彦佐は村の衆に頼んで、くだんの六車輪の荷車を運んでもらい、助けてくれたお礼にと、金銀財宝のすべてを彼らに分け与え、自分は盗賊の身分から足を洗い、その地に根を下ろしたのです。

 そしていつしか、この奥原という土地は、「六車輪(ろくしゃりん)」の名で呼ばれるようになり、彦佐の末裔(まつえい)はのちに、「六車(むくるま)」という(せい)を名乗ったということでございます。


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 今は昔のことでございます。
 |武蔵国《むさしのくに》の|西方《さいほう》に|奥原《おくはら》という村があって、ここはちょうど|甲斐国《かいのくに》とは山ひとつで|隔《へだ》てられておりました。
 初夏としては|涼《すず》しい昼下がりのこと。
 |西国《さいごく》で起こった|戦《いくさ》のどさくさに|紛《まぎ》れて、お宝をしこたま奪い取った|源蔵《げんぞう》という盗賊一味の|頭目《とうもく》が、金銀財宝をたっぷり積み込んだ|荷車《にぐるま》と、二十あまりの手下を引き連れて、奥原村へいたるこの山を、すこぶるご|機嫌《きげん》な様子で|闊歩《かっぽ》しておりました。
 この荷車は源蔵が奪った宝をいくらでも積めるようにと特別に作らせたもので、なにせとても大きくしてしまったものですから、|車輪《しゃりん》が|一組《ひとくみ》の二つでは足りず、なんと|三組《さんくみ》の六つという、とても奇妙な見てくれをしておりました。
 |六車輪《ろくしゃりん》の荷車には、金銀だけではなく、戦で死んだ兵の|骸《むくろ》から引っ|剥《ぱ》がした|甲冑《かっちゅう》だの、|家屋敷《いえやしき》に突き刺さった弓矢だの、ほか、刀だの|槍《やり》だの、その辺の|兵糧《ひょうろう》だの……
 とにかく|強欲《ごうよく》な源蔵は、|金目《かねめ》のものならあますところなく|強奪《ごうだつ》して、この車の中に放り込んだのでございます。
 これが|酷《ひど》く重いものですから、車は|二頭《にとう》の|大牛《おおうし》に引かせ、それでも足りないと、手下たちが囲むようにくっついて、やっとのことで前へと進ませているのです。
 源蔵はといえば、お宝の中から|雅《みやび》な|細工《さいく》の|扇《おうぎ》を取り出し、その|下劣《げれつ》な|熊面《くまづら》を|扇《あお》ぎながら、先導を取って、ひとりだけ|身軽《みがる》に歩いていました。
「おい、|彦佐《ひこざ》」
 源蔵が名を呼ぶと、後ろのほうから|背丈《せたけ》の高い、|凛々《りり》しい顔立ちの若者が、|懐《ふところ》の守り|袋《ぶくろ》を揺らしながら、急ぎ足で|駆《か》け|寄《よ》ってきました。
「お|頭《かしら》、ご用でしょうか?」
 その青年は|蒸《む》れた|旅装束《たびしょうぞく》から|手拭《てぬぐい》を取り出し、|額《ひたい》の汗をぬぐいながら、源蔵に足並みを|揃《そろ》えました。
 彼は|彦佐衛門《ひこざえもん》と申しまして、赤子の時分に「|間引《まび》き」のため、山に捨てられていたところを、一味の|頭数《あたまかず》を増やすため、源蔵が拾い上げて、ここまで育てたのです。
 首から|提《さ》げた守り袋は、捨てられていた赤子の彦佐の、やはり首から提げられていたもので、彼はこれを|形見《かたみ》として、いつも大切に持ち歩いていたのです。
「奥原まではあと、どれくらいだ?」
 源蔵はアザミの葉のようなギザギザの口ひげをもぞもぞと|弄《いじ》りながら、|丈夫《じょうぶ》な歯をカチカチいわせて、彦佐にたずねました。
「この歩みなら、日が暮れるまでには着けるかと思います」
 彦佐はとても頭が良く、|知恵《ちえ》が働き、機転も|利《き》くものですから、源蔵は彼を一味の|参謀《さんぼう》に|据《す》え、たいそう頼りにしていたのです。
「ふむ、わしは腹が減った。早いところ奥原に宿を取って、うまいご|馳走《ちそう》にありつきたい。|皆《みな》に言って、足を急がせよ」
「そのような、お頭。この荷での山歩きで、皆はすっかり参っております。せめて少し休ませてからでは……」
「うるさいぞ、彦佐。お前を拾ってやった|恩《おん》を忘れたのか? 言うとおりにせんと、許さんぞ?」
「そのように申されましても……」
 |卑《いや》しい源蔵はいつもこのような調子なので、彦佐はその|仲裁《ちゅうさい》に、ほとほと苦労させられていたのでした。
 そのとき――
「おや、あれは……?」
「あーん?」
 向こうからひとりの老人が、こちらへやってくるのに気づいた彦佐に、源蔵は首を|捻《ひね》って、その大きな目をひん|剥《む》きました。
 その老人はしわくちゃの|面長《おもなが》に、長い白ひげをたくわえ、ぼろぼろの|衣《ころも》をだらしなく着込んでいました。
 ごつごつとした|瘤《こぶ》のような|樫《かし》の|杖《つえ》をつきながら、|藤蔓《ふじづる》を乱暴に編んだ|草鞋《わらじ》をぴしゃぴしゃ鳴らし、|這《は》うような姿勢で、源蔵のところまで近づいてきます。
 能面のように動かないその顔に、|隣《となり》に|控《ひか》えていた彦佐はゾッとしました。
「これこれ、お前さん。ちょっとすまんが、わしの話を聞いてくれんかの?」
 老人は酷くしゃがれた声で、源蔵にそう問いかけました。
「なんだ、貴様は? 汚いジジイだな」
 源蔵は|怪訝《けげん》な|眼差《まなざ》しで見下ろしながら、そう聞き返しました。
「わしはこの山に住む、|槐翁《かいおう》という者なんじゃが、奥原の南は|万宝寺《ばんぽうじ》の、|八面和尚《はちめんおしょう》という知り合いが亡くなって、このことを奥原の北は|打鞍《うちくら》の、|鬼熊童子《おにくまどうじ》という別の知り合いへ、伝えに行くところなんじゃ」
「だからなんだ、ジジイ」
 奇妙なことを言うものだと、彦佐は気味が悪くなりました。
 しかし源蔵はそんなことなど、どうでもいいというふうに答えたのです。
「旅に出る前に、腹ごしらえでもと思ったのじゃが、お前さん、何か食うものをくださらんかの?」
「はあ? 何を言ってやがる。貴様のような死に|損《ぞこ》ないにくれてやる飯など、一粒たりともないわ。とっとと失せろ、老いぼれが」
「そんなことを言わんと、ほんの少しでいいんじゃよ」
「しつこいぞ、ジジイ。わしを怒らすのなら、|叩《たた》きのめしてしまうぞ」
 腹を満たしたいらしい老人を、源蔵は|邪険《じゃけん》に|扱《あつか》いました。
 しかし|性根《しょうね》の良い彦佐は、この老人がかわいそうになってきたのです。
「まあ、お頭。このご老体は、お困りの様子です。|握《にぎ》り|飯《めし》のひとつくらい、よいのでは……」
「|黙《だま》っておれ、彦佐。やいジジイ、何か|金目《かねめ》のものは持っておるか? 食い物をよこせと言うからには、金を|払《はら》ってもらうぞ?」
「金か。わしはそんなもの、持ってなどおらんぞい」
「けっ、しけてやがる。なら、とっとと失せろ。わしは金にならんものになど、興味はないわ」
 すると老人は、にわかにへらへらと、|薄気味《うすきみ》の悪い笑顔を浮かべ、こう言いました。
「ほう、なら、こういうのはどうじゃ?」
「なんだ、いったい?」
 老人は山道の北側にある、草の|生《お》い|茂《しげ》った、|杉並木《すぎなみき》の間をのそりと指差しましました。
「ほれ、そこに小さな|獣道《けものみち》があるじゃろ? そこをしばらく進むと、だだっ|広《ぴろ》い原に出る。そこに古いエンジの|大木《たいぼく》があるんじゃが、なんでもその昔、何とかという大盗賊が、|大名《だいみょう》のお屋敷から盗み出したとかいう宝物を、その木の辺りに|埋《う》めたそうな。お前さんに、それをやろう。その代わりとして、わしに飯を――どうじゃ?」
 源蔵は口をすぼめて、しばらく考え込んでいました。
「それはまことの話なのだろうな?」
「さあ、わしは話に聞いただけじゃでのう」
「ふん、信じられんな。だが、確かめる値打ちはある。ジジイ、そこへ案内しろ。その宝物とやらが本当に見つかれば、貴様に好きなだけ、飯を食わしてやろう」
「おお、それは確かかいの?」
「くどいぞ。俺は金にかかわることだけは、|義《ぎ》を|心得《こころえ》ている。|誓《ちか》いは決して|違《たが》わん。さあ、案内しろ」
「わかった。さあさあ、こちらへ」
 老人はゆっくりと先に立って、その|小道《こみち》に源蔵を誘ったのです。
「お頭、この荷はどうしますか? ここへ置いたままでは、誰かに見つかって、盗まれてしまうのでは?」
「なーに。こんな山道、そうそう人は通らんさ。それより、彦佐よ……」
「はい、なんでございますか?」
「宝があるのを確かめたら、あのジジイはすぐに打ち殺せ」
「なんと……しかしそれでは、話が……」
「あんな老いぼれに、|施《ほどこ》しなどもったいない。それに、宝のことをよそに言いふらされては困る」
「ですが……」
「わしの言いつけが聞けんのか?」
「め、|滅相《めっそう》もございません! わかりました、そのようにいたします……」
 |欲深《よくぶか》い源蔵は、にたにたと笑いながら、手下たちを連れ、ほくほくと老人のあとに続きました。
 仕方なく彦佐も|従《したが》って、一番後ろからついていきました。
 しかし彼は、なにやら|胸騒《むなさわ》ぎがしていたのです。
 それは、ひょこひょこと先頭を歩く老人の|後姿《うしろすがた》が、なんだか笑っているように見えたからなのでした――
   *
 しばらくと言われながら、けっこうな長い時間、源蔵たちは歩かされました。
 深く暗い杉林が突然|開《ひら》けて、そこには確かに広い原っぱがあり、その中心には、|小山《こやま》ほどもある巨大なエンジの|古木《こぼく》が、|釣鐘《つりがね》のような実を|垂《た》らして、どっしりと生えているではありませんか。
「なんという、|面妖《めんよう》な木だ……」
 彦佐は思わず、後ずさりをしましたが、源蔵はといえば、ずいずいとそのエンジの木のほうへ近づいていきます。
「ジジイ、本当にここで|相違《そうい》ないのだな?」
「ああ、そうじゃとも。さあ皆の衆、どうぞゆるりと宝を探されよ」
 老人は|不気味《ぶきみ》に笑って、エンジの木の横によけました。
「おい、お前ら。この辺りをくまなく探せ!」
 こうして源蔵一味のお宝探しが始まったのです。
 手下たちは|鍬《くわ》だの|鋤《すき》だのを手に、本当にあるのかすらわからない宝物とやらを、必死に掘り起こそうとしました。
 源蔵はといえば、手下たちにすべてを任せ、自分はエンジの木の、太く張った根のところにゆうゆうと腰かけ、|煙管《きせる》で|煙草《たばこ》をふかしています。
 彦佐もしぶしぶ、|大恩《だいおん》あるお頭のためならと、汗を垂れ流しながら、木の周りをつつきました。
「あっ!」
「どうした、彦佐?」
「お頭、何かに当たりました!」
「おお! きっとそこに違いない! 皆、彦佐のところを掘り起こせ!」
 しばらく皆がそこを掘り返していると、なんと、出るわ、出るわ。
 源蔵ですらこれまでに見たことのないほどの、|金色《こんじき》に光り輝く金銀財宝の山が、次から次へと、顔を出すではありませんか。
 源蔵は老人のことなどすっかり忘れて、その美しい宝の山に、スケベ|面《づら》が止まりませんでした。
 しかし彦佐は、ふと気がつきました。
 あの老人の姿が、どこにも見当たらないのです。
 |木陰《こかげ》で休んででもいるのかと、エンジの木をほうを見やると――
「ひっ!」
「どうした、彦――」
 エンジの巨木の、その大きな「|幹《みき》」が、さきほどの老人の顔になって、こちらに向かい、にたにたと笑っているではありませんか。
「わしが食いたい飯とはな、お前さんがたのことじゃよ」
 老人の顔になったエンジの木は、その|裂《さ》けた口をくっぱり開けて、そう言い放ちました。
 源蔵や彦佐、そして手下たちは、恐怖のあまりすっかり腰が抜けて、その場へ|尻餅《しりもち》をついてしまいました。
「いやいや、もう腹が減っての。なにせ、あの盗賊をいただいてから、かれこれ百年は何も食っておらんでのう」
「な、なにっ! それでは、まさか――」
 源蔵は震える声で、そう叫びました。
「大名のお屋敷から盗んだというのは、確かじゃよ。そやつがわしに食われる|間際《まぎわ》に、そう言っておったからの。まあ、|話に聞いただけ《・・・・・・・》じゃがのう、ひひ」
 エンジの大きな実がぱかりと口を開いて、源蔵をたちどころに食らってしまいました。
 残った手下たちは、足をもつれさせながらも、われ先にと、このあやかしから|逃《のが》れようとします。
 しかしエンジの枝がそちらへ伸びて、彼らは次々と笑う|怪木《かいぼく》の口の中へと収まっていくのです。
「あとはお前さんだけじゃの、ひひ」
 最後に一人残された彦佐へ向け、その|大枝《おおえだ》が迫ってきます。
 体を|絡《から》め取られ、もう駄目だと思ったとき――
「ぐ、ぬう……」
 エンジの妖怪が、急に苦しそうな|呻《うめ》き|声《ごえ》をあげたのです。
「……貴様、けったいな守りを持っておるな。|心苦《こころぐる》しいが、これでは駄目じゃの。食えんものに用はない、どこかへ行ってしまえ」
 あやかしの枝はそのまま、彦佐の体をはるか|彼方《かなた》へと、放り投げてしまいました。
   *
 彦佐が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていました。
「いったいあれは、なんだったのか……恐ろしいことがあるものだ……」
 彼は最初にいた、六車輪の荷車を置いてあった場所で眠っていたようです。
 その手は確かに、あの形見の守り袋をしっかりと、握りしめていたのでございます。
  *
 その後、急いで奥原へと下った彦佐は、ことのあらましを村の衆へ話して聞かせました。
 村人の話によると、|槐翁《かいおう》とは山奥のエンジの木が、|樹齢《じゅれい》|幾百年《いくひゃくねん》を|重《かさ》ねて、あやかしへと|変化《へんげ》したものだということです。
 山に迷い込んだ者をかどわかして食らう、おそろしい妖怪とのことでした。
 明くる日、彦佐は村の衆に頼んで、くだんの六車輪の荷車を運んでもらい、助けてくれたお礼にと、金銀財宝のすべてを彼らに分け与え、自分は盗賊の身分から足を洗い、その地に根を下ろしたのです。
 そしていつしか、この奥原という土地は、「|六車輪《ろくしゃりん》」の名で呼ばれるようになり、彦佐の|末裔《まつえい》はのちに、「|六車《むくるま》」という|姓《せい》を名乗ったということでございます。