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第壱話

ー/ー



卯月 弍拾参日


「あ、こっちに胡瓜あるからついでに買っちゃおう」

「ダメです。ここのは少し高いですから。隣町に行けばもっと安く買えますので後程寄りましょう」

「あ、この鮭美味しそう」

「ダメですよ駿之介さん。目移りしては。お魚は隣の更に隣の町で買えばお得ですので後でそちらにも寄りましょう」

「……はい」

 颯京の中でも比較的に人気の商店街――紫苑(しおん)商店街にやってきた駿之介は街を案内してもらうついでに小夜の買い出しに付き合うことになったわけだが。
 手伝おうとしていたら、まさか彼女から幾度となくダメ出しされることになるとは。こりゃあ大人しく荷物持ちに回った方が良さそうだと駿之介は判断した。
 どうせ思考回路が主婦のそれと似る小夜には頭が上がらないから、という後ろ向きの理由で。

 それから二人はそれなりに歩いたものの、肝心の買い物リストの半分すら埋まっていない。おまけに他の商店街にまで行くことになったからあと一時間か二時間くらいは掛かることになる。非常に由々しき事態だ。

「小夜、あと何軒回るんだ? 下ごしらえとか大丈夫か?」

「あら、まだ半刻すら経ってませんよ? ほら、つべこべ言わずキビキビ歩きましょう」

「マジか……」

 受け流すつもりが、やはり不定時法が使われていたことに内心でげんなり。
 この間の巫女姫様の登校で知ったこととは言え、受け入れ難い現実に心中で溜息一つ。朝のニュース番組で表示されていた時刻は現代と同じ定時法だから気にしたことがなかったが。小夜が不定時法を使用していることから鑑みると、恐らく定時法がまだ皇国人の間に浸透していないという推測に即座に辿り着く。

 そしてこの間の現代史の授業で共和国が属国に本国の技術を持ち込むということを学んだ。であれば定時法も『共和国の技術』ということになるが、こればかりは夏目から確認を取った方が良さそうだ。
 せめて和時計があれば苦労はしないだろうけど、流石に一介の学生が買える値段にはなっていないだろう。そもそも皇国に腕時計はあるのだろうか。なければ置き時計もいいが、いつでもどこでも時間を確認できる腕時計の方が。
 と、思考の海に沈んでいくと、小夜の声で現実に引き戻される。

「駿之介さん」

「うん? どうしたんだ小夜」

「それはこちらの台詞ですよ。何が気になることでもありましたか」

「いや、何もないが……」

「駿之介さん、ずっとボーッとしてましたので」

「そ、そうだったのか。悪かった」

 はい、と一袋と手渡され大人しく受け取る彼に小夜はニッコリ。

「さあ、この後十軒程回る予定ですので、一緒に頑張りましょう」

「は、はい……」


 さも当然かのように値段を把握していた小夜の後ろに付いて行くと、陽が西の空に追いやられるのはあっという間だった。

「それにしても大石さん、人気者だな……」

「ですね。本当、皆さんは漣さんを見て何に憧れたんだか、わたしにはよく分かりません」

 溜息吐く小夜を見て、人気者の親を持つとこうなるわなと内心で同情する駿之介。行く先々で必ず大石のことを聞かれ、その都度に感謝として値段を安くしてもらったとか、おまけとして商品をタダでもらったなんてことも多々あった。

 彼らの話を総括すると敗戦の際に店の再建に協力したのも、商店街を復活させたのも大石漣その者である。なんでも誰もが諦めた時に彼女が何度も足を運んで、一人一人の様子を見て回り、励ましたという。
 今の様子から想像もつかないような話を聞かせられて、駿之介も傾げる首の角度が深まったばかりだが、嬉しそうに当時のことを語る彼らの顔を見ている内に彼自身も誇らしく思った。

(本当、人は見掛けに寄らないなー)

 彼がしみじみ思っていると急停止する軍用車両が一台。なんだ、と顔を向けると武装した軍人が数名店に入った後、中から聞こえる破壊音にゾッと総毛立つ。懇願した店主が暴力を振るわれ、中から子供の泣き叫ぶ声も耳にした。
 助けなければ――脳内に浮かんだ一言に突き動かされた彼がその場を離れようとするも、

「どこに行くつもりですか、駿之介さん」

 強引的に引き戻されてハッとなった。

「どこって、助けに行かないと」

「落ち着いてください。相手は武装した共和国の軍人です。下手に盾に突こうとすると、その場で射殺されて終わりですよ」

「そりゃあ……そうだけど……!」

「殴られている皇国人も、わたし達の助けなんて求めていません。自分が彼らの鬱憤晴らしになれば、他の人にまで被害が及びませんから」

「そんな……」

 そう呟いたっきり、俯く駿之介は、

「なあ小夜、教えてくれ。これが敗戦の代償、というヤツなのか」

「……残念ながら」

 クッと奥歯を噛んだ。一層のこと、砕いてしまったらどれだけ良かったものの。
 惨い現実に怒っているだけではない。小夜のような子供まで敗戦の現実を理解していたことの方が悔しくて堪らなかった。

 勝者は敗者を嬲る権利がある。
 弱肉強食の世界を初めて垣間見た駿之介はそのまま小夜に手を引かれ、迂回して月華荘に戻ることになった。
 他人の日常生活が崩壊されていく暴力の音を背にしながら。







※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※








 疲労困憊の体を引きずってなんとか部屋まで辿り着いた大蔵は一日の分の疲れを精いっぱい吐き出す。戸を開ける前に、隙間から漏れ出る受像機(じゅぞうき)の音量に気が滅入った。
 これから布団に飛び込んでぐっすり寝ていたいのに、その前に音量を下げてもらわないといけないと思うと、自ずと溜息が出るものだ。
 仕方がないと部屋に入ると、

「お帰り」

「――は??」

「大蔵、お帰り」

「うっ。た、ただいま」

 慣れないことをさせられ、気恥ずかしさから逃げるように俯く。
 これまでなかったやり取りに大蔵は当惑気味に眉を顰めると、ふらつきながらもこちらに接近する駿之介の顔はやたら赤い。

「おお、ちゃんと言えたじゃないか。よーしよし、偉いぞ~」

「ちょっ、やめ……!」

 やや乱暴に頭を撫でられても彼女はされるがまま、ようやく手を離してくれた時には彼女自身でも分かるぐらい、ボサボサになってしまった。

「……挨拶するだけ頭を撫でるとか。どれだけ――」

 憎まれ口を叩こうとするも今度駿之介がポケットから何を取り出してきた。

「ほら、ちゃんと挨拶を言えたからご褒美だぞ~」

 酒の匂いまで伝わってくるような赤い声に文句の一つでも言ってやりたいところではあるが、握らされたお菓子の前では霧散したようだ。

「って、このお菓子……」

「ははーん、さてはお菓子を食べたことがなかったからチョコターズを知らないんだな? やれやれ、どれだけ人生損してるんだよ」

「なっ、誰が――」

「俺は他のチョコレートをひっく、認めんぞおー! チョコターズは日本――いや、世界一いいいー!」

 二つの拳を天井に向け酒の勢いで言い募る彼の様子に一瞬ビックリした。
 いつも落ち着いている彼がここまで洋菓子一つで大興奮するところを見るのは実に久しぶりのような、そうでもないような、そんな曖昧さに大蔵は惑わされ。

「あっ、でも食うのはちゃんと夕食を食べてからだな。お前、サボろうとしてたんだろう?」

「なっ。何故それを――」

「フッフッフ、小夜の目を誤魔化せても俺の目を誤魔化せんぞ~。お前にはブクブク太らせなければならんぅーー!!」

「いや、だから鯉か私は」

 実際、今の大蔵は当初と比べたら程良い感じの健康体になっていて、これ以上太らせたらただのデブに成り下がるというのに。
 全く大石といい、駿之介といい。どうしてどいつもこいつもこっちの心配ばかりするのか。

「はいはい。後で食べるからそこどいて――」

「おおー! ようやく話を聞いてくれるとは……ママ感激だぞー! ご褒美によしよししてやろう~」

「ちょっ、だから頭撫でるの止め……!」

 払い除けることだってできるはず。けれど、彼女はそうしなかった。
 とは言え、先日の酔っ払いと比べたらこちらの方がまだマシという感想がポツリと浮かんだ後、込み上げてくるムズ痒さに耐えかね、

「~~~~~~。だから、やめてって言ってんでしょ!」

 とうとう大声を上げてしまい、そそくさと自室に逃げ込んだ。後ろ手で襖を閉めた大蔵はそのままぐったりと座り込んでは長い長い息を吐く。

「もうー……心臓に悪すぎでしょあのバカ」

 少し時が経ち、ようやく早鐘を打っている心臓の存在に気付いた彼女は手をやる。

「……病気?」

 しかし自問しても答えが返ってこない。
 体温が高くなるような感覚がまだ居残る中、ふと強引に渡されたチョコターズに視線を落とす。無意識の内に身体が糖分を求めていたのか、包装を開け中身を口に含ませ、

「ん。美味しい」

 感想をポロリと。なるほど、と彼がここまで夢中になったのも頷ける。
 いきなり声を張り上げた反動からか、大蔵はコホコホと咳き込みながらも着替えの寝間着を手に取り、少し襖を開ける。 隙間から覗く件の酔っ払いは如何にもつまらなさそうに受信機を観ている。

 よしとさっと襖を開け、絡まれないようにサササッと廊下へ。無事に脱出したことに心底安堵したその時――、

「あ、おぐりん。お帰り~」

「ひゃああっ?! あ、なんだ夏目か……た、ただいま」

 いきなり夏目に話し掛けられて慌てて取り繕ったが。何故か向けられてきたのは、意地悪そうな白い歯並び。

「おやおや? おぐりん、何かあったんだい?」

「何でもないけど。それが?」

「顔、真っ赤っ赤だよ?」

「……っ! な、なんでもないわよ!」

「おやおや? こりゃあ、何かありそうな匂いがしますなぁ~」

「じゃ、じゃあ、私、お風呂に入るから!」

「にししし、いってらぁ~」


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卯月 弍拾参日
「あ、こっちに胡瓜あるからついでに買っちゃおう」
「ダメです。ここのは少し高いですから。隣町に行けばもっと安く買えますので後程寄りましょう」
「あ、この鮭美味しそう」
「ダメですよ駿之介さん。目移りしては。お魚は隣の更に隣の町で買えばお得ですので後でそちらにも寄りましょう」
「……はい」
 颯京の中でも比較的に人気の商店街――|紫苑《しおん》商店街にやってきた駿之介は街を案内してもらうついでに小夜の買い出しに付き合うことになったわけだが。
 手伝おうとしていたら、まさか彼女から幾度となくダメ出しされることになるとは。こりゃあ大人しく荷物持ちに回った方が良さそうだと駿之介は判断した。
 どうせ思考回路が主婦のそれと似る小夜には頭が上がらないから、という後ろ向きの理由で。
 それから二人はそれなりに歩いたものの、肝心の買い物リストの半分すら埋まっていない。おまけに他の商店街にまで行くことになったからあと一時間か二時間くらいは掛かることになる。非常に由々しき事態だ。
「小夜、あと何軒回るんだ? 下ごしらえとか大丈夫か?」
「あら、まだ半刻すら経ってませんよ? ほら、つべこべ言わずキビキビ歩きましょう」
「マジか……」
 受け流すつもりが、やはり不定時法が使われていたことに内心でげんなり。
 この間の巫女姫様の登校で知ったこととは言え、受け入れ難い現実に心中で溜息一つ。朝のニュース番組で表示されていた時刻は現代と同じ定時法だから気にしたことがなかったが。小夜が不定時法を使用していることから鑑みると、恐らく定時法がまだ皇国人の間に浸透していないという推測に即座に辿り着く。
 そしてこの間の現代史の授業で共和国が属国に本国の技術を持ち込むということを学んだ。であれば定時法も『共和国の技術』ということになるが、こればかりは夏目から確認を取った方が良さそうだ。
 せめて和時計があれば苦労はしないだろうけど、流石に一介の学生が買える値段にはなっていないだろう。そもそも皇国に腕時計はあるのだろうか。なければ置き時計もいいが、いつでもどこでも時間を確認できる腕時計の方が。
 と、思考の海に沈んでいくと、小夜の声で現実に引き戻される。
「駿之介さん」
「うん? どうしたんだ小夜」
「それはこちらの台詞ですよ。何が気になることでもありましたか」
「いや、何もないが……」
「駿之介さん、ずっとボーッとしてましたので」
「そ、そうだったのか。悪かった」
 はい、と一袋と手渡され大人しく受け取る彼に小夜はニッコリ。
「さあ、この後十軒程回る予定ですので、一緒に頑張りましょう」
「は、はい……」
 さも当然かのように値段を把握していた小夜の後ろに付いて行くと、陽が西の空に追いやられるのはあっという間だった。
「それにしても大石さん、人気者だな……」
「ですね。本当、皆さんは漣さんを見て何に憧れたんだか、わたしにはよく分かりません」
 溜息吐く小夜を見て、人気者の親を持つとこうなるわなと内心で同情する駿之介。行く先々で必ず大石のことを聞かれ、その都度に感謝として値段を安くしてもらったとか、おまけとして商品をタダでもらったなんてことも多々あった。
 彼らの話を総括すると敗戦の際に店の再建に協力したのも、商店街を復活させたのも大石漣その者である。なんでも誰もが諦めた時に彼女が何度も足を運んで、一人一人の様子を見て回り、励ましたという。
 今の様子から想像もつかないような話を聞かせられて、駿之介も傾げる首の角度が深まったばかりだが、嬉しそうに当時のことを語る彼らの顔を見ている内に彼自身も誇らしく思った。
(本当、人は見掛けに寄らないなー)
 彼がしみじみ思っていると急停止する軍用車両が一台。なんだ、と顔を向けると武装した軍人が数名店に入った後、中から聞こえる破壊音にゾッと総毛立つ。懇願した店主が暴力を振るわれ、中から子供の泣き叫ぶ声も耳にした。
 助けなければ――脳内に浮かんだ一言に突き動かされた彼がその場を離れようとするも、
「どこに行くつもりですか、駿之介さん」
 強引的に引き戻されてハッとなった。
「どこって、助けに行かないと」
「落ち着いてください。相手は武装した共和国の軍人です。下手に盾に突こうとすると、その場で射殺されて終わりですよ」
「そりゃあ……そうだけど……!」
「殴られている皇国人も、わたし達の助けなんて求めていません。自分が彼らの鬱憤晴らしになれば、他の人にまで被害が及びませんから」
「そんな……」
 そう呟いたっきり、俯く駿之介は、
「なあ小夜、教えてくれ。これが敗戦の代償、というヤツなのか」
「……残念ながら」
 クッと奥歯を噛んだ。一層のこと、砕いてしまったらどれだけ良かったものの。
 惨い現実に怒っているだけではない。小夜のような子供まで敗戦の現実を理解していたことの方が悔しくて堪らなかった。
 勝者は敗者を嬲る権利がある。
 弱肉強食の世界を初めて垣間見た駿之介はそのまま小夜に手を引かれ、迂回して月華荘に戻ることになった。
 他人の日常生活が崩壊されていく暴力の音を背にしながら。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
 疲労困憊の体を引きずってなんとか部屋まで辿り着いた大蔵は一日の分の疲れを精いっぱい吐き出す。戸を開ける前に、隙間から漏れ出る|受像機《じゅぞうき》の音量に気が滅入った。
 これから布団に飛び込んでぐっすり寝ていたいのに、その前に音量を下げてもらわないといけないと思うと、自ずと溜息が出るものだ。
 仕方がないと部屋に入ると、
「お帰り」
「――は??」
「大蔵、お帰り」
「うっ。た、ただいま」
 慣れないことをさせられ、気恥ずかしさから逃げるように俯く。
 これまでなかったやり取りに大蔵は当惑気味に眉を顰めると、ふらつきながらもこちらに接近する駿之介の顔はやたら赤い。
「おお、ちゃんと言えたじゃないか。よーしよし、偉いぞ~」
「ちょっ、やめ……!」
 やや乱暴に頭を撫でられても彼女はされるがまま、ようやく手を離してくれた時には彼女自身でも分かるぐらい、ボサボサになってしまった。
「……挨拶するだけ頭を撫でるとか。どれだけ――」
 憎まれ口を叩こうとするも今度駿之介がポケットから何を取り出してきた。
「ほら、ちゃんと挨拶を言えたからご褒美だぞ~」
 酒の匂いまで伝わってくるような赤い声に文句の一つでも言ってやりたいところではあるが、握らされたお菓子の前では霧散したようだ。
「って、このお菓子……」
「ははーん、さてはお菓子を食べたことがなかったからチョコターズを知らないんだな? やれやれ、どれだけ人生損してるんだよ」
「なっ、誰が――」
「俺は他のチョコレートをひっく、認めんぞおー! チョコターズは日本――いや、世界一いいいー!」
 二つの拳を天井に向け酒の勢いで言い募る彼の様子に一瞬ビックリした。
 いつも落ち着いている彼がここまで洋菓子一つで大興奮するところを見るのは実に久しぶりのような、そうでもないような、そんな曖昧さに大蔵は惑わされ。
「あっ、でも食うのはちゃんと夕食を食べてからだな。お前、サボろうとしてたんだろう?」
「なっ。何故それを――」
「フッフッフ、小夜の目を誤魔化せても俺の目を誤魔化せんぞ~。お前にはブクブク太らせなければならんぅーー!!」
「いや、だから鯉か私は」
 実際、今の大蔵は当初と比べたら程良い感じの健康体になっていて、これ以上太らせたらただのデブに成り下がるというのに。
 全く大石といい、駿之介といい。どうしてどいつもこいつもこっちの心配ばかりするのか。
「はいはい。後で食べるからそこどいて――」
「おおー! ようやく話を聞いてくれるとは……ママ感激だぞー! ご褒美によしよししてやろう~」
「ちょっ、だから頭撫でるの止め……!」
 払い除けることだってできるはず。けれど、彼女はそうしなかった。
 とは言え、先日の酔っ払いと比べたらこちらの方がまだマシという感想がポツリと浮かんだ後、込み上げてくるムズ痒さに耐えかね、
「~~~~~~。だから、やめてって言ってんでしょ!」
 とうとう大声を上げてしまい、そそくさと自室に逃げ込んだ。後ろ手で襖を閉めた大蔵はそのままぐったりと座り込んでは長い長い息を吐く。
「もうー……心臓に悪すぎでしょあのバカ」
 少し時が経ち、ようやく早鐘を打っている心臓の存在に気付いた彼女は手をやる。
「……病気?」
 しかし自問しても答えが返ってこない。
 体温が高くなるような感覚がまだ居残る中、ふと強引に渡されたチョコターズに視線を落とす。無意識の内に身体が糖分を求めていたのか、包装を開け中身を口に含ませ、
「ん。美味しい」
 感想をポロリと。なるほど、と彼がここまで夢中になったのも頷ける。
 いきなり声を張り上げた反動からか、大蔵はコホコホと咳き込みながらも着替えの寝間着を手に取り、少し襖を開ける。 隙間から覗く件の酔っ払いは如何にもつまらなさそうに受信機を観ている。
 よしとさっと襖を開け、絡まれないようにサササッと廊下へ。無事に脱出したことに心底安堵したその時――、
「あ、おぐりん。お帰り~」
「ひゃああっ?! あ、なんだ夏目か……た、ただいま」
 いきなり夏目に話し掛けられて慌てて取り繕ったが。何故か向けられてきたのは、意地悪そうな白い歯並び。
「おやおや? おぐりん、何かあったんだい?」
「何でもないけど。それが?」
「顔、真っ赤っ赤だよ?」
「……っ! な、なんでもないわよ!」
「おやおや? こりゃあ、何かありそうな匂いがしますなぁ~」
「じゃ、じゃあ、私、お風呂に入るから!」
「にししし、いってらぁ~」