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第肆話

ー/ー



卯月 壱拾漆日


『今後二人は一緒に下りて、一緒に朝餉を摂るのじゃっ!』

 食卓の上で偉そうに両腕を組んだ大石にそのような命令されては反抗する気力が湧かず、大人しく言う事を従うことになったわけだが。

「と言ってもなあ……気が進まないなあー」

 麗やかな朝とは似つかぬ後ろ向きな独り言を最後に溜息一つ。既に襖に三回もノックしたのに一向に返答がないとは、こりゃあ爆睡しているな。
 昨日の今日で早速生活に馴染んだようで有難いが、いつまでも寝かせると朝食が冷めてしまいそうなので腹を括って突入しかない。

「入るぞ……」

 迎え入れられた穏やかな寝息に小さく息を吐き出す。
 これから起こそうとしている相手に配慮して音を立てぬようにそーっと忍び寄る。

「ごはん……。朝ごはんはぁ……?」

 忽然の可愛らしい寝言に、思わずドキッとしてしまう駿之介。
 幾ら中身がオッサンとは言えど、元々異性との接点なんて職場以外はほぼないのが仇となっただろう。そもそも彼が青春らしい青春を送らなかったからこんな捻くれモンスターが出来上がったというわけだが。
 ふと、畳の上に落ちていた一本の長い髪の毛を見やる。彼とは違って、少しウェーブが掛かっている感じの。普段の反抗的な様子からは露程も感じられない、見好い女性らしさ。

「……少しでも元気になってくれたら良いが」

 枕元にて静かに正座してゆっくりと前髪に腕を伸ばそうとしたその時──急に身じろぎした大蔵にビックリして、慌てて手を引っ込めた。
 って、何やってるんだ。

「おい、起きろ」

 彼の一言に反応するかのように痩身が僅かに震え、ゆっくりと瞼が開かれる。
 長い眠りから目覚めた眠り姫のような吐息の後に続く小さな欠伸。焦点の定まらない瞳が宙を彷徨い、視点がゆっくりと一つに定まっていく。鈍い光を放つ瞳は、徐々に紫水晶のような輝きを見せ──。

「はっ?! こここここっち見んな、この変態ッ!!」

 どんな綺麗な表現を並べ立てても、口を開けてしまえば全部台無しだ。赤面になった大蔵が一瞬にして頭ごと布団にくるまった。ダンゴ虫か、とツッコミたいのは山々ではあるが、彼女が起きたのであれば任務終了だ。
 それから彼女に布団から出て来るよう説得を試みたが、こちらが出たら彼女も出るという話になったので仕方なく襖の前で待つことに。

「ううう……。寝顔、見られた……。最悪」

「言っとくけど、別に見たくて見たわけじゃないからな」

 負けじと反論したまでは良かったものの、不思議と幼稚に聞こえてしまう。

「そもそもわざわざ起こさなくてもいいじゃんか!」

「仕方がないだろう。大石さんに強制させられたんだ。なんでも『今後は二人で一緒に下りてくるように』とか言ってたからな」

「大石め……絶対楽しんでやってるでしょ」

 しかし大蔵の恨み言は彼の耳に届いておらず、

「うん? 何か言ったか?」

「なんでもないっ!」

「んだよ……逆ギレしなくても良かったじゃねえか。ったく、これだから最近の若いのは」
 
 挙句の果てに若い見た目とはらしかぬ文句を言った直後に嘆息する、という典型的なオジサン発言をするであった。









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※










『本日早朝、皇国初のコンビニエンスストア、通称コンビニが颯京(そうきょう)唐草町(からくさちょう)に開店致しました。発案者のクラリス・ハートマン副総督によりますと、より多くの人々の暮らしを豊かにするための第一歩を果たしたとのことです』

 え、と同時に驚き振り向く萱野兄妹の反応を見て、他の住人達も雑談を止めて彼らに倣ってテレビの方を見る。

『また、皇国人と共和国人が手を取り合う日にまた一歩近付きましたとも仰っていました。尚、コンビニの詳細については、まとめた次第後日追ってお伝えします。次の報道です』

 始終事務的な態度の女性キャスターに駿之介は顔を曇らせたが、対して柚は何食わぬ顔で朝食を進めていらっしゃる。

「っケ、誰があんな金ピカ野郎共と仲良くなれるかっつーの! 自分達だけで仲良くしろっ!」

「これ光風、そのような物言いは良くないのじゃぞ。それじゃと久遠まで仲良くなれぬ存在になってしまうではないか」

「お、そうか。すまねえ久遠、別に悪気はなかったんだ」

「い、いいよ。こーゆーのもう慣れっこだし」

 たははは、と苦笑いで誤魔化す夏目は一旦さておくとして、まさか世界観を壊すようなニュースが聞ける日が来るとは。
 これはゲーム内のシナリオなのか、はたまた運営側から施しか。どうやら調査対象がまた一つ増えたようだ。カボチャの煮物を頬張る駿之介の少し斜め右の席、大蔵は暫く思案顔で味噌汁を見下ろしている。


 前回の教訓を生かし、今回はちゃんと大石から許可をもらって外出することになったが。その際に光風から皇服を貸してもらうように言われ、実際にその通りにしたら案の定寸法が合わず、ブカブカの服で出かける羽目になった。
 また後日に彼の分の皇服を買うという話に落ち着いたので、仕方なくそれで情報収集の旅へと出発することとなった。

 もっとも、時代遅れな国の情報を集めたければ文明の利器であるインターネットに頼るのはお門違いだというもの。地道に足で探す方が得られる情報量が多いかもしれないというダメ元で街に出たまでは良かったものの――。

「どこをどう行けりゃあいいんだ……」

 まだ十五分すらも経っていないのに彼の心は既に白旗を上げている。
 無理もない。街中に案内看板の一個も見当たらないわけだからこればかり彼一人の力ではどうしようもできない。
 そもそも彼は毎日足を運べる場所にすらGPSに頼らなければいけないような人種だ。それなしで自力で行けと言われるのは些か酷だというもの。

 目的地への行き方が分からない。おまけに帰るにも帰り道が分からない。つまるところ、彼は人生の『詰み』に直面したといったところだ。
 どうしようかと途方に暮れているところで、

「うん?」

 視界の端で横切る戦車に思わず二度見。見間違いかと目で追いかけると、後に続く軍用車両の列に内心で驚く。

「そうだ。確か柚が共和国の軍事力が凄いと言ってたな」

 前知識あるとは言えど、実物を前にするとやはり些か迫力がある。見回してみれば通行人の皇国人が見掛けた途端に尻尾を巻いて引き返した。例外もなく、皇国人全員がだ。
 こちらとしてはあまり目立った行動はできないのは痛手ではあるが――。

(気付かれないように付いて行けば、多分目的地に着くはずだ)




「すご……」

 慣れぬ隠密行動を開始してからかれこれ三十分が経過。
 路地裏から顔を出しゲートに入っていく軍用車両の連なりに圧倒された駿之介は、そうとしか言葉が出て来なくなった。
 一際目を引く敷地内にある白亜のファザードが壮麗な石造りの館――共和国総督府。
 白い屋根で誇らしく翻る共和国国旗の中央にあるのは国章の双頭の鷹。それぞれの足には銃と鹿の角を持っており、それは力と富を表す。先日柚に教えてもらった情報を思い出しながら一つ一つ視覚情報と照合する。

 月華荘に繋がる商店街と比べて、こちらの市街地は西洋風なのがまた印象的だ。アンティークな鋳鉄の黒い街灯が広々と真っ直ぐな、精緻な石畳の道路の両側を彩り。街角のカフェには生来の金髪を煌めかせて恋人達が笑いさざめく。
 しかし絵画のような景観も兵隊の帰還により、些か台無しになってしまった。

「にしても凄い数だな……一体何人駐留してるんだ」

 後が絶たない軍用車両の連なりに声援を送る何人かの共和国人の姿がやはり目立つ。思えば、こちらの街には皇国人が一人も見掛けないというのが不思議なものだ。
 いや、この頃に及んでまだ『不思議』で留まっているとは、未だに平和ボケした思想から抜けていない何よりの証拠だ――自省的な思考が、自身の認識を一般皇国人のそれにもっと寄り添うようにと吠える。


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卯月 壱拾漆日
『今後二人は一緒に下りて、一緒に朝餉を摂るのじゃっ!』
 食卓の上で偉そうに両腕を組んだ大石にそのような命令されては反抗する気力が湧かず、大人しく言う事を従うことになったわけだが。
「と言ってもなあ……気が進まないなあー」
 麗やかな朝とは似つかぬ後ろ向きな独り言を最後に溜息一つ。既に襖に三回もノックしたのに一向に返答がないとは、こりゃあ爆睡しているな。
 昨日の今日で早速生活に馴染んだようで有難いが、いつまでも寝かせると朝食が冷めてしまいそうなので腹を括って突入しかない。
「入るぞ……」
 迎え入れられた穏やかな寝息に小さく息を吐き出す。
 これから起こそうとしている相手に配慮して音を立てぬようにそーっと忍び寄る。
「ごはん……。朝ごはんはぁ……?」
 忽然の可愛らしい寝言に、思わずドキッとしてしまう駿之介。
 幾ら中身がオッサンとは言えど、元々異性との接点なんて職場以外はほぼないのが仇となっただろう。そもそも彼が青春らしい青春を送らなかったからこんな捻くれモンスターが出来上がったというわけだが。
 ふと、畳の上に落ちていた一本の長い髪の毛を見やる。彼とは違って、少しウェーブが掛かっている感じの。普段の反抗的な様子からは露程も感じられない、見好い女性らしさ。
「……少しでも元気になってくれたら良いが」
 枕元にて静かに正座してゆっくりと前髪に腕を伸ばそうとしたその時──急に身じろぎした大蔵にビックリして、慌てて手を引っ込めた。
 って、何やってるんだ。
「おい、起きろ」
 彼の一言に反応するかのように痩身が僅かに震え、ゆっくりと瞼が開かれる。
 長い眠りから目覚めた眠り姫のような吐息の後に続く小さな欠伸。焦点の定まらない瞳が宙を彷徨い、視点がゆっくりと一つに定まっていく。鈍い光を放つ瞳は、徐々に紫水晶のような輝きを見せ──。
「はっ?! こここここっち見んな、この変態ッ!!」
 どんな綺麗な表現を並べ立てても、口を開けてしまえば全部台無しだ。赤面になった大蔵が一瞬にして頭ごと布団にくるまった。ダンゴ虫か、とツッコミたいのは山々ではあるが、彼女が起きたのであれば任務終了だ。
 それから彼女に布団から出て来るよう説得を試みたが、こちらが出たら彼女も出るという話になったので仕方なく襖の前で待つことに。
「ううう……。寝顔、見られた……。最悪」
「言っとくけど、別に見たくて見たわけじゃないからな」
 負けじと反論したまでは良かったものの、不思議と幼稚に聞こえてしまう。
「そもそもわざわざ起こさなくてもいいじゃんか!」
「仕方がないだろう。大石さんに強制させられたんだ。なんでも『今後は二人で一緒に下りてくるように』とか言ってたからな」
「大石め……絶対楽しんでやってるでしょ」
 しかし大蔵の恨み言は彼の耳に届いておらず、
「うん? 何か言ったか?」
「なんでもないっ!」
「んだよ……逆ギレしなくても良かったじゃねえか。ったく、これだから最近の若いのは」
 挙句の果てに若い見た目とはらしかぬ文句を言った直後に嘆息する、という典型的なオジサン発言をするであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『本日早朝、皇国初のコンビニエンスストア、通称コンビニが|颯京《そうきょう》・|唐草町《からくさちょう》に開店致しました。発案者のクラリス・ハートマン副総督によりますと、より多くの人々の暮らしを豊かにするための第一歩を果たしたとのことです』
 え、と同時に驚き振り向く萱野兄妹の反応を見て、他の住人達も雑談を止めて彼らに倣ってテレビの方を見る。
『また、皇国人と共和国人が手を取り合う日にまた一歩近付きましたとも仰っていました。尚、コンビニの詳細については、まとめた次第後日追ってお伝えします。次の報道です』
 始終事務的な態度の女性キャスターに駿之介は顔を曇らせたが、対して柚は何食わぬ顔で朝食を進めていらっしゃる。
「っケ、誰があんな金ピカ野郎共と仲良くなれるかっつーの! 自分達だけで仲良くしろっ!」
「これ光風、そのような物言いは良くないのじゃぞ。それじゃと久遠まで仲良くなれぬ存在になってしまうではないか」
「お、そうか。すまねえ久遠、別に悪気はなかったんだ」
「い、いいよ。こーゆーのもう慣れっこだし」
 たははは、と苦笑いで誤魔化す夏目は一旦さておくとして、まさか世界観を壊すようなニュースが聞ける日が来るとは。
 これはゲーム内のシナリオなのか、はたまた運営側から施しか。どうやら調査対象がまた一つ増えたようだ。カボチャの煮物を頬張る駿之介の少し斜め右の席、大蔵は暫く思案顔で味噌汁を見下ろしている。
 前回の教訓を生かし、今回はちゃんと大石から許可をもらって外出することになったが。その際に光風から皇服を貸してもらうように言われ、実際にその通りにしたら案の定寸法が合わず、ブカブカの服で出かける羽目になった。
 また後日に彼の分の皇服を買うという話に落ち着いたので、仕方なくそれで情報収集の旅へと出発することとなった。
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「どこをどう行けりゃあいいんだ……」
 まだ十五分すらも経っていないのに彼の心は既に白旗を上げている。
 無理もない。街中に案内看板の一個も見当たらないわけだからこればかり彼一人の力ではどうしようもできない。
 そもそも彼は毎日足を運べる場所にすらGPSに頼らなければいけないような人種だ。それなしで自力で行けと言われるのは些か酷だというもの。
 目的地への行き方が分からない。おまけに帰るにも帰り道が分からない。つまるところ、彼は人生の『詰み』に直面したといったところだ。
 どうしようかと途方に暮れているところで、
「うん?」
 視界の端で横切る戦車に思わず二度見。見間違いかと目で追いかけると、後に続く軍用車両の列に内心で驚く。
「そうだ。確か柚が共和国の軍事力が凄いと言ってたな」
 前知識あるとは言えど、実物を前にするとやはり些か迫力がある。見回してみれば通行人の皇国人が見掛けた途端に尻尾を巻いて引き返した。例外もなく、皇国人全員がだ。
 こちらとしてはあまり目立った行動はできないのは痛手ではあるが――。
(気付かれないように付いて行けば、多分目的地に着くはずだ)
「すご……」
 慣れぬ隠密行動を開始してからかれこれ三十分が経過。
 路地裏から顔を出しゲートに入っていく軍用車両の連なりに圧倒された駿之介は、そうとしか言葉が出て来なくなった。
 一際目を引く敷地内にある白亜のファザードが壮麗な石造りの館――共和国総督府。
 白い屋根で誇らしく翻る共和国国旗の中央にあるのは国章の双頭の鷹。それぞれの足には銃と鹿の角を持っており、それは力と富を表す。先日柚に教えてもらった情報を思い出しながら一つ一つ視覚情報と照合する。
 月華荘に繋がる商店街と比べて、こちらの市街地は西洋風なのがまた印象的だ。アンティークな鋳鉄の黒い街灯が広々と真っ直ぐな、精緻な石畳の道路の両側を彩り。街角のカフェには生来の金髪を煌めかせて恋人達が笑いさざめく。
 しかし絵画のような景観も兵隊の帰還により、些か台無しになってしまった。
「にしても凄い数だな……一体何人駐留してるんだ」
 後が絶たない軍用車両の連なりに声援を送る何人かの共和国人の姿がやはり目立つ。思えば、こちらの街には皇国人が一人も見掛けないというのが不思議なものだ。
 いや、この頃に及んでまだ『不思議』で留まっているとは、未だに平和ボケした思想から抜けていない何よりの証拠だ――自省的な思考が、自身の認識を一般皇国人のそれにもっと寄り添うようにと吠える。