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第参話

ー/ー



 ピリッとした緊張感が張り巡らされる狭い四畳半の茶の間。けれど四角い座卓を挟んで向かい合って座る二人の間に一切の敵意を感じられない。真ん中で揺らめく行灯の灯を見て『作りが凝っていますね』といった呑気な感想が勇の脳裏をよぎり、再び大石に視線を戻す。

「おぬしの申す通りに人払いを済ませた」

 けれど実際に人払いをしたのかと問われるとそうでもなく、近隣の部屋で聞き耳を立てているフードの人物が一人、天井にも一人。とは言え、これしきのことで引き下がる勇ではない。

「して、話というのは?」

「では単刀直入に言いますね」

 そんな前置きをして本題に入ると、飄々としていた赤の双眸に僅かな警戒の色を帯びた。









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※









 目的地に着いた途端に夏目が急に用事が出来たと萱野兄妹を置いて出て行ったため、月華荘に帰ったのも二人だけとなった。一旦部屋に戻って戦利品のミニ冷蔵庫を設置してから皇国について調べてもらうよう、柚の部屋に訪れたわけだが。

「あると言えばあるけど、ないと言えばない感じ?」

「どういうこと?」

「あたしも怪しいなと思って調べてみたんっすけど。ネットで調べる限り、皇国(このくに)に関する情報はないよ。勿論、公式サイトもwikiもね」

「マジか……」

 予想外の事態に駿之介は頭を抱えたくなる。一国家ならwikiぐらいはあるという情報社会の常識があっさりと覆された。時代遅れにも程あるだろう、と思っていたが現にネットが使えるということは技術点から推測すると、現代のとはあまり差がないはずだ。
 一体どうなってんだこの国は。

「分かったと言えば、共和国の軍事力は凄いことと、ウチの生徒会長がフリーン・ハートマン総督の一人娘でしかも副総督でもあるということくらいかな」

「物凄い偉い人物じゃないか」

 クラリス・ハートマン。柚と同い年にも関わらず、生徒会長を務める凄腕の人物。何回かループを繰り返した内に彼が偶然入手した情報ではあるが、まさか副総督まで務めているとは。

「ね。ここまで権力があるなら職権乱用で授業免除してもらえれば、あたしは再び引きこもり生活に戻ることも……ぐふふふ」

「そこまで学校嫌いなのか、妹よ」

 とは言え、皇国調査が逆に共和国の情報が出て来るとは予想外だ。ネットで調べると限度があるということか。どうしようかと駿之介が解決策を考えあぐねている内に、スマホの振動で思考が一時遮断された。
 ざっと通知だけを確認してポケットに仕舞い、また何か分かったら知らせてくれと自室に戻ることに。









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※









『これでいいか?』

『はい、大丈夫です』

『では次の段階に移ってください』

『了解』

 彼が勇とやり取りをしている内に彼女が開発したアプリのデバッグを頼まれることになってつい先程インストールし終えたところだ。
 デバッグの経験がないにも関わらず、採用されたのはきっと何か特別な理由があるはず、と当初は期待したがまさかの人手不足という至極真っ当な理由で心中ガッカリ。
 とは言え、任せられた仕事を投げ出しては今後の関係にも支障が出ると判断した彼は、大人しく従事することにした。

「にしても、よくできてるなー」
 
 手当たり次第に操作している内に、段々アプリの出来に感心する駿之介。

 リアリティ・エスケープ。
 通称、リアエスは無料で提供する予定のチャットサービスである。テキストメッセージによるチャット機能がメインで。音声やビデオ通話、画面共有といった機能は今後のユーザーの反響次第に実装する予定だという。
 アプリ内でユーザーは招待制のサーバーを作成することができ、友達同士で使用するような小規模なものから、数千人単位のサーバーまで幅広い用途で活用できる。

 ただ他のチャットアプリと唯一違う点は、ユーザーのログイン状態の可視化。今はログインしているのかとか、最後にログインしたのはいつとか。そういった情報は運営に筒抜けなのは勿論、ユーザー同士でも随時見られるような仕組みになっている。
 これは個人のプライバシー問題にもなるじゃないかと彼が問題を提示したが、開発者から直々に「それが本来の仕様です」とピシャリと言われては作業を続けるほかない。

 暫くすると突然部屋の襖が開けられ。ギョッと顔を上げると、視線の先に今にでも爆発しそうな大蔵の顰めっ面があった。

「あれ? 道理でお前の姿が見えないなと思ったら外出してたのか。まあいい、そこの部屋を掃除してあったから自由につか──」

「アンタ、私を謀るために大石と結託したでしょ」

「……なんの話?」

「アンタが……! その……」

 いきなり強気に出たかと思いきや、目が合った途端急に顔を伏せられた。ここまで挙動不審だと、流石に彼自身にも非があるのではないかと疑わざるを得ないが、思い当たる節がないから困ったものだ。
 恐らく事の発端は、『物置きを掃除せよ』という夏目の伝令に関係するだと思うが、後から『襲うなよ~?』という意味深なメッセージが送られた。

 当初は何のこっちゃ、と不思議がりながらもデバッグ作業の前に掃除を済ませたが。こうして大蔵が現れた以上、多分彼女は今後物置きで寝起きするだろうという推測が容易に辿り着く。

 だけど今は質疑云々を後にしよう。まずは、大蔵を落ち着かせなければ。

「うん、まず誤解があるようだから俺に説明させ──」

「ぜっーーたいアンタとは一緒に寝ないんだから! この変態っ!」

 捨て台詞を最後に、大蔵は自室となる物置きに逃げ込んではバタンと襖を閉めた。

「──てくれ。って、最後まで聞けー」

 どうしてこちらにまで飛び火が来たのかが結局分からずじまいとなってしまった。まあ自分の部屋が分かっただけでも一先ず良しとしよう、と深い息を吐く。
 ふと、初日に物置きの前でふざけた大石の言葉を思い出す。

「うん? 待てよ。まさか大石さんは最初からそういう目的を持ってたんじゃ……」

 けれどあの大石のことだ。あれこれ推測しても彼女の真意を見抜けるはずもない。悲しい結論に辿り着いた彼は、再度溜息を吐き出してデバッグ作業に勤しむことにした。


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 ピリッとした緊張感が張り巡らされる狭い四畳半の茶の間。けれど四角い座卓を挟んで向かい合って座る二人の間に一切の敵意を感じられない。真ん中で揺らめく行灯の灯を見て『作りが凝っていますね』といった呑気な感想が勇の脳裏をよぎり、再び大石に視線を戻す。
「おぬしの申す通りに人払いを済ませた」
 けれど実際に人払いをしたのかと問われるとそうでもなく、近隣の部屋で聞き耳を立てているフードの人物が一人、天井にも一人。とは言え、これしきのことで引き下がる勇ではない。
「して、話というのは?」
「では単刀直入に言いますね」
 そんな前置きをして本題に入ると、飄々としていた赤の双眸に僅かな警戒の色を帯びた。
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 目的地に着いた途端に夏目が急に用事が出来たと萱野兄妹を置いて出て行ったため、月華荘に帰ったのも二人だけとなった。一旦部屋に戻って戦利品のミニ冷蔵庫を設置してから皇国について調べてもらうよう、柚の部屋に訪れたわけだが。
「あると言えばあるけど、ないと言えばない感じ?」
「どういうこと?」
「あたしも怪しいなと思って調べてみたんっすけど。ネットで調べる限り、|皇国《このくに》に関する情報はないよ。勿論、公式サイトもwikiもね」
「マジか……」
 予想外の事態に駿之介は頭を抱えたくなる。一国家ならwikiぐらいはあるという情報社会の常識があっさりと覆された。時代遅れにも程あるだろう、と思っていたが現にネットが使えるということは技術点から推測すると、現代のとはあまり差がないはずだ。
 一体どうなってんだこの国は。
「分かったと言えば、共和国の軍事力は凄いことと、ウチの生徒会長がフリーン・ハートマン総督の一人娘でしかも副総督でもあるということくらいかな」
「物凄い偉い人物じゃないか」
 クラリス・ハートマン。柚と同い年にも関わらず、生徒会長を務める凄腕の人物。何回かループを繰り返した内に彼が偶然入手した情報ではあるが、まさか副総督まで務めているとは。
「ね。ここまで権力があるなら職権乱用で授業免除してもらえれば、あたしは再び引きこもり生活に戻ることも……ぐふふふ」
「そこまで学校嫌いなのか、妹よ」
 とは言え、皇国調査が逆に共和国の情報が出て来るとは予想外だ。ネットで調べると限度があるということか。どうしようかと駿之介が解決策を考えあぐねている内に、スマホの振動で思考が一時遮断された。
 ざっと通知だけを確認してポケットに仕舞い、また何か分かったら知らせてくれと自室に戻ることに。
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『これでいいか?』
『はい、大丈夫です』
『では次の段階に移ってください』
『了解』
 彼が勇とやり取りをしている内に彼女が開発したアプリのデバッグを頼まれることになってつい先程インストールし終えたところだ。
 デバッグの経験がないにも関わらず、採用されたのはきっと何か特別な理由があるはず、と当初は期待したがまさかの人手不足という至極真っ当な理由で心中ガッカリ。
 とは言え、任せられた仕事を投げ出しては今後の関係にも支障が出ると判断した彼は、大人しく従事することにした。
「にしても、よくできてるなー」
 手当たり次第に操作している内に、段々アプリの出来に感心する駿之介。
 リアリティ・エスケープ。
 通称、リアエスは無料で提供する予定のチャットサービスである。テキストメッセージによるチャット機能がメインで。音声やビデオ通話、画面共有といった機能は今後のユーザーの反響次第に実装する予定だという。
 アプリ内でユーザーは招待制のサーバーを作成することができ、友達同士で使用するような小規模なものから、数千人単位のサーバーまで幅広い用途で活用できる。
 ただ他のチャットアプリと唯一違う点は、ユーザーのログイン状態の可視化。今はログインしているのかとか、最後にログインしたのはいつとか。そういった情報は運営に筒抜けなのは勿論、ユーザー同士でも随時見られるような仕組みになっている。
 これは個人のプライバシー問題にもなるじゃないかと彼が問題を提示したが、開発者から直々に「それが本来の仕様です」とピシャリと言われては作業を続けるほかない。
 暫くすると突然部屋の襖が開けられ。ギョッと顔を上げると、視線の先に今にでも爆発しそうな大蔵の顰めっ面があった。
「あれ? 道理でお前の姿が見えないなと思ったら外出してたのか。まあいい、そこの部屋を掃除してあったから自由につか──」
「アンタ、私を謀るために大石と結託したでしょ」
「……なんの話?」
「アンタが……! その……」
 いきなり強気に出たかと思いきや、目が合った途端急に顔を伏せられた。ここまで挙動不審だと、流石に彼自身にも非があるのではないかと疑わざるを得ないが、思い当たる節がないから困ったものだ。
 恐らく事の発端は、『物置きを掃除せよ』という夏目の伝令に関係するだと思うが、後から『襲うなよ~?』という意味深なメッセージが送られた。
 当初は何のこっちゃ、と不思議がりながらもデバッグ作業の前に掃除を済ませたが。こうして大蔵が現れた以上、多分彼女は今後物置きで寝起きするだろうという推測が容易に辿り着く。
 だけど今は質疑云々を後にしよう。まずは、大蔵を落ち着かせなければ。
「うん、まず誤解があるようだから俺に説明させ──」
「ぜっーーたいアンタとは一緒に寝ないんだから! この変態っ!」
 捨て台詞を最後に、大蔵は自室となる物置きに逃げ込んではバタンと襖を閉めた。
「──てくれ。って、最後まで聞けー」
 どうしてこちらにまで飛び火が来たのかが結局分からずじまいとなってしまった。まあ自分の部屋が分かっただけでも一先ず良しとしよう、と深い息を吐く。
 ふと、初日に物置きの前でふざけた大石の言葉を思い出す。
「うん? 待てよ。まさか大石さんは最初からそういう目的を持ってたんじゃ……」
 けれどあの大石のことだ。あれこれ推測しても彼女の真意を見抜けるはずもない。悲しい結論に辿り着いた彼は、再度溜息を吐き出してデバッグ作業に勤しむことにした。