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#12 Phantasm

ー/ー



 フィリオはあれからしばらくの間レイネを見守っていた。

「……ん……」

「大丈夫か? レイネ!」

 レイネは夢を見ている様だった。彼女は辛く苦しそうな顔をしてうなされていた。

「……おと……うさま」

「『おとうさま』? まさか、家族が夢に出て来てるのか? おい! レイネ!」

 フィリオはレイネの記憶を取り戻したい気持ちが先走り、レイネに訴えかける。

「フィリオ。無理に起こそうとするのはレイネの体に良くない」

 リーフが指摘する。

「……すみません……レイネもごめんな」

 フィリオは焦りを抑えきれなくなっていた

 「で、でも、レイネは確かに今『おとうさま』って……」

「あぁ。熱のお陰と言ってはなんだが、レイネの頭の奥底に眠る過去の記憶が、少なからず取り戻されているのかも知れない。無論、これは憶測に過ぎんがな」

「それってつまり、レイネの記憶を取り戻せるかも知れないって事……ですか?」

 フィリオがリーフの方を見て問いかける。

「ま、そういうことになるな」
 
 「良かった……!」

 フィリオはそう言ってまたレイネを見守る。

「おにい……さま」

「レイネにはお兄さんもいるのか……」

 フィリオは一驚した。するとリーフが話し始めた。

「なぁフィリオ」

「なんです? リーフ爺さん」

「レイネが今見ているのは紛れもない悪夢だ。悪夢の中に家族が出てくることがあると思うか?」

「そ、それは……」

「つまりだ。お前さんはレイネを本当の家族の元へ返してやりたいと思っているみたいだが、果たしてそれは本当に正しい事なのか? 本当の家族との再会が、レイネを幸せにするとは私は思えない。夢は人の心を投影する。悪夢の中に家族が出てきたという事は、それは彼女にとって家族が恐怖の対象だという事を示していると思うがな」

「リーフ爺さん……じゃあ、レイネの本当の家族は、レイネを愛していないんですか? それって変じゃないですか? おかしいじゃないですか!」

 フィリオつい声を荒らげる。

「フィリオ、お前は家族に恵まれているんだ。親に愛情を沢山与えられて育った子もいれば、親に捨てられた子もいる。お前はもう少し視野を広げろ」

 リーフの静かな怒りをフィリオは確かに感じ取った。

「そんな……」

 フィリオは自分の幸せに気付かなかった。いや、気付けなかったと言った方が正しいのかも知れない。彼には「家族はお互いを愛するもの」という揺るがない認識があった。それはとても幸福な事であるが、同時に狭い世界に生きているとも言える。

「……ごめんなさい……僕、何にも分からずに……」

「まぁ、お前さんにとっては当たり前の事でも、他人にとったら当たり前でない場合もあるという事だ。覚えておけ」

 リーフは心の中で強烈に怒っていたのかも知れない。しかし、彼は怒鳴ったりする事なく、いつもと同じ様な口調で静かにフィリオに諭した。

「……はぁ、はぁ」

 レイネが顔を振りながら激しく息をする。

「レイネ!」

 フィリオは咄嗟に彼女の方へ目を向ける。

「熱がだいぶ酷くなってきているみたいだな……」

 リーフが手をポケットに入れて言った。

「レイネは……レイネは大丈夫なんですか!?」

「そうだな……少し様子見だな。すまんが、少しの間ここにレイネを預けてくれ」

「わ、分かりました……」

 フィリオは切ない口調でそう言った。彼はレイネがおつかいに行った時のあの何とも言いがたい淋しさが忘れられなかったのだ。

「フィリオ、今お薬用意したからね。これを飲めば安心よ」

 クリスティーンが二階から降りてきて言った。

「フィリオ、この子の風邪はすぐに治るわ。私が保証するから」

「クリスおばさん……ありがとうございます」

 彼女の言葉には妙な説得力があった。

「……ん……」

 レイネは汗だくだった。

「レイネ? 苦しいのか? 大丈夫だぞ。リーフ爺さんとクリスおばさんがついてるから

「レイネちゃん。ちょっと体起こせるかい? お薬飲んだらすぐに元気になれるからね」

 クリスティーンはこれ以上は無い程の優しい口調でそう言った。

「……ん……はぁ……」

 彼女の言葉に応じて、レイネはゆっくりと起き上がる。

「レイネ、無理しなくていいんだぞ」

 フィリオは彼女のことが心配でしょうがなかった。

「……うん」

「さ、レイネちゃん、お薬飲めるかしら? お口あけてごらん」

「あ……」

 クリスティーンはレイネの口にそっと粉状の薬を流し込んだ。

「いあ……い」

 彼女は恐らく「苦い」と言っているのだろう。

「ほら、早くお水を飲みなさい」

 レイネはクリスティーンに言われるがままコップの水を飲んだ。

「フィリオ、これで安心よ。一晩経てば、レイネは今よりも元気になってると思うわ」

「クリスおばさん、リーフ爺さん、ありがとうございます……レイネをよろしくお願いします」

「そんなにかしこまらなくていい。お前さんのせいじゃないしな」

「僕のせいじゃ……ない……か」
 
 リーフは言った。フィリオはずっとレイネが風邪をひいたのは自分のせいだと思って、自分自身を責めていた。その為に、彼は余計にリーフの言葉に救われた様な気持ちになった。

「それじゃ、今日はもう外が暗いから帰りなさい。あなたも相当疲れているみたいだしね」

 クリスティーンがフィリオを心配して言った。

「今日はありがとうございました。それじゃ、おやすみなさい」

 フィリオは深々と頭を下げ、レイネが彼の為に買ってくれたバーベナの花をしっかりと握りしめて家に帰った。
 怒りの様な雷雨は、いつの間にか消え去っていたが、まだ空は分厚い雲に覆われていて、ルーンプレナの街は薄暗くなっていた。

「……やっぱりレイネがいないこの家は、何だか広く感じるな……」

 フィリオが物静かなアトリエを見て言った。

「レイネ……ずっとうなされてたな。家族の悪夢か……リーフ爺さんに言われた通りだな。僕は視野が狭かった。家族が恐怖の対象になる事もあるなんて、考えた事もなかった」

 雨の粒が窓を激しく打ちつける。今のフィリオには、レイネを想う事しか出来なかった。

「それにしても、淋しい」

 フィリオはそれから二階に上がり、ペントと共に静かに食事をとる。
 彼がパンを皿に置いてペントに話しかける。

「ねぇ……ペント。僕は全部分かった気でいた。でも、全然分かってなかった。自分の中の世界が全てだと勘違いしたたんだ。それって凄く……よくない事だと思う。だから、僕はこれからも絵を描き続けるよ。自分の世界を、もっと広げたいんだ」

 ペントは舌を出してシャーとだけ答えた。


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みんなのリアクション

 フィリオはあれからしばらくの間レイネを見守っていた。
「……ん……」
「大丈夫か? レイネ!」
 レイネは夢を見ている様だった。彼女は辛く苦しそうな顔をしてうなされていた。
「……おと……うさま」
「『おとうさま』? まさか、家族が夢に出て来てるのか? おい! レイネ!」
 フィリオはレイネの記憶を取り戻したい気持ちが先走り、レイネに訴えかける。
「フィリオ。無理に起こそうとするのはレイネの体に良くない」
 リーフが指摘する。
「……すみません……レイネもごめんな」
 フィリオは焦りを抑えきれなくなっていた
 「で、でも、レイネは確かに今『おとうさま』って……」
「あぁ。熱のお陰と言ってはなんだが、レイネの頭の奥底に眠る過去の記憶が、少なからず取り戻されているのかも知れない。無論、これは憶測に過ぎんがな」
「それってつまり、レイネの記憶を取り戻せるかも知れないって事……ですか?」
 フィリオがリーフの方を見て問いかける。
「ま、そういうことになるな」
 「良かった……!」
 フィリオはそう言ってまたレイネを見守る。
「おにい……さま」
「レイネにはお兄さんもいるのか……」
 フィリオは一驚した。するとリーフが話し始めた。
「なぁフィリオ」
「なんです? リーフ爺さん」
「レイネが今見ているのは紛れもない悪夢だ。悪夢の中に家族が出てくることがあると思うか?」
「そ、それは……」
「つまりだ。お前さんはレイネを本当の家族の元へ返してやりたいと思っているみたいだが、果たしてそれは本当に正しい事なのか? 本当の家族との再会が、レイネを幸せにするとは私は思えない。夢は人の心を投影する。悪夢の中に家族が出てきたという事は、それは彼女にとって家族が恐怖の対象だという事を示していると思うがな」
「リーフ爺さん……じゃあ、レイネの本当の家族は、レイネを愛していないんですか? それって変じゃないですか? おかしいじゃないですか!」
 フィリオつい声を荒らげる。
「フィリオ、お前は家族に恵まれているんだ。親に愛情を沢山与えられて育った子もいれば、親に捨てられた子もいる。お前はもう少し視野を広げろ」
 リーフの静かな怒りをフィリオは確かに感じ取った。
「そんな……」
 フィリオは自分の幸せに気付かなかった。いや、気付けなかったと言った方が正しいのかも知れない。彼には「家族はお互いを愛するもの」という揺るがない認識があった。それはとても幸福な事であるが、同時に狭い世界に生きているとも言える。
「……ごめんなさい……僕、何にも分からずに……」
「まぁ、お前さんにとっては当たり前の事でも、他人にとったら当たり前でない場合もあるという事だ。覚えておけ」
 リーフは心の中で強烈に怒っていたのかも知れない。しかし、彼は怒鳴ったりする事なく、いつもと同じ様な口調で静かにフィリオに諭した。
「……はぁ、はぁ」
 レイネが顔を振りながら激しく息をする。
「レイネ!」
 フィリオは咄嗟に彼女の方へ目を向ける。
「熱がだいぶ酷くなってきているみたいだな……」
 リーフが手をポケットに入れて言った。
「レイネは……レイネは大丈夫なんですか!?」
「そうだな……少し様子見だな。すまんが、少しの間ここにレイネを預けてくれ」
「わ、分かりました……」
 フィリオは切ない口調でそう言った。彼はレイネがおつかいに行った時のあの何とも言いがたい淋しさが忘れられなかったのだ。
「フィリオ、今お薬用意したからね。これを飲めば安心よ」
 クリスティーンが二階から降りてきて言った。
「フィリオ、この子の風邪はすぐに治るわ。私が保証するから」
「クリスおばさん……ありがとうございます」
 彼女の言葉には妙な説得力があった。
「……ん……」
 レイネは汗だくだった。
「レイネ? 苦しいのか? 大丈夫だぞ。リーフ爺さんとクリスおばさんがついてるから
「レイネちゃん。ちょっと体起こせるかい? お薬飲んだらすぐに元気になれるからね」
 クリスティーンはこれ以上は無い程の優しい口調でそう言った。
「……ん……はぁ……」
 彼女の言葉に応じて、レイネはゆっくりと起き上がる。
「レイネ、無理しなくていいんだぞ」
 フィリオは彼女のことが心配でしょうがなかった。
「……うん」
「さ、レイネちゃん、お薬飲めるかしら? お口あけてごらん」
「あ……」
 クリスティーンはレイネの口にそっと粉状の薬を流し込んだ。
「いあ……い」
 彼女は恐らく「苦い」と言っているのだろう。
「ほら、早くお水を飲みなさい」
 レイネはクリスティーンに言われるがままコップの水を飲んだ。
「フィリオ、これで安心よ。一晩経てば、レイネは今よりも元気になってると思うわ」
「クリスおばさん、リーフ爺さん、ありがとうございます……レイネをよろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくていい。お前さんのせいじゃないしな」
「僕のせいじゃ……ない……か」
 リーフは言った。フィリオはずっとレイネが風邪をひいたのは自分のせいだと思って、自分自身を責めていた。その為に、彼は余計にリーフの言葉に救われた様な気持ちになった。
「それじゃ、今日はもう外が暗いから帰りなさい。あなたも相当疲れているみたいだしね」
 クリスティーンがフィリオを心配して言った。
「今日はありがとうございました。それじゃ、おやすみなさい」
 フィリオは深々と頭を下げ、レイネが彼の為に買ってくれたバーベナの花をしっかりと握りしめて家に帰った。
 怒りの様な雷雨は、いつの間にか消え去っていたが、まだ空は分厚い雲に覆われていて、ルーンプレナの街は薄暗くなっていた。
「……やっぱりレイネがいないこの家は、何だか広く感じるな……」
 フィリオが物静かなアトリエを見て言った。
「レイネ……ずっとうなされてたな。家族の悪夢か……リーフ爺さんに言われた通りだな。僕は視野が狭かった。家族が恐怖の対象になる事もあるなんて、考えた事もなかった」
 雨の粒が窓を激しく打ちつける。今のフィリオには、レイネを想う事しか出来なかった。
「それにしても、淋しい」
 フィリオはそれから二階に上がり、ペントと共に静かに食事をとる。
 彼がパンを皿に置いてペントに話しかける。
「ねぇ……ペント。僕は全部分かった気でいた。でも、全然分かってなかった。自分の中の世界が全てだと勘違いしたたんだ。それって凄く……よくない事だと思う。だから、僕はこれからも絵を描き続けるよ。自分の世界を、もっと広げたいんだ」
 ペントは舌を出してシャーとだけ答えた。