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第4章〜㉕〜

ー/ー



再度、繁華街の喧騒が戻った。
 さっきよりも、交通量が多いこともあり、無音状態から、一転して轟音と言っても良い周囲からの音量に包まれ、一瞬たじろぐ。
 周囲に自分の存在を気にしている人間が居ないことは幸運だった。
 再度、スマホの待ち受け画面を表示させ、午前十一時四十六分から時刻が進んでいないことを確認する。
 そして、首に掛けたコカリナの小窓のカウンターを覗き、数字が、『34』になっていることを確かめた。
 ここからなら、徒歩でも十分と掛からずに、駅前のバス停に到着することができる。
 横断した場所から、再び北側に進路をとって、全国チェーンの家具量販店の大型店舗の角を右折して、酒蔵通りと呼ばれる石畳の歩道に入った。
 そこで、ふと違和感を覚える。
 まん延防止措置が解除されたためだろうか、平日の昼間にも関わらず、いつもより人の流れが格段に多い気がするのだ。

(感染症での巣ごもり状態の街並みに慣れていたからか……?)

 などと、疑問を抱きつつ、スポーツドリンクで喉を潤したあと、マスクを外したままだったことに気づき、慌てて着用する。
 再び駆け足になって駅前を目指す間、普段は鳴らないはずのカリヨンの鐘の音が聞こえてきた。
 さらに、同じく駅の方に歩く周囲の人たちが、

「久々のカリヨンの演奏、楽しみだね」

と話す声で、人流の多さの理由を理解する。
 九月一日の防災の日は、正午から『フランドルの鐘』と呼ばれる駅前広場のカリヨンの演奏が行われることが、毎年の恒例になっている。
 この時間は、音色の確認を兼ねた本番前の試験演奏が行われているようだ。

(まったく……タイミングが良いのか、悪いのか……)

 学校を出てから、何度目かの苦笑いを噛み殺しながら、普段の数倍以上の人たちが行き交う駅前に向かう。
 残りの一◯◯メートルほどの距離を駆け抜け、地上二階の場所にある改札口に直結するカリヨン広場のペデストリアンデッキから、地上にあるバス停を見下ろすと、空港への直行バスが停車していた。
安堵して、

「よし! なんとか間に合った……」

と、思わず声が出る。
 市民合唱団や演奏を待つ観衆が居並ぶ人混みをぬうようにして、デッキ上から地上のバス停につながる階段を急いで駆け下りると、バスに乗り込もうとする二人の女性の姿が目に入った。
 夏の名残を感じさせる風にたなびいた後ろ髪は、夏休み前の放課後の教室で目にした時のままだ。
 バス停に駆け寄りながら、

「小嶋ァァァ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

マスク越しながら、周囲に響くような声を上げてしまっていた。
 こちらの大声に、ピクリと身体を反応させた小嶋夏海は、こちらの方を振り返り、ハッと、驚いた表情を見せたあと、観念したような面持ちで、母親らしい歳上の女性に声を掛け、乗りかけていたバスの乗車口から停留場へと(きびす)を返す。
 そして、急いで階段を駆け下り、バス停にたどり着いて呼吸を整えるオレに、

「なにしに来たの……? って、聞くまでもないか……」

と、ため息をつき、さらに、腕時計で時間を確認して、

「まだ、時間があるみたいだから、デッキの上の方で話さない?」

と、ペデストリアンデッキに移動することを提案してきた。
 息を整えながら、何とか「あぁ……」と、うなずくオレの返事を確認して、彼女は、

「ちょっと、話して来る……」

と、バスの車内の席に座る女性に声を掛ける。

「もう、発車時間なんだから、早くしなさい」

 無表情で言い放つ女性に、小嶋夏海は、

「わかってる……」

無愛想に答え、「行こう……」と、デッキの階上へと繋がる階段の方に歩き出した。
 そして、早足で歩きながら、慌てて後を追うこちらに向かって、首に掛けたままの木製細工を指差し、

「もう、あまり時間が無いから、話しが長くなるようなら、そのコの能力を使ってね」

表情を変えることなく、言ってきた。

「あぁ、わかってるよ……」

と答え、スマホを確認すると、時刻は午前十一時五十五分ーーーーーー。
 確かに、『時のコカリナ』の能力を借りずに、悠長に話している時間は無さそうだ。
 デッキの階上に上り、カリヨン広場から少し離れた、眺めの良い場所まで移動すると、感情を押し殺したような少女は、

「じゃ、お願い」

と言って、右手の人差し指を差し出す。
 その意図を察知し、うなずいたオレは、コカリナの六つの穴を塞ぎ、彼女の指が触れたことを確認して、吹口から息を吹き込んだ。


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再度、繁華街の喧騒が戻った。
 さっきよりも、交通量が多いこともあり、無音状態から、一転して轟音と言っても良い周囲からの音量に包まれ、一瞬たじろぐ。
 周囲に自分の存在を気にしている人間が居ないことは幸運だった。
 再度、スマホの待ち受け画面を表示させ、午前十一時四十六分から時刻が進んでいないことを確認する。
 そして、首に掛けたコカリナの小窓のカウンターを覗き、数字が、『34』になっていることを確かめた。
 ここからなら、徒歩でも十分と掛からずに、駅前のバス停に到着することができる。
 横断した場所から、再び北側に進路をとって、全国チェーンの家具量販店の大型店舗の角を右折して、酒蔵通りと呼ばれる石畳の歩道に入った。
 そこで、ふと違和感を覚える。
 まん延防止措置が解除されたためだろうか、平日の昼間にも関わらず、いつもより人の流れが格段に多い気がするのだ。
(感染症での巣ごもり状態の街並みに慣れていたからか……?)
 などと、疑問を抱きつつ、スポーツドリンクで喉を潤したあと、マスクを外したままだったことに気づき、慌てて着用する。
 再び駆け足になって駅前を目指す間、普段は鳴らないはずのカリヨンの鐘の音が聞こえてきた。
 さらに、同じく駅の方に歩く周囲の人たちが、
「久々のカリヨンの演奏、楽しみだね」
と話す声で、人流の多さの理由を理解する。
 九月一日の防災の日は、正午から『フランドルの鐘』と呼ばれる駅前広場のカリヨンの演奏が行われることが、毎年の恒例になっている。
 この時間は、音色の確認を兼ねた本番前の試験演奏が行われているようだ。
(まったく……タイミングが良いのか、悪いのか……)
 学校を出てから、何度目かの苦笑いを噛み殺しながら、普段の数倍以上の人たちが行き交う駅前に向かう。
 残りの一◯◯メートルほどの距離を駆け抜け、地上二階の場所にある改札口に直結するカリヨン広場のペデストリアンデッキから、地上にあるバス停を見下ろすと、空港への直行バスが停車していた。
安堵して、
「よし! なんとか間に合った……」
と、思わず声が出る。
 市民合唱団や演奏を待つ観衆が居並ぶ人混みをぬうようにして、デッキ上から地上のバス停につながる階段を急いで駆け下りると、バスに乗り込もうとする二人の女性の姿が目に入った。
 夏の名残を感じさせる風にたなびいた後ろ髪は、夏休み前の放課後の教室で目にした時のままだ。
 バス停に駆け寄りながら、
「小嶋ァァァ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
マスク越しながら、周囲に響くような声を上げてしまっていた。
 こちらの大声に、ピクリと身体を反応させた小嶋夏海は、こちらの方を振り返り、ハッと、驚いた表情を見せたあと、観念したような面持ちで、母親らしい歳上の女性に声を掛け、乗りかけていたバスの乗車口から停留場へと|踵《きびす》を返す。
 そして、急いで階段を駆け下り、バス停にたどり着いて呼吸を整えるオレに、
「なにしに来たの……? って、聞くまでもないか……」
と、ため息をつき、さらに、腕時計で時間を確認して、
「まだ、時間があるみたいだから、デッキの上の方で話さない?」
と、ペデストリアンデッキに移動することを提案してきた。
 息を整えながら、何とか「あぁ……」と、うなずくオレの返事を確認して、彼女は、
「ちょっと、話して来る……」
と、バスの車内の席に座る女性に声を掛ける。
「もう、発車時間なんだから、早くしなさい」
 無表情で言い放つ女性に、小嶋夏海は、
「わかってる……」
無愛想に答え、「行こう……」と、デッキの階上へと繋がる階段の方に歩き出した。
 そして、早足で歩きながら、慌てて後を追うこちらに向かって、首に掛けたままの木製細工を指差し、
「もう、あまり時間が無いから、話しが長くなるようなら、そのコの能力を使ってね」
表情を変えることなく、言ってきた。
「あぁ、わかってるよ……」
と答え、スマホを確認すると、時刻は午前十一時五十五分ーーーーーー。
 確かに、『時のコカリナ』の能力を借りずに、悠長に話している時間は無さそうだ。
 デッキの階上に上り、カリヨン広場から少し離れた、眺めの良い場所まで移動すると、感情を押し殺したような少女は、
「じゃ、お願い」
と言って、右手の人差し指を差し出す。
 その意図を察知し、うなずいたオレは、コカリナの六つの穴を塞ぎ、彼女の指が触れたことを確認して、吹口から息を吹き込んだ。