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第4章〜⑰〜

ー/ー



「うん」

 やや緊張した面持ちで彼女がうなずくと同時に、五つの大きな光の珠が、空高く舞い上がって行くのが見えた。五つの珠は、これまでの花火よりも、さらに高度を上げて上昇し続ける。
 観賞会場だろうか、背後からも、

「ワ〜〜〜ッ」

という歓声が上がった。
 五つの珠に遅れて、今度は数十発はあろうかという光の珠が、夜空に向かって放たれた。
 最高の瞬間を逃すまい、と『時のコカリナ』の吹口を唇にあて、六つの穴のすべてを塞ぐ。
 小嶋夏海が、コカリナに触れるとーーーーーー。

バ・バ・バ・バ・バ〜〜〜〜〜〜〜ン

という爆音とともに、舞い上がった光の珠が一斉に炸裂した。
 そして、オレは、コカリナの吹口に、一気に息を吹き込んだ。

==========Time Out==========

 数十発、いや、もしかすると、百発近い光の珠は、一斉に爆発し、一つに固まって、視界いっぱいに拡がり、強烈な閃光を放っている。
 直前まで聞こえていた爆音が止み、静寂に包まれた中で、まばゆいばかりに上空で輝き続けるその姿は、まるで、宇宙空間で巨大な太陽を見ているかのようだ。

「スゴい……間近で太陽を見ているみたい……」

 つぶやいた彼女の一言が、自分と同じモノだったことを、なんだか嬉しく感じた。

「トンデモない迫力だな……」

 思わず、同意するように感想が漏れる。

『私たちにしか見られない光景もある!』

 彼女は、確かにそう言ったが、それは、想像以上に圧倒的な光景だった。

「小嶋、ありがとう……」

 不意に、また、つぶやきが漏れた。
 その言葉に、小嶋夏海は、

「えっ!?」

と、反応する。

「いや、まさか、こんなにスゴい光景が見られるとは思ってなかったからさ……小嶋が、こいつの能力を使って、『打ち上げ花火を見てみたい』って言わなかったら、いまのこの景色は、見られなかっただろう?」

 祖父さんの形見を指さしながら、そう言うと、彼女は、「そっか、そうだね……」と言って笑ったあと、

「でも、それは、坂井が、私たちを花火大会に誘ってくれたからだよ……。本当にありがとう」

穏やかな表情で、そう口にした。
 その表情を見ながら、

「いや、それなら、感謝は花火観賞会を企画してくれたカワタさんに、だな……今年は、ほぼ花火大会は開催されない状況だったから……」

と言って、ニヤリと笑う。
 こちらの表情が確認できたのか、彼女も、

「確かに、そうだね……」

微笑んで、同意した。そして、

「ねぇ、せっかくだから、もう少し、話しをさせてもらってもイイ?」

と、確認を取る。

「あぁ……」

と、短く答えると、小嶋夏海は、言葉を選ぶように、ゆっくりと語り出した。

「さっき、坂井は私のことを羨ましいと言ってくれたけど……私は、時間停止が起きている間、『周りから取り残されたみたいで不安になる』と感じることができる坂井の方が、羨ましかった……聞いてもらったとおり、ウチの両親は、私が小学校の高学年になった頃から、ずっと険悪な雰囲気でね……二人が家にいると、喧嘩ばかりで、本当に息が詰まりそうだった……」

 そこまで話し、彼女は一呼吸をおいて、また言葉をつむぐ。

「去年からは、感染症の影響で、父親はテレワークっていうの? 在宅勤務になったみたいなんだけど、家にいたくないのか、毎日カフェとかネット環境が整っているテレワーク用のホテルに出掛けて仕事をしてるみたいなんだよね。笑えるでしょ? どんだけウチの母親と一緒にいたくないんだって……そんな風だから、お互いに疲れたんだろうね。ついに別居することにしたみたい」

 彼女の独白に近い語り口に、無言で耳を傾ける。

「家の中が、そんな状態だったから、自宅にいても、心が落ち着くような状態じゃなくてね……でも、そんなこと、誰かに聞いてもらうことも出来ないし……学校でも、ユミコやユカみたいに家族仲が良い友達が、本当に羨ましかった。だから……どこか、壁みたいなモノを感じて、周りにイライラしてたのかも知れない」

「そうだったのか……」

「うん……でもね、この子、『時のオカリナ』で、時間が止まってる間は、周りのことを気にせずにいることができる。自由で、開放感があって、救われている気がする。静かで、豊かな時間が流れている気がするんだ。逆に言えば、私は、それだけ周りの目を気にしたり、にイラついていたりしたんだろうね……」

 自虐的な笑みで、自分の心境を語る彼女に、掛けられる言葉はなかった。

「だから、坂井から、この子の能力に初めて気付いた時、家族の姿を見て、『このまま、永遠に周りの時間が動かなかったら、どうしよう』と不安になった、っていう話しを聞いて、『あぁ、坂井は心配できるくらい家族仲が良いんだな』って、羨ましく思ったよ。私なんて、家の中で、この子の能力が発動した時、いつも喧嘩ばかりで口うるさい両親の声が聞こえなくて、安心したもの」

 彼女は、そう言ってコカリナを指差しながら微笑むが、その表情は寂しげに見える。
 そして、真夏の太陽の何倍もの大きさに見える光の塊に照らされた、その顔を見つめながら、何も声を掛けられないでいるオレに、小嶋夏海は、穏やかな口調で語り出した。

「だから……だからね、自分が、自由でいられるこの時間をくれた坂井に、スゴく感謝してるよ。そりゃ、最初に坂井が突然目の前に現れて、無理やりマスクを外したことがわかった時は、『このオトコを社会的に抹殺してやろう』と思ったけど……」

 語り始めとはうって変わって、彼女らしいストレートな口調で、ジロリーーーーーーと、こちらを睨みつけたあと、おどけた仕草で肩をすくめ、

「そ、それは……本当に申し訳ない」

 謝罪の言葉を口にする以外、選択肢を持たないオレのようすを見て、彼女はクスクスと笑い、さらに、続けて語る。

「まぁ、そうして、本当に反省しているみたいだってことは、すぐにわかったし、私が一方的に突きつけた『契約』や勝手に進めた『実験』にも、付き合ってくれて……それに、私が欲しかったプレゼントも、この子の能力を使って、私がしたかったことも、全部、坂井が叶えてくれた……そして、夏休みの終わりに、こんな素敵な光景を見られて……」

「いや、それは、ほとんどが、コイツの能力のおかげだ……オレは、何もしてねぇよ……」

 謙遜ではなく、本心から、そう思う。そして、こう続ける。

「でも、小嶋が望むことなら、『何だって叶えてやりたい!』って、思うのは、本当だぜ」

 思い切って出た、その言葉に、小嶋夏海は、一瞬、目を丸くしたしたあと、

「大げさ……でも、そんな風に想ってくれてたんだ……」

そう、つぶやいてから、何かを振り払うかのように、数度、首を横に振り、

「ありがとう。私は、この夏のことを、この目で見た色々な景色を、絶対に忘れないよ」

と、これまで見た中で、一番優しく、穏やかな表情で語った。

=========Time Out End=========

彼女の言葉が終わるのと同時に、

バ・バ・バ・ババ〜ン
パラ・パラ・パラパラパラパラ

と、大音響が鳴り響き、『時のコカリナ』の時間停止が終了したことを告げる。
 その音の方向に目を向ける小嶋夏海の面持ちは、何かが吹っ切れたように晴れやかだ。
 家族にも、友人にも告げられなかった自らの思いの丈を語り、なおかつ、涙ひとつこぼさない彼女の芯の強さに、あらためて、感じ入る。

『この目で見た色々な景色を、絶対に忘れない』

 数秒前に、彼女が口にした言葉を反芻しながら、夏休み最初のプールでの出来事や、大雨の日の幻想的な風景、そして、太陽の何倍もの大きさで夜空を照らした光の塊よりも、隣に立つ少女の表情を目に焼き付けておきたい、と強く思った。
 そして、彼女に教えてもらった『ファウスト』の一節を思い出す。

『時よ止まれ、汝は美しいーーーーーー』

 美しいーーーーーーという言葉の本当の意味を、この時、初めて理解できた気がした。


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「うん」
 やや緊張した面持ちで彼女がうなずくと同時に、五つの大きな光の珠が、空高く舞い上がって行くのが見えた。五つの珠は、これまでの花火よりも、さらに高度を上げて上昇し続ける。
 観賞会場だろうか、背後からも、
「ワ〜〜〜ッ」
という歓声が上がった。
 五つの珠に遅れて、今度は数十発はあろうかという光の珠が、夜空に向かって放たれた。
 最高の瞬間を逃すまい、と『時のコカリナ』の吹口を唇にあて、六つの穴のすべてを塞ぐ。
 小嶋夏海が、コカリナに触れるとーーーーーー。
バ・バ・バ・バ・バ〜〜〜〜〜〜〜ン
という爆音とともに、舞い上がった光の珠が一斉に炸裂した。
 そして、オレは、コカリナの吹口に、一気に息を吹き込んだ。
==========Time Out==========
 数十発、いや、もしかすると、百発近い光の珠は、一斉に爆発し、一つに固まって、視界いっぱいに拡がり、強烈な閃光を放っている。
 直前まで聞こえていた爆音が止み、静寂に包まれた中で、まばゆいばかりに上空で輝き続けるその姿は、まるで、宇宙空間で巨大な太陽を見ているかのようだ。
「スゴい……間近で太陽を見ているみたい……」
 つぶやいた彼女の一言が、自分と同じモノだったことを、なんだか嬉しく感じた。
「トンデモない迫力だな……」
 思わず、同意するように感想が漏れる。
『私たちにしか見られない光景もある!』
 彼女は、確かにそう言ったが、それは、想像以上に圧倒的な光景だった。
「小嶋、ありがとう……」
 不意に、また、つぶやきが漏れた。
 その言葉に、小嶋夏海は、
「えっ!?」
と、反応する。
「いや、まさか、こんなにスゴい光景が見られるとは思ってなかったからさ……小嶋が、こいつの能力を使って、『打ち上げ花火を見てみたい』って言わなかったら、いまのこの景色は、見られなかっただろう?」
 祖父さんの形見を指さしながら、そう言うと、彼女は、「そっか、そうだね……」と言って笑ったあと、
「でも、それは、坂井が、私たちを花火大会に誘ってくれたからだよ……。本当にありがとう」
穏やかな表情で、そう口にした。
 その表情を見ながら、
「いや、それなら、感謝は花火観賞会を企画してくれたカワタさんに、だな……今年は、ほぼ花火大会は開催されない状況だったから……」
と言って、ニヤリと笑う。
 こちらの表情が確認できたのか、彼女も、
「確かに、そうだね……」
微笑んで、同意した。そして、
「ねぇ、せっかくだから、もう少し、話しをさせてもらってもイイ?」
と、確認を取る。
「あぁ……」
と、短く答えると、小嶋夏海は、言葉を選ぶように、ゆっくりと語り出した。
「さっき、坂井は私のことを羨ましいと言ってくれたけど……私は、時間停止が起きている間、『周りから取り残されたみたいで不安になる』と感じることができる坂井の方が、羨ましかった……聞いてもらったとおり、ウチの両親は、私が小学校の高学年になった頃から、ずっと険悪な雰囲気でね……二人が家にいると、喧嘩ばかりで、本当に息が詰まりそうだった……」
 そこまで話し、彼女は一呼吸をおいて、また言葉をつむぐ。
「去年からは、感染症の影響で、父親はテレワークっていうの? 在宅勤務になったみたいなんだけど、家にいたくないのか、毎日カフェとかネット環境が整っているテレワーク用のホテルに出掛けて仕事をしてるみたいなんだよね。笑えるでしょ? どんだけウチの母親と一緒にいたくないんだって……そんな風だから、お互いに疲れたんだろうね。ついに別居することにしたみたい」
 彼女の独白に近い語り口に、無言で耳を傾ける。
「家の中が、そんな状態だったから、自宅にいても、心が落ち着くような状態じゃなくてね……でも、そんなこと、誰かに聞いてもらうことも出来ないし……学校でも、ユミコやユカみたいに家族仲が良い友達が、本当に羨ましかった。だから……どこか、壁みたいなモノを感じて、周りにイライラしてたのかも知れない」
「そうだったのか……」
「うん……でもね、この子、『時のオカリナ』で、時間が止まってる間は、周りのことを気にせずにいることができる。自由で、開放感があって、救われている気がする。静かで、豊かな時間が流れている気がするんだ。逆に言えば、私は、それだけ周りの目を気にしたり、にイラついていたりしたんだろうね……」
 自虐的な笑みで、自分の心境を語る彼女に、掛けられる言葉はなかった。
「だから、坂井から、この子の能力に初めて気付いた時、家族の姿を見て、『このまま、永遠に周りの時間が動かなかったら、どうしよう』と不安になった、っていう話しを聞いて、『あぁ、坂井は心配できるくらい家族仲が良いんだな』って、羨ましく思ったよ。私なんて、家の中で、この子の能力が発動した時、いつも喧嘩ばかりで口うるさい両親の声が聞こえなくて、安心したもの」
 彼女は、そう言ってコカリナを指差しながら微笑むが、その表情は寂しげに見える。
 そして、真夏の太陽の何倍もの大きさに見える光の塊に照らされた、その顔を見つめながら、何も声を掛けられないでいるオレに、小嶋夏海は、穏やかな口調で語り出した。
「だから……だからね、自分が、自由でいられるこの時間をくれた坂井に、スゴく感謝してるよ。そりゃ、最初に坂井が突然目の前に現れて、無理やりマスクを外したことがわかった時は、『このオトコを社会的に抹殺してやろう』と思ったけど……」
 語り始めとはうって変わって、彼女らしいストレートな口調で、ジロリーーーーーーと、こちらを睨みつけたあと、おどけた仕草で肩をすくめ、
「そ、それは……本当に申し訳ない」
 謝罪の言葉を口にする以外、選択肢を持たないオレのようすを見て、彼女はクスクスと笑い、さらに、続けて語る。
「まぁ、そうして、本当に反省しているみたいだってことは、すぐにわかったし、私が一方的に突きつけた『契約』や勝手に進めた『実験』にも、付き合ってくれて……それに、私が欲しかったプレゼントも、この子の能力を使って、私がしたかったことも、全部、坂井が叶えてくれた……そして、夏休みの終わりに、こんな素敵な光景を見られて……」
「いや、それは、ほとんどが、コイツの能力のおかげだ……オレは、何もしてねぇよ……」
 謙遜ではなく、本心から、そう思う。そして、こう続ける。
「でも、小嶋が望むことなら、『何だって叶えてやりたい!』って、思うのは、本当だぜ」
 思い切って出た、その言葉に、小嶋夏海は、一瞬、目を丸くしたしたあと、
「大げさ……でも、そんな風に想ってくれてたんだ……」
そう、つぶやいてから、何かを振り払うかのように、数度、首を横に振り、
「ありがとう。私は、この夏のことを、この目で見た色々な景色を、絶対に忘れないよ」
と、これまで見た中で、一番優しく、穏やかな表情で語った。
=========Time Out End=========
彼女の言葉が終わるのと同時に、
バ・バ・バ・ババ〜ン
パラ・パラ・パラパラパラパラ
と、大音響が鳴り響き、『時のコカリナ』の時間停止が終了したことを告げる。
 その音の方向に目を向ける小嶋夏海の面持ちは、何かが吹っ切れたように晴れやかだ。
 家族にも、友人にも告げられなかった自らの思いの丈を語り、なおかつ、涙ひとつこぼさない彼女の芯の強さに、あらためて、感じ入る。
『この目で見た色々な景色を、絶対に忘れない』
 数秒前に、彼女が口にした言葉を反芻しながら、夏休み最初のプールでの出来事や、大雨の日の幻想的な風景、そして、太陽の何倍もの大きさで夜空を照らした光の塊よりも、隣に立つ少女の表情を目に焼き付けておきたい、と強く思った。
 そして、彼女に教えてもらった『ファウスト』の一節を思い出す。
『時よ止まれ、汝は美しいーーーーーー』
 美しいーーーーーーという言葉の本当の意味を、この時、初めて理解できた気がした。