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シアン:うそ(6/7)

ー/ー



 地図は簡素なものであったが、おおよそ正確なものだった。徘徊している襲撃者に注意を向けつつ、ダミアンは無事建物内部に入ることに成功した。転がり込むようにしてダミアンはシアンを先に押し込む。

 内部は広い。当初の目的地である資材倉庫とは異なるが、似た性質の建物のようだ。資材倉庫には港の市場で使われるものや運搬車両向けの機材や道具が保管されていると聞いている。

 実際、中に入ってぐるりと視線を走らせるだけでも長い持ち手のついた網や太いロープ、海藻類が貼りついたまま乾いてそのままの巨大なカゴのようなものがある。大きな槍のようなものもあるが、恐らくあれが(もり)と呼ばれる道具だろう。旧時代の研究時に拝見させてもらった漁具に同じようなものがあったのを記憶している。

「助かりましたよ」

 ダミアンは助け舟を出してくれた者に対面することができ、ひそめた声で改めて礼を言った。

 幸いにも紙を投げ込んでくれたのは、やはり語学の学習希望を出していた漁師の若者であった。彼はここで次の漁に向けた備えの確認作業をしていたが、襲撃に気がついてすぐに室内の灯りを全て消し、息を潜めて隠れていたのだという。

 路地裏から聞こえる足音を襲撃者だと思った彼は先手を打って攻撃に転じようとしたものの、その姿がダミアンだと気がつくや否や、すぐにこの建物内に避難させなければならないと判断したのだそうだ。おかげで命拾いはしたが、ダミアンは彼の一貫しない行動を評価できないと告げた。

「ここで言うことではありませんが、あなたは一人だったのですよ。わざわざケガをしに行くようなことはしないでください」

「ケンカなんて漁師やってりゃ日常茶飯事ですよ。心配してくれるのは嬉しいけど……」

 漁師の若者は不服そうだが、ダミアンには別の景色が思い出されている。

 ダミアンとシアン、そして店の客らと従業員らを逃すために一人で残ったシドーの横顔だ。そして彼が相対する襲撃者たちの粗末な装備と殺傷に重きを置き、デザイン性のない無骨な武器の類。あんなもの、都会で暮らしていた時には見たこともなかった。

「ケンカなどと比べることはしない方がいいですよ。意見の衝突という意味では同じかもしれませんが、彼らはより卑劣で加虐性のある方法を用いています」

「カギャ……もち?」

(おもち? もちもち?)(チーズ!)
(かぎゃ?)(わからない。キラキラ?)(コンペイトウかな?)

(戻れ。お前たちに任せていられない)

 よもやこんなところで講義をするわけにもいくまい。
 大きな声を出してしまいそうになるのを堪え、ダミアンは目を閉じて深く息を吐いてから言葉を続けた。

「私が言いたいのは、危ないことをしないでくださいということです。できればケンカもしてほしくありませんし、誰にも死んでほしくないんです。痛みやケガは共有できませんからね」

「でもここにいれば」
 漁師の若者の声は遮られた。

突如として響いたガラスが破れる音。そして表の扉に散弾銃が連続して撃ち込まれた音が響いた。まさに鼓膜を破るような音だった。

 咄嗟にダミアンはシアンと若者の肩にそれぞれ左右の手を乗せて身を低くするように促した。例え小石であっても頭を狙われると危険だ。流石に漁師の若者も驚愕に眼を見開き、頭を抱えるように両手で耳を押さえていた。シアンはやや呆然としている様子だ。

 正面の扉、つまりダミアンが入ってきた扉が破られたのだ。金属が擦れる音を伴って、足音が三人分やってきた。

「誰もいねえじゃねえかよ」

 キシキシと嫌な音を鳴らしている。刃物を床の石材に擦り付けているようだ。声は男性のもの。

「いいや! どっかに隠れてると見たね。ここの照明が消えるのを見たんだ。誰かいる」
「無駄足だったらその足、縫い付けといてやるよ」

 照明を見たと話しているのも男性。最後に聞こえたのは女性の声だった。男性二人、女性一人の襲撃者。一人は少なくとも刃物の武器を手にしている。チームを組んでいるというほどの連携は取れていないようで、それぞれが勝手に歩き出して探り始めた。

「見つけたらどうする? 殺しとく?」
「あー、いいんじゃない? 知らんけど」
「つか探すの面倒だから火ぃつけよっかな」

 状況が悪化する。
 この倉庫に部屋というものはなく、大きな箱型の建築に吊り滑車などの設備を取り付けて屋根をつけたような建物だ。窓はあるが開いていない。たとえ火災を招かずとも煙が充満してしまえば助からない。幾分の湿り気があろうとも、火がつかないなら別のものに着火するのは目に見えている。

 人数で言えば同じ人数であるものの、こちらは三人とも武器を持っていないばかりか武器を手にした相手との戦闘経験もない。ダミアンは周囲を見渡してみたが、緊急用の消火斧は取りに行こうとすると確実に見つかってしまう位置にある。避難用の通路は、恐らく長いこと使われていないであろう資材によって扉が塞がれていた。

 二階に上がれば窓があるが階段を使わねばならない上、かなりの高さに設置されている。そこから脱出するのは賢い選択とは言い難い。

(どうする)(シドーは連れて来れない。まだ動かせない)
(他の人間も動かせない。軟弱)(全部殺す!)

(殺すとダミアンは喜ばない。痛みとケガは共有できない。人間の動きを学べ)

「ら、ラムラスさん、あの、あの」
 漁師の若者は控えめな声で呼びかけた。

「水切りって知ってます?」
「ミズキリ? 調理手順ではなく?」
「川とかでやる遊びで……石を投げると水面で跳ねるんですよ」

 ダミアンには全く心当たりがなかった。
 だが古い資料にあった旧時代の子供の遊びにそのようなものがあったような気がする。あれは『石切り』と記載がされていたようだが。

「水切りみたいに投げれば、人が走ってるように聞こえるかも……それで注意を引いてる間に逃げられませんかね?」
「それは……妙案ではありますが」

 投げるのは彼がやるだろう。だが三人も同時に注意を引くことができるだろうか。ここは室内だ。下手を打つと挟み討ちにされる。

 しかしできない理由を探す暇もなさそうだ。少なくとも火をつけられるより先に逃げなければならない。煮え切らない返事のダミアンの様子もそこそこに、漁師の若者はすぐ背後にあるカゴを漁った。

「兄貴には怒られるかもしれないけど、緊急事態だから仕方ない……うんうん」

 言い聞かせながら手に取ったのは筒状の道具だった。片手で握りしめられる程度の太さと長さがあり、用途に応じて使うであろう丈夫な糸が巻き付いている。ダミアンは初めて見たが、竹と呼ばれる植物を切り出して作られた筒であり、網で漁を行う際に浮きの役割を果たすのだそうだ。

 どうみてもその、水切りには向かない大きさと形をしていることと、内部の空洞を考えると人の足音には聞こえないであろうことは予測がつく。とはいえここで引き止めても仕方あるまい。目的は水切りの真似事をしたいのではなく、注意を引くことだ。

 三人の襲撃者たちは何事かぼやきながらうろうろしている。どうやら金になるものや食べ物をついでに探しているようだ。それに飽きたら火を付けるらしい。

「どこに投げれば……」
「我々が逃げる方向とは逆側がいいでしょう。あの隅の方など」

 言い終わる前に若者は投げ込んでしまった。筒がヒュン、と音を鳴らしながら高く宙を舞う。水切りの発想は「どこに投げる」と口にしたことですっかり忘れてしまっていたらしい。あの筒が浮きの役割を果たすのはまさに真実だったらしく、中は空洞で大変心地よい音を響かせながら転がった。

 襲撃者たちが驚いた様子でそれぞれ声をあげ、音の方へ駆けつけようとしている。対して若者はといえば、思っていたこととは違った現実に放心した様子で口をぼんやり開けていた。
 ダミアンは思わず彼の頬を叩いた。

「行きなさい! 行け、早く!」

 ダミアンはそんな彼の背中を押し、シアンの腕を引いて立ち上がらせるとこちらも背中を押して先に出るように促した。三人分の足音が出口に向かい、それはこの倉庫内にもわかりやすく響く。

「なんだ!? あいつら!」
「何これ? え? 何これ」
「そんなもんどうでもいいんだよ! 逃げるぞあいつら!」

 装備の分だけ、彼らの動きはダミアンらに比べれば鈍い。まして剣や棍棒などという大きな武器を持っていればなおのことだ。ダミアンは逃げ切れると確信した。どこへ逃げるかも打ち合わせていないが、避難所の位置はダミアンよりも漁師の若者の方が直感で理解している。扉から出てしまえばこちらのものだ。

 そのはずだった。


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 地図は簡素なものであったが、おおよそ正確なものだった。徘徊している襲撃者に注意を向けつつ、ダミアンは無事建物内部に入ることに成功した。転がり込むようにしてダミアンはシアンを先に押し込む。
 内部は広い。当初の目的地である資材倉庫とは異なるが、似た性質の建物のようだ。資材倉庫には港の市場で使われるものや運搬車両向けの機材や道具が保管されていると聞いている。
 実際、中に入ってぐるりと視線を走らせるだけでも長い持ち手のついた網や太いロープ、海藻類が貼りついたまま乾いてそのままの巨大なカゴのようなものがある。大きな槍のようなものもあるが、恐らくあれが|銛《もり》と呼ばれる道具だろう。旧時代の研究時に拝見させてもらった漁具に同じようなものがあったのを記憶している。
「助かりましたよ」
 ダミアンは助け舟を出してくれた者に対面することができ、ひそめた声で改めて礼を言った。
 幸いにも紙を投げ込んでくれたのは、やはり語学の学習希望を出していた漁師の若者であった。彼はここで次の漁に向けた備えの確認作業をしていたが、襲撃に気がついてすぐに室内の灯りを全て消し、息を潜めて隠れていたのだという。
 路地裏から聞こえる足音を襲撃者だと思った彼は先手を打って攻撃に転じようとしたものの、その姿がダミアンだと気がつくや否や、すぐにこの建物内に避難させなければならないと判断したのだそうだ。おかげで命拾いはしたが、ダミアンは彼の一貫しない行動を評価できないと告げた。
「ここで言うことではありませんが、あなたは一人だったのですよ。わざわざケガをしに行くようなことはしないでください」
「ケンカなんて漁師やってりゃ日常茶飯事ですよ。心配してくれるのは嬉しいけど……」
 漁師の若者は不服そうだが、ダミアンには別の景色が思い出されている。
 ダミアンとシアン、そして店の客らと従業員らを逃すために一人で残ったシドーの横顔だ。そして彼が相対する襲撃者たちの粗末な装備と殺傷に重きを置き、デザイン性のない無骨な武器の類。あんなもの、都会で暮らしていた時には見たこともなかった。
「ケンカなどと比べることはしない方がいいですよ。意見の衝突という意味では同じかもしれませんが、彼らはより卑劣で加虐性のある方法を用いています」
「カギャ……もち?」
(おもち? もちもち?)(チーズ!)
(かぎゃ?)(わからない。キラキラ?)(コンペイトウかな?)
(戻れ。お前たちに任せていられない)
 よもやこんなところで講義をするわけにもいくまい。
 大きな声を出してしまいそうになるのを堪え、ダミアンは目を閉じて深く息を吐いてから言葉を続けた。
「私が言いたいのは、危ないことをしないでくださいということです。できればケンカもしてほしくありませんし、誰にも死んでほしくないんです。痛みやケガは共有できませんからね」
「でもここにいれば」
 漁師の若者の声は遮られた。
突如として響いたガラスが破れる音。そして表の扉に散弾銃が連続して撃ち込まれた音が響いた。まさに鼓膜を破るような音だった。
 咄嗟にダミアンはシアンと若者の肩にそれぞれ左右の手を乗せて身を低くするように促した。例え小石であっても頭を狙われると危険だ。流石に漁師の若者も驚愕に眼を見開き、頭を抱えるように両手で耳を押さえていた。シアンはやや呆然としている様子だ。
 正面の扉、つまりダミアンが入ってきた扉が破られたのだ。金属が擦れる音を伴って、足音が三人分やってきた。
「誰もいねえじゃねえかよ」
 キシキシと嫌な音を鳴らしている。刃物を床の石材に擦り付けているようだ。声は男性のもの。
「いいや! どっかに隠れてると見たね。ここの照明が消えるのを見たんだ。誰かいる」
「無駄足だったらその足、縫い付けといてやるよ」
 照明を見たと話しているのも男性。最後に聞こえたのは女性の声だった。男性二人、女性一人の襲撃者。一人は少なくとも刃物の武器を手にしている。チームを組んでいるというほどの連携は取れていないようで、それぞれが勝手に歩き出して探り始めた。
「見つけたらどうする? 殺しとく?」
「あー、いいんじゃない? 知らんけど」
「つか探すの面倒だから火ぃつけよっかな」
 状況が悪化する。
 この倉庫に部屋というものはなく、大きな箱型の建築に吊り滑車などの設備を取り付けて屋根をつけたような建物だ。窓はあるが開いていない。たとえ火災を招かずとも煙が充満してしまえば助からない。幾分の湿り気があろうとも、火がつかないなら別のものに着火するのは目に見えている。
 人数で言えば同じ人数であるものの、こちらは三人とも武器を持っていないばかりか武器を手にした相手との戦闘経験もない。ダミアンは周囲を見渡してみたが、緊急用の消火斧は取りに行こうとすると確実に見つかってしまう位置にある。避難用の通路は、恐らく長いこと使われていないであろう資材によって扉が塞がれていた。
 二階に上がれば窓があるが階段を使わねばならない上、かなりの高さに設置されている。そこから脱出するのは賢い選択とは言い難い。
(どうする)(シドーは連れて来れない。まだ動かせない)
(他の人間も動かせない。軟弱)(全部殺す!)
(殺すとダミアンは喜ばない。痛みとケガは共有できない。人間の動きを学べ)
「ら、ラムラスさん、あの、あの」
 漁師の若者は控えめな声で呼びかけた。
「水切りって知ってます?」
「ミズキリ? 調理手順ではなく?」
「川とかでやる遊びで……石を投げると水面で跳ねるんですよ」
 ダミアンには全く心当たりがなかった。
 だが古い資料にあった旧時代の子供の遊びにそのようなものがあったような気がする。あれは『石切り』と記載がされていたようだが。
「水切りみたいに投げれば、人が走ってるように聞こえるかも……それで注意を引いてる間に逃げられませんかね?」
「それは……妙案ではありますが」
 投げるのは彼がやるだろう。だが三人も同時に注意を引くことができるだろうか。ここは室内だ。下手を打つと挟み討ちにされる。
 しかしできない理由を探す暇もなさそうだ。少なくとも火をつけられるより先に逃げなければならない。煮え切らない返事のダミアンの様子もそこそこに、漁師の若者はすぐ背後にあるカゴを漁った。
「兄貴には怒られるかもしれないけど、緊急事態だから仕方ない……うんうん」
 言い聞かせながら手に取ったのは筒状の道具だった。片手で握りしめられる程度の太さと長さがあり、用途に応じて使うであろう丈夫な糸が巻き付いている。ダミアンは初めて見たが、竹と呼ばれる植物を切り出して作られた筒であり、網で漁を行う際に浮きの役割を果たすのだそうだ。
 どうみてもその、水切りには向かない大きさと形をしていることと、内部の空洞を考えると人の足音には聞こえないであろうことは予測がつく。とはいえここで引き止めても仕方あるまい。目的は水切りの真似事をしたいのではなく、注意を引くことだ。
 三人の襲撃者たちは何事かぼやきながらうろうろしている。どうやら金になるものや食べ物をついでに探しているようだ。それに飽きたら火を付けるらしい。
「どこに投げれば……」
「我々が逃げる方向とは逆側がいいでしょう。あの隅の方など」
 言い終わる前に若者は投げ込んでしまった。筒がヒュン、と音を鳴らしながら高く宙を舞う。水切りの発想は「どこに投げる」と口にしたことですっかり忘れてしまっていたらしい。あの筒が浮きの役割を果たすのはまさに真実だったらしく、中は空洞で大変心地よい音を響かせながら転がった。
 襲撃者たちが驚いた様子でそれぞれ声をあげ、音の方へ駆けつけようとしている。対して若者はといえば、思っていたこととは違った現実に放心した様子で口をぼんやり開けていた。
 ダミアンは思わず彼の頬を叩いた。
「行きなさい! 行け、早く!」
 ダミアンはそんな彼の背中を押し、シアンの腕を引いて立ち上がらせるとこちらも背中を押して先に出るように促した。三人分の足音が出口に向かい、それはこの倉庫内にもわかりやすく響く。
「なんだ!? あいつら!」
「何これ? え? 何これ」
「そんなもんどうでもいいんだよ! 逃げるぞあいつら!」
 装備の分だけ、彼らの動きはダミアンらに比べれば鈍い。まして剣や棍棒などという大きな武器を持っていればなおのことだ。ダミアンは逃げ切れると確信した。どこへ逃げるかも打ち合わせていないが、避難所の位置はダミアンよりも漁師の若者の方が直感で理解している。扉から出てしまえばこちらのものだ。
 そのはずだった。