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シアン:うそ(4/7)

ー/ー



※このエピソードには暴力・暴言・下品な発言を含みます。

(シナモノのニンゲン!)(この建物に来た! 建物、安全ではないのか?)
(安全。風雨を凌げる)(あれは何? 何を持ってる?)(同じニンゲン?)
(ニンゲン。でもこのコロニーのニンゲンの敵)(敵は殺す!)
(ダメ、他のニンゲンもいる)(違いは何?)

 賑やかで活気に満ちた談笑の明かりが一瞬にして破壊された。突如として押し寄せたその者どもは、手に手に刃物や鈍器をこれみよがしにして、各々振りかざしたり身構えたりして見せている。

 その者どもは四人の男たちだった。古そうで手入れもなされていない革製の軽防具や、傷だらけでへこんだままの鈍そうな鉄の軽装備を身につけている。統一感のない粗末な装備ではあるが、それでもこの店を襲撃するなら十分すぎる装備であった。
 装備の隙間から見える素肌や顔は汚らしく、髪の手入れどころか髭すら自由にさせている様子。彼らがどのような生活をしているのか、推測するのも容易いだろう。

 彼らこそ襲撃者(レイダー)である。ロックナンバーのような正規の戦闘集団ではなく、人や村、町を襲って食い繋いでいる武装集団。その中の一人が椅子を蹴り飛ばして威嚇すると、客たちは怯えた悲鳴と共に店の奥へと距離を取り始めた。店員も逃すべく誘導を始めている。

「長いこと待機しててよお。待ァちくたびれちまってなあ」

 大きなノコギリのような刃物を持つ男がニヤニヤと笑いながら、店内中央に歩み寄る。

「腹ごしらえに良さそうな店じゃあねえか! あるもの全部出せよ! そしたら見逃してやるぜ!」
「早くしろよオラァ!!」

 店内は広いとはいえ、大きな獲物を振り回すのに適しているわけではない。有刺鉄線の巻き付いた太い棍棒を力任せに振り回すには狭い。
 だがその威力を見せつけるには十分だ。木造の天井は割れ、木製の椅子も叩きつけられ痛ましい断面を見せて転がった。それらは大いに人々を怖がらせた。

 なのに、シドーは席を立たない。

「し、シドーさん……」

 何か考え事でもしているのか、目を閉じて黙して俯いていた。ダミアンはシアンの腕を取りつつ、立ち上がりながらシドーを呼ぶ。肩に触れても動かない。

 わずかに唸っているようだった。

「なんだこいつ?」

 逃げずに動かないでいるシドーの様子は、襲撃者の目にも奇妙に見えたようだ。面白そうなおもちゃでも見つけたような顔をして近づいてくる。

 シアンを逃がしたいが、シドーを置いていくわけにも。どちらの動きも取れずにいるダミアンには見向きもせず、襲撃者の一人がシドーに近づいた。最初に大きな声で喚いていた、大ノコギリをもつ男だ。そのギザギザした刃をシドーの頬近くまで寄せてちらつかせる。

 それでも微動だにしないシドーに、男はさらに顔を近づけた。

「怖くて動けなくなったかあ? はははっ!!」
 笑い声。その直後だった。

「くっせえ顔を近づけんなよ」

「はあ?」
 男が応じる前にシドーは動いた。

 まるで当たり前のように、左手で男の前髪を掴み引き寄せると、右手に持ったフォークを下顎、舌の裏側にあたる位置に突き刺す。あまりにも躊躇いがなく、ダミアンが止める間もなかった。

 調子に乗っていた男は目を白黒させながら、今まで感じたことのない痛みに顔が揺れている。

「なっ、なんっ……」
「臭えから離れろって言ってんだよこのダボがよ!」

 その怒声は先日ダミアンに向けられたものよりも遥かに強い怒気を含み、そして暴力的だった。その怒声と共に更にフォークをねじ込ませると今度は胸元を突き飛ばし、よろけたところを右足が蹴り飛ばした。男は顎にフォークが刺さったまま、口の端に泡を作ってそこに大の字になって広がった。

 避難に向かう人々の悲鳴や罵声が静まり、視線がシドーに集中する。襲撃者たちですら、その様子に驚嘆して動きを止めた。

「おとなしく避難誘導した方がいい、って思ったが気が変わった」
 シドーは言いながらシャツの首元のボタンを外した。

「ラムラスさん、避難訓練の成果を見せてください。オーナーはまだいるか? あとで弁償してやるから全員を必ず避難させとけよ」

「えっ? えっ? 危ないですよ! 一緒に……」
「平気です。こんくらい俺一人で十分ですよ。言ったでしょう。あんたの家に押し入りやゴロツキが来ても相手になるって」

 だがシドーはロックナンバーのように武器を携帯してはいない。まさかカトラリーで全て片付けるつもりではあるまい。

 何より、ダミアンの経験上、ビジネスパーソンというものはこういう状況において役立たずだ。ビジネスパーソンの戦場はあくまでビジネスの場であり、こういった喧嘩ですらない危険な状況は別の者が担当する。

 しかし合点がいったようにも思う。ヒバルもそうだが、シドーの怒声や机を叩く振る舞い。休憩時間の過ごし方。彼の出自や経歴はわからないが、彼がこの場に物怖じしないのはそういうことなのかもしれない。

 袖口のボタンも外し、シドーは少しばかり動きやすくなった。
「ほら、邪魔だからさっさと逃げてください。じゃないと間違えてぶん殴りますよ」

 ダミアンが戦力にならない以上、邪魔だというのは嘘ではないだろう。間違えて殴られるのもごめんだ。

「わかりました。お待ちしてますからね」
「はいはい」

 軽口を叩いているのはダミアンの前だからだ。ここに長くいればいるほど、シドーには不利だろう。

 ダミアンは今度こそ、シアンの腕を引いて店の奥へと向かった。シアンはまだ食べ足りなそうにしていたが、緊急事態であることは理解しているらしい。何も言わずダミアンに従って移動した。

(黙って見ているつもりか?)(ニンゲン、殺す?)(違いがわからない)
(シドーは分かる)(みんな殺す?)

(ダミアンとシドーは死なせない)

(このコロニーも死なせない)(様子見る)(観察しろ)(ニンゲンの動きを学べ)

 怒りを露わにしたのはシドーだけではない。有刺鉄線の棍棒を持つ男が雄叫びを上げてその暴力を、まだ料理が残ったままのテーブルにぶつけた。グラスに残ったワインが弾け飛び、ソースと肉料理が壁に張り付いてシミを作る。

「舐めんじゃねえぞクソガキ!」
「営業妨害のうえ、カタギの皆さんの食事を邪魔しておいてどっちがガキだよ」

 棍棒が荒々しく振り回される。しかし先ほど天井を破壊していたように、ここは男の体躯と得物に合っていない。単調な動きしかできないうえ、こちらに接近するしか攻撃手段がないならやることはそんなに多くない。

 ここは焼けるものならなんでも焼く店だ。避難するにあたり、店員は火元を締めてからこの場を離れていったようだ。プロだなと思いながら鉄板の火元の位置を見た。

「腹が減ってんだったな」
 くるり、厨房を振り返りながらシドーは言った。

 棍棒の男がその物騒なものを振り上げて襲いかかってくる。棍棒を振り回しながら走れば疲れるのは当たり前だ。料理やドリンクがのったままのテーブルを薙ぎ払い、テーブルや天井、吊られた照明まで打ち砕く様子はパワフルではあるものの、長続きはしない。

 まして、正規の戦闘集団ではないからまともな訓練もしていないのだ。

「酒は好きか?」

 振り回し疲れて動きが鈍くなった男のこめかみ部分に、シドーはワインの瓶を叩きつけた。中に残っていた赤ワインが砕け散る瓶の破片と共に飛沫を残す。直撃を受けてぐらついたところに、硬い靴の踵の回し蹴りの追撃を与え仰向けにさせた。後頭部から倒れ込んだ身体が起き上がる前に今度はつま先で眉間に一撃を加える。

 奴のうめき声を聞きながらシドーは先ほど確認した鉄板の火元をいじり、熱が入るように仕向ける。まだほんのりと熱が残っているのを確認しすると、よろよろと男が起き上がろうとする首根っこを掴み上げた。

「クソ重いなお前。残飯処理役か?」

 言いながら男の後頭部を掴み、額を鉄板に押し付けた。額に感じる熱に男は両手をついて離れようとしたが、手が触れた場所も鉄板だ。

「イギっ……」
「まだ熱くねえだろが。お前のために目玉焼きを作ってやろうってのに。世界に二つしかない珍味だぜ。楽しみだろ?」

 少し目線を下に向けると、鉄板料理に使うらしい器具がいくつか吊り下がっている。適当に手に取ったのはピックだった。

「あー、まあいっか。慣れてねえから割れるかも知んねえけど」
「その辺でやめてやってくれないか?」

 声にシドーは振り返る。新たに一人、襲撃者の風体の男が店内にやってきた。腰には鞭、背後には弓かクロスボウのようなものを背負っているようだ。先にやってきた四人に比べると細身で痩けた顔つきだが、立場はもう少し上にあるらしい。

「誰だテメエ」

 シドーは言いながらも掴んだ男は放さない。だがこのまま維持もできそうにない。

 力任せに鉄板に額を押し付けてやると、聞いた事もない悲鳴をあげる。その抵抗には力がなく、どこかに捕まる事もできずに不恰好にバタバタと腕を振り回す。
 もう面倒くさくなったのでシドーは手を放すことにした。男はくずおれるようにして床に転がる。

「うちの部下が食事をしてると思ったらイジメられていたものでね。わかるかい、お前がやったことは褒められたことじゃない」

 この男の話を真面目に聞く必要もない。シドーはこの男と部下らしい二人の男の動きに注意しつつ、武器になるものを視界の中から探した。最もいいのは武器を奪うことだが、シドーの得意分野となる武器は彼らの手にはない。リーダー格らしい男が距離をとって戦えるなら、ますますシドーは不利である。

 だが狭い厨房からは出ないほうが良さそうだ。ここなら同時に三人に襲われることはないだろう。
 シドーが睨みつけながら状況観察をしているうち、そのリーダー格の男は何かに気づいたようだ。ジロジロとシドーの顔をみる。

「なんだか生意気そうな顔と目つきだと思ったらお前、ジェイエフか」
「あ?」

「おやおやそうか! あの黒ネコも服を着ればマトモに見えはするんだな!」

 ピク、とシドーのこめかみ付近の血管が震えた。触れられたくない場所、思い出したくない記憶が『シドー』を焼き始めた。

「可愛がられてるようで何よりだ。肉食った後のお楽しみを奪ったようで悪かったなあ」

 ニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべる。その眼差しは卑しい基準で品定めをしている者のそれであり、シドーが心底軽蔑し敵対視するものであった。ふつ、と黒く煮えたぎりつつも表には出さない。出さないが、強く握りしめた拳や踏みしめる足には隠しきれない感情が震えていた。

(シドーが)(ヨロコビじゃない)(シドーは『じぇいえふ』じゃない)(ねこでもない)(間違われたから?)

(人間の戦い方はよく見て覚えろ)

(道具)(ウロコ?)(別のニンゲンから剥ぎ取った皮)(シドーない。死ぬ?)

 シドーは足下でもがいている男を蹴り飛ばし、厨房から追い出した。散らかった椅子やテーブルにぶつかりながら、ワイン瓶で殴られた部分やほんのり焼かれた額を手で押さえ込んでいる。

 一応、まだピックは持っておく。

「あのガキと知り合いで?」

 襲撃者の男がリーダー格の男に言った。その問いに応じようとする笑顔はまさに下卑そのものであり、見てきたものと記憶にあるものを忘れることなく何度も繰り返したことを思わせるものだった。

「もう三年か。はええモンだ。こいつは俺たちと同じスジの奴よ。まあ、そもそもこいつは……」
「ああーッ! はいはい、こっちも思い出してきたぜ」

 男の声を遮ったのはシドーだった。わざとらしく大きな声を出しながら、トントンと指先で額を叩く。目を閉じて記憶を引き出そうとする仕草、の真似事だ。

「襲撃者のクセに相手が強いと判断すると、すかさず一人で逃げ出したヤツ。その判断の早さと逃げ足だけが自慢の三下が、今じゃゴミ山の大将を気取ってんのか。
 だっせえなあ、歳だけとるってのも」

 シドーの言葉に場の空気が張り詰める。リーダー格の男はすでに額の縁に青筋を浮かべていた。

「まだまだガキだなジェイエフ。よく見てモノを言えよ」
「よく考えてモノを言えよ。喧嘩でオレに勝ったことあったか?」

 いま拳を握り震えているのはリーダー格の男であった。彼の登場で襲撃者の男たちはすっかり取り巻きと化していたが、彼らの交わし合う目線には疑惑の色が滲み始めていた。

 シドーはさらに声を上げて煽る。

「ねえよなあ!? お前は負けると分かってる相手には格下にすら口答えしなかった!」

 その表情。ベルティナでも見たことのある者は少ないだろう。

 普段は涼しい顔をしていることが多く、目元口元にすら大きく表情を変えることのないシドーの顔が、今は目を見開き口角を吊り上げ歯を剥き出しにして笑っているのだ。それも三人の襲撃者を前にした状況でである。

 対して件のリーダー格の男は血の巡りがおかしくなっているのか、唇は紫に頬は青くなりそうであるのに、火が出そうなほど鼻と耳は赤くなっている。

 そんな様子を面白そうにしてシドーは続けた。

「なあ、クズ大将。お前好みの『知らないから大きさに触れることもない女』だけマワしてもらえるようになったかよ?
 ここには何しにきた? 肉食の女はお前の敵だろ?」
「黙れ!!」

 ついにリーダー格の男が吠えた。同時に腰に吊った鞭を振り払い、鋭い一撃をシドーに向かわせる。
 しかしシドーは避けもしない。それは頬に掠ることもなく鞭は空間を弾き、もたらしたのは大きな破裂音だけであった。男は肩から湯気が出そうなほど大袈裟な呼吸をし、怒りで歪んだ口から荒々しく汚らしい呼吸音が漏れている。

 唾液が泡立つほどの熱気だが、その姿はあまりに滑稽で不恰好だった。

「ハハハッ」
 シドーは無邪気な子供のような笑い声をあげる。

「顔色が悪いぜ。どうした? 肉でいいなら焼いてやるよ。ワインもある」
「ぶっ殺してやる! 八つ裂きだジェイエフ!!」
「やってみろよ万年三下がよ!」

(なに言ってるかわかんない)(シドーどうした?)(言葉ムズカシイ)(ダミアンは言わない)
(ヨロコビ、近い)(でもイカリもある)(いまは、使えない)(動かせない)(シドー熱い)

(死なせるな。だが邪魔もすべきでない。シドーが危なくなったら、別のものを動かして引き離せ)

 グリル料理のレッドホーンから雄叫びと破壊音が続いた。その様子は避難行動中の多くの人間たちに目撃され、証言されている。


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※このエピソードには暴力・暴言・下品な発言を含みます。
(シナモノのニンゲン!)(この建物に来た! 建物、安全ではないのか?)
(安全。風雨を凌げる)(あれは何? 何を持ってる?)(同じニンゲン?)
(ニンゲン。でもこのコロニーのニンゲンの敵)(敵は殺す!)
(ダメ、他のニンゲンもいる)(違いは何?)
 賑やかで活気に満ちた談笑の明かりが一瞬にして破壊された。突如として押し寄せたその者どもは、手に手に刃物や鈍器をこれみよがしにして、各々振りかざしたり身構えたりして見せている。
 その者どもは四人の男たちだった。古そうで手入れもなされていない革製の軽防具や、傷だらけでへこんだままの鈍そうな鉄の軽装備を身につけている。統一感のない粗末な装備ではあるが、それでもこの店を襲撃するなら十分すぎる装備であった。
 装備の隙間から見える素肌や顔は汚らしく、髪の手入れどころか髭すら自由にさせている様子。彼らがどのような生活をしているのか、推測するのも容易いだろう。
 彼らこそ|襲撃者《レイダー》である。ロックナンバーのような正規の戦闘集団ではなく、人や村、町を襲って食い繋いでいる武装集団。その中の一人が椅子を蹴り飛ばして威嚇すると、客たちは怯えた悲鳴と共に店の奥へと距離を取り始めた。店員も逃すべく誘導を始めている。
「長いこと待機しててよお。待ァちくたびれちまってなあ」
 大きなノコギリのような刃物を持つ男がニヤニヤと笑いながら、店内中央に歩み寄る。
「腹ごしらえに良さそうな店じゃあねえか! あるもの全部出せよ! そしたら見逃してやるぜ!」
「早くしろよオラァ!!」
 店内は広いとはいえ、大きな獲物を振り回すのに適しているわけではない。有刺鉄線の巻き付いた太い棍棒を力任せに振り回すには狭い。
 だがその威力を見せつけるには十分だ。木造の天井は割れ、木製の椅子も叩きつけられ痛ましい断面を見せて転がった。それらは大いに人々を怖がらせた。
 なのに、シドーは席を立たない。
「し、シドーさん……」
 何か考え事でもしているのか、目を閉じて黙して俯いていた。ダミアンはシアンの腕を取りつつ、立ち上がりながらシドーを呼ぶ。肩に触れても動かない。
 わずかに唸っているようだった。
「なんだこいつ?」
 逃げずに動かないでいるシドーの様子は、襲撃者の目にも奇妙に見えたようだ。面白そうなおもちゃでも見つけたような顔をして近づいてくる。
 シアンを逃がしたいが、シドーを置いていくわけにも。どちらの動きも取れずにいるダミアンには見向きもせず、襲撃者の一人がシドーに近づいた。最初に大きな声で喚いていた、大ノコギリをもつ男だ。そのギザギザした刃をシドーの頬近くまで寄せてちらつかせる。
 それでも微動だにしないシドーに、男はさらに顔を近づけた。
「怖くて動けなくなったかあ? はははっ!!」
 笑い声。その直後だった。
「くっせえ顔を近づけんなよ」
「はあ?」
 男が応じる前にシドーは動いた。
 まるで当たり前のように、左手で男の前髪を掴み引き寄せると、右手に持ったフォークを下顎、舌の裏側にあたる位置に突き刺す。あまりにも躊躇いがなく、ダミアンが止める間もなかった。
 調子に乗っていた男は目を白黒させながら、今まで感じたことのない痛みに顔が揺れている。
「なっ、なんっ……」
「臭えから離れろって言ってんだよこのダボがよ!」
 その怒声は先日ダミアンに向けられたものよりも遥かに強い怒気を含み、そして暴力的だった。その怒声と共に更にフォークをねじ込ませると今度は胸元を突き飛ばし、よろけたところを右足が蹴り飛ばした。男は顎にフォークが刺さったまま、口の端に泡を作ってそこに大の字になって広がった。
 避難に向かう人々の悲鳴や罵声が静まり、視線がシドーに集中する。襲撃者たちですら、その様子に驚嘆して動きを止めた。
「おとなしく避難誘導した方がいい、って思ったが気が変わった」
 シドーは言いながらシャツの首元のボタンを外した。
「ラムラスさん、避難訓練の成果を見せてください。オーナーはまだいるか? あとで弁償してやるから全員を必ず避難させとけよ」
「えっ? えっ? 危ないですよ! 一緒に……」
「平気です。こんくらい俺一人で十分ですよ。言ったでしょう。あんたの家に押し入りやゴロツキが来ても相手になるって」
 だがシドーはロックナンバーのように武器を携帯してはいない。まさかカトラリーで全て片付けるつもりではあるまい。
 何より、ダミアンの経験上、ビジネスパーソンというものはこういう状況において役立たずだ。ビジネスパーソンの戦場はあくまでビジネスの場であり、こういった喧嘩ですらない危険な状況は別の者が担当する。
 しかし合点がいったようにも思う。ヒバルもそうだが、シドーの怒声や机を叩く振る舞い。休憩時間の過ごし方。彼の出自や経歴はわからないが、彼がこの場に物怖じしないのはそういうことなのかもしれない。
 袖口のボタンも外し、シドーは少しばかり動きやすくなった。
「ほら、邪魔だからさっさと逃げてください。じゃないと間違えてぶん殴りますよ」
 ダミアンが戦力にならない以上、邪魔だというのは嘘ではないだろう。間違えて殴られるのもごめんだ。
「わかりました。お待ちしてますからね」
「はいはい」
 軽口を叩いているのはダミアンの前だからだ。ここに長くいればいるほど、シドーには不利だろう。
 ダミアンは今度こそ、シアンの腕を引いて店の奥へと向かった。シアンはまだ食べ足りなそうにしていたが、緊急事態であることは理解しているらしい。何も言わずダミアンに従って移動した。
(黙って見ているつもりか?)(ニンゲン、殺す?)(違いがわからない)
(シドーは分かる)(みんな殺す?)
(ダミアンとシドーは死なせない)
(このコロニーも死なせない)(様子見る)(観察しろ)(ニンゲンの動きを学べ)
 怒りを露わにしたのはシドーだけではない。有刺鉄線の棍棒を持つ男が雄叫びを上げてその暴力を、まだ料理が残ったままのテーブルにぶつけた。グラスに残ったワインが弾け飛び、ソースと肉料理が壁に張り付いてシミを作る。
「舐めんじゃねえぞクソガキ!」
「営業妨害のうえ、カタギの皆さんの食事を邪魔しておいてどっちがガキだよ」
 棍棒が荒々しく振り回される。しかし先ほど天井を破壊していたように、ここは男の体躯と得物に合っていない。単調な動きしかできないうえ、こちらに接近するしか攻撃手段がないならやることはそんなに多くない。
 ここは焼けるものならなんでも焼く店だ。避難するにあたり、店員は火元を締めてからこの場を離れていったようだ。プロだなと思いながら鉄板の火元の位置を見た。
「腹が減ってんだったな」
 くるり、厨房を振り返りながらシドーは言った。
 棍棒の男がその物騒なものを振り上げて襲いかかってくる。棍棒を振り回しながら走れば疲れるのは当たり前だ。料理やドリンクがのったままのテーブルを薙ぎ払い、テーブルや天井、吊られた照明まで打ち砕く様子はパワフルではあるものの、長続きはしない。
 まして、正規の戦闘集団ではないからまともな訓練もしていないのだ。
「酒は好きか?」
 振り回し疲れて動きが鈍くなった男のこめかみ部分に、シドーはワインの瓶を叩きつけた。中に残っていた赤ワインが砕け散る瓶の破片と共に飛沫を残す。直撃を受けてぐらついたところに、硬い靴の踵の回し蹴りの追撃を与え仰向けにさせた。後頭部から倒れ込んだ身体が起き上がる前に今度はつま先で眉間に一撃を加える。
 奴のうめき声を聞きながらシドーは先ほど確認した鉄板の火元をいじり、熱が入るように仕向ける。まだほんのりと熱が残っているのを確認しすると、よろよろと男が起き上がろうとする首根っこを掴み上げた。
「クソ重いなお前。残飯処理役か?」
 言いながら男の後頭部を掴み、額を鉄板に押し付けた。額に感じる熱に男は両手をついて離れようとしたが、手が触れた場所も鉄板だ。
「イギっ……」
「まだ熱くねえだろが。お前のために目玉焼きを作ってやろうってのに。世界に二つしかない珍味だぜ。楽しみだろ?」
 少し目線を下に向けると、鉄板料理に使うらしい器具がいくつか吊り下がっている。適当に手に取ったのはピックだった。
「あー、まあいっか。慣れてねえから割れるかも知んねえけど」
「その辺でやめてやってくれないか?」
 声にシドーは振り返る。新たに一人、襲撃者の風体の男が店内にやってきた。腰には鞭、背後には弓かクロスボウのようなものを背負っているようだ。先にやってきた四人に比べると細身で痩けた顔つきだが、立場はもう少し上にあるらしい。
「誰だテメエ」
 シドーは言いながらも掴んだ男は放さない。だがこのまま維持もできそうにない。
 力任せに鉄板に額を押し付けてやると、聞いた事もない悲鳴をあげる。その抵抗には力がなく、どこかに捕まる事もできずに不恰好にバタバタと腕を振り回す。
 もう面倒くさくなったのでシドーは手を放すことにした。男はくずおれるようにして床に転がる。
「うちの部下が食事をしてると思ったらイジメられていたものでね。わかるかい、お前がやったことは褒められたことじゃない」
 この男の話を真面目に聞く必要もない。シドーはこの男と部下らしい二人の男の動きに注意しつつ、武器になるものを視界の中から探した。最もいいのは武器を奪うことだが、シドーの得意分野となる武器は彼らの手にはない。リーダー格らしい男が距離をとって戦えるなら、ますますシドーは不利である。
 だが狭い厨房からは出ないほうが良さそうだ。ここなら同時に三人に襲われることはないだろう。
 シドーが睨みつけながら状況観察をしているうち、そのリーダー格の男は何かに気づいたようだ。ジロジロとシドーの顔をみる。
「なんだか生意気そうな顔と目つきだと思ったらお前、ジェイエフか」
「あ?」
「おやおやそうか! あの黒ネコも服を着ればマトモに見えはするんだな!」
 ピク、とシドーのこめかみ付近の血管が震えた。触れられたくない場所、思い出したくない記憶が『シドー』を焼き始めた。
「可愛がられてるようで何よりだ。肉食った後のお楽しみを奪ったようで悪かったなあ」
 ニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべる。その眼差しは卑しい基準で品定めをしている者のそれであり、シドーが心底軽蔑し敵対視するものであった。ふつ、と黒く煮えたぎりつつも表には出さない。出さないが、強く握りしめた拳や踏みしめる足には隠しきれない感情が震えていた。
(シドーが)(ヨロコビじゃない)(シドーは『じぇいえふ』じゃない)(ねこでもない)(間違われたから?)
(人間の戦い方はよく見て覚えろ)
(道具)(ウロコ?)(別のニンゲンから剥ぎ取った皮)(シドーない。死ぬ?)
 シドーは足下でもがいている男を蹴り飛ばし、厨房から追い出した。散らかった椅子やテーブルにぶつかりながら、ワイン瓶で殴られた部分やほんのり焼かれた額を手で押さえ込んでいる。
 一応、まだピックは持っておく。
「あのガキと知り合いで?」
 襲撃者の男がリーダー格の男に言った。その問いに応じようとする笑顔はまさに下卑そのものであり、見てきたものと記憶にあるものを忘れることなく何度も繰り返したことを思わせるものだった。
「もう三年か。はええモンだ。こいつは俺たちと同じスジの奴よ。まあ、そもそもこいつは……」
「ああーッ! はいはい、こっちも思い出してきたぜ」
 男の声を遮ったのはシドーだった。わざとらしく大きな声を出しながら、トントンと指先で額を叩く。目を閉じて記憶を引き出そうとする仕草、の真似事だ。
「襲撃者のクセに相手が強いと判断すると、すかさず一人で逃げ出したヤツ。その判断の早さと逃げ足だけが自慢の三下が、今じゃゴミ山の大将を気取ってんのか。
 だっせえなあ、歳だけとるってのも」
 シドーの言葉に場の空気が張り詰める。リーダー格の男はすでに額の縁に青筋を浮かべていた。
「まだまだガキだなジェイエフ。よく見てモノを言えよ」
「よく考えてモノを言えよ。喧嘩でオレに勝ったことあったか?」
 いま拳を握り震えているのはリーダー格の男であった。彼の登場で襲撃者の男たちはすっかり取り巻きと化していたが、彼らの交わし合う目線には疑惑の色が滲み始めていた。
 シドーはさらに声を上げて煽る。
「ねえよなあ!? お前は負けると分かってる相手には格下にすら口答えしなかった!」
 その表情。ベルティナでも見たことのある者は少ないだろう。
 普段は涼しい顔をしていることが多く、目元口元にすら大きく表情を変えることのないシドーの顔が、今は目を見開き口角を吊り上げ歯を剥き出しにして笑っているのだ。それも三人の襲撃者を前にした状況でである。
 対して件のリーダー格の男は血の巡りがおかしくなっているのか、唇は紫に頬は青くなりそうであるのに、火が出そうなほど鼻と耳は赤くなっている。
 そんな様子を面白そうにしてシドーは続けた。
「なあ、クズ大将。お前好みの『知らないから大きさに触れることもない女』だけマワしてもらえるようになったかよ?
 ここには何しにきた? 肉食の女はお前の敵だろ?」
「黙れ!!」
 ついにリーダー格の男が吠えた。同時に腰に吊った鞭を振り払い、鋭い一撃をシドーに向かわせる。
 しかしシドーは避けもしない。それは頬に掠ることもなく鞭は空間を弾き、もたらしたのは大きな破裂音だけであった。男は肩から湯気が出そうなほど大袈裟な呼吸をし、怒りで歪んだ口から荒々しく汚らしい呼吸音が漏れている。
 唾液が泡立つほどの熱気だが、その姿はあまりに滑稽で不恰好だった。
「ハハハッ」
 シドーは無邪気な子供のような笑い声をあげる。
「顔色が悪いぜ。どうした? 肉でいいなら焼いてやるよ。ワインもある」
「ぶっ殺してやる! 八つ裂きだジェイエフ!!」
「やってみろよ万年三下がよ!」
(なに言ってるかわかんない)(シドーどうした?)(言葉ムズカシイ)(ダミアンは言わない)
(ヨロコビ、近い)(でもイカリもある)(いまは、使えない)(動かせない)(シドー熱い)
(死なせるな。だが邪魔もすべきでない。シドーが危なくなったら、別のものを動かして引き離せ)
 グリル料理のレッドホーンから雄叫びと破壊音が続いた。その様子は避難行動中の多くの人間たちに目撃され、証言されている。