波乱から始まるイブ その1(聖なる夜の軌跡.EP2)
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「ね……董花、少し良いかな」 僕は在るモノを用意して、それを鞄にしまい込んだまま台所で夕食を作っている桃花に声をかける。 例の病気から奇跡的な回復を見せた董花は、あのあと大学のあった街で僕と一緒に暮らしている。 董花の両親には申し訳ないけれど、僕の起業した会社のオフィスの関係で、ここから離れられなかったからだ。 一緒に住むことにしたのは、僕が思いを告げて、董花がそれを受け入れてくれたから。 その誓いの証が、董花の左手薬指に輝いているから。 結婚とか入籍は、もう少しお互いの状況が落ち着いてからと話し合っているから、今の僕たちは同棲カップルにして婚約者という立ち位置。 あの頃、董花とであったばかりの頃の僕は、こんな未来が待ち受けているなんて予想も出来なかったと思う。 そして、僕が董花の思いから逃げてしまったのに、それでも董花は僕のことを思い続けてくれていた事を感謝しないといけないと思う。 1度はその一途な思いから逃げ出したのに、それでも僕を愛していてくれて、そんな僕を赦してくれて。 そして僕の思いを受け入れてくれた董花。 僕は残りの人生の全てをかけて、彼女を幸せにしたいと思っている。 そんな僕は、董花の快気祝いとそしてクリスマスイブというイベントのために、前々から計画していたことがあり、全ての手はずが整ったので、それを董花に告げようと思っているわけ。 「ん?龍樹、どうしたの?夕ご飯はもうすぐできるから少し待ってね」 やわらかく微笑んで僕に言う董花。 大学にいた頃の綺麗だけど冷たい感じじゃ無くて、本当に柔らかく優しい笑顔。 その顔を見ただけで僕は、董花のことが好きなんだなと実感できる。 そして董花が僕のことを本当に愛してくれているのだと感じられる。 「うん、じゃあぼくは着替えてくるから、食事の時に話すね」 そう言って僕は寝室へと向かう。 寝室にあるウォークインクローゼットに向かって、手早く脱いだジャケットをハンガーにかけて、手際よく部屋着に着替えていく。 鞄の中から例のモノを取りだして、ボケットにしまう。 董花……喜んでくれたら良いな。 どんな顔をして受け取ってくれるのだろうかと想像して、にやけるのを抑えきれない。 そうして僕が着替え終わるのと、董花が食事を作り終えてテーブルへと運んでくるのは同じくらいだった。 その外見と物腰ゆえに人気が高かった董花だけど、家事スキルもかなりのモノだった。 特に料理の腕前はかなりのもので、初めて手料理を振る舞って貰った時に僕は一瞬で胃袋を捕まれた。 ほんとになんで董花は僕のことを好きになってくれたんだろうなって、毎日思ってしまう。 もちろん董花が僕のどんなところを好きになってくれたのかは、何度も聞かされているけれど、それでも董花と過ごす日々の中で、董花の素敵なところを知る度にやはり何でなんだろうと思ってしまう。 董花から逃げた後、董花に釣り合いがとれる男になりたいと思って、必死に努力してきた僕だけども董花のすごさを知ればしるほどに、本当にぼくはつり合える男になったのかと悩んでしまう。 だけどあの頃の僕とは違い、その不安を理由に彼女を愛さないという選択肢は無い。 1度逃げてしまったからこそ、僕はそんな理由で2度と董花から離れたりしないと誓ったから。 「董花、ずっとここに行きたいって言っていたでしょ。なんとかチケットを手配できたんだ。だから24日はデートしよう。泊まりになるけど」 董花が並べてくれた食事を堪能すべく席に着いていた僕は、一通りの作業を終えて董花が着席したタイミングで、話を切り出した。 あわせてポケットに忍ばせていたチケットを、彼女の目の前に置く。 ”灘羅島スパーランド入場券”と”ホテル花水林宿泊券”。 董花はこう見えて、ジェットコースターとかフリーフォールとか、いわゆる絶叫系が好きなのだ。 大学にいた頃から何度か灘羅島スパーランドに行きたいという話を聞いていたので、頑張って手配したのだけども気に入って貰えるかなと、少しばかり不安もあったのでこっそりと董花の表情を盗み見る。 「え……覚えていてくれたんだ。私が灘羅島スパーランドに行きたいって言ってたこと」 董花は目を見開いてチケットを見ていた。 その目には薄らと涙が浮かんでいた。 「忘れるわけ無いよ、董花が言ってたことは。ずっと行きたいって言ってたでしょ?だからちょっと頑張ってみたんだ」 「ありがとう、本当に嬉しい……。覚えていてくれたこともだけど、ずっと行きたかった灘羅島スパーランドに、タツキと一緒に行けることが一番嬉しい」 反則だよ董花。 そんな無防備に、そんなに明るく、そんなに美しく笑うなんて。 僕は心の底から本当に、董花のことを愛していると思っていたけれど、これ以上あり得ないってくらい愛していると思っていたけれど、董花の新しい表情を見る度にこの思いが更新されていくように思う。 僕のこの気持ちは、いつの日か落ち着いたりあるいはさめたりすることは有るのだろうか。 恋愛の賞味期限は3年という話を聞いたことはあるけれど、3年後に落ち着いたりあるいは少し距離が出来てしまっている僕たちを、想像することは出来ない。 それくらい董花と過ごす日々は、彼女を好きになることばかりで溢れていたから。 「旅行の前の金曜日、いろいろ買い物に行かないか?董花の服も新調したいし後は細かい旅行用品も買いそろえないと。金曜日は絶対に残業しないようにするから、駅で待ち合わせようよ」 僕の提案にやはり董花はうれしいと微笑んでくれた。 ++++++++++++++++++++ 「社長~、エント株式会社の内田さまから内線5番にお電話です。仕様変更の件についてとのことです」 12月23日 午後16時 絶対に残業をしなくても言いように、綿密にスケジュールを組んで、そしてここまで予定通り進捗していたのに、それを乱すイベントが発生してしまう。 エント株式会社は、俺が立ち上げたDragon Tree株式会社の主要取引先の一つ。 セキュリティと、企業サイトの更新、受注システムの作成に給与システムまで全てうちに任せてくれている。 いわゆる太客なのだけれども、唯一の問題がある。 それがうちとの取引の担当者である内田 高生さん。 とにかく思いつきで話す人のため、仕様変更はしょっちゅうだし、話し好きなせいか電話が長い。 人は悪くないのだが、度重なる仕様変更により主にSEからかなり不人気で、その名前の漢字のせいから、どっちが苗字だよと悪態をつかれているのである。 今が特に忙しい時期であることと、基本的に皆が内田さんを苦手にしているため、最近は彼からの電話は僕が取っているのだけれど、今日は本当に勘弁してほしかった。 だが社長個人の都合で、電話を拒否するわけにも行かない。 事情を知らない事務担当者が社長に繋ぐと言った以上は、居留守を使うわけにも行かない。 董花……本当にごめん。 心の中で董花に謝罪して、僕はため息を一つ吐いた後、受話器を取り上げた。
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