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楽しみはこの先で(聖なる夜の軌跡.EP1)

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 昭博が去ってからすでに2年の月日が流れていた。  少し前にようやく、朋美は大学に復学出来るようになり、恐る恐るでは有るが着実に元の生活に戻っていた。  もちろんまだ完全に、傷が癒えたわけでは無いけれど、今でも夜中にうなされて飛び起きることがあるらしいけど、それでもその頻度もかなり少なくなっていると、朋美の両親から聞いている。  俺と朋美の関係も、少しずつだけど進展していて、今は手を繋いでデートして別れ際にキスを交わせるようになっていた。 「ねぇ、慶介」  12月も中旬にさしかかった土曜日。  俺は久しぶりに朋美と一緒に映画を見て、ランチを楽しんでいた。  最近は朋美と俺の余暇が微妙にかみ合わなくて、デートするのは1月ぶりだった。 「どうした?」  俺はメインディッシュのラム肉をナイフで切りながら、朋美に問い返した。 「24日って土曜日でしょ。ちょっと遠出しない?」  いつもより少し弾んだ声、これは何かすでに計画しているんだろうなと察した。  17年も近くにいたのだ、朋美の声の調子でなんとなく分かってしまうのは良いことなのか悪いことなのか。  少なくともサプライズはやりにくいだろうなと思って苦笑する。 「別に良いけど、どこか行きたいところはあるの?」 「うん、大学の友達にねチケットをもらったの。灘羅島なだらしまスーパーランドのパスと、ホテル花水林はなみずりんのペア宿泊券。ずっと行ってみたいなって思っていたからどうかな?」  灘羅島スパーランド。  二重県ふたえけん宇和名うわな灘羅島なだらしまにあるレジャースポットで、ジャズドリーム灘羅島というアウトレットモールも併設したかなり大きな施設だ。  またハイブリッドコースター黒鯨くろくじらという、木製と金属のハイブリッドで構成されたジェットコースターも有名だ。  右に左に天地逆さまにと激しくうねるコースをYoutubeで見た朋美が珍しく興奮していたことを思い出す。  なるほどねと納得した。  どういうルートかコネかは知らないけれど、あれほど行きたがっていた灘羅島スパーランドのチケットが手に入った上、2週間後にはクリスマスイブが迫っている。  それは朋美が珍しくご機嫌になるのも分かる気がした。  俺たちには本当にいろいろあって、未だに朋美はそれを引きずっていて、だからこそそういう気分転換は大事だろうなと思った俺は、即答でいいね、行こうかと返事を返した。  予定が決まったので俺たちはすぐに、冬坂の家に足を運び両親から泊まりでの旅行の許可を貰い、その足ですぐに旅行に必要なものの買い出しに向かった。  忘れないように当番の変更もしておかないとなと、スマホのリマインダーに予定を記入することも忘れない。 「ねぇ、新幹線で1時間半くらいだよね確か。車内で過ごす用にトランプでも買う?」 「二人でトランプってどうなんだ。それならオセロとかの方がいいんじゃないか」 「あー、でも景色見ながら話ししてたらすぐかも」 「かもしれないな、じゃあ灘羅島のガイドブックを買っておく?それみて何するとか話ししてたらすぐだろ」  そういえば俺たちが付き合い始めてから、どこか遠くに行くというのは初めてかもしれない。  付き合ってすぐにあんなことがあったし、それからの朋美はどこか遠くへ旅行に行けるような状態じゃ無かったし。  初めての遠出。  それも朋美が行きたくて行きたくて焦がれていた灘羅島スパーランド。  そう考えたら、俺の中のワクワクも更に高まった気がした。  楽しいことが待っていると、時間の経過は遅くなると言われているけど、それは本当だなと思う。  最初はそう感じなかったのだけど、いよいよ明日が出発となった23日の金曜日。  俺はもう何度目かというくらい、時計を見ていた。 (まだ10分しかたってない……)  少しイライラした気持ちで再度時計を見てしまう。  就業時間の18時まであと1時間を切ってからの時間の経過が遅すぎると感じた。  体感的にはもう4時間くらい経過しているような気がするほど、長く感じているけど、時計の針は俺をあざ笑うかのように、5分しか進んでいないことを無情に告げてくる。  多分、これまで生きてきた俺の人生の中で、一番時間の経過が遅く感じていると思う。  本当に針が進んでくれない。  残業にならないように、仕事は早めに片付けてある。  17時55分になったらシャットダウンできるように、パソコンの終了手順も全て完了している。  今のところ、不意の残業を申しつけられそうな雰囲気も無い。  だから早く17時55分になってくれと心の中で叫んでいるが、時計の針はまだ17時45分を示している。   「あれれぇ……慶介っち、どうしたのそんなに時計とにらめっこしてぇ」  何度も時計を見ては顔を上げを繰り返している俺の背後から、揶揄うような声が聞こえてきた。 「あぁん?なんだ瑞紀みずきか。お前には関係ないよ」  声の主は同僚の片瀬 瑞紀かたせみずきだった。  中途入社の俺と違って彼女は、俺が入社した翌年に新卒としてこの会社に入ってきた。  年齢が近いことと、入社時期も比較的近いことで、普段からよく雑談を交わしている中だ。  すこし赤みがかった茶髪をショートにしているので、活発そうな印象を相手に抱かせる。  ちょっと口が悪いところが玉に瑕だけど、社内では男性人気が高いらしい。  人を弄るのが生きがいのような奴なので、俺が何かしているとすぐに絡んでくるのだ。 「今日だけは絶対に残業したくないんだよ。だから速攻でPCをシャットダウンして俺は帰る」 「おやおやぁ、今日はまだ23日ですぞぉ。イブに愛しの彼女とデートするにしても今日はまだイブじゃ無いですぞぉ」 「その24日を楽しく過ごすためにも、今日はさっさと帰って明日に備えたいんだよ」 「ははぁん……どっか遠出でもするのかなぁ。だから当番を断ってたんだぁ」  くそ……イヤな奴にばれたなと、内心で苦笑する。  ウチの会社は基本土日祝やすみだが、緊急対応のため2名ほどが当番制で土曜日だけ出勤する。  その当番のあしたは本来俺が当たっていたのだが、朋美からのお誘いがあった後。すぐに翌週の奴と変わって貰ったのだ。 「いいですなぁ青春ですなぁ……瑞紀ちゃんは、明日悲しい当番だというのに、よよよ……」  嘘くさい鳴き真似を織り交ぜながら、じとっとした目で俺を見てくる。 「おまえさ、黙ってればそれなりに美人だから、すぐ男くらい作れるだろうよ」 「それ……あんたが言う?」  急に本気のトーンに変わった瑞紀をみて、俺はしまったと内心舌打ちしてしまう。  ここだけの話、絶対に朋美には言えないけれど、実は俺は瑞紀に告白されたことがある。  だけど俺はもう朋美と付き合っていたから、それをきちんと伝えた上で断った。  それならせめて友達になってほしいと言われて、今の関係になっているわけだが。 「なぁ、まだ俺を引きずってるのか」 「んー、そうねぇ……中々いい男っていないのよ。私が弄り倒しても怒らなくて、こっちの好みの回答を返してくれて、更に弄りたくなるような性格の男ってね」  どうしてだろうか、全く褒められている気がしないのは。  でも何を言われようが、俺は今の関係を変える気は無いし、瑞紀もそれは分かっている。  俺は朋美を本気で愛しているし、瑞紀とは今くらいの距離感が一番楽しいからだ。  そうやって瑞紀と話ししているウチに時計の針が17時55分を指した。  流れるような手つきでPCからログアウト、そしてシャットダウン。 「ま……楽しんできてよ、お土産は期待してるからね」  俺の肩をぽんぽんと叩いてそう言うと、瑞紀は自分の席へと戻っていった。  その時に微妙な表情を浮かべていたのは、俺の錯覚だと思いたい。  



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 昭博が去ってからすでに2年の月日が流れていた。  少し前にようやく、朋美は大学に復学出来るようになり、恐る恐るでは有るが着実に元の生活に戻っていた。  もちろんまだ完全に、傷が癒えたわけでは無いけれど、今でも夜中にうなされて飛び起きることがあるらしいけど、それでもその頻度もかなり少なくなっていると、朋美の両親から聞いている。  俺と朋美の関係も、少しずつだけど進展していて、今は手を繋いでデートして別れ際にキスを交わせるようになっていた。 「ねぇ、慶介」  12月も中旬にさしかかった土曜日。  俺は久しぶりに朋美と一緒に映画を見て、ランチを楽しんでいた。  最近は朋美と俺の余暇が微妙にかみ合わなくて、デートするのは1月ぶりだった。 「どうした?」  俺はメインディッシュのラム肉をナイフで切りながら、朋美に問い返した。 「24日って土曜日でしょ。ちょっと遠出しない?」  いつもより少し弾んだ声、これは何かすでに計画しているんだろうなと察した。  17年も近くにいたのだ、朋美の声の調子でなんとなく分かってしまうのは良いことなのか悪いことなのか。  少なくともサプライズはやりにくいだろうなと思って苦笑する。 「別に良いけど、どこか行きたいところはあるの?」 「うん、大学の友達にねチケットをもらったの。灘羅島なだらしまスーパーランドのパスと、ホテル花水林はなみずりんのペア宿泊券。ずっと行ってみたいなって思っていたからどうかな?」  灘羅島スパーランド。  二重県ふたえけん宇和名うわな灘羅島なだらしまにあるレジャースポットで、ジャズドリーム灘羅島というアウトレットモールも併設したかなり大きな施設だ。  またハイブリッドコースター黒鯨くろくじらという、木製と金属のハイブリッドで構成されたジェットコースターも有名だ。  右に左に天地逆さまにと激しくうねるコースをYoutubeで見た朋美が珍しく興奮していたことを思い出す。  なるほどねと納得した。  どういうルートかコネかは知らないけれど、あれほど行きたがっていた灘羅島スパーランドのチケットが手に入った上、2週間後にはクリスマスイブが迫っている。  それは朋美が珍しくご機嫌になるのも分かる気がした。  俺たちには本当にいろいろあって、未だに朋美はそれを引きずっていて、だからこそそういう気分転換は大事だろうなと思った俺は、即答でいいね、行こうかと返事を返した。  予定が決まったので俺たちはすぐに、冬坂の家に足を運び両親から泊まりでの旅行の許可を貰い、その足ですぐに旅行に必要なものの買い出しに向かった。  忘れないように当番の変更もしておかないとなと、スマホのリマインダーに予定を記入することも忘れない。 「ねぇ、新幹線で1時間半くらいだよね確か。車内で過ごす用にトランプでも買う?」 「二人でトランプってどうなんだ。それならオセロとかの方がいいんじゃないか」 「あー、でも景色見ながら話ししてたらすぐかも」 「かもしれないな、じゃあ灘羅島のガイドブックを買っておく?それみて何するとか話ししてたらすぐだろ」  そういえば俺たちが付き合い始めてから、どこか遠くに行くというのは初めてかもしれない。  付き合ってすぐにあんなことがあったし、それからの朋美はどこか遠くへ旅行に行けるような状態じゃ無かったし。  初めての遠出。  それも朋美が行きたくて行きたくて焦がれていた灘羅島スパーランド。  そう考えたら、俺の中のワクワクも更に高まった気がした。  楽しいことが待っていると、時間の経過は遅くなると言われているけど、それは本当だなと思う。  最初はそう感じなかったのだけど、いよいよ明日が出発となった23日の金曜日。  俺はもう何度目かというくらい、時計を見ていた。 (まだ10分しかたってない……)  少しイライラした気持ちで再度時計を見てしまう。  就業時間の18時まであと1時間を切ってからの時間の経過が遅すぎると感じた。  体感的にはもう4時間くらい経過しているような気がするほど、長く感じているけど、時計の針は俺をあざ笑うかのように、5分しか進んでいないことを無情に告げてくる。  多分、これまで生きてきた俺の人生の中で、一番時間の経過が遅く感じていると思う。  本当に針が進んでくれない。  残業にならないように、仕事は早めに片付けてある。  17時55分になったらシャットダウンできるように、パソコンの終了手順も全て完了している。  今のところ、不意の残業を申しつけられそうな雰囲気も無い。  だから早く17時55分になってくれと心の中で叫んでいるが、時計の針はまだ17時45分を示している。   「あれれぇ……慶介っち、どうしたのそんなに時計とにらめっこしてぇ」  何度も時計を見ては顔を上げを繰り返している俺の背後から、揶揄うような声が聞こえてきた。 「あぁん?なんだ瑞紀みずきか。お前には関係ないよ」  声の主は同僚の片瀬 瑞紀かたせみずきだった。  中途入社の俺と違って彼女は、俺が入社した翌年に新卒としてこの会社に入ってきた。  年齢が近いことと、入社時期も比較的近いことで、普段からよく雑談を交わしている中だ。  すこし赤みがかった茶髪をショートにしているので、活発そうな印象を相手に抱かせる。  ちょっと口が悪いところが玉に瑕だけど、社内では男性人気が高いらしい。  人を弄るのが生きがいのような奴なので、俺が何かしているとすぐに絡んでくるのだ。 「今日だけは絶対に残業したくないんだよ。だから速攻でPCをシャットダウンして俺は帰る」 「おやおやぁ、今日はまだ23日ですぞぉ。イブに愛しの彼女とデートするにしても今日はまだイブじゃ無いですぞぉ」 「その24日を楽しく過ごすためにも、今日はさっさと帰って明日に備えたいんだよ」 「ははぁん……どっか遠出でもするのかなぁ。だから当番を断ってたんだぁ」  くそ……イヤな奴にばれたなと、内心で苦笑する。  ウチの会社は基本土日祝やすみだが、緊急対応のため2名ほどが当番制で土曜日だけ出勤する。  その当番のあしたは本来俺が当たっていたのだが、朋美からのお誘いがあった後。すぐに翌週の奴と変わって貰ったのだ。 「いいですなぁ青春ですなぁ……瑞紀ちゃんは、明日悲しい当番だというのに、よよよ……」  嘘くさい鳴き真似を織り交ぜながら、じとっとした目で俺を見てくる。 「おまえさ、黙ってればそれなりに美人だから、すぐ男くらい作れるだろうよ」 「それ……あんたが言う?」  急に本気のトーンに変わった瑞紀をみて、俺はしまったと内心舌打ちしてしまう。  ここだけの話、絶対に朋美には言えないけれど、実は俺は瑞紀に告白されたことがある。  だけど俺はもう朋美と付き合っていたから、それをきちんと伝えた上で断った。  それならせめて友達になってほしいと言われて、今の関係になっているわけだが。 「なぁ、まだ俺を引きずってるのか」 「んー、そうねぇ……中々いい男っていないのよ。私が弄り倒しても怒らなくて、こっちの好みの回答を返してくれて、更に弄りたくなるような性格の男ってね」  どうしてだろうか、全く褒められている気がしないのは。  でも何を言われようが、俺は今の関係を変える気は無いし、瑞紀もそれは分かっている。  俺は朋美を本気で愛しているし、瑞紀とは今くらいの距離感が一番楽しいからだ。  そうやって瑞紀と話ししているウチに時計の針が17時55分を指した。  流れるような手つきでPCからログアウト、そしてシャットダウン。 「ま……楽しんできてよ、お土産は期待してるからね」  俺の肩をぽんぽんと叩いてそう言うと、瑞紀は自分の席へと戻っていった。  その時に微妙な表情を浮かべていたのは、俺の錯覚だと思いたい。  



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